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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


116.不穏な青空

2010.07.25  *Edit 

桃佳はたった一度しか降り立ったことのない駅に降り、硬い表情で周りを見渡していた。そう、ここに降り立ったのは以前、駿の家に遊びに行った時だ。あの時は、多希と一夜を共にしてしまった直後で、不安で仕方なくて、けれど駿の手を離さないと心に決めていた。

それが、こんなふうにここにひとりで来るなんて……

そう思うと、桃佳は思わず俯いて唇を噛んだ。ぎゅっとスカートを握りしめる。
多希にはここに来ることは言っていない。今日どうしても彼が休日当番を代わってもらえなかったというのは、桃佳にとってはとてもラッキーだった。もしも代わってもらえたとしても、何とか理由をつけて外に出るつもりでいた。
何かを感じていたのか、ひどく心配した様子で昼休みに様子を見に来た多希と昼食をとり、彼を安心させ、それから家を出たのだ。薄手ではあっても長袖のチュニックと、スカートから伸びた足にはニーハイソックス。外は良く晴れていて、どう見ても暑苦しい格好。けれどそれも仕方がなかった。手首にも足首にもしっかりとついてしまった痣を隠すためには、それしかなかったから。
無意識に手首を撫でながら、桃佳は大きな瞳を伏せる。そして、自分の中の身勝手な自分に身震いする。

桃佳にも分かっていた。
こんなふうに駿を訪ねることが、彼を追い詰めてしまう結果になりかねないことを。目に見える傷を持つ桃佳を目の前にして、駿が深い罪の意識に苛まれるかもしれないことを。
それでも、桃佳はこうして駿の家に向かっている。
ただ、謝りたくて。自分のしたことを全て駿に打ち明けて、ただ謝りたい一心で。それは決して駿のためではないということも、桃佳は自覚していた。自分の中に燻っている罪悪感を吐き出すことで、楽になりたがっているのだということを。
駿のためではなく、自分自身のために。
そう思えば思うほど、胸の奥に鈍い痛みが走る。だから、散々に罵ってほしいと思った。気のすむまで詰(なじ)って欲しいと願った。……きっとそれさえも、罪悪感から逃れるための言い訳に過ぎない。
自分がこんなにも汚い人間だったなんて、桃佳は知らなかった。勿論、心から駿に謝りたい気持ちもある。けれど、それさえもどこまで本気なのか自分でももう分からなかった。だからこそ、多希には言いたくなかったのだ。
罵られるなら自分ひとりで。詰られるのも自分ひとりで。それがいいと。
もうそれ以外のことは考えられないほどに。
こんな自分の行動が、駿だけでなく、自分さえも追い詰めてしまうことになるかもしれないということに、気が付くこともできずに。

ちらりと駅構内の壁掛け時計を見る。時刻は一時半。昨日駿には二時頃に行くと伝えてある。待っていてくれているかどうか、その自信はなかった。もしもいなければ、駿の家のそばででも帰りを待とうとそう思っていた。
桃佳は小さく頷いて、ゆっくりと駅を後にした。空は、気持ちが滅入りそうなほどにすっきりと晴れ上がっている。




「ちょっと出かけてくるわ」
「今から?」
「ああ、うん……」
美佐子の怪訝そうな瞳を背中に感じつつ、駿はスニーカーを履いて、逃げるように自宅を出た。
これから桃佳が訪ねてくるのは分かっている。分かっていながら、どうしても家にいる覚悟ができない。逃げ出したい気持ちのままに、駿は家を飛び出した。
顔を合わせてなんて言っていいのかわからない。
多希とのことを持ち出されても、それを理解することもしたくはない。
桃佳の顔を見て、怯えた彼女の瞳を思い出してしまうのも嫌だった。
頭では逃げても何も解決しないことも分かりきっている。それでも心が全てを拒否してしまっているのだ。受け入れられないと。
だから駿は考えるよりも先に、家を出ることを選択してしまっていた。
それがたとえ、嫌なことを先延ばしにしているだけだとしても。
手を翳して空を見上げる。あまりに澄み切った空は、ただ駿の心を痛くするだけだった。
行くあてもない。けれど家にはいられない。いっそ遠くに行ってしまおうか。そう思いながらも、駿の足は近所のコンビニに向かった。
遠くまで逃げる気にもならなくて。
逃げられないことを知っているから。
「いらっしゃいませ~」
別段歓迎していない店員の声も、今の駿をどこかほっとさせてくれる。ここにいてもいいんだという気になれて。
駿は雑誌のコーナーで立ち止まると、一冊手に取りぱらぱら捲った。内容なんて、頭に入っては来ていなかった。




さて……と、美佐子は考える。
今日これから桃佳がやってくるはずなのに、駿は出かけてしまった。これは予想外のことだった。ふたりが揃ったところで、桃佳が多希に騙されているんだということを、しっかりと教えてやろうと思っていたのに。もしもそれさえも桃佳が否定するならば、咲のことも話してやるつもりだった。人のものを奪うのが、あの親子の最大の喜びなんだということを。
咲……その名が心に浮かぶと、美佐子はこの上もなく嫌な気持ちになる。

私から幸せを奪った人間。
私から孝幸さんを奪った人間。
そしてその息子は、母親と同じように、私の息子の大事なものを奪おうとしている。

怒りが体に満ちてくるのを、美佐子は止められない。
駿がいないのならば、自分がどうにかするしかないと決心する。これ以上、自分にとっての幸せを、咲とその息子の多希に邪魔されるわけにはいかないから。
「そうねえ、そうだわ」
美佐子はひとりごとを言いながら立ち上がると、お茶の支度を始める。勿論、これから訪ねてくるであろう桃佳のために、美味しい紅茶を淹れるため。
逃がさない、と思う。
どんなことをしても、あの子が騙されていることに気づくまではこの家から出しはしない……と。

美佐子はお茶を準備していた手を止めると、窓辺に立った。それは抜けるような晴天。そう、きっとこの空のように、今日は全てが綺麗になる日なんだと、美佐子は信じて疑わなかった。
しゃっと、音を立てて窓辺のレースカーテンを引く。うっすらと翳った室内は、どことなく鳥籠のようにさえ見えた。



空には雲ひとつない青空が広がっている。
あまりにも綺麗で、どこか不穏な青空が……







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