りんどう庵

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


102.揺らぐ心

2010.06.17  *Edit 

微かにチャイムの音が聞こえたような気がして、桃佳は目を擦った。ぼんやりと寝ぼけたままで起き上がり、大きな欠伸(あくび)をひとつする。あれから多希と一緒に食事をして、帰ってきたのはかなり遅い時間だった。色々なことがあった一日で疲れていた桃佳を気遣った多希とは玄関の前で別れたのだった。手元にある時計を見ると、もうすぐ11時になろうかという時間だった。
「ふああ……」
欠伸の途中に今度ははっきりと聞こえたチャイムに驚き、そこで欠伸は止まってしまった。

ぴんぽ~ん

そのどこか間の抜けたような音は、間違いなく桃佳の部屋のものだ。慌てて桃佳は玄関に走って行く。扉は開けずに部屋の中から返事を返した。
「はぁい」
「あ、桃佳!! みなみだよっ」
「み、みなみちゃん!?」
扉の向こうから聞こえた予想外の声に、桃佳は思いっきり動揺してしてその声は裏返ってしまう。今日みなみがここを訪れる予定は全くなかったのだから。それでも彼女を扉の外で待たせておくわけにもいかない。さっきまで寝ていたのでラフすぎる格好だったけれど、相手がみなみならば構わないだろうと。
「どうしたの? みなみちゃん」
そう言いながら玄関ドアを開ける。そして、瞬時に開けたばかりの扉を閉めた。そこには、みなみの他に章吾と駿が立っていたのだから。
「な、な、な、なんっで!?」
自分の行動があまりにも失礼だったと思い、桃佳は玄関ドアを少しだけ開けて顔を覗かせる。
「……えー? 桃佳、聞いてないの? ちょっと、駿君、ちゃんと桃佳に言っておいてくれたんじゃなかったの?」
「いや、ちゃんと連絡しておいたはずなんだけどな……」
「だって桃佳知らなかったじゃない」
「あ、あの?」
何やら揉めている様子のみなみと駿に、訳のわからない桃佳が割って入る。酷い格好ではあったけれど、幸い部屋の中が散らかってはいない。このまま玄関前という公共スペースで揉めているのもどうかと思い、桃佳はドアを開いて友人たちを中に招き入れることにした。
「とりあえず、入って? ごめんね、酷い格好で」
苦笑いをしながらも桃佳がドアを開くと、三人は顔を見合わせてぞろぞろと中に入ってきた。

「昨日メールしたんだけどなあ」
頭を掻きながら言い訳するようにみなみに言っている駿の言葉にはっとして、桃佳は放り投げたままだった携帯を慌てて拾い上げる。確かに昨日、駿からメールがあった。そのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。メールには、明日……すなわち今日、みなみと章吾とふたりで桃佳の部屋に行こうと思う、という文面があった。もう一通、都合が悪ければ連絡してほしいというメールが後から届いていた。
「ご、ごめんなさい。私、全然メール見てなくて……」
「あ、やっぱり桃佳知らなかったんじゃない。もう、駿君も詰めが甘いんだから」
みなみが呆れたように駿の背中をドンと叩く。
「ごめん。バイト中だったから電話できなかったし、バイト終わるの遅かったから、もう寝てるかと思って」
駿は申し訳なさそうに苦笑いをする。それからふわりと優しく微笑んだ。
「……でも、かえってラッキーだったかな。連絡がうまくいかなかったおかげで、こうして清水のいつもは見られないような恰好を見られたんだから」
そう言うと、桃佳の頭に優しく手を添えた。それから、はにかんだように「本当は章吾には見せたくなかったなあ」と呟く。
いつもと同じ、優しい駿の態度。桃佳はあまりの罪悪感に震えだしそうな体を必死にこらえた。
昨日、多希と美緒の事があって桃佳はすっかり混乱していた。熱に浮かされるように自分の気持ちを多希に伝え、彼の気持ちを受け入れた。あの瞬間、多希を選ぼうと本気で思っていた。駿にも自分の口から伝えようと思っていた。けれど熱を孕んで蕩けだしそうな思考は、全くというほど現実を見ていなかったのかもしれない。さほどの罪悪感さえ感じていなかった、それが現実を見ていなかったなによりの証拠。自分を側で包み込むように優しく見つめている駿を気持ちの上でも裏切ってしまったこと。それはとてつもなく重く、急激に桃佳に圧し掛かってきた。
本当にこの人を傷つけることなんてできるのだろうか、と思ってしまうほどに。
「わ、私、ちょっと着替えてくるね」
誤魔化すように視線を彷徨わせ、桃佳は寝室に飛び込む。アコーディオンカーテンを引き、空間を区切ってひとりになった途端に膝からすとんと力が抜けた。

どうしようどうしようどうしよう……

今更ながらそんな感情に襲われる。
熱に浮かされたようになっていても、多希に告げたあの言葉に嘘はない。確かにこれは恋。きっとそれ以外に名前のつけようのない思い。では、駿に対する思いは? 冷静になって、駿の顔を見て、桃佳は彼が大事だと思う気持ちには変わりがないことをはっきりと知る。それでもやはり、多希に感じている思いとはどこか違う。何が違うのか、どこが違うのかそれは分からない。けれど、大事な存在に変わりはない。
迷い始める自分に桃佳は嫌気がさしてくる。傷つけることを恐れる自分。なくすことを恐れる自分。でも失いたくないと切実に思ってしまう自分。どれもが本当の気持ちで、あまりにも優柔不断で卑怯な自分を思い知らされる。
それでもここに閉じこもっているわけにもいかず、桃佳は服を着替えると三人の元に戻った。
「なんかごめんねえ」
出てきた桃佳に、みなみが片手で拝むようにして苦笑いをする。
「ううん。私の方こそ、ごめんね」
桃佳は曖昧に笑ってみせる。その瞬間駿と目が合い、どくんと低い音が鼓膜を震わせた。まっすぐに駿の目を見ることができない。思わず唇を噛み締めた。
「あの、今日はそろってどうしたの?」
自分の中の気持ちを誤魔化すように、三人の突然の訪問の理由を尋ねる。すると、みなみがおかしそうに笑った。
「それがね、章吾がピザ作ってくれるんだってさ。今ピザ屋でアルバイトしてるじゃない? 毎日作り方見てるから作れるって言い張るんだよね。そんなの見てるだけで作れるはずないってば」
笑いを堪えながら桃佳に説明しているみなみに、章吾は拗ねたような視線を向けて反論する。
「だから、作れるっての。みなみひとりに食わしても、絶対まずいとか言い出しそうだから、ふたりには証人になってもらおうと思ってね」
「そうそう、まずさを証明する証人にねっ」
「あのなあっ」
とうとう堪え切れずに笑い出してしまったみなみに、ムッとした章吾が詰め寄る。苦笑いをしつつふたりを見ていたものの、このままここで喧嘩されても困る。

「まあまあ」
「そこまで」

今にも喧嘩を始めそうなふたりに、駿と桃佳は図らずも同時に声をかけていた。同時に声を発したことに驚き、目を瞬かせて駿を見ると、彼もまた桃佳を見て驚いたように目を見開いている。それからふっと笑みを零した。
「……なんか、気が合っちゃったね」
そんな小さなことを嬉しいと感じていることが桃佳にも伝わってきて、息苦しくなってくる。そんな小さなことを積み上げてきた日々が、頭の中で一気に通り過ぎていく。
「うん。そう、だね」
必死になって桃佳も笑顔を作った。こんな風に駿に笑いかけてもらえる存在ではないのにと、心の中で悲鳴が上がった。

「……なんか見せつけられてる? 俺ら」
苦笑いをして章吾がそんなふたりを見つめていた。傍から見れば、微笑ましく見えるふたり。けれど、桃佳から事情を聴いていたみなみには、彼女の酷くぎこちない態度はすぐに分かった。
「ねえ、章吾。早く買い物してきてそのピザとやら作ってみなさいよ」
わざとからかうような口調で、みなみが章吾を肘でつつく。桃佳と連絡が取れていなかったので、材料は買ってきてはいなかったのだ。
「おう、じゃ、買い物行かないとな」
「はいはい。じゃ、行ってらっしゃい」
みなみは座り込むとにっこりと章吾に手を振った。
「なんだよ、みなみ。お前は行かないのか?」
「行くわけないじゃない。行ったら変に助言しちゃいそうだもん。ってことで、章吾と駿君、ふたりで行っておいで」
「え? 俺も?」
突然に指名された駿は、びっくりしたように自分を指さす。
「今日は男の料理ってことで、駿君もお呼びがかかってるんだから、しっかりよろしくね」
『いや』とは言わせない、目力をふんだんに含んだ瞳でにっこりと微笑まれ、章吾も駿も肩を竦めると言い返す言葉もなく買い物に出かけて行った。

「すごい……」
思わず桃佳は感嘆の声を漏らしていた。男ふたりを目力のみで動かすような芸当、自分には到底無理そうだ。そんなことを思っていると、みなみから大きなため息が漏れた。
「桃佳」
しっかりと名前を呼ばれ、桃佳は思わずしゃんと背筋を伸ばす。けれど、何かを窺うようなみなみの視線と出会い、しゃんと伸ばされた背中は俯いた顔と一緒に丸く縮こまってしまう。みなみが何かに気が付いただろうことに、桃佳もまた気が付いたから。鋭いみなみを誤魔化すことはできそうもない。
「何か……あったの?」
気遣わしげなみなみの視線を避けるように、桃佳はそっと顔を背ける。どう答えていいのか分からず、口を開きかけては唇を噛む、
「……自分の気持ち、分かったの?」
返事のない桃佳の代わりに、みなみが核心を突いてくる。その言葉に桃佳は白くなるほど、強く唇を噛み締める。それから震える声で小さく答えた。
「……わ、分からないの」
「分からない?」
「私……多希さんに対する自分の気持ちが、恋だってやっとわかったの……でも、でも駿ちゃんが大事だって気持ちにも変わりがなくて、どうしていいのかわからなくて……
昨日の夜は、多希さんを選ぼうってそう思ってた。でも、さっき駿ちゃんの顔を見たら、この人を傷つけるようなこと、私にできるのかなって……そう思って。罪の意識ばっかり大きくなるだけで、どうしていいのかもう、分からなくて……」
縋るような気持ちで桃佳はみなみを見た。しかしその顔にはいつもの穏やかさはなく、眉を寄せた厳し表情が浮かんでいた。多分、桃佳が初めて見る、みなみの『怒った』顔。

「あんた……何言ってんの?」

怒りに満ちた声に、桃佳は小さな体をびくりと震わせる。それくらい、みなみの声には怒気が籠っていて。その表情も然り。
「みなみちゃ……」
「何言ってるか、分かってるの?」
やはり酷く怒った声に、桃佳は言葉を無くす。体中の血が、さあっと引いて行くのが分かった。
「多希さんを選ぼうと思ったけど、駿君の顔見たら、どうしていいかわからない? 桃佳、いい加減にしないと、あんたふたりともなくすよ」
その言葉に、返す言葉もなかった。あるはずもない。みなみの言っていることは正に正論。
「なくすってより、どっちもあんたから離れるよ」

それはイヤ。
自分の中で上がった声に、罪悪感はさらに膨れ上がる。こんなにもずるい自分など見たくなくて、ずっと見ないふりをしてきたのだから。
「どっちも選べないってことは、両方なくす覚悟はできてるんだよね!?」
きっと睨みつけるようなみなみの視線に、桃佳は更に小さく縮こまる。できることなら消えてしまいたくなるほどに。
「……私、私は……」
小さく呟くものの、その後は言葉にならなかった。何を言っていいのかもわからない。そんな様子の桃佳に、仕方がない、というようにみなみはまたため息をつく。
「いい? 選ぶことは、誰かを傷つけること。それが怖いのは分かる。でも桃佳。あんたが怖がってるのは、誰かを傷つけることじゃなくて、誰かを傷つけることで自分が傷ついてしまうことじゃないの?」
その言葉にはっとして桃佳は顔を上げてみなみを見た。そこには、さっきまでの厳しい表情はもうない。どちらかというと、自分の発してしまった言葉でうろたえている桃佳を気遣うものだった。
「……あのね、怖いのはわかるよ。でも怖いからって自分を守っていることは、他の人をもっと傷つけることじゃないの? 傷つくことを恐れて曖昧にしていても、いつかそれは自分に何倍にもなって跳ね返ってくるの。周りに人間も巻き込んでね……」
「みなみちゃん……」
過去に何かあったのか、みなみの目には悲しげな色が浮かんで消えた。それから、桃佳のくせっ毛をわしゃわしゃと撫でつけ、苦笑いを見せる。

「あんたが誰を選んだって、私は味方だって言わなかったっけ? ……だからさ、いい加減、けじめつけなさい」

みなみの言葉が胸に突き刺さる。
そう、自分は誰かを傷つけることで自分が傷ついてしまうのが怖かった……

『駿ちゃんを傷つけるのが怖かった。優しい人を傷つけて、傷つく自分が怖かった』

答えはきっと出ていたはずだったのに。それなのに逃げ続けてきた。
それこそが、なによりもひどい仕打ちだと知っていて。

「なんとなく、あんたから相談された時から分かってたよ。どっちを選ぶのか……」
ふっと目の前で微笑むみなみに、桃佳はその顔をじっと見つめたままで唇を噛んだ。
「でも、今日は楽しく過ごそうね?」
桃佳は大きく頷いた。




スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

 管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。