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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


96.安らぎと、ときめきと

2010.05.29  *Edit 

「やだ、桃佳! 何なの、その顔は!?」
開口一番みなみにそう言われて、桃佳は苦笑いをする。口の端に絆創膏を貼り、しかも絆創膏では隠しきれない青痣が覗いているみなみに言われたくはない、と桃佳は内心思ったものの、あえてそれは口にしなかった。
「ひっどい顔色!! しかも何なの? このどうしようもないクマは……」
そう言うとみなみは自分のカバンから化粧ポーチを出し、その中から一番明るい色の口紅を取り出して桃佳の唇に色を乗せた。
「ほら、これくらい明るい色の口紅をつけなさいよ、多少はましに見えるから」
明るい色の口紅のおかげで、多少明るくなった桃佳の顔色を見て、みなみは満足そうに微笑む。
「ありがと、みなみちゃん。……みなみちゃんこそ大丈夫? その傷。章吾君、びっくりしてたんじゃないの?」
「ああ、面倒だからね、章吾とは会ってないの。この傷の事ばれたら、あの子、章吾に責められるかもしれないじゃない? ……悪いのはこっちなのに、そんなの嫌だからさ。だから、章吾には内緒。いい? 駿君にも内緒だからね」
口元に指を当てて、にやりと笑うみなみに、桃佳はしっかりと頷く。桃佳は彼女のこういう他人を思いやれるところを心底尊敬していた。芯のしっかりとしたみなみに憧れてしまう。そんな自分になりたいと素直に思った。
……それには、自分がいつまでもふらふらとしていてはいけない。
「それよりも桃佳。あんたの方が大丈夫なの? ……その、眠れてないんじゃないの?」
さっきまで明るく笑っていたみなみの表情がふと曇る。正直、みなみは昨日自分が言ったことは、気の弱い桃佳にとっては酷だったのではないかと気になっていたのだ。
みなみの言葉に桃佳は大きくかぶりを振る。
「ううん。大丈夫。みなみちゃんのおかげで、少しだけ前に進めそうな気がする」
「本当?」
「うん。だって、そうしなくちゃ」
そうきっぱりと言い切った桃佳の頭を、みなみはくしゃりと撫でた。ずっと遠慮がちに俯いていることの多かった桃佳。そんな彼女が少しずつ変わり始めているのが嬉しかった。後悔しない結論を出してほしいと心から願った。




桃佳はいつもよりもファンデーションを厚く塗って、目の下のクマを誤魔化す。口紅も、さっきみなみに言われたように明るめの色に。しっかりとメイクをチェックして、待ち合わせの場所に急いだ。
「清水」
そこには既に駿の姿があって、桃佳に向かって手を振っている。桃佳もそれに応えて手を振り返す。いつものように、駿のバイトの時間までの短いデート。あまり暑くない今日は、近くの公園で会うことにしていた。ふたりで木陰のベンチを選んで腰を下ろす。
そよそよとそよぐ風に、桃佳は両手を伸ばして伸びをする。
「気持ちいい風だね」
昨日は眠れず、そして一日中大学で講義を受けていた桃佳は、清々しい風に生きた心地を取り戻す。
「そうだね」
駿もまた同じように両手を伸ばして大きく体を伸ばした。そしてふたりで顔を見合わせて微笑み合う。ひどく穏やかな時間。
遠くから子供の歓声や小鳥の囀りが聞こえ、桃佳は目を閉じた。そんな彼女の横顔を、駿は柔らかく見つめる。
「何だか眠くなってきちゃうよね」
にっこりと桃佳が微笑みかけると、駿はどこか嬉しそうに目を細めた。
「……なんだかそんな清水の顔見るの、久しぶりな気がする」
「そう、かな?」
「うん」と静かに答え、駿は穏やかな表情のままで空を見上げる。「ずっと、なんとなく追いつめられたような気がしていて、こうしてゆっくりした時間を過ごしてこなかったような気がするんだ」
「駿ちゃん……」
桃佳は空を見上げる駿の横顔を見る。そこには本当に穏やかそうな彼の笑顔があって、桃佳は付き合い始めたころの事を思い出す。いつも遠慮して輪の外にいた自分を気遣い、その中に優しく誘(いざな)ってくれた駿。そして、自信のなかった自分の事を好きだと言い続けてくれたことを。どんな時も優しさで包んでくれていたことを。
そんな彼をあんな強引な手段で自分を奪わせるまでに追いつめてしまったのは、他ならぬ自分だということを思うと、胸の奥が鈍く痛んだ。
「清水、俺さ」
「ん?」
「俺、なんかすごく焦ってたんだ。ずっと一緒にいたのに、清水の事、全然わかってないような気がして。でも、これでいいんだよな? ゆっくりこうしてふたりでいられたら……」
空を見ていた駿は、まっすぐな視線を桃佳に向けた。いつものように、優しく包み込むような瞳で。
どれほど今まで駿の優しさに助けられてきたか。包まれてきたか。
そんな思いが桃佳の中に満ちてくる。
多希と出会ってからずっと、駿といるときにはずっと罪の意識を感じてきた。罪の意識で苦しかった。過ちを犯してしまった、そして犯し続けている自分を責めて。けれど、全てをみなみに話したことで、桃佳は目の前にいる駿の事を、まっすぐに見つめ返すことができた。
「駿ちゃん……いつもありがとう。本当に、本当にいつもありがとう」
どうしてかじわりと熱いものが瞳を潤ます。桃佳はそれを誤魔化すように俯いて、膝の間で組んでいる駿の手をそっと包み込むように握った。
「清水……」
駿は組んだ手をほどくと、片手で桃佳の頭を撫で、それからその小さな頭を自分の胸にそっと抱き抱える。
「俺こそ、ありがとう」
駿の胸にちょこんと頭を預け、桃佳はその温かさを噛み締める。いつだって自分を包んでくれるあたたかさ。安らぐ場所。

駿に与えられる安らぎに身を任せ、桃佳はその心臓の音に耳を傾けた。




静かな部屋の中では、桃佳がテキストをめくる音が酷く大きく響いていた。
この部屋にはふたりの人間がいるというのに、声が発せられることは殆どない。いつものように帰ってきた多希と夕食を食べ、共に過ごしているというのに、多希も桃佳も殆ど言葉を発しなかった。
原因は至って単純。
あの言葉が、『愛してる』というあの言葉がふたりの中で同じように響いて、口を閉ざさせてしまっているのだ。

洗いものを終えた多希は、必死にテキストに目を落として何かを書きこんでいる桃佳の姿を見つめた。何かを、なんでもいい。今日一日あったことでもなんでもいいから、その声を聞きたいと、笑った顔が見たいと思っているのに、口を開こうとすると途端に何を話していいのかわらなくなってしまうのだった。しかもその度に顔に熱が集まってしまうようで、そのことが更に多希の口を閉ざしてしまっていた。
エプロンを外し、少しだけ離れた場所に座る。
桃佳も今日は口数が少なかった。もしかしたら何か怒っているのだろうかとも思ったものの、そんな様子もない。話しかけてくれるのを待ちながらも、口を開こうとしない桃佳を見つめる。ただ見つめているだけだというのに、どうしようもなく胸が苦しくなる自分を、内心で嗤った。いい年をした大人が何をやっているんだ、というもう一人の自分の声が聞こえないわけじゃない。けれど、感情と脳は時としてうまくつながらないということを今更ながら知った。
何度も口を開きかけては閉じる。
何かに急かされているように、わけのわからない焦燥感に駆られる。
その焦燥感に呑み込まれ、多希はそっと桃佳の髪に手を伸ばした。柔らかなくせっ毛が指先に触れた時、集中して勉強していた桃佳は多希の指先から逃れるように、弾かれたように大きく身を引いた。
「……な、ど、どうしたんですか?」
集中なんて、本当はしていなかった。テキストに目を落としてはいても、体中の神経は全て多希に向かっていたのだから。
どこか怯えるウサギのように体を丸めて自分を見る桃佳に、多希は端正な顔を寂しげに揺らす。
「俺が、怖い?」
「……え?」
その言葉の意図することがうまく理解できず、桃佳は首を傾げる。頬が熱くて頭がくらくらする。
「俺が、怖い? モモ」
もう一度、さっきよりも強く尋ねられ、桃佳は咄嗟に首を振っていた。
「怖く、ありません」
怖いか、怖くないかで聞かれれば、確かに怖くはない。けれど、惹かれてしまっている自分を意識した時から、桃佳にとって多希は違う意味で『怖い』存在ではあった。自分が自分のままでいられなくなってしまいそうで。
黙ったままでやはり寂しげな表情を浮かべる多希に、桃佳は言葉を続ける。
「怖くなんか、ないです」
寂しげな表情を見たくなくて、笑顔を作る。もしかしたら、とてもぎこちなかったかもしれないけれど、多希の顔には安堵の表情が浮かび、微かに笑顔になる。
その笑顔にほっとした瞬間、桃佳の視界から光が消えた。
「……!!」
なぜなら座ったままの桃佳を、立ち膝の状態で多希が抱きしめていたから。小さな桃佳は、その意外とがっしりとした胸の中にすっぽりと包まれてしまっている。
かあっと頭に血が上り、桃佳は目の前がチカチカするような気がした。それから、床が揺れているような眩暈も。とにかくその腕の中から逃れようと、桃佳は身を捩った。このままでは心臓が壊れてしまいそうで。
「あ、あの、多希さん。あの、勉強したいんで、えっと、離れて……ください」
身を捩る桃佳を逃すまいと、多希の抱きしめる腕に更に力がこもる。
「……多希さっ」
「少しだけでいいから」
彼女の言葉を遮るように聞こえた多希の声は、どこか切迫したような響きを持っていて、桃佳は口を噤む。
「……少しだけでいいから、このままで……」
切迫したような声は、そのくせどこか甘い。
「このままでいて」
しゅるしゅると体から力が抜けていくのを桃佳は感じた。それまでなかった多希の甘い声は、彼女から抵抗する力を奪い、体の芯を熱くする。体全てが心臓になってしまったかのように、激しい鼓動に視界さえも揺れた。桃佳はそれで、さっき感じた床が揺れているような眩暈は、自分の心臓が激しく鼓動していたせいなのだと悟った。
微かに煙草の香りの漂うシャツに顔を埋める。
薄い布越しに、多希の体温を感じると、それだけで一層体は熱くなっていく。


駿から与えられるのは『安らぎ』
多希から与えられるのは『激しい鼓動』



…………もう、いい加減に誤魔化すのはやめたら?


どこかでそんな自分の声が聞こえたような気がして、真っ赤な顔のままで桃佳は少しだけ眉をひそめる。

けれど無意識のうちにその声を、桃佳は閉じ込めた。



もう少しこのままで。

せめてこの顔の赤さが消えるまで……




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