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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


90.選択

2010.05.11  *Edit 

多希は黙ってレポートを仕上げている桃佳のことを見ていた。
部屋の明かりを受けて、薬指の指輪がちらちらと光を放っている。それだけで、昨日の選択を後悔してしまいそうな自分がいた。それでもこうして今日もこの部屋にいるためにはそれしかなかったんだと、自分自身に言い聞かせる。

家族ごっこを、ゲームを続けると宣言した桃佳は、確かにいつものように夕食を用意して待っていてくれた。けれど、その態度はそれまでと決定的に違っていたのだ。
口数も少なく、笑顔もない。ただ、そこにいるだけ。
自分が一緒にいたかった桃佳はそんなものではなかったはずなのに、彼女は全てを自分に対して閉ざしてしまったように見えた。自分に向けられていたあのあたたかな笑顔が、まるで全て幻だったかのように……

「それ、まだ終わらないの?」
声をかけられ、ちらりと視線を上げる。いつもと変わらない多希がいて、桃佳はすぐに目を逸らした。
「……明日までに提出なんです。大幅に書きなおしなんで、今日中には終わらないかもしれません」
「……そっか」
テキストと参考文献に目を落としながら、実は少しもレポートは進んでいない。
気まずい空気に集中力は削がれ、多希がそばにいることで、思考の殆どはその存在に向けられていた。昨日、思わず多希の頬を打ってしまった自分。その時はどうしてそんなことをしてしまったのかよく分からなかった。けれど、桃佳は「全てがゲーム」と言う多希の言葉が悔しかったのだと眠れない夜に気がついたのだった。
それまでの多希の優しさが、ゲームを逸脱したものだと信じたかった。けれどそうではなかったということは、桃佳の心を想像以上に傷つけていた。
駿を選んだ自分が、そんな理由で傷つくなんてお門違いもいいところ……
冷静になってそう思ってみても、あの時、こみ上げた悔しさを堪えることはできなかった。
多希と一緒にいることは、そんなどうにもならないほどの悔しさを感じてしまった自分を自覚してしまうことで、どうにも居心地が悪いのだ。だから、感情を表に現さないようにと必死になるしかなかった。

「ちゃんと進んでんの?」
「進んで……ますよ」
本当はちっとも進んでないなんて言えるはずもない。
「本当?」
「もう! 進んでますってば!!」
桃佳は口をへの字に曲げて、多希のことをぎろりと睨みつける。その顔を見て、多希は一瞬目を丸くし、それからふわりと微笑んだ。
「……変な顔」
「え?」
キョトンとしている桃佳を見て、堪え切れなくなったように多希が「ぷっ」と吹き出す。
「な、なんですか?」
今度はムッとして眉を寄せる桃佳を見て笑いながら、多希はそのやわらかな髪の毛に触れる。
「……前にもこんなことがあったよね」
「前に?」
確かにそんな記憶がある。そう、ゲームが始まって間もないころ、コロコロと変わる表情がおかしいと、今のように笑った多希が確かにいた。
「そう……かもしれませんね」
まるで振り出しに戻った気分だった。多希も……そして桃佳も。
「いっそのこと、もう俺のものになっちゃえば?」
怪しげな、それでいてどこか寂しげな表情を浮かべ、多希が桃佳の後頭部に手を添え、ぐっと自分の方に引き寄せる。油断していた桃佳は、すっぽりとその腕の中に囲われてしまった。
「……そうすれば、ゲームも終わるよ」
まるで子供でもあやすような優しげな声が、直接鼓膜をくすぐり、桃佳の心臓は飛び跳ねる。それと同時に、またあくまでもゲーム上の言葉だと思うと、酷く心がざわついた。

「……ぐっ」
桃佳を抱きよせていた多希が、胃のあたりを押さえて前のめりになる。さっきまでされるがままだった桃佳は、さっきと同じように口をへの字に曲げてちょうど多希の胃の辺りがあった場所で、握り拳を握っていた。その拳が多希のみぞおちを直撃したのは言うまでもない。
「……いい加減にしましょうね」
前のめりになっていた多希は、肩を震わせ、突然に笑い始める。さも楽しそうに。
「あはは……あ、こんなことも、前にあったね。はは……」
ただ楽しそうに笑っている多希に、桃佳も少しだけ笑ってしまう。確かにこんなこともあった。無理やり自分を押したおす多希に、あの時は膝蹴りを食らわせたのだ。
はっきり覚えている。
「そう……だったかもしれませんね」
わざと曖昧に答えて、浮かんだ笑顔を引っ込める。
まるで過去の繰り返しような時間に、このままでは同じ結末をたどってしまうのではないかという不安感が過ったから。だから、笑顔を引っ込めて感情を閉じる。
すっかり無表情に戻ってしまった桃佳を悲しそうに多希は見つめ、小さくため息をつく。手を伸ばせば届く距離にいるのに、その距離は計り知れないほどに遠くて。




駿は暗い道を家に向かってひとり歩いていた。足が鉛のように重たい。
それは濃厚な時間の疲労感からだけではなかった。なによりも自分の気持ちの重さが、彼の足を重くしていたのだ。
心は桃佳にある、といっても体はどうしようもなく彼女を裏切ってしまう自分。そして、体だけと割り切っていた美鳥に対する独占欲。あまりにも自分が汚らしく思えて仕方がない。
美鳥が元彼に迫られているとき、駿の中には確かに嫉妬にも似た気持ちがあった。そんな感情を抱いてしまう時点で、もう体だけの関係と言えるのだろうか? そもそも、体だけの関係を続ける意味はどこにあるのだろうか。

ぽっかりと浮かんでいる半月を見上げる。
どうしようもなく嫌でダメなやつに成り下がってしまった自分を、月さえも軽蔑しているような気がした。いや、誰に軽蔑されたところで、文句の言いようもない。自分のしていることが最低なことだということくらい、駿にも分かっているのだから。

最初は軽い気持ちだった。桃佳に触れられない寂しさを、同じように彼に振られて寂しさを抱える美鳥と埋めあった。体が満たされることで、心に開いてしまった穴は少し小さくなるような気がしたのだ。そして、溺れてしまった。
いつの頃からか、寂しさを埋めるためよりも、美鳥との関係が心地よくなってきた事実。それに気がつかないふりをしていた。それに気がついてしまったら、楽な関係が壊れてしまうような気がして。そして、そんなことを考えている卑怯な自分に気がついてしまうから。だからずっと考えないふりをしてきた。

「バカだな……」

呟いた言葉は、月に冷たく照らされるだけ。
体だけならば許されると、どこかで思い込んでいた。いや、思いこもうとしていたという方が正しいのかもしれない。心がなければ許されるなんて、そんな道理がまかり通るはずもない。
ずっと目を逸らしていたそれに気がついたのは、美鳥とその元彼に嫉妬してしまった自分がいたから。もう、心がなければ許されるだなんて、わけのわからない言訳さえもできなくなってしまった。

「清水……」

再びポツリと呟く。やはり月だけがそんな駿を冷たく照らす。
桃佳のことを考えると、心の中があたたかくなる。守らなければならない存在だと、愛しい存在だと心の底から思った。
美鳥のことを考える。確かに駿は美鳥に救われていたのかもしれない。ぽっかり空いた穴を彼女は確実に小さくしてくれたのだから。……だからといって、桃佳を裏切ってまでこの関係を続けるべきか……答えは決まっている。

答えはNOだ。

だったら、もうするべきことは決まっていた。
初めからしてはいけなかったこと、それを全て終わらせる。
しっかりと桃佳と向き合わなければならない。きっと自分は桃佳と向き合うことから逃げていたんだと駿は思う。桃佳の怯えた瞳に出会うのが怖くて、自分のしてしまったことを振り返ることが怖くて……それで美鳥に逃げてしまった。
けれど、逃げていても何も変わらない。向き合わなければならないのだ。逃げていてはいけないのだ。
これ以上堕ちていく自分をそのままにしてはいけない。大事なものを無くさないために……

「終わらせるよ……」

月に向かってはっきりとそう言う。
ずっと冷たい光を放っていた月が、ほんの少しだけあたたかな光を投げかけてくれているような気が、駿にはしていた。
今度こそ、まっすぐに前を向けるように、まっすぐに彼女と向き合えるように。
そんな自分になれるように。

もう、逃げないと心に決めて。


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