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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


113.確かな思い

2010.07.19  *Edit 

浅い眠りに落ちては、震えだす体に意識は覚醒させられた。
その度に多希がなだめるように背中をさすってくれる。ただそれだけのことで、桃佳はどれだけ心が救われたかわからない。
結局最後まで奪われることはなかったものの、ガムテープなんてもので体を拘束されたことは、桃佳にとっては自分で考えるよりも遥かにダメージが大きいようだった。
目を覚ましていれば気を張っていられていても、うとうとと眠りに落ちれば、与えられてしまった恐怖心が牙をむいて桃佳に襲いかかってくる。その度に体は震えだし、眠りに落ちかかった意識は現実へと引き戻された。その繰り返し……
何度目かのその繰り返しの後、多希が桃佳の耳元で囁いた。

「……眠れない?」
「す、すいません」
体が震えだすたびに、多希は背中をさすってくれる。優しく、そっと落ち着けるように。体が震えだすたび、必ず。その度に多希のことも起してしまっているのか、それとも眠っていないのか……どっちにしても、多希が休めていないことは事実だった。
「あの……私のせいで眠れないんですよね? 私なら大丈夫ですから、自分の部屋で休んでいいですよ?」
桃佳は気を遣ってそう言ったものの、もしも今、この暗い部屋にひとりにされてしまったらどうしていいのかわからない。きっと、あの恐怖に囚われてしまうにきまっている。けれど、自分のせいで多希までも眠れないのは申し訳ない。
「……モモ」
多希はわざと大きなため息を漏らすと、体を起こして部屋の電気をつけた。一瞬視界が白く塗りつぶされ、桃佳は目を細めた。
「本当に俺、部屋に帰ってもいいの?」
少しだけ怒ったような表情を向け、多希が桃佳を真っ直ぐに見つめる。
自分で部屋に戻ってもいいというようなことを言っておいて、今更『やっぱり側にいてほしい』とも言えず、桃佳は困ったように視線をうろうろとさせる。
再び多希の大きなため息が聞こえた。
「じゃあ、ひとりでいいんだね?」
答えない桃佳をちらりと見て、多希は体を起こしてベットから足を下ろす。
「……それなら、帰るよ?」

本当は、桃佳をひとりになどしたくはなかった。震えては覚醒を繰り返す桃佳。それは彼女が恐怖心に囚われたままだということに他なならなかったから。けれど、自信もない。……本当に自分に側にいてほしいと思っているのかどうか。もしかしたら、本当はひとりになりたいんじゃないだろうかと。
自分が側にいることで、余計に桃佳の気持ちが休まらないのならば、それは多希にとっても望むことではない。

返事がないということは、きっとひとりになりたいのだろうと思い、多希はゆっくりと立ち上がった。こんな時だからこそ必要とされたいと切望したものの、ここは桃佳の気持ちが最優先だ。
少しだけ寂しいような気持ちのままで立ち上がった多希は、服の裾が遠慮がちに引っ張られていることに気が付いた。
桃佳が俯きながら、目線だけ多希に向けている。
「……あの、えっと……自分の部屋で休んでいいとかって言っちゃいましたけど……えっと、多希さんが迷惑じゃなかったら……その、いてもらえませんか?」
やっぱりひとりはちょっと怖いかもしれません。
照れたように俯きながら、それでも多希の服をしっかり掴んでいる桃佳を見る多希の瞳が、優しげに細められる。
桃佳は自分に向けられる、優しい視線に頬が熱くなるのを感じた。不思議な色の瞳に、自分の姿が写っている。自分だけがその綺麗な瞳を独占していることが、桃佳の胸を高鳴らせた。
ぽんと頭に乗せられた手の平。桃佳はちょっと首をすくめる。どことなくくすぐったくて。
「モモがそうしてほしいなら、ずっといるよ。そうだな、眠れないなら、いっそのこと眠るのはよそうか?」
「……はい」
「よし、じゃあビールでも飲もうか? 部屋から持ってくるから待ってられる?」
そう問われて、自分がまだしっかりと多希の服の裾を掴んだままだったことを思い出して、桃佳は慌ててその手を離す。
「ご、ごめんなさい」
頬を染めて俯く桃佳の頭をくしゃくしゃと撫でて、多希は相変わらず優しく微笑んでいる。
「じゃ、すぐ戻ってくるから待ってて」
さっと立ち上がり、桃佳の部屋を出ていく多希の背中を見送りながら、桃佳は寂しさを感じていた。ほんの少しの間、離れるだけなのに。急に不安に襲われた。植え付けられた恐怖心が、じわじわと足元から迫ってくるような気がして、桃佳は自分の体を抱きしめた。
そして、多希が側にいてくれたことが、どれだけ自分を支えてくれていたかを知る。
駿に対する罪悪感が消えたわけでは決してない。
けれど、多希のそばにいて満たされてしまう自分を、どうすることもできない。多希が側にいてくれたからこそ、植え付けられた恐怖心さえも小さくなっていたんだと。それだけ、もう自分にとっては必要な人なのだと。
こんな日だというのに、駿にあんなことまでさせてしまったというのに、桃佳の中にはっきりと形を結ぶ思い。しっかりと自覚してしまう思い。

多希さんが好き。
離れたくない。
多希さんが好き。
どうしようもないくらい……

ふっと自分の視界が翳って、桃佳は視線を上げる。
「ほら、モモ。あっちに行って飲もう?」
柔らかくて温かい視線を向ける多希が、ベットの背もたれに寄り掛かったままでいる桃佳に手を差し出している。
「ビール、あるだけ持ってきたよ」
「……多希さん」
桃佳は差し出された手は取らずに、座ったままの姿勢で、多希の腰の辺りにぎゅっと抱きつく。
「モモ?」
驚いたような声を出しながらも、多希がしがみついている桃佳に手をまわして、なだめるようにポンポンとその背中を叩く。黙って自分を受け入れてくれるその腕が愛しくて、桃佳は眩暈がした。誰かをこんなにも求めている自分がいるなんて、思ってもみなかったから。
「多希さん」
「ん?」
「いなくならないでくださいね」
縋るような気持ちでそう言った。裏切られてしまうのが怖くて、拒絶されるのが怖くて、それでもいつでも心の中で周りの人たちに叫んでいた言葉。大人しい自分でいることで自分を守りながら、心の中で叫んでいた言葉。
『私のそばからいなくならないで』
でも、一度だって誰にも言えなかった言葉。それが素直に口から出ていた。
「私の側にいてくださいね……お願いですから」
「モモ……」
必死にしがみつく背中を、やはり多希はあやすように撫でる。
「バカだな。どこか行けって言われたって、俺はもうモモから離れるつもりはないよ?」
桃佳はどこか熱に浮かされたような熱っぽい視線を多希に向ける。その視線の艶っぽさを、桃佳自身は知っているのだろうか? 思わず多希は誤魔化すように笑った。
「ほら、せっかく持ってきたんだからあっちで飲もう。ほら、起きて」
しがみついている桃佳の腕を掴んで、その体を引き起こす。
「……はい」
離されたことに少しだけ不満そうな顔をして、桃佳が立ちあがった。やはり多希に向けられた視線は、甘くて熱い。多希の方がその視線に戸惑ってしまうほど。
その戸惑ったような表情に気が付いた桃佳の方が、今度は困惑した表情を浮かべる。
自分がどんな目で多希を見ていたか桃佳にも分かっていた。何も解決していないというのに、さっき多希から止められたというのに、自分は今、どうしようもないほど誘うような目をしていたに違いない。
体が熱かった。
あんなことがあった後だというのに……あんなことのあった後だから?
自分の中の多希の存在に改めて気がつかされ、どうしようもなくその体を求めてしまっている自分。

恥ずかしい……

桃佳の頬に一気に熱が集まる。急にいたたまれない気持ちになって、テーブルの前に座ると深く項垂れてしまった。
くすりと笑う声が聞こえて、それから冷えたビールが桃佳の手に渡された。
それでもやっぱり恥ずかしくて多希の顔も見ることができない桃佳は、俯いたままで缶の蓋を開けると、ちびちびと舐めるようにしてビールを飲む。苦さが口の中に広がって、それと同時に心にも苦みが広がった気がした。
くすりと笑った声は、くすくすとした笑い声に変わる。その声が余計に桃佳をいたたまれなくする。けれど文句も言えず、小さくなって桃佳はビールを口に運んだ。

「嬉しいよ」
思いもよらない多希の言葉に、桃佳は真っ赤に染まった顔を上げた。目の前には、くすくすと笑いながらも、どこか照れたような顔をした多希。
「な、何がですか?」
「モモがそんなふうに真っ赤な顔をしてくれたり、妙に色っぽい目で見てくれたり……そういうの、嬉しいよ」
まさに桃佳の考えていることを見抜いているような言葉に、彼女は目を丸くする。そんな顔を見て、多希はくすくす笑いを一層深めた。
「どうして分かったんだ……って顔。モモは知らないかもしれないけど、結構思ってること顔に出てるよ? どうせ、そんな顔してる自分のこと、恥ずかしいとかなんとかってうじうじしてたんだろ?」
あまりにもそのままで、答える言葉さえなく桃佳は黙りこむ。
「でも、俺は嬉しいから。俺はいつも『そういう目』でモモのこと見てたから」
そう言いながら、妙に艶のある顔で微笑み、桃佳の頬を指先でなぞる多希。再び桃佳の頬が朱に染まる。
「だから、嬉しい」

心の中から重たい何かがまたひとつふっと消えた気がした。
こんな自分さえも受け入れられた喜びに、体が震える。
いつだって多希はどんな桃佳も受け入れてくれた。多希といれば、どんな自分にもなれる気がした。

「……それなら、良かったです」

目を細めて多希を見る。
口元には優しい弧を描いて。頬は朱に染め上げて。


怖かった一日。
けれど、とても大事なことに気付かされた一日。


桃佳は目の前の多希から目を離さないと心に決めた。




けれどその前に、やらなければいけないことがある……




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