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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


103.交錯する思い

2010.06.18  *Edit 

不安、嫉妬、焦燥、落胆……胸を占めるネガティブな感情たち。ドロドロと渦を巻き、捕らえられ、深く沈んでしまいそうになる。

気持ちを落ち着かせるように、冷えた缶コーヒーを渇いた喉に流し込んだ。冷たいそれが喉を流れる感覚は、少しだけ気持ちを落ち着かせてくれて、多希はほっと息をついた。

隣の部屋に響いたチャイムの音。ドア越しに聞こえた男の声……弟が来たのだとすぐに理解した。どうやらひとりではなさそうなことも分かっていたけれど、桃佳の部屋に駿がいると思うだけでじりじりと炎にでも焼かれるような気分だった。
今すぐにでも隣の部屋に行って、「モモは俺のものだ」と宣言できたならどれほど楽になれるだろうと、そんなことさえ思ってしまう。
窓を開け、部屋の中の淀んだ空気を入れ替える。空は、今の多希の気持ちを象徴しているかのように、重たそうな雨雲が一面に広がっていた。大きく深呼吸をしても、あまりすっきりしない。体調のせいではない。気持ちの問題だということはよく分かっていた。

「モモ……」
小さく呟いて、長い睫毛に縁どられた目をそっと伏せる。
昨日自分の事を好きだと桃佳は言ってくれた。はっきりとした記憶のはずなのに、ひどく曖昧な気がして不安ばかりが募る。誰かを想うことはこんなにも不安を伴うことだなんて、知らなかった。しかも想いが通じてからの方が、その不安感は比べ物にならないほどに大きい。自分のものだと思えば思うほど、自分の手の届かないところにいることがもどかしくて堪らない。
イライラする気持ちを抑えきれず、大きくため息をついた。
けれど、耐えなければならない。そのこともよく分かっている。
これは、きっと自分が駿に与えた不安そのものだから。こんな状況になって初めて駿の抱えていた苦しみが、自分の与えてしまった苦しみが見えて、多希は眉をひそめる。苦しめばいいと思っていた。じわじわと追い詰められてしまえばいいと思っていた。けれど、愛する者を失うかもしれないという不安感は、今までの行為を多希に後悔させるほどの力を持っていた。
だから、耐えなければいけない。
自分が与えてしまった苦しみを、今度は自分が受け止めなければならない。それで許してもらえるなんて、少しも思ってはいないけれど……

煙草を取り出して、火をつける。
ゆらゆらと所在なげに立ち上る煙を見つめながら、まるで今の自分のようだと多希は思って少し笑った。

モモ、モモ。

心の中で何度も何度も呼びかける。この苦しみを、きちんと受け止められるように。
もう二度とその手を離さずに、歩いて行けるように……

隣の部屋で楽しげな笑い声が響いた。その声から逃れるために部屋から出ることもできず、ただ多希は悲しげにその声を受け入れ続けることしかできなかった。




「章吾、それ、ホットケーキ!?」
みなみが試作として焼き上がった章吾曰く『ピザ生地』を見て、おなかを抱えながら、笑い声で切れ切れの声を絞り出す。
「……おっかしいなあ」
章吾はみなみの笑い声と、出来上がったピザ生地とは言い難い物体に、何度も首をひねった。思わず桃佳もぷっと吹き出してしまいそうになるのを必死に堪えている。さすがに自分まで笑ってしまったら、章吾の立場もないだろうと。
「ねえ、ねえ、桃佳。あれはないよね? 出来上がる前から、食べたくないんですけどっ」
「そ、そんな、みなみちゃんっ、そ、それは言いすぎ……ぷっ」
何度見ても、確かにピザ生地というよりはホットケーキなそれをしっかり見てしまい、つい桃佳も堪え切れずに吹き出しそうになる。失礼だぞ、私!! そう思えば思うほど、頬がひきつって仕方がない。
「……清水さんまで……失礼だあ」
「いや、でもこれ、見かけホットケーキだけど、味もやっぱりホットケーキだよ」
怪しげな物体をひとかけら口に放り込んで、顔をしかめる駿に、みなみも桃佳もとうとう堪え切れずに吹き出してしまう。
「み、見た目も味も、ホットケーキなピザ生地っ!!」
よほどツボに入ってしまたのか、みなみは涙を流して笑い転げている。桃佳も気が付けばおなかから笑っていた。

駿ちゃんと一緒で、こんな風におなかから笑ったのはいつ以来だろう……
笑う自分の声をどこか遠くに感じながら、桃佳はそんなことを考えていた。思い返そうとしても、なかなか思い出せない。こんな風に笑ったこと、もしかしたらなかったのかもしれない。ふとそんなことに気が付く。

いつだって穏やかな優しさに包まれて、温かくて幸せだった。
差し伸べられる手につかまって、安心してその背中を追いかけていた。

でもいつも包まれて守られるだけで、その居心地のいい場所から動かずに、変わろうとも思わないでいた。穏やかだけど、激しさのない関係。守ってばかりで、変化のない関係。
変わってほしいとも、変わろうとも思わず、ただただ甘やかし続けていた関係だったのかもしれない。駿がいつかのような、酷い行動に出たのも、そんな背景があったからかもしれない。変わらないと思っていたものに、少しずつ訪れた変化を受け入れられず、置いて行かれたような……そんな不安。

急にそんなことが次々に桃佳の思考をかすめていく。
そして理解する。
いつだって自分がどこかで駿に遠慮していたこと。変わろうと努力もしてこなかったこと。守られて甘えて、居心地のいい場所に留まっていただけ……恋ではないと。
けれど。
どこか自分に対する言い訳のような声が、桃佳の中で響く。
けれど、駿ちゃんの事、本当に大切に思っていたことに偽りなんかない。ずっと甘えることしかしてこなかったかもしれないけれど、それでも、それだけは本当の事。
その考えは、妙にすとんと桃佳の中に納まった。いい訳のようでも、それは嘘偽りない気持ちだったから……焦がれるような気持ちはなくても、確かにそこには安らぎがあったから。そう、まるで家族のような。

おなかを抱えて笑うみなみに突っ掛かる章吾を宥めている駿と視線が絡む。ふっと駿から零れる、困ったようでいて、けれど優しい笑顔。いつでも側にあったその笑顔が何となく懐かしいような気がするのはなぜだろう。
きっといつからか、真っ直ぐに駿の顔を見ていなかったからに違いない。

もっと早く、すれ違っていた何かに気がついていたら?

考えかけて桃佳はやめた。それを考えたところで、変わりようのないものを知ってしまったから……
駿の笑顔を心に刻み付ける。深く、深く。これから自分が告げるだろう、残酷な告白で傷付くだろうこの人よりも、もっと深い傷を自らに刻むために。

そして同時にもうひとつ理解した。
多希といる自分は、きっと偽らない自分。だからこそ、いけないとわかっていながらも彼の隣を選んでしまったことを。嫌ってくれた方がいいと思っていた多希には、最初から偽ることのなかった自分。いつしかそれが、これ以上なく居心地のいいものになってしまっていた。
だから、恋に堕ちてしまった。
本当に、堕ちるように……


「今日は楽しく過ごそうね」

みなみの言葉が耳に蘇る。
桃佳は微笑みかけてくる駿に笑顔を返した。ありったけの思いを込めて。






木陰に人影。
カーテンの揺らめく窓を、そこから洩れてくるどちらかというと賑やか過ぎる笑い声を、じっと窺う人影。
見られていることには、誰も気が付いていない。後をつけられていた張本人の駿でさえ。そんな風に見られているなんて。黒い感情が渦巻いているなんて。

じっと見上げる人影。赤い唇が震えた声を絞り出す。

「駿を傷つける人は……許さない。あの女の好きにはさせない……」


過去に囚われたままの悲しい心。
美佐子には確かに見えていたのかもしれない。


多希の母、咲の姿が……



一度は錆ついて止まった歯車。
忘れかけられた歯車。
それがぎりぎりと音を立てて動き出す。


ずれた歯車に巻き込まれてしまうのは、だあれ?
ずれた歯車で傷を負うのは、だあれ?






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