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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


117.蜘蛛の巣

2010.07.28  *Edit 

うろ覚えの道ではあっても、何とか桃佳は駿の家までたどり着くことができた。玄関前を彩るガーデニングが目に入り、桃佳は足をとめた。以前に駿が、美佐子の趣味だと教えてくれたガーデニング。それは今日も美しく日の光を浴びて輝いている。

駿ちゃんがいなかったらどうしよう……

ここまで来てそんなことを思ってしまう。更に、美佐子と顔を合わせることも桃佳にとっては不安要素のひとつだった。
以前、手の込んだ真似までして自分に会いに来た美佐子は、桃佳に『怖い』と言う思いを抱かせた。どことなく常軌を逸した目……もしも駿がいなくて、美佐子とだけ顔を合わせるようなことになったら、また多希とのことを持ち出されるかもしれない。そう思うと足が竦んだ。
それでもここまで来て逃げるわけにもいかない。
桃佳は決心したように一歩踏み出すと、玄関のチャイムを押した。

「はーい」

聞こえてきたのは、間違いなく美佐子の声。桃佳はごくりと息を飲む。
家の中から足音が聞こえ、ガチャリとドアが開く。ドアを開けた美佐子は、桃佳の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「あら、清水さん」
「あ、あの……こんにちは。駿、君はいますか?」
警戒しながら、窺うような瞳で桃佳は美佐子を見上げた。当の美佐子は、穏やかに微笑んでいる。それはまるで桃佳が駿に「優しそうなお母さんだね」と言った、初めて会った時のように。
「駿はちょっと買い物に出かけてるんだけど……すぐ帰ってくるって言ってたわ」
「そう、ですか」
駿がいなかったことはがっかりした。けれど、すぐに帰って来るのであれば、どこかで少し待って、もう一度訪ねてこようと桃佳は思う。
「分かりました。じゃあ、もう一度出直します」
ぺこりと頭を下げ、踵を返す桃佳の腕を、美佐子が掴んだ。
「清水さん」
突然に腕を掴まれ、桃佳の体は凍りつく。また、憎しみをあらわにした美佐子がそこにいたらどうしようと思いつつ、彼女はゆっくりと振り返った。けれど、そこにあったのは、にこにこと相変わらず微笑む美佐子の笑顔。
「あのね、駿に清水さんが来たら家で待っててもらうように言われているの。どうぞ上がって頂戴? すぐに駿は帰ってくるはずだから」
「……い、いえ。どこかで時間を潰してきますから……」
美佐子とふたりきりになるのは怖くて、桃佳はゆっくりと後ずさる。けれど、美佐子は桃佳の腕を離そうとはしなかった。
「その必要はないわ。だってもう帰ってくるはずだもの。それに、帰したって言ったら、おばさん駿に怒られちゃうわ。あなたのためにケーキを買いに行くって出て行ったんですもの」
「……ケーキを?」
「そうよ。突然そう言って出て行ったの。だから」

その言葉を桃佳は簡単には信じられない。けれどいつだったか、バイト帰りにケーキを持ってきてくれたことを思い出した。美味しそうなケーキ屋さんを見かけたからと言って、自宅とは逆方向の桃佳の家にまで来てくれた駿。そんな懐かしくて切ない重い出が胸に溢れる。
もしかしたら美佐子の言う通り、ケーキを買いに今走っているのかもしれない……

「もう、帰ってくるんですか?」
「ええ、そろそろのはずよ。そんなに遠くまで行ってないはずだから。だから、上がって待っていて」
そうしてくれないとおばさんも困るわ。
そう言いながら困ったように、けれど穏やかに笑っている美佐子を、桃佳は注意深く見詰めた。そんな桃佳の視線に気が付いたのか、美佐子は少しだけ悲しそうな顔をする。
「清水さん、私のこと警戒しているんでしょ? それも仕方がないわね……先日は本当に失礼しちゃったもの。そのことも謝りたかったの。本当にごめんなさいね……だから、入って?」
桃佳に向かって頭を下げる美佐子に、桃佳は慌てて声をかけた。
「いえ、その……っ、頭を上げてください」
「でも、本当にあの日は私もどうかしていたんだわ。本当にごめんなさいね。私なんかが口を出すことじゃないって、後から気が付いたわ」
ため息交じりに呟く美佐子に、桃佳は申し訳ないような気持ちになる。確かにあの時は何を考えているか分からない美佐子が怖くて仕方がなかった。けれど、母親としてどうしても自分と多希のことを放っておけなかったのかもしれないと。
「上がってもらえるかしら……?」
窺うような視線を投げかける美佐子に、桃佳は完全に油断してしまった。悪意なんてないんだと……

「はい、じゃあ少しだけ駿君を待たせていただいていいですか?」
「良かった!! 勿論よ。さあ、上がって」
「はい」
美佐子に促され、桃佳は玄関に足を踏み入れる。
「さあどうぞ」
「すみません」
桃佳の背中で玄関が静かに閉じた。玄関に上がる桃佳の背中を見つめながら、美佐子が満足げに口元を吊り上げていることなど、彼女が知る由もなかった。


「さあどうぞ、座って」
居間に通された桃佳は、ソファーに座るように促される。綺麗に整頓されすっきりとした室内は、常に美佐子がそこを磨き上げているのだということが窺えた。けれどあまりにも整った空間は、どことなく居心地の悪さを桃佳に抱かせる。
「紅茶でいいかしら?」
「いえ、お構いなく」
カウンターキッチンから微笑みかける美佐子は、お茶の準備をしているようだ。手元は見えないものの、ほんわりと湯気が上がっているのが見えた。
レースカーテンを引かれた室内はぼんやりと薄暗かった。桃佳は少しだけ心細くなる。やはり上がり込んでしまったのは早計だったかもしれないと。

「きっともうすぐ駿は帰ってくるから、どうぞ。これ食べて待っていてね」
「あ……すいません」
美佐子はトレーに二組の紅茶のカップとお皿に乗せられたロールケーキを運んでくると、桃佳と自分の前に並べる。桃佳と距離を取り、L字型のソファーの端の方に美佐子は腰かけた。その少し離れた距離に桃佳はほっとする。ほっとはしたものの、美佐子とふたりきりのこの時間を、どう過ごしていいのか分からずに体を固くしていた。

「……お外は暑いみたいだし、やっぱり冷たい物の方が良かったかしらね?」
「え?」
「紅茶。暑い日に熱いものってやっぱりおかしかったわね。今、冷たいの持ってくるわね」
体を固くしたまま出されたものに手をつけない桃佳を見て、美佐子が気を利かせたように立ち上がる。
「い、いえそんな。大丈夫です。……いただきます」
あまり美佐子に気を遣わせたくない桃佳は、目の前に置かれていた紅茶のカップを持ち上げると口をつけた。少しだけ酸味のきつすぎるレモンティー。その奥の方に、微かな苦みを感じたような気がして、桃佳はほんの少しだけ眉を寄せる。
「……どうかした?」
それに気が付いた美佐子にそう問われ、慌てて首を振ってにこりと笑ってみせる。
「いえ、なんでもありません」
そう言いながら、カップの中身を時間をかけてゆっくりと飲み干した。飲み物を飲んでいる間は、美佐子と無理に話す必要もないから。それでも、カップの中身を飲み干すのに、それほど時間がかかるはずもない。
紅茶を飲み干してしまうと、桃佳は俯いて膝の上で組んだ指先を遊ばせる。やけに時間が長く感じる。駿が帰ってくる気配は全く感じられない。
せめて美佐子が台所仕事でもしていてくれたなら良かったのに、そう思ってみても、美佐子は黙ったまま離れた位置で紅茶を飲んでいた。ふと目が合い、美佐子は桃佳に微笑みかける。

「駿、遅いわね……ごめんなさいね、清水さん」
カップを置くと、美佐子はじっと桃佳を見た。その視線がどことなく怖くて、桃佳はそっと目を伏せる。
「ねえ、清水さん。あなたっていつもお化粧少ししかしないの? 爪とかも伸ばしてないみたいだし」
「え? ええ、はい」突然の質問に、桃佳は目を丸くする。「お化粧は、どうやっていいのかわからないから苦手だし、爪は邪魔なので伸ばしません」
その答えが気に入ったかのように、美佐子は嬉しそうに相槌を打つ。
「そうよねえ。お化粧なんて、ごてごてしていても気持ちが悪いだけだわ。香水の匂いがぷんぷんするのも、我慢ならないし……」
笑っているはずの美佐子の顔に影がかかったような気がして、桃佳は背中に冷たいものを感じた。

「清水さん……ここに来たっていうことは、多希君とはきちんと別れたってことなのよね?」

桃佳が一番恐れていた質問は、なんでもないかのようにさらりと美佐子の口から零れおちた。まるで、そうに違いないと確信したように、美佐子はにこにこと微笑みながら桃佳を見ている。
さっき背中に感じた冷たさは、今はもう桃佳の全身を支配している。
「ね、そうなんでしょう? 騙されてたって、分かったんでしょう? だからここに来たのよね?」
真っ直ぐに桃佳を見据える美佐子の目が、桃佳の体を凍りつかせる。冷たい、矢のような視線に射抜かれて。

誘いこまれてしまったんだ。

やっと自分の置かれた状況に桃佳は気が付いた。
優しげな顔をして、申し訳なかったと詫びながら、美佐子はこの家に桃佳を誘い込んだのだと。もしかしたら駿がすぐに帰ってくるということさえ、嘘かもしれないことに気が付いて、指先から血の気が引いて震えだす。
「駿ちゃんは……本当にすぐに帰ってくるんですか?」
必死の思いで、美佐子の放つ威圧感に押しつぶされないように、桃佳は震える声を唇から押し出す。その言葉に、美佐子は鼻先で笑った。
「さあ、ね。でも大丈夫よ。あなたはちゃんと駿に会えるから。駿が帰ってくるまで、ここにいていいのよ」
表情はあくまでもまだ穏やかさを保っている。けれど美佐子の視線は、まるで蛇のように桃佳に絡みついて締め上げた。
「もう、多希君のところなんかに帰らなくっていいんだから」
ぞっとするような響き。
「帰ったら、騙されて不幸になるだけだもの。そんなのあなたが可哀相だわ……私、あなたが不幸になるのを見てられない。だって、清水さんは駿の彼女なんだもの」
「だ、だから、私は騙されてなんか……っ」
桃佳の反論に、美佐子がすっと目を細める。穏やかな笑みはとうとうその顔から消え失せた。
「まだ、騙されてるって分からないのね。困った子……でも大丈夫。あなたはラッキーだわ。私がちゃんとあなたの目を覚ましてあげるから」

何を言っても無駄な気がした。
完全に美佐子には、桃佳の言うことなど聞く気はないように見えた。


見えない歯車に張り巡らされた糸。
その蜘蛛の巣に、桃佳は囚われてしまったようだ。



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