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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


93.止められない

2010.05.18  *Edit 

技師室を出ると同時に「柴山さん!」と声をかけられ、多希は振り返り、声の主に目を細めた。
もちろん、友好的な意味ではなく、どちらかと言うと溜め息を堪える意味で。

駆け寄ってきた美緒に正直イライラとしてしまう。けれど、美緒のために職場での『柴山多希』の仮面をとる気にもならない。多希は中指で眼鏡を上げながら、穏やかな表情で美緒に笑いかけた。
「ああ、渡辺さん。どうしたんですか?」
「ええっと、柴山さん、今日は当番とかじゃないですか? その、よかったら、また夕食作りがてら、遊びに行ってもいいですか……?」
美緒の勤務は夜勤だったのか、休みだったのかは不明だが、髪を結いあげていないところをみると、日勤ではなかったのだろう。

やれやれ、休みの日にまで御苦労なことだな……

多希はそう心の中でため息をつく。
「その、モモちゃんにも久しぶりに会いたいし……ダメ、ですか?」
美緒は長い睫毛を瞬かせながら、上目遣いで視線を寄こす。意識しているのかどうかは別として、その表情は妙に色っぽい。
「モモに……ですか」
多希は顎に綺麗な指をやって、考えを巡らせる。もちろん、美緒の色っぽい表情に感化されたからではない。そんなものは正直多希の目に入っていないも同然だったから。
いつもならば、桃佳とふたりの時間を邪魔されるのは我慢ならないことだ。けれど、能面のように無機質な彼女の表情を思い出すと、美緒がやってくるのもいいことのような気がしてくる。ふたりのときは無表情な桃佳でも、美緒がいたならまた違った表情を見せるかもしれない。……なによりも多希は、桃佳の笑った顔が見たかった。

「別に構いませんよ」
にこりと答える。その答えに、美緒の表情も輝いた。
「ほ、本当ですか? じゃあ私すぐそこのショッピングセンターで買い物してくるんで、多希さんはゆっくり着替えしていてくださいね!!」
そう言うが早いか、美緒はものすごいスピードで走り去った。



「少し持ちましょうか?」
「す、すいません……」
重そうに荷物を揺らす美緒を見かねて、多希は美緒から食材の入った袋をひとつ受け取る。何を作る気なのか、美緒は食材満載の袋をふたつもぶら下げていたのだ。しかも、確かにゆっくりと着替えをしたのもあるが、多希が着替え終わってロビーに出たときには、彼女はすでに買い物を済ませて戻ってきていた。多希は美緒のグラマーながらも細い体のどこにそんなバイタリティーがあるのか、不思議でならない。
ついこの間までは、そんな風に色恋事に必死になる人間を鼻で笑っていたような気がする。けれど今ならば、そんな気持ちも身に染みるようだ。
そんなことを考えていたせいだろうか、無意識に多希の顔には寂しげな笑みが浮かんでいた。隣で歩いていた美緒は、そんな彼の表情を見逃さなかった。
「……柴山さん、何かあったんですか?」
「え? 何でですか?」
一瞬ピクリと震えた肩。何かあったに違いないという確信をもった美緒は、多希の腕を掴んで彼の前に回り込む。
「あの、もしも何かあったんなら。その……もしも誰かに側にいてもらいたいようなことがあったら、私に言ってください!! 私、いつでも駆けつけますから!! ……私、柴山さんの事、好きですから」
必死で言っているのだろう。美緒の首から上は真っ赤に染まっている。
そんな彼女の様子に、多希は思わず胸が詰まった。やはり以前なら、そんな風に必死になるのはバカらしいと笑っていたに違いないのに。
「……えっと、ありがとうございます」
自分がどんな表情でその言葉を口にしていたのか、多希にはわかるはずもない。けれど、目の前で嬉しそうに笑っている美緒を見る限り、それほどおかしな表情をしているわけでもないのだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい!!」
ふたりは再び並んで歩きだした。


「ちょっと待っていてもらえますか? 一応、モモに渡辺さんが来たこと話してきますから」
「はい」
多希は桃佳の部屋の前で美緒を待たせると、玄関のドアノブをひねった。さすがに突然ふたりで入っていくのは気が引ける。ここは桃佳に了解を得る必要があるだろうと考えたのだ。
けれど、ドアノブをひねる手がふと止まる。きっと中にいるのは、昨日と同じ無表情な桃佳。心の見えない桃佳。そう考えると、何とも言えない虚しさがこみ上げる。
「柴山さん……?」
ドアノブを掴んだままで固まってしまった多希を、美緒が訝しげに見上げている。その視線に気がついて、多希は誤魔化すように笑った。
「じゃ、じゃあ。少し待っていてくださいね」
どこか沈む気持ちでドアノブをまわして扉を開け、柑橘系の香りのする部屋に足を踏み入れる。靴を脱ぎ居間のドアを開ける。いつものように台所に立つ桃佳の後姿がすぐに目に入った。
「……ただいま」
どこか戸惑いがちに声をかけた。心のどこかで彼女が振り返るのが怖い。無機質な桃佳など見たくはないから。

「あ、多希さん。おかえりなさい」

振り返った桃佳は、多希が予想していた表情とはあまりにも違って。
「? どうかしたんですか? ぼんやり突っ立って」
切望していた、求めて止まなかった表情がそこにはあって。
「た、多希さん!!?」
柔らかな笑顔で迎えてくれた桃佳の事を、多希は力いっぱい抱きしめていた。両方の腕で、桃佳の華奢な身体をすっぽりと包み込んで。強く……強く。
考えるよりも先に体が動いてしまっていた。

みなみに自分の気持ちと向き合うように言われたものの、正直どうしていいのかわからない桃佳は、とりあえず多希に対して無関心を装う自分をやめようと思ったのだった。だからそれまでのように、ただ「おかえりなさい」を言っただけだったのに、まさか抱きしめられようとは思ってもいなかった。
「〜〜〜!!」
顔をぎゅうぎゅうとその広い胸に押し付けられ、息も思うように出来ず、桃佳はその背中を叩いて「苦しい」の意思表示をする。それを察して桃佳の体を抑え込んでいた力は少しだけ緩くなったものの、それでも彼女の体に巻きついた多希の腕は離れない。
「な、なにしてるんですか!!」
「……だっこ」
妙に甘い多希の声が桃佳の鼓膜をくすぐる。
「も、もう……そういうことじゃなくって」
頬が、顔全体が熱を帯びたようにどんどんと熱くなってくる。多希のシャツからは、ふわりと煙草の香りがした。それほど久しぶりでもないのに、何となく懐かしい。
「モモのにおいがする……なんか、懐かしい」
桃佳の髪の毛に鼻先を埋め、多希が呟く。まるで同じことを考えていたそのことに、余計に桃佳の顔は熱くなった。
少しだけ体を離され、多希が大きな掌で桃佳の顔にかっかった髪の毛をそっとよける。じっと秀麗な瞳で見つめながら、多希はゆっくりと顔を寄せてきた。キスをしようとしていることは桃佳にも分かっている。避けようと思えば避けられるはずなのに、彼女の体は魔法にでもかかったかのように固まって動かない。
唇がほんの少し触れたところで、『ガチャリ』と玄関が開く音がしてふたりは咄嗟に体を離した。

「……あ、忘れてた」
髪の毛をくしゃりと掻き上げて、多希が顔を歪ませる。
「な、何がですか?」
そう言いながら桃佳は玄関に出て行った。そこには待ち切れずに玄関の扉を開けて顔をのぞかせている美緒が立っていた。
「み、美緒さん」
「あ、モモちゃんこんにちは~。多希さんがいいって言ってくれたからお邪魔しに来たんだけど、上がってもいい?」
「あ、もしかして部屋の外でお待たせしていたんですね。すいません。散らかってますけど、どうぞ」
まだ早鐘を打っている心臓の音を誤魔化すように、桃佳は明るい笑顔を作る。
「ありがとう。お邪魔します!」
どうやら美緒は何も見てはいないようだ。居間の扉はきちんと閉じていたのだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど……
美緒の持つ買い物袋のひとつを手伝いながら、桃佳は彼女を部屋に上げた。

何やら話をして部屋に入ってきたふたりを見ながら、多希は眉を寄せてため息をつく。
こんなことなら、美緒の誘いなど断っておけばよかったと。
けれど、もしもあの時美緒が玄関の扉を開けなかったら?
何の邪魔も入らなかったとしたら?
もしかしたら理性を失っていたかもしれない自分を思い、少しだけ反省する。ゲームという名目でも側にいることを望んだ自分が、ルール違反を犯すわけにはいかなかったから。

「……で、いいですか?」
美緒が何かを話しかけてきている。きっと夕食のメニューについてだろう。
「ああ、いいですよ」
にこやかに、けれど適当に答える。美緒と並んでキッチンに立つ桃佳の姿ばかり見ていた。美緒がいなければ、今すぐにでもその背中を抱きしめてしまいたい。離れられないように、その体に腕を巻きつけて、自分にがんじがらめにしてしまいたい。
そんな甘やかで危険な妄想に身を焦がす。
暴走してしまいそうな思いが、自分でも怖い。いつ理性が吹っ飛んでしまってもおかしくはない。けれど、自分で決めた以上は息を吹きかければ飛んで消えそうな理性でも、どうにかして繋ぎとめておかなくてはならない。
感じたこともない苦しさだった。
切なくて身を切られそうになりながらも、耐えるしかない。

これが人を好きになることだとしたら、まるで病気だ。

気持ちを落ち着かせようと吸った煙草でさえ、多希の胸を締め付けるようだった。


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