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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


95.言葉のチカラ

2010.05.26  *Edit 

『言葉には命が宿る』

確かにそんな言葉を聞いたことがあると、朝日の中で頭を抱えた多希はぼんやりと思っていた。命が宿るからこそ、大事な言葉を軽々しく使ってはいけないと。誰に言われたのかはもう思い出せない。けれど、その言葉の本当の意味を夜中中噛み締めざるを得なかった。

眠っている桃佳につい囁いてしまった言葉。思い出すだけで、穴を掘って入りたい気分になってしまう。彼女に聞かれていなかったことだけが唯一の救いだ。
いや、言ってしまった言葉に嘘偽りがあるとかそういうことではない。むしろその逆、つい自分の口から出てしまった言葉に、多希自身が呑みこまれてしまいそうなのだった。

『愛してる』
そんな言葉、言ったこともなければ、これからも言うことは無いと思っていた。そんな感情はバカらしいとさえ思っていたのに……
それが自然に自分の口から零れ落ちたのだ。
確かに桃佳の事を大切に思っている自分を自覚している。けれど、女に対して特別な感情を抱いたことがなかった多希は、自分の想いを測りかねていた。それが零れ落ちたあの言葉で初めて、これが『愛』というものだと自覚したのだ。
それは多希を酷く動揺させていた。

ちらりと時計を見ると、もう出勤時間が近い。多希はのろのろとした動作で、出勤準備を始める。今日も仕事は忙しい。寝不足などと言っている場合ではない。
だて眼鏡をかけ、重い体で玄関ドアを開ける。ドアに鍵をかけたとき、隣の部屋のドアが開いた。
当たり前のようにトートバッグを肩に提げた桃佳が姿を現し、多希の心臓は跳ね上がる。
バックから鍵を取り出した桃佳も多希に気付き、一瞬でゆでだこのように真っ赤になると、バックから取り出した鍵を動揺のあまり廊下に転がす。
多希は自分の足元に転がってきたそれを拾い上げると、彼女に差し出した。
「……おはよう」
鍵を桃佳に差し出しながらも、彼女の顔をまともに見る事ができない。
「あ、ありがとうございます」
それは桃佳も同じ事。昨日自分の中に落とされた言葉が、一気に蘇りリピートされる。ゆでだこ状態は、顔だけに留まらず、首にまで達している。
昨日の夜はあれから殆ど眠れずにいた。囁かれた言葉を思い出すと、心臓は、壊れそうなくらいの勢いで脈を打ち、とても眠るどころではなかったのだから。目の下にできてしまったクマは、とてもファンデーションだけでは隠しきれない。
「今日は早いんだね」
そう言う多希の目の下にも、同じようなクマがはっきりと浮き出ている。
「あ、はい。早く目が覚めちゃったんで、学校の図書室で勉強しようと思って……実習がまたあるんで」
「そっか。頑張って」
「はい」
「じゃあ」
「は、はいっ」
お互いにお互いを見ていないふたりは、互いの変化になど気付く余裕すらなくそれぞれの場所に逃げるように急いだ。

『愛してる』

その言葉が互いの何かを変えたことに、気付く事もなく。



重い足を引きずるようにして職場に向かう多希は、はっきりと自覚してしまった気持ちに、ただただ戸惑うしかなかった。これほどまでに、自分の気持ちが大きくなってしまっていたことに、正直衝撃を受けていたから。
けれど、これでもう自分の思いを誤魔化すことはできそうもない。
そんな思いは、胸の痛みと少しの恐怖心を彼に与えた。大きくなりすぎた自分の気持ちが、いつかセーブできなくなりそうで。
ばん、と丸めた背中をたたかれ、多希は軽くむせ込みながら振り返る。……振り返らなくても、こんなことをしてくる相手はただ一人だ。
「……拓巳」
「よ、多希。なんだよ、背中丸めて。後ろから見たら、人生に絶望でもしてる奴みたいだぜ」
そう言いながら、拓巳はいつものように笑った。けれど、多希の顔は冴えない。そのことが気になって、拓巳は何の気なしにその名前を口にした。
「どうしたんだよ、多希。あ、もしかしてモモちゃんとなんか…………って、お前!! どうしたんだよ!?」
そう拓巳が思わず叫んだのも無理はない。
隣で歩く多希は大きな掌で口元を隠し、その顔は真っ赤に染まっているのだから。正確には、耳まで。
「な……お前、なんだよ、その顔は……」
見たこともないような真っ赤な多希の顔に、拓巳は驚きのあまりあんぐりと口を開ける。今朝は朝から曇っていて、暑さのせいではなさそうだ。最初に顔を見たときは顔も赤くはなかった。だとしたら、熱があるというわけでもなさそうだ。……では、どうして?
もしかして……浮かんだ可能性に、拓巳はおずおずと再びその名前を口にした。
「もしかして……モモちゃんと何かあった?」
その言葉に、多希の眉はわずかに寄せられる。そして、その顔は更に赤さを増した。あまりにも正直すぎるその反応に、拓巳はあ然とした。
それでも自分では誤魔化せているとでも思っているのか、多希は拓巳から目を逸らしたままで首を振る。
「……べ、別にそんなんじゃない。急いで歩いてきたから、ちょっと暑くて」
そう言いながら、シャツの胸元に風を送り込んでいるものの、多希の額には汗のひとつも浮かんではいない。つくずく嘘の下手な奴だと、拓巳は内心でため息をつく。
「お前さ、大丈夫?」
呆れたような声でそう聞かれ、多希は訝しげに拓巳を見る。
「何が?」
いくらか顔の赤みは引いてきたものの、耳は赤いままだ。
「だからさ、その。……色々だよ」
これ以上多希を動揺させるのもどうかと思って、拓巳は苦笑いしながらわざと曖昧にそう答える。多希はまだ赤い顔のままで、小さくため息をついた。そのため息は、どこか切なげだ。
「特に変わりはないよ」
そう言いながら、多希もまた苦笑いを浮かべる。
自分の中の変化を、とても人に言えるような気分ではない。いや、どう言葉にしていいのかもわからなかったし、また言葉にしてしまったら、更に自分の中の気持ちに呑み込まれそうで怖かった。

ふと、自分の思考の中に沈んでしまったような多希の横顔を、拓巳はじっと見つめた。
どこかで多希の変化は嬉しく、どこかで恐ろしい。
多希が誰かを本気で好きになることは、ずっと拓巳自身が望んでいたこと。けれど相手が悪すぎる。もっと悪いのが……多分、これが多希にとっての『初恋』に他ならないということ。ずっと女に対して不信感を抱いてきた多希が、誰かにのめり込んだことなど一度もない。だから、恋とか愛とかそんな感情とは今までずっと無縁だった。
確かに女性関係は派手だ。けれどいつだってそこには『真実』などはなかった。
だからこそまるで純粋な少年のような反応を見せる多希は、どこか危うさを孕んでいる気がしてならないのだ。彼の思いが砕け散ってしまった時の事を考えると、拓巳の心は凍りつきそうだった。そうなってしまったら……とても自分には多希を救うことなどできそうもない。
本当に少年の頃の初恋ならば、淡い思い出として処理できそうなものも、もう二十六にもなっての初恋は、とても淡い思い出などにはならないだろう。きっと深い傷を残してしまうに違いなかった。
だからこそ、『見守る』ことを決めた拓巳だったが、どうしても多希の思いが砕けてしまわないことを願わずにはいられなかった。

じっと自分の横顔を見つめる拓巳に、多希が小さく首を傾げる。
「……どうかしたか?」
「いや、なんでもないよ。ただ、モモちゃんとのこと、あんまり思いつめるなよ」
言わないでおこうと思ったのに、拓巳は思わずそんなことを言ってしまう。
拓巳にそう言われて、せっかく元に戻りかけていた多希の顔は一気に赤くなった。おろおろと視線を泳がせるその表情は、男の拓巳から見てもなんだか可愛らしい。本当だったら、小学校だとか中学校だとか、そんな多感な時期に見ていてもおかしくはなかった表情。そんな純粋な表情。
「……もっと楽な相手もいただろうにな、お前なら」
なんだかやるせない気分になって、拓巳はため息交じりに呟いた。
赤い顔を誤魔化すようにだて眼鏡を指で押し上げた多希は、その呟きに苦しそうに目を細める。
「でも」
自分の吐き出す言葉が、更に自分を呑み込むことを知っていても、それでも言葉は零れ出す。
「それでも、モモ以外、欲しくなんかない。絶対に……」
きっぱりと言い切った自分の言葉に、多希は軽い眩暈を覚える。

言葉にすればするほど、想いは現実感を増していく。
隠していた想いを言葉にすればするほど、多希の桃佳への想いは、確実に命を吹きこまれていくようだった。

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