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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


98.衝撃 2

2010.06.02  *Edit 

約束の時間までする事もなく、かと言って家でじっとしている事もできず、多希はこうして街をぶらついていたのだ。時間もたくさんあるし、映画を観るのもいいと思っていた。
ふたりを……正確には、桃佳を見つけたのはそんな矢先だった。

ふわりふわりと横断歩道を駆けていく柔らかなくせっ毛。それが視界の端に入って。
すぐに桃佳だと確信した。確信と言うより直感的にそうだと分かったと言った方が正確かもしれない。いつでもその姿を求めている自分に、多希自身も気が付いてはいなくても。
喜びで目を細め、多希はその姿を追おうと一歩踏み出した時、彼女の手を引いているもう一人に気が付いた。桃佳の手を取り、横断歩道を駆けいていく駿を。
その場面を見た時、多希の中の時間は確実に止まった。
手を繋いで横断歩道を共に駆け抜け、その先で穏やかに微笑み合うふたり。しっかりと指を繋ぎあい雑踏に消えていくふたりの後ろ姿を、多希はただぼんやりと眺める事しかできなかった。初めてふたりを見付けたあの日のように、とても後をつけるような気力は湧くはずも無い。
ただ目を逸らして、自らも背中を向けるしか……

ふたりが去って行った方向とは反対側に向かって多希は歩きだす。行くあても、何もかもがもうどうでもよくなっていく。
「……くっ」
顔を手で覆い隠すようにしながら俯き、その口から小さな笑い声が漏れた。酷く自嘲的で、どこか暗い笑い声が。人を避けて路地裏へと滑り込み、薄暗い壁に背を預けると、多希はこらえきれないように小さく笑い声を上げ始めた。体を揺らし、少しの間そうやって自分を嘲笑う。
あまりにも自分自身の考えが馬鹿げていて。大事なことをすべて忘れてしまっていて。そんな自分を嘲笑う。
あれほどゲームだと言い聞かせていたはずなのに、多希の中からはゲームの事などすっかり消えてしまっていた。桃佳を抱きしめ、そのぬくもりを感じるほどに、そのことだけが真実のように思っていた。けれど、それは違う。
桃佳はずっと駿の彼女。あの笑顔もぬくもりも、本当は駿に向けられるべきもの。……自分のものではない。そんなことは理解しているつもりでいた。けれど、微笑み合うふたりの姿を目の当たりにしてしまうと、体中が引き裂かれるような痛みを感じた。昨夜の彼女のぬくもりの残る体は、一層その痛みを強く感じるような気がする。
「……バカだな……」
呻くような多希の声が、暗い路地に消えていく。
自分のものにしたようなつもりになっていた。けれど本当は絶対に手に入らないその存在。
分かっていても、それでも離れられない自分が愚かしくて、悲しい。離れることもできずにゲームを続けても、その先に待っているのは桃佳が駿のところに帰っていくという結末だとしても。

多希を言いようのない虚しさが襲った。
求め続けても手に入らない事実を見せつけられて、もう全てがどうでもよくなってくる。もうどうでも……何もかも、どうでも……
多希はふらりとした足取りで、路地の奥へと消えていった。




どこをどう歩いたのかもよくは分からなかった。ただ、見慣れた建物が見え、そこを目指す。いつも桃佳が待っていてくれているその建物に。
けれど、今日は桃佳は自分を待ってはいない。
そう思うと、多希の胸はずきりと痛む。どうでもいいと思ったはずなのに、何かにつけて考えるのは桃佳の事ばかりだった。今頃ふたりは一緒に過ごしているのかもしれない。桃佳の柔らかな頬に、駿が触れているかもしれない、そんなことを思うと、激しい嫉妬と同じくらい虚しい気持ちに襲われる。もういっそのこと、桃佳の事など忘れてしまえたらいいのに、と多希はまた小さく笑った。

階段を上り、自室に向かう。ひとりになりたかった。それなのに階段を上りきったとき、自分の部屋のドアの前に誰かが蹲っているのが見えた。その人物は足音に気が付くと、ぱっと顔を上げる。
「柴山さん!!」
部屋の前で蹲っていた美緒は、嬉しそうに顔を輝かせると、立ちあがって多希に向かって頭を下げた。
「あの、ちょうど近くまで来たものだから、柴山さんいるかと思って……あの、柴山さん?」
説明している美緒を見ることもなく、多希はドアに鍵を差し込んで室内に入って行ってしまった。
「え? 柴山さん?」
美緒はあたふたしながらも、多希の後を追って彼の部屋へと入っていく。
「お、お邪魔しまぁす……」
小さくそう言いながら、きちんと靴を脱ぎ、玄関に上がる。開け放たれた居間のドアから、壁にもたれかかるようにして座っている多希の姿が見えた。室内に入り後ろ手に居間のドアを閉める。多希はどこかを見詰めたままで、何の反応も示さない。いつもとは明らかに違うその様子に、美緒は緊張しながらも多希の側にそっと座った。
「柴山さん……」
声をかけられ、多希は視線を動かすこともなく、ただ少しだけ煩わしそうに眉をひそめる。
「……何しに来たんだ」
いつもの丁寧な話し方とは違う、どこかぞんざいな口調。今の多希は、自分を演じることさえどうでもいい。そんな多希に、美緒の緊張は一気に高まった。
「だから、何しに来たんだ」
押し黙っている美緒に苛ついたように、鋭い視線を向ける。美緒は一瞬体をびくりとさせたものの、向けられた瞳に酷く暗い色を見つけて目を見張る。
いつもとはまるで違う多希。けれど、どこかいつもよりも不自然さを感じさせない多希。これが素の柴山多希なんじゃないかと、美緒は思った。いつもの状態を保てないほど、何かがあったのではないかと……
美緒はおずおずと手を伸ばし、多希の肩にそっと手を置く。
「……柴山さん、何かあったんですか……?」
肩に置かれた美緒の手を乱暴に手で払い、多希はふっと歪んだ笑みを口元に浮かべた。
「だとしたら何? あんたが慰めでもしてくれるわけ? ……どうでもいいけど、ひとりになりたいんだ」
歪んだ笑みを引っ込め、多希は再び美緒から視線を外す。その冷たいとしかいいようのない態度に、美緒は口を閉ざしてしまっている。傷つけてしまったかもしれないけれど、これでいいと多希は思った。本当にひとりになりたかったし、今は美緒の相手をしている気分ではなかったから。
しかし、多希の思いとは裏腹に美緒は動こうとしない。多希は小さく溜め息をついたものの、それ以上何かを言う気にもならず、自分の世界に閉じ篭る。

「……私でよければ」
小さな声と共に、多希の体に柔らかな感触が押し付けられた。美緒が横から多希の体を抱きしめている。
目の前に流れる豊かな黒髪、豊満な胸の感触。そしてどこか甘ったるい香り……余りにも全てが桃佳とは違って、逆にはっきりと多希の中にその姿を浮かび上がらせる。余りにもはっきり過ぎて、苦しさに多希は顔を歪めてきつく目を閉じる。
身じろぎしない多希に、美緒はそっと唇を重ねた。始めは恐る恐る。けれど、やはり拒否を示さない多希を見て、更に深く口づけていく。多希は美緒の行為に拒否をしない代わりに、応えることもしない。ただ、まるで魂の抜けてしまった人形のようだ。そのことに美緒も気付いていないわけではなかった。けれど、それでも構わないと思う。ずっと憧れていた人に、こうして触れられるだけでいいと。
「私でよければ、慰めますから……」
するすると微かな衣音を立てて、美緒が身につけている衣服を脱いでいく。その様子をただぼんやりと多希は眺めていた。

俺が欲しいのはこの人じゃない……

そう思いながらも、美緒を撥ね退ける気力すら湧かない。目の前にすっかり下着まで脱いだ美緒の魅力的な体があるというのに、気持ちは少しも昂ってはこなかった。……勿論、体も。
けれど、ジーンズのジッパーを下ろされ、おずおずとそこに顔を埋めるようにした美緒から唇と舌で愛撫を加えられると、さすがに直接的な刺激に多希の体も反応を示す。
「……っ」
形のいい眉を寄せ、多希は目を細める。口からは苦しげな吐息が漏れた。いつ頃からか桃佳以外に興味を持てなくなった多希は、他の女を抱くことも自分で処理することもしなくなっていた。久々の甘い刺激に、気持ちは付いていかなくても体は素直な反応を見せる。
美緒は薄暗くなった部屋の中で、顔を埋めたまま隠微な水音を立て続けている。しっかりと硬さを得たそれから唇を離し、顔を上げる。
「……私、誰かの代わりでもいいですから」
そう言うと、多希の上に跨りゆっくりと腰を下ろしていく。
「……っァア!」
切なげな声を上げ、胸を押しつけるようにして多希の頭を抱え込む美緒。さっきとはまた違う隠微な音が部屋に響いた。
与えられる快感に呑み込まれそうになりながらも、多希は自ら美緒に触れることも抱きしめることもしなかった。




桃佳は駿と昼食を済ませると、彼のバイトまでの時間を一緒に過ごしてから駅でその後ろ姿を見送った。駿と一緒に過ごした後に多希との待ち合わせの場所に向かう……そんな自分が嫌なわけはなかった。けれど、桃佳はまっすぐに多希との待ち合わせの場所に向かっていた。
「……遅い」
待ち合わせの時間をもう三十分も過ぎているというのに、多希は待ち合わせの場所にやってこない。何度か携帯に電話を入れてみたものの、呼び出し音は鳴っても一向に繋がらないまま。
「どうしたのかな」
少しだけすねた顔をしているものの、その胸の中には不安が渦巻く。もしかしたら来られない事情でもできたのかもしれないと。仕事ならばいい。けれど、もしも急に具合が悪くなって出てこられなくなっているんだとしたら? たった一人で部屋で苦しんでいるんだとしたら?
そんなことを考えると、いてもたってもいられないような気持が湧いてくる。

「あ、もしもし桃佳です。待ち合わせの場合に来ないから……えーと、これから多希さんの家に行ってみようと思ってます……もしもこの留守電聞いたら電話してください」
自分でもよく分からない焦燥感に駆られ、多希の携帯にメッセージを残しながら桃佳は駆け出していた。焦ったところで電車が早く来るわけでもないのに、はやる気持ちを抑えられない。
『駆け込み乗車はおやめ下さい』
のアナウンスなど無視して電車に乗り込み、ゆっくりと動く景色をどこかイライラした気持で桃佳は眺めていた。

少しずつ陰りはじめた街並みが、窓の外を流れていく。
桃佳の不安な気持ちを乗せて。


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