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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


107.繋がらない電話

2010.07.04  *Edit 

数度の呼び出し音が続いた後の電話から聞こえる機械的な声に、桃佳はため息をついて携帯を閉じた。
何度も駿に電話をしているというのに、繋がる先は決まって留守番電話。こんな状態が昼から続いている。
もしかして忙しくて電話に気が付いていないだけかもしれないとも思った。けれど、本当にそれだけなのだろうか?

桃佳はちらっと腕時計を見る。もう既にいつもの待ち合わせの時間はとっくに過ぎてしまっていた。待ち合わせに駿が遅れるなんてことは、今まで殆どないことだった。しかも何かの都合で遅れたとしても、いつも必ず電話をくれる駿。それなのに、今日は電話が鳴らないだけでなく、電話そのものが通じない。
いつも待ち合わせている桃佳の大学の最寄り駅の構内で、彼女は壁に背中を預けてホームに入ってくる人の中に駿の姿を探していた。けれど、探す姿はいつになっても現れない。
昨日のあの電話のことも気になっていた。
『また電話する』
そう告げた駿の声は確かにいつもと違っていた。バイト先を出た矢先だったと言っていた駿。何かあったのだろうか、と急に不安に襲われる。たとえば、事故に巻き込まれたとか、たとえば事件に巻き込まれたとか……
けれど、あの後もしもそんなことがったとしたら、きっと誰かが自分に連絡を寄こすだろうという確信もあった。あったのだけれど……不安は少しずつ桃佳の中で膨らんでいく。
桃佳はしまい込んだ携帯を再び取り出すと、みなみに電話をかける。数度コールが鳴った後、みなみの声が聞こえてほっとした。あまりにずっと留守番電話の声ばかり聞いていたので、よく知った声を聞いて心底ほっとする。

『もしもーし』
「あ、みなみちゃん、ねえ、側に章吾君いる?」
『え? 章吾?』
あまりにも突然に意外なことを聞かれて、みなみは素っ頓狂な声を上げた。
『い、いるけど……どうしたの?』
戸惑ったような声を出すみなみに、桃佳は少し申し訳なく思いながらも言葉を続けた。
「あの、章吾君に聞いてもらいたいことがあるんだけど……その、駿ちゃん、今日ちゃんと大学に行ってたかどうか」
ものすごく唐突なお願いのはずなのに、みなみは何も聞かずに章吾にそのまま伝えてくれている。勘のいいみなみは、何か感じ取ってくれたのだろうと桃佳はそう思った。少しして、再びみなみの声が聞こえた。
『駿君だったら、いつも通り大学に来てたって。講義終わったらさっさとバイトに行ったみたいだけど……』
みなみの言葉の最後の方には、「何かあったの?」と窺うようなニュアンスが含まれていた。突然こんな電話をして、「なにもないよ」とも言えない。
「うん……ちょっと駿ちゃんと連絡が取れなくって、それで……」
『連絡とれない……? いつから?』
「昨日、ちょっとおかしい電話があってから……」
そう言って、桃佳は昨日駿から来た電話を思い出す。後で電話すると言ったきり、駿とは連絡が取れなくなってしまった。最初はいつもの駿だったのに、電話の切れる間際は何か様子がおかしかった。その時多希と一緒にいた桃佳は、自分の様子のおかしさが伝わってしまったんじゃないかと心配していた。
けれど、様子のおかしさを露呈するほどの電話内容ではなかったはずだ。多分…… けれど、駿と連絡が取れない。
『ねえ、桃佳』
「ん?」
『駿君に……その、言うつもり?』
章吾のことを気にしてか、みなみは声をひそめている。
「うん。本当だったら今日、全部きちんと話そうと思っていたの……だって、明日から実習が始まるから帰りも遅くなるし、バイト前の駿ちゃんにも会えなくなっちゃうから。それにね、私」
そこまで言って、いったん言葉を切る。それから大きく息を吐いた。
「きちんとけじめをつけないといけないと思うから。だから……」
いつになく強い意志を含んだ言葉に、みなみは驚いていた。ついこの前の日曜日には、うろたえて泣き出しそうになっていたというのに。
『そうだね。……そうだね。……え? なに?』
遠くの方で章吾の声が聞こえた。何かをみなみに言っているようだ。うんうんと相槌を打つみなみの声が聞こえる。
『桃佳、駿君ね、バイトが忙しいらしいよ』
「バイト?」
『そう。人手が足りなくて、いつもより早い時間に来るように頼まれてるらしくて、それで講義が終わったらすぐにバイトに行っちゃったらしいけど……』
「……そっか」
『だからそのせいで、連絡も入れられなかったんじゃない?』
「うん、そうかも」
『桃佳、気持ちも分からないでもないけど、あんまり焦っちゃダメだからね』
「うん、ありがとう」

通話を終了させ、携帯を閉じて桃佳は考えた。
バイトが忙しい……本当にそのせいだけなのだろうか? どうしても釈然としなかった。いつもどんなに忙しくても、駿は連絡をくれていた。そう、本当にいつだって……
そんなことを考えながら、はっとして頭を振った。これから酷いことを告げようとしているくせに、それなのにまだ駿の優しさを期待している自分が酷く浅ましく思えて。駿の優しさに期待するよりも、自分が誠実にならなければならないというのに。
「バイト先……」
口にして、その唇が震えた。その事実に気が付いたとき、胸が締め付けられそうになった。
駿のバイト先がどこか、桃佳は知らなかった。
バイト先がレンタルショップだということは聞いていたものの、その場所も店の名前も何も知らなかったのだ。もう、駿がバイトを始めてからかなりの日数がたっているというのに、何も知らなかった自分。

『駿ちゃんのことを守る』

そんなことを言っていたくせに、駿のことなど何も知らなかったのだと思い知らされる。知らなかった……それよりも、きっと知ろうとしていなかったと。穏やかな時間にまどろむような日々を送るだけで、駿自身のこともきっと、何も分かっていなかったに違いないと桃佳は思った。
本当は、一番に知りたくて近づきたくて、歩み寄るべき存在だったはずなのに。
本当はもっと早く、気がつていなければならないことだったはずなのに、今更になって思い知らされる。けれど、もう手遅れでしかない。

がたたん。

目の前を電車が通り過ぎていく。電車の起こした風が、桃佳の髪の毛を揺らした。
切なさが身に染みるような気がした。





いつものように鍵を開けてドアを開ける。
『おかえりなさい』と駆け寄る笑顔を期待していたのに、桃佳の出迎えはない。多希は小さくため息をつくと、居間のドアを開けようとドアノブに手をかけた。その時、ぴ、ぴ、と携帯のボタンを押す音が聞こえて、多希はそっとドアを開ける。
床にぺたりと座りこんだ小さな背中。それがいつもよりも小さく丸まっている。携帯は耳に押しあてられ、少しして大きなため息と共にそれはパチンと、小気味いい音を立てて閉じられる。立ち上がろうと一瞬迷い、閉じた携帯は再び開かれて同じように耳に押しあてられる。やはり少しして小さな背中は大きなため息をつき、携帯も閉じられた。
悲しそうに丸まった背中は、そのまま動かなくなってしまった。

「モモ?」

自分の気配にも気付かず、小さく縮こまっている桃佳の背中に、多希は我慢し切れずに声をかけた。びくりとその背中が震え、振り返った顔には一瞬泣き出しそうな表情が浮かんで、すぐにそれは明るい笑顔に取って代わった。
「あ、多希さん。おかえりなさい」
にこにこと笑いながら、背中をしゃんと伸ばして立ち上がる。そこにはさっきまでの消えてしまいそうな雰囲気はもうない。
「あ……っと、ごめんなさい。まだ何も用意してなくって……今、準備しますから」
テキパキとした動きで、エプロンをつける。それはいつもの様子と変わらないように見えた。きっと、気持ちが通じていなければ、多希にはきっと分からなかったはずの小さな揺らぎ。それを多希は見つけることができた。いとも簡単に。
だから忙しく夕食の準備を始めた桃佳の腕をとり、その動きを止める。
「多希さん?」
小首を傾げて自分を見ている笑顔の桃佳。その腕を更に引っ張り、自分に向かい合わせるようにして座らせる。
「モモ」
「はい?」
真剣な声で呼びかけると、桃佳も緊張したように、ピンと背筋を伸ばす。
「……何があった?」
その一言で、桃佳の笑顔は不自然に固まった。
「何か、あったんだろ?」
「え、えっと」
まっすぐ見つめてくる多希の視線から逃れるように、桃佳はつい俯いてしまう。それでも自分に向けられるまっすぐな視線が痛くて堪らない。本当は、駿とのことは決着をつけてから多希に話したいと思っていた。駿の話をすると、多希の表情がどこか苦しげに揺らぐことを知っていたから。
「あの、ね。多希さん、ごめんなさい……私、まだ駿ちゃんときちんと話ができてないんです。それに、明日から校外での実習で、その、ちゃんと駿ちゃんと話す時間が取れない……と思うんです」
繋がらない電話。それでもきちんとしようと思って、桃佳はさっき駿にメールを送ったのだった。『ゆっくりと会う時間がほしい』と。けれど章吾から駿は忙しいようだと聞いたばかりだから、すぐに時間をとるのは無理だろうということは分かっている。
早く駿に全て話してしまいたいと思っているのは、自分の我儘だということは桃佳にも分かっている。それでも、時間を空けてしまえば、このまま何も言えなくなってしまいそうでそれが怖かったのだ。
中途半端にして、やっと気が付いた自分の気持ちさえもなくしてしまうのが怖かった。

そんな自分勝手な思いを自覚するたび、桃佳の気持ちはずんと重くなる。幸せになるために、駿を傷つけることさえ厭(いと)わない、そんな残酷な自分が確かにいるから。

唇を噛んで俯く桃佳を、多希は形のいい眉を寄せてじっと見つめた。
小さな彼女が、いつもよりも小さく見えてしまう。自分を隠したいとでも願っているかのように、縮こまった体。駿とのけじめをつけられないことを、まるで罪のように背負いこんでしまっているようだ。

「モモ」
そっと、できるだけ優しく囁いて、縮こまった小さな体をそっと抱き寄せた。簡単にその体はすっぽりと腕の中に収まってしまう。桃佳は身じろぎもせずに、多希の腕の中に収まったままだ。
ぴたりと多希の胸におでこをくっつけ、桃佳は掠れた声を押しだした。
「……多希さん。ごめんなさい」
苦しげな声に、多希は何度も大きく首を横に振る。
自分を今すぐにでも殴りたい気分だった。桃佳が何と言おうと、ゲームを始めたのが自分なのだから、終わらせるのも自分でなくてはならなかったのに。全て苦しいことを桃佳に背負わせてしまっていた。苦しめてしまったのは、自分のせいなのに……

「モモ、もういいんだ。……ごめんな」
ぎゅっと、桃佳の体に回した腕の力を強める。
後は俺がきちんとするから。
そう心の中で呟いて。


自分がケリをつける。


誰かのために何かを決心することの意味を、多希は初めて知った気がした。


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