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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


109.多希と……

2010.07.08  *Edit 

「じゃ、お先に失礼します」
「ああ、お疲れさん」

シフトの交替で今しがたバイトにやってきた青年に声をかけて、駿はロッカールームを後にした。
いつもの癖でポケットから携帯を取り出して確認する。三件の着信と一件のメール。どれも桃佳からのものだ。思わずため息が出た。
メールの内容も確認したものの、思っていた通りの内容。話したいことがあるから、時間を作ってほしいという……何を話したいのか想像が付いてしまうだけに、駿はイライラとした様子で携帯をポケットの中にねじ込んだ。
駿自身もよくは分かっているのだ。このまま桃佳を避け続けても何の解決にもならないことを。きっときちんと話さなければならない。それにもしかしたら、多希とのことだって何かの偶然だったんかもしれないのだ。たとえば……たとえばそう、以前駿の家に来て具合の悪くなった時のお礼をするために呼んだとか……
そこまで考えて駿は大きく頭を振る。そんな話があるわけがない。もうあれからかなりの時間がたっているのだから。
大体、ふたりはいつからあんな風にふたりで会うようになっていたのだろうか?
知りたくて、けれど知りたくない答え。
ふたりがずっと自分を騙していたのだと思うだけで、身が切られるようだった。信用していた兄。大事にしてきた彼女。そのふたりが……

駿は考えることをやめて歩きだす。
考えても苦しくなるばかりで、答えなど見つからない。だとしたら、考えないのが一番な気がした。正直、心が考えることを拒絶している。それなのに、目の前に今は一番顔を見たくない相手が立っているのを見つけてしまった。
「駿」
いつから待っていたのか、バイト先の裏口近くで立っている多希。ゆっくりと歩み寄り、少しだけ困った顔を向けてくる。そして口にした言葉は。
「駿。話したいことがあるんだ」
まるで桃佳からのメールと一緒で、駿は眉をひそめて目を逸らした。

「清水のこと?」
突然に駿から出た言葉に、多希は動揺を隠せなかった。
「しゅ、駿?」
まさか知っているはずがないと思っていた。だからこそ決心して、駿に全てを話すつもりで待っていたのだから。
「清水のことなんだろ?」
駿は片方の口の端を持ち上げるようにして笑って見せた。『笑って』といっても、その表情はある意味では全く笑ってはいない。激しい怒りが滲みでている。
「……俺が何も知らないと思ってたんだろ?」
言葉に込められた怒気に、多希はなす術もなく、ただ駿に向かって頭を下げることしかできない。
「すまない。……本当に、すまない」
頭を下げて懺悔の言葉を口にする多希を、駿は冷ややかに見つめている。いつも穏やかな彼には、似つかわしくない、冷たすぎる視線で。
「すまないって、何が?」
「……モモが欲しい。俺にモモを譲ってくれ」
その言葉に、駿は頭を下げたままの多希の襟元を掴んで引き寄せる。
「何言ってんだよ。ふざけんな!! 清水はモノじゃないんだよ!! 欲しいから譲ってくれで、はいどうぞって話になるわけないだろ!!」
「本当にすまないと思ってるよ。でも……本気なんだ。モモが欲しい」
真剣な瞳で自分の目を真っ直ぐに見つめ返してくる多希に、駿はどんどん苛ついてくる。

訳が分からなくて。
何がどうして、多希と桃佳なのか。
接点のないと思っていたふたりが、いつどうやって、こんな事になったというのか。

駿は掴んでいた多希の襟元を投げ捨てるように乱暴に離す。そのせいで、多希は背中を壁にしたたかに打ちつけた。
「……なんで、なんで清水なんだよ。欲しいとか、本気とか言われてたって、何のことかもわからない」
駿が必死に怒鳴り出しそうな自分を抑え込んでいるのが分かる。その証拠に、駿の唇はわななき、ぎゅっと握りしめた拳も震えている。
どれだけ今自分が駿を追い詰め、混乱させているかと思うと、多希はこの現実から目を逸らしたくなる。それでも、駿ときちんと話をつけない限り、自分も桃佳も真っ直ぐに向き合うことはできないだろう。たとえそれが、駿を酷く傷つけてしまうとしても……
多希はすぅっと、大きく息を吸い込む。
「……駿、どこかでゆっくり話をしないか?」
「嫌だね」
多希の提案を、駿は考えることもなく跳ね退けた。
「ゆっくり? 冗談じゃない。俺にとって不愉快な話しなんだろ? ゆっくりなんか聞きたくねぇよ」
吐き捨てるように言いながら、駿は肩で息をしている。
「……それでも、聞いてくれ、駿。俺が」
「俺がなんだって!? 俺の彼女だって分かってて、清水に手ぇ出したのか!? ……それとも、清水の方から兄貴に言い寄ったとか?」
駿はそう言いながら、自嘲的に笑った。
「……俺が、お前の彼女だってわかってて、奪おうとしたんだ。俺が……悪い」

鈍い音と共に、多希は一瞬目の前が暗くなった。道に倒れ込み、頬に感じる痛みで、初めて駿に殴られたのだと気が付く。口の中に鉄臭い血の味が広がった。
「ふ……ざけんなっ!! どうしてっ、どうしてそんなこと!! 兄貴が、どうしてそんなことっ!! ……信用してたんだぞ? 兄貴のこと、ずっと……信用してたのに」
怒りと、悔しさの混じった駿の声に、多希は目を閉じた。
なじられるよりも、「信用していた」という言葉の方が、今の多希には苦しい。
「すまない……」
「どうしてだよ!!」
「……お前のものが、欲しかったんだ。いつもお前は、俺の持ってないものをたくさん持っていて……だから、お前の大事なモノを奪ってやりたかった……」
多希から洩れた言葉に、駿は一瞬だけ驚いた表情を見せた。兄からそんなふうに見られていたなんて、思ったこともなかったから。駿にとっては、なんでも持っているのは多希の方だった。その綺麗な顔も、社会的な立場も……
「なんでも持ってるのは……あんたの方だろ? それなのに、今更何が欲しいんだよ!? 何の権利があって、人のもの奪ってんだよ!? 遊びなんだろ? 俺から奪うためだけだったんだろ? だったら、もうやめてくれよ。もう、返してくれよ」
駿の悲しげな表情が胸に突き刺さった。
怒りの感情をぶつけられるよりも、打ちひしがれた表情を見せつけられることの方が、よほど苦痛が大きいなんて多希は知らなかった。殴られた方が、まだましな気がするほどに。
けれど、もう後戻りはできない。

「初めは奪うためだけだった。でも今は、本気なんだ。嘘じゃない」

多希の静かな声と真剣な目に、嘘がないことくらい駿にも分かった。けれど、分かったからと言って、許す気になどなれるはずもない。
桃佳が多希の事をどう思っているのかなど、確認する気にもなれなかった。多希を部屋に上げ、あんなにも穏やかな顔を兄に作らせるということは、多希を拒絶しているはずがないのだから。
だからと言って、それでも許す気になどなれるはずがない。
許す気になど、なれるわけがない。

「駿!!」
くるりと自分に背を向けた駿の背中に、多希は願いを込めて声をぶつける。
「頼む!! 許してくれ!!」
「……兄貴」
振り返った駿の顔には、ほんの少しだけ笑みが見えて、多希は一瞬だけ分かってくれたのだと期待した。……けれど。

「兄貴、許せるはずないよ。そんなバカな話を許せるずない。……俺、清水とは別れないからね」
「駿」
「清水のことだから、俺とちゃんと別れられなかったら、きっと兄貴のことも受け入れないよ」
くくっと、くぐもった笑い声。
かと思うと、その表情は一変して怒りに満ちて多希を睨みつける。
「……あんた達の好きにはさせないからな」
吐き捨てるようにそう言ってその場を立ち去ろうとする駿に、もう一度多希は声をぶつけた。必死に、想いをこめて。
「駿っ! 分かってもらえるなんて思ってないよ。でも、それでも分かってもらえるまで、毎日でも来るからな!!」
歩きだしていた駿が、その声に足を止める。
振り向きもせずに、片手を上げてひらひらと振る。
「好きにすれば? 俺の気持ちも変わらないから。……清水は俺のもんだよ」
ひらひらと顔の横で振られていた手は、ぎゅっと握られ、その拳は震える。何か言いたいのか一瞬戸惑ったような背中は、早足でその場から離れて行った。

「……駿」

多希は苦しげに呟いて唇を噛む。
自分のしたことの残酷さを、見せつけられたような気分だった。そしてそれは絶対に目をそらしてはならないものだと思い知った。
けれど、どんなに自分のしたことを後悔したとしても、多希にはもう後戻りするつもりはなかった。
桃佳を失いたくはないから。





「ど、どうしたんですか!?」
多希の口元の傷を見つけて、桃佳は驚いて声を上げる。
「うん、ちょっとぶつけただけ」
あわあわと慌てている桃佳に、多希は何事もなかったように笑って見せた。駿と会ってきたことは言うつもりはない。駿の事を納得させられたら、その時に桃佳に言うつもりだったから。
それに、駿に殴られただなんて聞いたら、桃佳がどれだけ気にするかも分かっていたから。これ以上、桃佳に重たい荷物を背負わせたくはない。
「ほ、本当ですか? 大丈夫ですか? あ、消毒しなくちゃ……!」
消毒薬を取りに行こうとする桃佳の手を掴み、多希はその体を少しだけ強引に引き寄せる。
「大丈夫だから。……少しだけ、こうしていて?」
桃佳は小さく頷いてその問いに答える。
桃佳も多希の腕の中にくるまれて、どこかほっとしていた。美佐子とのやり取りに心底疲れ切っていたから。けれど、美佐子が自分の元を訪れたなど、とても多希には話せない。
話せるはずがない。
憎しみのこもったような美佐子の視線が脳裏をかすめ、桃佳はぎゅっと目を閉じた。

「モモ……駿とは、ふたりっきりで会わない方がいいと思う」
多希の言葉の真意を測りかねて、桃佳は顔を上げて視線を多希に向ける。
「どうして……ですか?」
「いや……今度、ふたりでちゃんと話そう。きっと、その方がいいよ」
「でも」
「俺たちの、問題だろ? もう桃佳と駿だけの問題じゃないから」
そう言って、まだ反論しそうな桃佳の答えを、きつく抱きしめることで遮る。自分が会いに行ったことで不安定になってしまっている駿に会わせたくはなかった。
本当は多希の言葉に反論したかった桃佳も、その体を抱きしめ返す。今はただ、多希の熱に溶けてしまいたくて。


お互いに、不安な気持ちをお互いの熱で隠そうとするかのように、ただじっときつく抱きしめあっていた。


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