りんどう庵

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


119.蜘蛛の巣 3

2010.08.05  *Edit 

霞がかかったように頭がぼんやりとして、桃佳は抗うように何度か頭を振った。立ち上がろうにもやはり足に力がうまく入らない。

「何か……したんですか?」

疑いたくはなかった。そんなことまでされるだなんて、考えたくもないといった方が正直な気持ちかもしれない。それでも、この体の重さはとても尋常ではないような気がする。
酸味のきつすぎるレモンティー、その奥に微かに感じた苦み。桃佳は無言でいる時間を作るために、その紅茶をゆっくりと、全て飲み干していた。嫌な予感は膨らむばかりだ。
座り込んだまま、睨みつけるような桃佳の視線をさらりと受け流しながら、美佐子は優しい笑顔を見せた。
「ちょっとだけ細工をね。だって、清水さんが分かってくれなくって帰るって言ったら、とても簡単には引きとめられないでしょ? あなたの方が若いんだから……だからね、ちょっとしたハンデをもらったのよ」
「……ハンデ?」
美佐子の言葉が耳に入ってきているものの、うまく理解できない。それでも桃佳は必死にその言葉を噛み砕こうとする。
「そう。さっきのレモンティーに睡眠薬をね。いつもお医者様からいただいてるお薬。それをひとつだけ入れさせてもらったのよ。ああ、でも大丈夫。それを飲んだからって、多分すぐに眠り込んじゃうようなことはないわ。ただちょっと……頭がぼうっとするでしょ?」
「睡眠薬……」
その言葉を聞いた途端に、瞼に急激に重力がかかった気がした。
ああ、熱があるかな、と思っていて、実際測って高熱があるって確認した途端、急激に具合が悪くなるのと似てるかもしれないなあ。
こんなときだというのに、桃佳はそんなことをぼんやりと考えていた。きっと、睡眠薬だと聞かされたから眠いような気がするのであって、弱い毒物だと聞かされたら、吐き気を催すんだろうなと。
「ねえ、どうしても駿を裏切るの? そして多希君を選ぶの?」
降って来る美佐子の声が、エコーでもかかったかのようにわんわんと鼓膜を震わせている気がする。その質問の意味さえも理解できないまま、とにかくここから出なくては……と桃佳は自分の膝を励ました。
「かえり、ます」
ふらふらとしながらも、必死で側にあったテーブルを掴んで立ち上がる。立ち上がった途端に襲う、激しい眩暈にぎゅっと目を瞑って耐えた。
『帰さない』というニュアンスの言葉を口にしていたはずの美佐子は、感心したようにふらつきながらも立ち上がる桃佳のことを、ただ見つめている。
「あら、大丈夫? 手を貸しましょうか?」
「……結構です」
口元を弧を描くように持ち上げて、少しも目の笑っていない美佐子が、桃佳に手を差し伸べる。桃佳は真っ青な顔でそれを拒否した。立ち上がったことで、少しだけ思考がまとまってくれるような気がする。とにかく、ここにいては危険だと本能が警告を発している。
何とか支えなしでも立ち上がり、ゆっくりと足を動かす。足は何とか動いてくれて、桃佳はほっとした。入ってきたドアの前には美佐子が仁王立ちしていて、仕方がないので遠回りでもキッチンから廊下に出ることにする。構造上、キッチンのドアから出ると、居間のドアの前を通って玄関に抜けるようになっている。
足を引き摺るようにしてやっとの思いで廊下に出て、玄関を見つめる。美佐子の姿はそこにはなく、諦めてくれたんだとほっとしたのも束の間、横から体に衝撃が走った。

一瞬、何が起こったのか分からなかった。突き飛ばされた衝撃で、転んでしまい腰を強く打ちつけてしまたようだ。ずきずきと痛む腰を、桃佳は顔を顰めてさする。そして、自分の周りが不自然に暗いことに気が付いた。
「何、ここ……?」
「油断しちゃ、ダメよ。だからつけ込まれるんだから」
「!!」
目前に美佐子がいたのに気が付かなかったのは、やはり睡眠薬で頭がぼんやりとしていたせいに違いない。突き飛ばした相手が、美佐子しか考えられない以上、すぐに逃げなければいけなかったはずなのに……
「ゆっくりしていって」
逆光になって、美佐子の顔は良く見えない。桃佳が声を上げる前に、そこは……小さな小部屋は閉じられてしまった。がちゃんと扉の閉まる音の後に、かちりという固い音。外側から鍵をかけられた音に違いないと分かった時、桃佳を絶望が支配した。

それから……何度も何度も扉を叩いて、大声で「出して」と叫んだ。けれど、薬の効果が高まってきたのか、どんどん手にも声にも力が入らなくなってくる。そして桃佳は、その場に横たわった。
諦めたわけではないけれど、体の重さに抗えない。疲れてしまったせいで余計に薬が効果を示したのか、自分の深いゆったりとした、眠る前のような呼吸を知りながらもどうすることもできない。
闇に慣れてきた目で改めて周りを見渡す。
天井から壁にかけての形は階段を逆にしたようになっていて、どうやら階段のデットスペースを利用した納戸のようなものに違いないとぼんやり思った。実際、使われていないであろう荷物や、箱ティッシュなどが置かれている。
きっとわざと桃佳がキッチンから廊下に出るように仕向けて、よろよろと歩いているところを待ちかまえて、開け放されていた納戸に向かって突き飛ばしたのに違いない。
「ああ、私……バカだな」
小さく呟く。さっき突き飛ばされたときにどこかに飛ばしてしまったのか、バックごと携帯電話も見当たらなくなってしまっている。
携帯があれば、助けを求めることもできるのに……でも、誰に? 
ふう、ふう、と深い呼吸を繰り返しながら、だんだんと沈んでいこうとする意識の中で桃佳は考えた。美佐子が駿の母親である以上、警察には連絡なんてしたくない。それに、駿にだって……母親が桃佳を閉じ込めたと知って、傷つかないわけがないから。多希にだって……これ以上多希と美佐子の仲がおかしくなることを、桃佳は少しも望んでいない。
……じゃあ、誰にも連絡なんてできないじゃない。
クスッと桃佳は自嘲的に笑った。けれど、意識はそこで暗闇に堕ちて行った。





多希はそわそわと時計を見上げた。
まだ午後の仕事が始まったばかりだ。休日だというのに、『荒らし屋』の本領が発揮されたかのように、朝から急患がひっきりなしにやってくる。しかも、その間にも病棟からは病室でのレントゲン撮影の依頼の電話が鳴る。ひとりで処理しなければならない分、正直、ヒマな時の平日よりもはるかに忙しい。
さっき、ほんの少しだけ手が空いた隙を見て、桃佳に電話をしてみた。けれど、虚しく呼び出し音が鳴るだけで、桃佳は電話に出てくれなかった。
もしかしたらシャワーでも浴びていてとか、手を離せなかっただけかもしれない。けれど、不安でならないのだ。
「モモ……」
一昨日の様子のおかしかった桃佳を思い出すと、嫌な予感が胸に押し寄せてくる。
一昨日、あんなことがあって、桃佳は精神的に追い詰められているはずだから。その証拠に、自分から多希に迫ってくる桃佳は、完全にいつもの彼女ではなかった。どこかが壊れてしまったような……多希にはそう感じられたのだ。
だからずっと心配していた。今の桃佳なら、考えもなしにどこかへ……違う。駿の元に行ってしまうのではないかと。
小さな体の内側に燃える炎を隠したような、妙に艶っぽい表情を見せていた一昨日の桃佳。今まで見たことのないその表情。短い間だとしても多希には分かった。ゲームが始まってからずっと、桃佳を側で見続けてきたからこそ、桃佳が普通の状態ではないことを。燃える炎を隠したような桃佳は、その一方で消えてなくなりそうなほど不安定に儚げだった。

頼むから……

祈るような気持ちで多希は目を閉じた。

どこにもいかないでくれ……

それはもはや多希にとっては恐怖。桃佳を失うことなど、恐怖以外の何物でもない。だからこそ祈るような縋るような気持ちを抱きながら、焦燥感に身を焼かれる。不安でたまらなくなる。

「柴山さん、お願いします」

受付から救急外来の当番看護師がカルテを差し出した。
「あ、はい。分かりました」
閉じていた瞳を開き、多希は『柴山多希』の顔に戻る。ぴたりと背中に貼りつく不安を、振り払うかのように。






駿はちらりと時計を見た。もうすぐ桃佳との約束の時間から一時間が経とうとしていた。
まだ待っているだろうか……という疑問の一方で、きっと待っているに違いないとどこかでそう確信している。
なぜ自分がそう思っているのかは、良く分からなかったけれど、きっと桃佳は自分を待っているに違いないとそう思っていた。

ああそうだ。

ふと昨日の章吾の言葉が蘇る。
酷いことをしてもそれでも会いに来ようとしているんだから、相当な覚悟の上なんじゃないか。確かそんなことを言っていたなと。確かにその通りだろう。あんな犯罪まがいのことまでして、普通ならそんなことをした相手に会いたいはずがない。……それとも、桃佳は自分を罵りたいのだろうか?
そんなことを思ってから、ふっと駿は自嘲的に笑う。
罵られるなら、いっそその方が楽に違いないと。それならば誠心誠意謝罪することができるのだから。けれど駿はこれも確信しているのだ。桃佳が自分を罵るために会いたいと言っているわけではないことを。それは謝罪する機会さえ奪われてしまうこと。きっと、だからこそ駿は逃げるように家を出てきてしまった。
そう、桃佳が告げるのは駿を罵倒する言葉ではない。桃佳が告げるのは真実。駿が知りたくて知りたくて、でも決して知りたくはない真実。できることなら、このままずっと目を逸らしたい真実。……けれど、絶対に逃げることのできない真実。

コンビニに長時間いることはいたたまれなくて、書店に移動していた駿は、立ち読みしていた本をパタンと閉じて本棚に戻した。それからもう一度壁にかかった時計を見る。
自分が家にいないと知って、それでも桃佳はまだ待っているだろうか。何度も繰り返した疑問を、もう一度自分の中で繰り返してみる。たどり着く答えは同じだとしても。
ポケットに捻じ込んであった携帯を取り出して、桃佳から届いたメールを開く。

『ずっと待っているから』

桃佳からとは思えないような、力強い意志のこもったメール。
いつだって桃佳は、そんなにはっきりと自分の気持ちを主張してきたことはなかったというのに。いつから、どのタイミングから彼女が変わっていったのか、もう駿には分からない。もしかしたら、自分が冴島美鳥に溺れていた、正にその時だとしたら……到底自分に変わってしまった桃佳を責めることはできないような気がした。
いや、きっとできない……
ため息をついて、平積みにされた小説を眺めた。確かに読みたいと思っていた本もあったはずなのに、今はどれも駿の興味を引かない。それでもなんとなくそのうちの一冊を手に取りぱらぱらと捲る。捲ったからと言って、内容なんて少しも頭に入りはしない。

本当は分かっているから。
このままじゃいけないと。
ただ時間だけが過ぎていく、それじゃあ何も変わらないと。……自分も変われないと。
そろそろ、自由にしてあげなくちゃいけない。
そう思いながらも、動けない。

そっと見送ってあげなくちゃいけないんだと、本当は分かっているのに。


窓の外を、小鳥が羽ばたいていく。
遠い空へ。
青空の彼方に……




スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

 管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。