りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


104.幸せに……

2010.06.19  *Edit 

「それじゃあ、また明日ね」

そう微笑んで、みなみが玄関前で手を振る。みなみにならって、章吾も桃佳に手を振った。駿が名残惜しそうな視線を桃佳に投げかけてきていたものの、事情を知っているみなみがその背中を押してもう一度手を振る。
階段に消えていった背中を見送り、桃佳は部屋に急ぐと窓を開けて下を見る。すぐに三人が姿を現し、ぶんぶんと大きく手を振った。
……何度も駿が振り返り桃佳に向かって手を上げる。
見えなくなるまでそうやって背中を見送り、完全見えなくなった時、桃佳はその頬に伝う涙をそっと拭った。夜風が濡れた頬から熱を奪っていく。多分、さっき最後に駿が振り返って見せた笑顔が、自分に向けられる最後の笑顔となるのだろう……はっきりとそう思った。
自分の相手が多希である以上、真実を告げた後、友達関係にも戻ることはきっとできない。笑顔なんて、向けてもらえるはずもない。それどころか、憎しみを向けられてもおかしくはない。
大事に思っていた人に憎まれたい人間なんているはずはない。けれど、これは自分がけじめをつけなければならないことだと、心を決める。傷つけ、傷つくことでしか前に進めないとしても、それでももう前に進むしか道はないのだと。

がちゃり。

鍵をかけたはずの玄関ドアが開く音がした。そんなことをできるのはひとりだけ。
桃佳は開いた窓を閉め、カーテンを閉じる。振り返った視線の先にはやはり。

「多希さん」

居間のドアを開けたところだった多希は、どこかおどおどしたような視線を向けてくる。
「来ても……大丈夫だった?」
駿たちが帰ったことを分かっていてここに来たくせに、そんなことを今更言う多希がおかしくて桃佳は小さく笑う。……笑ったつもりでいた。けれど顔が歪んでしまって、そっと目を伏せた。
「大丈夫ですよ。もうお開きになりましたから」
そんな自分を誤魔化すように、桃佳はテーブルの上に出しっぱなしになっている食器類をキッチンへと運ぶ。シンクに食器を置いた瞬間、その腕は強く引かれた。
「モモ」
多希に掴まれている場所が熱くて、苦しくて、けれど触れられていることが嬉しくて、桃佳は腕を掴んでいる彼の手に自分の手をそっと重ねる。嬉しいはずなのに、やっぱり苦しい。
「モモ……どうしてそんな顔、してるんだ?」
壊れものでも扱うかのように、多希の指先が桃佳の頬に触れる。
「だったら多希さんこそ、どうしてそんな顔、しているんですか?」
桃佳は腕を伸ばして、多希が自分にそうしているように彼の頬に指先を滑らせる。
酷く不安げに揺らめく表情、苦しさを滲ませる表情……それから、罪の意識。それらが隠しきれない多希の顔は、もしかしたら今の自分を映す鏡なのかもしれないと桃佳は思う。

大事な人を悲しませようとしている桃佳。
与え続けた痛みがやっとわかった多希。
想いが通じ合ったのに、ただ幸せだとは言えないふたり。

桃佳は多希の背中に腕を回し、その胸に顔を埋める。
「きっと同じ顔してますね、私たち」
小さくて、華奢なその体に多希も腕を回す。
「……同じかな?」
「きっと同じですよ」
そう呟いて顔を上げると、桃佳は多希の顔を見上げた。
「ねえ多希さん」
「ん?」
「ゲームは終わったんですよね?」
その質問に、多希は苦い顔をする。
「終わってるよ。俺の中ではずっと前にね」
「じゃあ」
じっと多希の目を見ていた桃佳は、堪え切れなくなったように再び多希の胸に顔を押しつける。
「じゃあ……駿ちゃんの事、今でも苦しめたいって思ってますか?」

駿の名前が出た途端に、柔らかく桃佳を包んでいた腕が固くなるのが伝わった。
「多希さん」
その答えが聞きたいと思いながらも、桃佳はどこかでその答えを聞くのが怖かった。もしも多希がまだ駿を苦しめたいと思っているのなら、自分は多希のそばにはいられないかもしれない。いや、きっといられないだろうから。
それでも、知らないままで前に進むこともできない。

空気が張り詰める。その空気を多希の重々しいため息が破った。
「……初めは、駿を苦しめたくてゲームを始めたけど、けど今は後悔してるよ。やっとわかったから……大事なものを無くすかもしれないってことが、どれほど破壊力があるってことか」
「じゃあ今は……」
「もう苦しめたいなんて思ってない。それに……モモがいるなら、もうそれだけでいいよ」
どこか悲しげな微笑みを浮かべる多希に、桃佳も同じような笑顔を向ける。

もしかしたら自己満足かもしれない。けれど多希の言葉を聞いて桃佳はほっとしていた。自分と多希の事は、兄弟の仲を裂くことにもなるだろう。だからこそ、これ以上多希に駿を苦しめたいと思っては欲しくなかった。
自分たちが憎まれたとしても、憎むことはしたくはなかったから。

突然にシャツの襟元を引っ張られ、多希はバランスを崩して前のめりになる。その唇に柔らかなモノが触れた。それは……桃佳の唇は一瞬触れただけですぐに離れた。
「安心しました」
微笑む桃佳に、今度は多希から唇を寄せる。さっきとは違う、深い深いくちづけを。

モモがいるならもう何もいらない……憎しみなんて忘れられる。

桃佳の柔らかな髪を引き寄せ、激しいキスを交わしながら多希はそう思っていた。






『皆さんに祝っていただいて、本当に嬉しいです』

幸せそうな孝幸さん。
幸せそうな憎らしいほど美しい女と、憎らしいほど可愛らしい子供……

どうして孝幸さんの隣にいるのが私じゃないのかしら?
どうして孝幸さんの隣にいるのがあの女なのかしら?
どうしてどうしてどうしてどうして……!!

確かに私はただの事務員で、孝幸さんはこの会社の跡取り。釣り合わないことは分かっていたけれど、あんな水商売の女を妻にするなんて。
どうせなら政略結婚でもしてくれたのなら、こんなにも悔しくはなかったのに……あんなに幸せそうに笑っているなんてたまらない! あんな孝幸さん、見ていたくはない!


知っていた。
手の届かない人だって。
知っていた。
孝幸さんが私の事なんて、気にも留めていないなんて。
それでも、それでも……!!



『美佐子、行ってくるよ』
『行ってらっしゃい、あなた』

私の勝ち。
逃げ出したあなたにはできなかったことを、全て私がこれからは孝幸さんにしてあげるのよ。
子供だって……ちゃんと育てるわ。だって、私の子供じゃないけれど、孝幸さんの子供だから。
いい妻になって、いい母親になって、あの人にはできなかった全てを成し遂げるの。
家族そろって幸せになるの。
お腹にいるこの子も、みんなで一緒に幸せになるの……


ああ、電話が鳴っている……
孝幸さんの携帯電話? 忘れて行ったんだわ。
仕事の電話だったら大変……早く出なくちゃ。

早く出なくちゃ……
出なくちゃ……



「美佐子!!」

突然名前を呼ばれて、美佐子は大きく目を開いた。ソファーでうたた寝していたらしい。体が痛む。
「……あ、あなた? いつ、帰ってきたの?」
心配そうに自分を見ている孝幸と目があって、美佐子は頭を振って起き上がる。
「今だよ。……大丈夫か? 随分とうなされていたぞ」
「うなされて?」
「ああ、ダメだって何度も言ってた。出たらダメだって」
「ダメ……?」
さっきまで何か夢を見ていたのは覚えているものの、美佐子にはもう思い出せなかった。ただ、ぼんやりといやな感じだけが胸の中でもやもやと膨らんだ。
「いやだわ、なんだか夢を見ていたんですね」
苦笑いを見せる妻に、孝幸は微笑みかける。
「こんなところで寝るからだよ。風邪でも引いたらどうするんだ」
「そうね。ちゃんとお布団で寝るのが一番だわ」
「そうだよ、さあ、休もう」
「ええ」


嘘つき……嘘つき!!


心の奥で美佐子は叫ぶ。
どれほど優しい顔を見せられても、ずっとあの時から信じられない。
信じられない。けれど離れられない。離れない。
孝幸さんは私のものだから。


悪いのはあの女の方だから……
全部あの女だから……




ただ幸せになりたいだけ。
誰もがみんな……




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