りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


120.解放

2010.08.08  *Edit 

柴山孝幸は、晴れた道を自宅に向かって歩いていた。
普段は日曜日だと言ってもこんな時間に自宅に帰ることは殆どない。特に最近では、大きなプロジェクトが進んでいて、そのために平日などは日付が変わらないと自宅に帰れないほどだった。
それでもこの不景気の中、そこまで忙しく仕事ができるというのはありがたいことでもあった。

先代の社長だった孝幸の父が他界してからもう二十年以上が経つ。
本来ならば息子である孝幸が継ぐはずだった柴山建設。けれど彼は自らその職を辞退し、先代の元で力を振るってくれていた男に、柴山建設の社長の椅子を譲ったのだった。まだまだ未熟な自分が、会社をまとめて行けるはずもないという判断の元に。新たに社長職についた男は信頼も経営能力も申し分なく、不況下でも柴山建設は少しずつ大きくなっていった。その新社長のもとで経営を学び、五年ほど前に社長職をその男から譲られたのだった。
「あなたなら大丈夫ですよ」
その言葉がなによりも力強かったのを、今でもはっきりと覚えている。

それからはもう……がむしゃらだった。
せっかく先代が大きくしてくれた会社を潰してしまわないように、小さな仕事も必ず目を通して、確実にこなしていった。あっという間の五年だった。
その成果なのか、柴山建設はこの不況下でも危ないという噂は聞かないほどだ。

ネクタイをゆるめながら手を翳して太陽を仰ぎ見る。なんだかこうして太陽を見るのは久しぶりな気がした。いつも陽光が弱いうちに自宅を出て、太陽が沈んだよりも昇ってくるのが近いのではないかという時間に帰宅していたから。
そんなときでも、いつでも美佐子は孝幸の帰りを寝ずに待っていた。寝ずに……と言っても、ソファーで眠り込んでいることもあったものの、絶対に彼女は灯りをつけて居間で孝幸の帰りを待っているのだった。
仕事仕事でろくに楽しい思いもさせていないというのに、それでもいつでも自分を笑顔で迎えてくれる美佐子は、孝幸にとってはまさしく『帰る場所』だったのだ。
そんな彼女の様子がここのところ少しおかしい……それに気が付いたのは一週間前くらいのことだったろうか。
どんなに朝早くても見送ってくれていた美佐子が、一週間ほど前から玄関先に立ってくれないようになった。初めのうちは体調が悪いのではないかと心配もした。けれど、ある日見つけてしまったのだ。ごみ箱の中に無造作に捨てられている、薬の包みを。商品名の書いたそれをなんとなく調べてみたところ、それは睡眠薬だったのだ。
睡眠薬を飲んでいるから朝起きられなくなっていたのだろうと、すぐに察しがついた。けれど、美佐子がここ数年ずっと睡眠薬を口にしているところなど、見たこともないし本人から聞いたこともなかった。もしかしたら自分が知らないだけかもしれないが、それが引っ掛かったのは間違いない。
それに最近彼女の表情がどこか冴えないのにも気が付いていた。何か思い悩んでいるかのように、時々遠くを睨みつけるようにじっと一点を見つめていた美佐子。
はっきりとした変化でもないのかもしれないものの、孝幸は見過ごせないと思っていたのだ。けれど、仕事の忙しさにかまけて、その理由を美佐子に確かめることさえできていなかった。それに、孝幸自身、そこまで切羽詰まった問題でもないだろうと、高を括っていたというのも本心。

表面上平和な日々が続いていたから、孝幸はどこかで昔のことを忘れてしまっていたのかもしれない。
美佐子が多希にしてしまったことも。そして、その頃の気持ちを今でもずっと美佐子が忘れられないでいるかもしれないことを。




「ただいま」
そう言ったのは実に何日振りのことだろうか。深夜の帰宅では家の中にそう声をかけることもはばかられて、いつだって無言でなるべく物音をたてないように上がっていたから。
声をかけると少しして、驚いたように美佐子が玄関に駆け付けた。
「あなた……随分と早かったんですね」
「ああ、やっと色々と片付いたからね。今日はみんなで打ち上げだって言っていたんだけれど、私は遠慮したんだ。一応社長だし、上司がいると何かと盛り上がれないだろうしね」
そう言いながら穏やかに微笑む孝幸から鞄を受け取り、美佐子は玄関にほど近い小さな扉を横目で見た。『お客様』の眠る納戸。
「そう、お疲れ様でした。着替えて休んでください。まだ……夕食の時間には早いですものね」
孝幸に視線を戻した美佐子は、何事もないかのような優しい笑みを浮かべた。

「やっと少し時間が取れそうだから、どうだい美佐子。ふたりで温泉旅行にでも行ってみないか?」
着替えを済ませた孝幸が、ゆったりとソファーに体を預け、新聞に落としていた視線を美佐子に向ける。
「まあ、温泉……?」
「ああ、しばらくふたりでゆっくり出かけたこともなかっただろう? だから、たまには息抜きもいいじゃないか」
ふたりでゆっくり過ごして美佐子の話をじっくり聞こう、孝幸はそう思っていた。日常とは違う場所の方が、美佐子も心の内を話しやすいのではないかと。いつでも休暇は取れるようにしてある。この際、美佐子の希望を全て叶えるつもりでいた。
「でも……あなた。お仕事お忙しいんでしょう?」
「いや。立て込んでいた仕事も一段落ついたからね。少し休みも取れるよ。どこか行きたい場所はないかい?」
「本当?」
「ああ、本当だよ。美佐子が行きたい所があるならそこにしよう」
「まあ……嬉しいわ。私、部屋にある旅行雑誌でも見てみようかしら」
美佐子は嬉しそうに微笑み、胸のところで手を組んだ。そんな嬉しそうな美佐子を見て、孝幸もほっとする。
「ああ、どこか行きたい所を探しておいてくれ。どこでもいいよ」
「ええ」
孝幸の言葉に頷きながら、美佐子は居間を出て行った。一階の奥にある自室に向かったようだった。
孝幸は美佐子の嬉しそうな様子を思い出しながら、もっと早くこうしてゆっくり時間を取るべきだったと考えていた。


「嬉しいわ……旅行だなんて何年ぶりかしら」
小さく口の中で呟きながら、美佐子はまるで少女のように目を輝かせていた。自分の行きたい所ならどこでもいいと言ってくれた孝幸。誰にも邪魔されることなく、ふたりきりでゆっくりできる。そう思うと、心の奥から嬉しさが滲んでくる。
旅行雑誌を手に取り、ぱらぱらと捲ってみた。行けないとは思いつつも、つい買ってきては観光地の特集を眺めていた。けれど今は、目的地を探すためにその雑誌を捲ることができる喜び。つい、口元が綻ぶ。
けれど……嬉しそうにページを捲っていた美佐子の手が止まる。雑誌の中には、綺麗に着物を着飾った美しい女性。どこか、咲を思わせる女性が観光地を巡っている。
喜びに輝いていた顔は一変し、無機質な表情に変わる。美佐子は持っていた旅行雑誌を壁に投げつけた。

本当に私を旅行に連れて行こうだなんて思っているのかしら。
もしかして、旅行先で咲と落ち合うつもりじゃあ……ううん。先に私を家に帰して、それからは咲と過ごすつもりなのかもしれない。
きっと……きっとそうなんだわ!!

なんの確信もない想像だというのに、その考えは美佐子の中で一瞬にして真実へと変わる。そして生まれるのは、新たな咲への憎しみ。
許せない。
咲も、多希も……多希の味方をするあの子も……




立て続けに三回、大きなくしゃみをして、孝幸は冷房にあたりすぎて風邪でも引いたのかもしれないと苦笑した。けれど、風邪をひいたとしても重要な仕事の落ち着いた後でよかったと思う。
そんなことを考えながら、孝幸はティッシュを探った。いつもならテーブルの上に置いてある箱ティッシュが見当たらない。ぐるりと部屋の中を見渡しても見つからない。
「仕方ないな……」
孝幸はゆっくりと立ち上がった。箱ティッシュのある場所なら知っている。わざわざ美佐子に言って持ってきてもらうまでもないだろう。きっと彼女は今、旅行先を考えているのに違いないのだから。
立ち上がり廊下に出る。階段下の納戸、そこに目的のものがあることくらいは知っていた。家のことはほとんどしない孝幸でも、物のある場所くらいは把握していたから。
扉に掛けてある、簡易式の鍵に手をかけて開ける。
簡単な鍵。
けれど、中に入った人間を出られなくするには十分な鍵……

ガチャリとそのドアを開ける。

「……っ、な」

そこに横たわる、見たこともない少女。
眠り込んでいるその姿は、とても泥棒には見えない。それに泥棒なら、どうやってこんな所に入り込んだというのか。入り込めるはずもない。孝幸が開けるまで、そこは密室と呼ばれてもおかしくはなかったのだから。
では、誰かに閉じ込められた?
その考えに至って、孝幸は血の気が引いていく音を聞いたような気がしていた。
そう、ここでぐったりと眠っている少女が誰かに閉じ込められたとしたのなら、それはこの家の人間……美佐子か駿に他ならないのだ。駿が家にいないことを考えれば、駿ではないだろう。だとしたら?

「ま、まさか……なぜ」

小さく呟いて、けれどぐったりと眠っている少女に声をかける。このままにはしておけない。
「君、君……? 大丈夫か?」
声をかけながら、肩をゆする。何度か繰り返したのち、固く閉じられていた瞼がピクリと反応し、そしてゆっくりと開かれる。
「大丈夫か……?」
眠りの底から浮上する意識。桃佳はぼんやりとした人影を認めて、しかもそれが見知らぬ男性で、一瞬自分に何が起きたのか分からなくなっていた。それから周りを見渡し、やっと美佐子に閉じ込められていたことを思い出す。
「君は……どうしてこんなところに?」
背中を支えられ、桃佳は孝幸にゆっくりと体を起こされる。気遣わしげな眼差しを向けてくる男性は、美佐子と違ってどうやら桃佳に危害を加えてくる様子はなく、とりあえず彼女はほっとした。それにその表情、多希にも駿にもどこか似た面差し。すぐにふたりの父親だということに思い当る。
「多希……さんと、駿ちゃんの、お父様……?」
「ああ、君はふたりの知り合いなのかい? その……どうして、こんなところに……」
孝幸の瞳に困惑の色が浮かび、桃佳は胸が締め付けられる。この優しそうな人が、真実を知ったらどうなってしまうのだろうかと。
「あ……あの」
手を引っ張られて立ち上がる。少しだけ眠ったお陰か、それほど体もふらつかない。
けれど、何をどうやって説明していいのか桃佳には分からなかった。どこから、どこまで説明すべきかも。このまま逃げ出してしまおうかと思うほど、桃佳の思考は混乱していた。
視線をうろつかせている桃佳を、孝幸は眉をひそめて見ている。
確かに他人の納戸で眠りこけていたなど、見つけた方としては不審者以外の何者でもない。けれど、孝幸の視線は別の意味を含んでいた。

「君……誰に閉じ込められたんだ?」
「……えっ?」

真っ直ぐな視線を向けられて、桃佳は戸惑った。
まさかこの状況を正しく理解されるとは思ってもいなかったから。お前は誰だと問い詰められるとばかり思っていた桃佳は、驚いて孝幸を見る。
「まさか……まさか、美佐子に?」
ごくり。
思わず息を飲んだ。話しても大丈夫なのかもしれない、どこか大切な人たちに良く似た目の前の男性に向かって、桃佳が口を開こうとした時だった。

「あら、あなた。ダメじゃない。お客様をそこから出しちゃあ……」

「美佐子……!!」
「!!」
振り返った孝幸と桃佳の視線の先には、にっこりと微笑む美佐子が立っていた。



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