りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


94.囁かれた言葉

2010.05.22  *Edit 

「おはようございまーす」

肩にトートバックを引っ掛けて、いつもよりも早くバイト先のレンタルショップに到着した美鳥は、事務所の前を通りかけて、ふと足を止める。
聞きなれた声が聞こえたような気がして。

事務所には平日のこの時間ならば店長がいる。店長はもう店に出ることは殆どなかったが、それでも雑多な事務処理をするために、こうして平日は事務所に詰めているのだ。

「急で申し訳ありません」

中から聞こえた声にやっぱりだと美鳥は思う。聞こえたのはやはり駿の声だったと。



「店長、本当に急で申し訳ありません」
駿は目の前の椅子に座る店長の平野に、深々と頭を下げた。椅子といっても、よく事務所などに置いてある簡易なものだ。平野は難しい顔をしながら腕を組む。背もたれにもたれかかった時、椅子からは「きい」と悲鳴のような音がした。
「……いやあ、突然辞めたいだなんて……さすがにちょっと困ったなあ」
そう言いながら、平野は大きなため息をつく。事実、先日もアルバイトの高校生が辞めてしまったばかりで、人手が全く足りていない。そんなときに土曜日まで仕事を入れてもいいと言ってくれた駿に、本当に感謝していた矢先だから尚更に。
「その、何かあったのかい?」
「いえ、そう言う訳では……」
駿は視線を足元に泳がせる。「何かあったか」と聞かれれば、「あった」。けれど、それは仕事とは直接関係のないことだ。まさか、美鳥とのことをきちんとけじめをつけるために、バイトを辞めたいなどと言えるはずもない。
「あの、人手が足りてないことも分かっています。ですから……その、新しいバイトの人が見つかってからでもいいんです」
「新しい子がねえ」
「……はい」
「うーん……」
平野は相変わらず難しい顔をしていたが、ぽんと膝を打つと苦笑いを駿に向けた。
「まあ、仕方ないね。駿君は学生なんだから、勉強が本分だし。それに、あまりこき使ったら君の兄さんにも怒られてしまうだろうしね」
「……すいません、本当に」
再び深々と頭を下げる駿に、平野は顔の前で大きく手を振って見せる。
「いや、いいんだよ。新しい子が見つかるまで働いてくれるってだけでも助かるんだから」
「はい。次の人が見つかるまでは、しっかりと仕事させてもらいますんで」
「ああ、よろしく頼むよ」
「……じゃあ、失礼します」
「ああ」
にこやかに応えてくれる店長の笑顔に、駿の心はチクリと痛む。
人手が足りなくて店長が困っているのはよく知っていたから。それも、自分勝手な理由で辞めたいと言っているのだから余計に。けれど、駿の中で区切りをつけるにはこれが一番いい方法のような気がしていた。
……美鳥に会ってしまえば、弱い自分が顔をのぞかせて、再び彼女に甘えてしまいそうで。
それだけはどうしても嫌だった。

「失礼します」
もう一度頭を下げて事務所を後にする。
なんとなく罪悪感で苦い胸を抱え、小さくため息をついた。
「辞めるの?」
予期せず声をかけられ、駿は驚きのあまり文字通り飛び跳ねる。声のした方を見ると、事務所のドアから少し離れた壁にもたれかかっている美鳥が、駿の方を見ていた。
「美鳥……」
思わず駿は彼女から目を逸らす。
「辞めんの?」
美鳥の言葉に無言で頷いて答える。
「私のせい?」
今度は首を横に振る。美鳥の事は無関係ではない。けれど、美鳥のせいではない。誰かのせいと言うよりは、自分のため。これ以上、誰かに……美鳥に甘えたり逃げ込んだりしないために。
「そっか」
「でも、すぐにじゃないよ。次の人が見つかってから」
「うん、聞いてたよ」
歩き出した駿の隣に並んで美鳥も歩きだす。じっと見上げられ、駿はなんだかその視線がチクチクと突き刺さるような気がした。美鳥の視線を全身に感じながらロッカールームに入る。もちろん美鳥も後から付いてくる。バタンとドアを閉め、中に誰もいないことを確認してから、駿はさっき店長にそうしたように美鳥に向かって深々と頭を下げた。
「な、なに?」
突然頭を下げられ、美鳥は驚いたようにひきつった顔をしている。
「ごめん」
たった一言、その一言だけで、美鳥には駿が何を言いたいのかが分かったような気がした。頭を下げたままの駿の肩にそっと手を添える。
「……ねえ、もしかして、それって私とのこと謝ってるの?」
「ごめん!!」
駿は下げたままの頭を上げることもなく、もう一度そう言う。そんな駿の様子を見て、美鳥は小さくため息をついた。
「ねえ、駿。頭上げてよ。私と駿の事だったら、何も謝る必要なんてないじゃない。だって、お互い割り切っていたんだし」
それでも頑なに頭を下げたままの駿の顔を、美鳥は屈んだ姿勢で覗きこむ。
「もう、頑固者。顔上げなさいってばあ。ね?」
優しく微笑みかけられ、駿はやっと顔を上げた。駿がやっと頭を上げたのを確認し、美鳥は自分のロッカーに荷物をしまいながら彼に話しかける。
「あれでしょ? もう、私の部屋には行かない、とかそういうことが言いたいんだよね?」
ずばり言い当てられ、駿はもごもごと口ごもる。けれど、ここで口を開かなければ、何も決着をつけられないような気がした。
「……ああ。もう、美鳥の部屋には行かない。セックスも、もうしない……今まで散々好き勝手しておいて、急にやめるとか……本当に勝手だってことはよく分かってるんだけれど、でも……もう、これ以上は……」
必死に言葉を紡ごうとするものの、自分の思いをうまく言葉にすることができず、駿は思わず唇を噛んだ。
「うん、そっか。爛(ただ)れた関係は終わりってことだね」
わざとそんな言葉を口にして、美鳥は苦笑いをする。
「仕方ないよ。それにね、まあ、誘っておいて言うのもなんだけど、こんな関係がそうそう長続きするはずもないし。所詮は体だけの関係なわけだからね」

ずきり。駿の心が痛んだ。
体だけの関係。美鳥は本当にそう思っているのだろうか。少なくとも自分は、美鳥の事を体だけだなんて思ってはいなかったとそう思う。誰かとじゃない、美鳥とだったからこの関係をなかなか切ることができなかったのだから。
そうは思っても、それは駿が口に出していい言葉ではないことくらい、彼も十分に承知している。

「……ごめん」

だからこそ、駿の口からは謝罪の言葉しか出なかったのだ。
何度目かの謝罪の言葉を受け止め、美鳥はため息交じりに微笑んだ。
「だから、いいってば。……駿は彼女のところに戻るんでしょ?」
「うん」
「そっか。ちゃんと彼女の事、捕まえておくんだよ」
にっこりと、ヒマワリのような笑顔を向けられ、駿の心はまたきゅっと痛んだ。それは罪悪感なのか、芽生えつつあった情なのかはもう分からないにしても。
「俺、散々美鳥に甘えてたよな。ごめんな、それから……本当にありがとう」
「あは、やだ。ありがとうなんて言われると思ってなかったなあ。私が汚れた関係に引っ張り込んじゃったわけだし」
照れ隠しなのか、おどけて見せる美鳥に、駿はやはり真剣な眼差しを向けている。
「美鳥。俺、なんて言っていいのか分からないけど、本当に感謝してるんだ。美鳥がいてくれたおかげで……すごく救われてた。本当に」
「そっか……うん。それなら、よかったのかもね」
駿に背中を向け、ロッカーをバタンと閉じると、美鳥はまっすぐにドアの方に向かって歩いて行く。
「じゃ、先に行ってるね。……ねえ駿。もしもまた寂しくなったら、いつでも私のところに来てもいいよ?」
そう言いながら、美鳥はどこか意味深な視線を投げかけてくる。駿は少しだけ苦笑いをしながら、ゆっくりと首を横に振った。
「もう、美鳥には甘えないよ」
「ちぇっ」
美鳥は小さな舌を出し、肩をすくめるとロッカールームを去って行った。
ひとり残されたその空間で、駿はどこか寂しくて、そしてどこか清々しい気持ちを感じていた。そして、心の中でそっと美鳥に別れを告げたのだった。




多希が戻ると、桃佳の部屋はすっかり明かりが消えてしまっていた。居間に人の気配は当たり前のようになく、既に桃佳は布団に入って、しかも眠ってしまっているようだ。
桃佳に言われて、美緒の事を車で送って戻ってくるまでに三十分もかかってはいないはず。それなのに眠っているとはどういうことだ、と心の中で憤慨する。けれど、笑顔の桃佳に会うことができたのだから、それだけでもよしとするべきなんだろうと、多希は肩を竦めて小さくため息をついた。

体中の感覚が研ぎ澄まされたように、桃佳には多希の小さなため息もはっきりと聞こえていた。
美緒が来てくれたことは、桃佳にとって実はとてもありがたいことだった。ちゃんと接しようと思っても、どう接していいのか分からないでいたのだから。だからつい、眠ったふりなんてしてしまったのだ。
多希が近づいてくる気配を感じて、桃佳はぎゅっと目を閉じる。どくんどくんと体中で響いている鼓動が、どうか彼に聞こえませんようにと心の中で祈りながら。
微かな衣擦れの音とともに、そっと髪を撫でられ、桃佳は体を固くする。自分の心臓の音がうるさくてたまらない。何度も何度もそっと撫で、一房すくい取ると、多希はその柔らかな髪の毛に唇を押し当てた。
それからそっと何かを耳元で囁いた。

「……お休み、モモ」

少しだけ寂しげな笑顔を残して多希は彼女の部屋を去って行った。
バタンとドアの閉まる音を聞いて、桃佳は口元を両手で覆って体を起こす。自分の体中で響いている心臓の音は、うるさいを通り越してもう煩わしい程。
「…………な、何を……」
あまりにも高まる鼓動に、桃佳は苦しくて肩で息をしている。

眠っていると思っている自分に多希が囁いた言葉……本心なのか、ゲームの一部なのか、考えるほどに混乱する。

「…………」
口元を両手で覆ったまま、桃佳は熱い息を吐いた。


『愛してるよ』


桃佳の中に落とされた言葉が、勝手に何度もリピートされる。
彼女は立てた膝に顔を埋めた。

……今夜はもう眠れそうにない。


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~ Comment ~

まだ途中ですが…… 

94話まで読ませていただきました。
心と心の交錯に毎回ドキドキさせてもらってます!
今まで、こういったものを読んだことはなかったのですがこれははまってしまいました^^

これからも執筆頑張ってください!
  • #56 久遠 
  • URL 
  • 2011.04/05 13:09分 

Re: 久遠さま 

久遠さま。

読んでくださって本当にありがとうございます!!
はまっていただけたのですか?
とてもうれしいです。
途中からキャラが暴走して、実は沢上の思いとはかけ離れた方向に話が飛んでいっていたりしますが、やっとラストも見えてきてホッとしているところです。
なんとかラストに向かって更新していきたいと思いますので、どうぞまたお時間のあるときにでも覗きに来ていただけるとありがたいです。
ありがとうございました!!
  • #58 れいは 
  • URL 
  • 2011.04/09 21:17分 
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