りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


99.衝撃 3

2010.06.03  *Edit 

電車を飛び降りるようにして降りた桃佳は、走ってアパートに向かっていた。

もしも多希さんに何かあったんだとしたら……

そう思うと、焦る気持ちが一層膨らむ。信号待ちのあいだ、息を整えながらカバンの中から携帯を取り出すと、着信履歴をチェックする。駿からのメールが一通届いていたものの、多希からの連絡は入っていない。駿からのメールを確認することもせず携帯をしまうと、信号が青になったのを確かめて桃佳は再び走り出した。
駅からアパートまではそれほど離れてはいないというのに、その距離がとても遠くに感じてじれったい。目指す場所が見えた時、桃佳は荒い息を気にすることもなく更にそのスピードを速めた。
一気に階段を駆け上り、部屋の前に駆け寄る。多希の部屋の前に着いた時、桃佳はとても安心した。きっとここに多希がいると思ったから。
チャイムを鳴らそうと思って伸ばした指をその寸前で止める。
「もしかしたら寝てるかも……」
小さく口の中で呟く。
多希が待ち合わせの場所に来なかったのも、連絡が来ないのも、きっと体調を崩して寝込んでいるからに違いないと、確証もないのになぜか桃佳はそう信じ込んでいた。
だからチャイムは押さずに玄関のドアノブにそっと手をかける。ドアは桃佳の予想通り何の抵抗もなく開いた。

ほら、やっぱりそうだったんだ。

そう思うと、ほっとして知らず知らず笑顔がこぼれる。
なるべく静かにドアを開け、それでも急いで靴を脱いで玄関に上がる。夕暮れの薄暗さと、焦る気持ちで桃佳は玄関の端の方に綺麗に揃えられた女物の靴に気がつくことはなかった。
完全に安心しきって居間のドアに手をかけようとした時、それは聞こえてきた。
「……ぁ」
微かな声。多希のものとは違う、高く細い声。上ずったようなその声は、甘く切なげだった。その声の意味が分からないほど、桃佳もバカではない。けれど、きっと体調を崩して寝込んでいるはずの多希の部屋からそんな声が聞こえてくるはずもないと、それでも浮かんだ答えを桃佳は自分の中で否定した。
「……ァ……はぁ……」
それでも部屋の中から洩れてくる声。
覗いてはいけない。
桃佳の中で激しい警告音が鳴り響いているというのに、彼女はふらふらと居間のドアに手をかける。
約束していたのに、行くって言っていたのに、そんなはずがない!!
鳴り響く警告音さえ抑え込むように、桃佳は心の中で大きく叫ぶ。……そして、居間のドアを開けた。

「……!!」

薄暗い部屋の中、それでもそこにいる男女の姿ははっきりと見えた。
切なげに眉を寄せ、けれどどこかぼんやりとした表情の多希と、彼に跨り、女の目からも美しいとしか言いようのない体を揺らして甘い声を上げる全裸の美緒……
美緒の押し殺したような切なげな声に交じって、濡れた音が桃佳の耳に届く。
見たくもないのに、目はふたりに釘付けになり、帰ろうと思うのに、足は動かない。心臓が嫌な音を立てている。壊れてしまいそうだった。

なんとなく違和感を感じて、美緒は視線を入口の方に向けた。いるはずのない人物の姿を見つけて、美緒は声も出せずに汗ばんだ自分の体を抱きしめるようにして隠す。
「……っ、モ、モモちゃんっ!」
自分の名前が呼ばれ、桃佳は体をビクンとさせた。
「……モモ?」
ぼんやりしていた多希の目に、急速に力が戻る。驚いたように目を見開いて、居間の入り口に立つ桃佳を見た。多希と桃佳の視線がぶつかり、桃佳は咄嗟にその視線をかわす。
「あ、の……す、すいません。どうぞ……続けてください……」
自分でも何を言っているのかよく分からない。口元にやっとの思いで笑みを浮かべ、気を抜いてしまえば座り込んでしまいそうなほどがくがく震える足を励まして、ゆっくり後ずさり居間のドアを閉める。
「モモ!!」
ドアの向こうから多希の呼ぶ声が聞こえたけれど、桃佳はその声を無視して転びそうになりながら靴を履くと、震える手で自分の部屋のドアを開けて中に飛び込む。大きな音をさせてドアを閉めると、素早く鍵とチェーンを掛けた。
ふらふらと部屋に入り、窓を開ける。生ぬるい風が、あんな場面を見て火照ってしまった顔の熱をほんの少しだけ慰めてくれるような気がする。
「……っふ、う……っ」
がくがくと震えていた足は自分の部屋に戻ってその役目を終えたように、完全に力を失ってしまう。桃佳はその場に座りこみ、必死に嗚咽をこらえながら、ぼろぼろと零れてくる涙をぬぐった。


「び、びっくりした……モモちゃんにヘンなとこ見られちゃいましたね」
そう言いながら、美緒は胸元を手で隠したままで、バツが悪そうに笑った。他人にセックスの現場を見られたのはこれが初めてだ。すっかり甘い空気は消え、『さあ続きをしましょう』などという気にもならない。
「……柴山さん?」
多希は桃佳が出て行ったドアの方を切なげに、そして苦しげに見つめている。そんな様子を美緒は、妹にこんな現場を見られてしまったことを気にしているのだろう、と思った。
「だ、大丈夫ですよ。モモちゃんだって子供じゃないんだから、びっくりしたかもしれませんけど、柴山さんが心配することないですって」
わざと明るい声でそう言う美緒。確かにふたりが本当に兄妹だったなら、美緒の言うとおりだったのかもしれない。けれど、ふたりは兄と妹なんかではないのだ。
「……てくれ」
「え?」
「帰ってくれ」
「柴山さん……?」
多希は立ち上がると、乱れた服装を直す。さっきまで美緒を貫いていたそれは、もうすっかり普段の状態に戻ってしまっていた。
乱暴にドアを開け、玄関に置いてある桃佳の部屋のスペアキーを掴んで廊下に出る。

どん!
その音に、桃佳は体を固くした。すぐに自分の部屋の玄関ドアが叩かれたのだと知る。
「モモ」
ドアの外から多希の声がする。桃佳は両手で耳を塞いだ。
「モモ、開けてくれ。モモ」
桃佳は耳を塞いだままで首を大きく横に振り続けた。なにも聞きたくない……なにも知りたくない……そう心の中で繰り返す。
かちゃりと、多希がスペアキーで鍵を開けたのだとわかる音が響く。その後にドアの開く音、そしてそれがチェーンロックによって阻まれてしまった音。
いつもならかけられていないチェーンロックに、多希は顔をしかめる。ドア一枚隔てたところに桃佳がいるというのに、その存在は果てしなく遠い。わずかに開いた隙間から、多希は部屋の中の桃佳に声をかける。
「モモ。開けてくれ」
「ゃ……です。嫌です」
「モモ、違うんだ」
「何が……違うんですか? いいじゃないですか。私には、多希さんと美緒さんの事をどうこう言う資格はありませんから」
突き放すような桃佳の声に、思わず多希は玄関のドアを拳で力任せに殴りつける。腹が立って。腹が立って。自分に腹が立って多希はそうせずにいられなかった。ガン!! という大きな音に、部屋の中で桃佳は体を固くした。二度その音が響いた後、バタンとドアが閉められて静かになる。

行ってしまった……
そう思うと、桃佳の瞳からはまた涙が溢れた。


自室に帰ってきた多希は、着替えをしている美緒には目もくれず、大股で窓に近づくと、窓を大きく開いてベランダに出た。
「柴山さん!? なにしているんですか!?」
美緒の制止の声も聞こえないように、身を乗り出して隣の桃佳の部屋に向かってベランダを乗り越える。薄暗い時間。一歩間違えば落ちてしまうかもしれないというのに、多希は何の迷いもなくベランダを越えていく。
「柴山さん!!」
美緒はまだ身につけていない衣類をかき集めて胸元を隠すと、ベランダに駆け寄る。そこにはもう多希の姿はなかった。思わず下を覗き込んだものの、そこにも多希の姿はない。隣の桃佳の部屋から、窓を開ける音がした。多希は無事にベランダを乗り越えたらしかった。
美緒はほっとしてその場にへたり込む。そしてふと思った。ただの妹のために、これほどまでに必死になるものだろうか……と。


急に大きく開かれた窓を、桃佳は驚いて見つめた。そしてそこに立つ人物を見て更に驚く。
「多希さん……なんで」
それから真っ赤になった目を隠すように、多希に背中を向ける。
「ふ、不法侵入ですっ。出ていって下さい」
「モモ……泣いてたの?」
真っ赤に腫れた目を、多希は見逃してはいなかった。もしも桃佳が自分のせいで泣いているのなら嬉しいという思いが湧く。……我ながら歪んでいるなと、多希は小さく笑った。
「ち、違いますっ。ちょっとびっくりしただけですっ」
「声が震えてる」
言われて桃佳は唇を噛んだ。泣かないように必死に強がっていることを見透かされた気がして。

前に回り込んだ多希が、桃佳の顎に指をかけて、くいと上を向かせる。桃佳の目に、苦笑いをしたような多希の顔が映った。
「やっぱり泣いてた」
言い当てられ桃佳は口をへの字に曲げ、顔を背けて多希の指から逃れる。
「美緒さんのところに戻ったらいいじゃないですかっ。こんなところにいないで……美緒さんのところに……」
そんなことを言いたいわけではないのに、桃佳の口からはそんな言葉ばかりが出てくる。これではまるで嫉妬しているようじゃない。そう思った瞬間に、それが紛れもなく『嫉妬』であることに気が付いた。
「ごめん、モモ」
ふわりと多希が桃佳を抱きしめた。そっと。けれど、絶対に逃げられないくらいにきつく。
抱きしめる多希のシャツから、甘ったるい香水の匂いがして、桃佳はかっと頭に血が上る。それは間違いなく美緒の香り。その香りから逃れたくて腕の中で身を捩るものの、多希はぎゅっと腕をまわして桃佳を離そうとしない。
「ごめん、モモ」
その言葉を繰り返して。
「……っ、やだ!! 離してください!! こんな、こんな美緒さんの香りのする多希さんは……イヤ!!」
頭に血が上って、冷静さを保つことができない。必死に耐えていた涙が再びせきを切ったように溢れだして止められない。それと同時に、次々に言葉も溢れだす。
「約束……したじゃないですか!! ずっと、ずっと待ってたのに……何かあったんじゃないかって心配してたのに……こんな……こんなこと……ずるい。これもゲームなんですか!?」
しゃくり上げながら大声を出し、両手で多希の胸を何度も何度も殴りつける。多希は抵抗することもなく、桃佳の拳と言葉を受け止めている。
「美緒さんの匂いがする……イヤ……離して……多希さんから美緒さんを感じるなんてイヤ……!」
何度も多希の胸を殴りつけ、大声を出し、我慢もせずに泣く。こんなにも激しい自分がいることを、桃佳は今の今まで知らなかった。それほどまでに激しい気持ちが自分の中にある事も。
「約束……破ってごめん、モモ」
全てを受け止めながら、多希がそっと囁く。
激しい言葉をぶつけられているのに、多希の心は満たされていた。桃佳の全てが今は自分に向かっていることが分かったから。それが多希と同じものかは彼には分らなかったものの、今この瞬間、桃佳は自分を思ってこんな激しさをぶつけていることだけは、間違いのないことのような気がしたから。

ぎゅっと更に力を込めて抱きしめ、何度も耳元に囁く。
「ごめん、モモ。ごめん……」
するすると桃佳の体から力が抜けていく。その代わりに彼女の顔はみるみる歪み、声を上げて泣き始めた。わあわあと声を上げ、まるで子供のように。
多希はその背中をそっと撫でる。何度も何度も桃佳が落ち着くまで。
泣いたせいでいつもよりも高い桃佳の体温を感じながら、もう二度と何があってもこのぬくもり以外を近づけたりはしないと心に誓う。
「……モモが好きなんだ。信じないかもしれないけど、本当に俺はモモが好きなんだ……」
その言葉に桃佳は目を細める。瞳に溜まっていた涙が、一気に流れ出す。泣き声は止まっていた。
「これは、もうゲームじゃない……好きなんだ」
切なげで甘い、囁く声。
力が抜けてだらりと重力に従っていた桃佳の腕がゆっくりと動き、多希の背中にまわされる。そしてぎゅっと力を込めて多希の体を引き寄せる。



ほら、もう誤魔化せないでしょ?


どこかで囁く自分の声を桃佳は聞いた。今度はその声を閉じ込めることはできない。


『惹かれている』なんて言葉では済まされない。
確実にこれは『恋』。


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