りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


124.狂おしいほどの

2010.08.19  *Edit 

桃佳は抱きかかえられたままの姿勢で、放り込まれるようにして車に乗せられると、すぐさま車は柴山家を後にした。
微かな煙草の香りと、多希の香りのする車内は桃佳に安心感を与える。ほっとした瞬間に、それまで感じなかった鈍い痛みを頬に感じて、桃佳は思わず顔を顰めた。

「痛むの?」
声にハッとして多希を見ると、ちらりと視線をこちらに寄こしている。その心配そうな視線に、桃佳はゆるゆると首を振った。心配はかけたくない。それにどうしてこんな傷が付いているのかも尋ねられたくはない。
「大丈夫です」
「そう? 髪……どうしようか?」
さすがにその質問には言葉がつまった。鏡は見ていないものの、きっと酷いことになっているに違いないだろう。少し悩んでから桃佳は答えた。
「家に帰ったら、とりあえず一番短い所に合わせて切って……それから美容院に行きます」
「じゃあ、家に着いたら俺が切ってあげようか?」
ふっと微笑みながら、多希は片手で桃佳のくせっ毛に触れる。柔らかくて、指になじんだその感触。ただいつもと違って、くるくると指に巻きつける長さがない。桃佳の髪を指先で楽しみながらも、多希はこみ上げてくる怒りを感じていた。

桃佳は本当に『何もなかった』で済まされると思っているのだろうか? 顔を傷つけられ、髪を切られ、それでも『何もなかった』と。間違いなく誰かにやられたものだと多希は確信していた。では……誰が? 誰であったとしても、多希はその相手を許す気はない。
それに……それに、ここまでされているのに、それでも尚全てを話してくれない桃佳に対してもまた、微かな怒りを感じていた。それほどまでに、俺は頼りにならないということなのか……と。

「多希さん、携帯、光っているみたいです」
「え? ああ」
桃佳にそう言われ、多希は路肩に車を止めて携帯を開いた。既に電話は切れてしまっているものの、そこには、何件もの着信表示。その瞬間、多希の背中を一気に冷や汗が滑り落ちた。
どこからの着信か、そんなもの、見なくても分かる。病院だ。
人の波も途絶え、一区切り付いていたとはいえ、多希は緊急連絡用の携帯も持たずに病院を飛び出してしまっていた。しかも誰にも声をかけずに。更に悪いことに、携帯はマナーモードにして車の中に放っておいたままだったのだ。
これだけの着信数から考えれば、多希がいなくなってから急患が入り、病院側が緊急連絡用の携帯に繋がらないので、何度も個人の携帯にかけてきていたことは間違いない。多希は目の前が暗くなるような気がした。初めの着信はもう30分以上も前だ。きっと、当番のレントゲン技師と連絡が取れないということで、大騒ぎになったことだろう。
こうなることを予測できなかったわけではなかった。それでも飛び出してしまった多希。全ての責任を放棄して。そうまでしても、駆け付けたかった。後悔はしていないものの、周りにかけてしまった迷惑は甚大なものだろう。
きっと、多希ひとりの責任では済まされないほどに。

「多希さん……? どうしたんですか?」
携帯を見つめて難しい顔をしている多希に、桃佳は声をかける。自分のことで精いっぱいな桃佳には、多希が今日仕事だったということなど、もう頭の中にはなかった。
「いや、なんでもないよ。とにかく部屋に戻ろう」
微妙にいつもとは違う笑顔を見せる多希を怪訝に思ったものの、桃佳はその言葉に小さく頷いた。




桃佳を部屋まで送り届けた多希は、彼女の部屋に上がり込むこともなくそのまま踵を返して病院に向かった。車を飛ばしながら、携帯で病院に連絡を入れる。すぐに救急外来に繋がった。
「もしもし、放射線柴山です。何度も連絡いただいていたみたいなんですが……」
『ええ、ああ……その、大丈夫ですよ』
救急外来の担当の看護師が、歯切れ悪く答える。
「申し訳ありません。すぐに向かいます」
『あ、でも……もう急患の処置は終わりましたから』

あなたは必要ないですよ。

言外にそう言われているのが分かった。けれど、とりあえず病院に向かわないわけにはいかない。
逸る気持ちを抑えながら、多希は携帯を切って正面を見据えた。気持ちアクセルを強く踏みこんで。


「申し訳ありません!!」
駐車場から全力疾走で病院に駆け込んだ多希は、救急外来に顔を出すと深々と頭を下げた。休日出勤の看護師たちは、お互いに顔を見合わせている。勿論、その顔には笑顔はない。
ただでさえ忙しい救急外来、休日で人数の少ない看護師たちは、その少ない人数でかなりの仕事をこなさなければならない。それなのに、当番の放射線技師と連絡が付かないということで、貴重な時間を多希のために費やしたのだろう。不満を直接口にする者はいなかったものの、それでも彼女たちの視線は明らかに多希を責めている。
「すいませんでした」
多希には頭を下げて謝罪するしか、他に方法はない。
「ああ、柴山君」
多希の声を聞きつけた今日の救急外来担当の内科医が、恰幅のいい体を揺らしながら奥から出てきた。
「全然連絡が繋がらないから、みんな心配したんだよ」
普段から穏やかなその医師は、にこにこと多希に声をかけた。
「斎藤先生……」
「何があったか知らないけれど、連絡が取れないのはやっぱり困るよ。迷惑がかかるからね」
「はい」
身に染みて分かっているという多希の沈痛な表情に、医師は小さく微笑む。
「とにかく、技師室に行った方がいい。君の代わりに技師長が対処してくれていたんだからね。まだ帰らずに技師室にいるはずだよ」
「技師長が……?」
驚いたような表情の多希に、医師はそっと頷く。事は少し大事になってしまったよ、とういうような気遣わしげな視線を向けて。そして「早く行った方がいい」と促した。
「すいませんでした」
多希はもう一度深々と頭を下げると、救急外来を飛び出して技師室に走った。

「技師長!!」
ドアノブを掴む手が汗で滑る。それでも慌ててドアを開けて、多希は技師室の中に向かってそう声をかけた。その声を聞きつけて、白衣をまとった技師長こと、大久保が奥の方から顔をのぞかせる。その表情は見たことがないほど厳しいものだ。
ゆっくりと自分に近づいてくる大久保に、多希は救急外来でしたのと同じように深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
頭を下げる多希の視界には、目の前で立ち止まった大久保の靴の先だけが写る。
「柴山……もう今日はいい、帰れ」
怒りを含んでいるというよりも、冷たい針を含んだような声に、多希は顔を上げる。既に大久保は背中を向けていた。
「大久保技師長……」
「何があったのか知らないが、自分の仕事をほっぽり出すような奴は帰れ。今日は俺が当番をする」
「申し訳ありませんでした。もうこんなことはないようにします」
「いい」
大久保の言葉は、多希の言葉を拒否するように一蹴する。
「今日はもういい。責任感のない奴が仕事をして、ミスでもしたらどうするんだ!!」
背中を向けていた大久保は振り返り、ぐっと強い視線を多希に向ける。
「柴山、お前分かっているのか? 俺たちの仕事には人の命がかかっているんだぞ。それを放り出して……お前のせいで人が死んでいたのかもしれないってこと、分かるか? 責任って言葉の意味を、今日は家に帰って良く考えろ!!」
重たい響きを持つ言葉を多希に向け、大久保は奥に戻っていった。多希に仕事をさせる気はないらしい。帰れという言葉は、そのまま今日は謹慎していろという意味だろう。
多希は両手をぎゅっと強く握りしめた。
「すいませんでした……!!」
大久保に声が届くようにそう言うと、技師室を後にする。すれ違う事務の子の視線さえも冷たい。きっと多希個人の携帯番号を探すために、事務の人間まで巻き込んだのだろう。

とんでもなく甚大な迷惑をかけたのだということを、多希は改めて肌で感じるようだった。
大変なことをしてしまったのだと……けれど、何度大変なことをしてしまったと思っても、何度考えても、どうしても桃佳を放っておくことはできなかったに違いないとそう思うのだ。
責任感が欠如しているのかもしれない、事の重大性を理解していないのかもしれない。それよりも、社会人として失格なのかもしれない。それでも……それでも。それでも桃佳の手を離したくないと願ってしまう自分は、どうしようもなくダメな人間なのかもしれない。
多希は小さく自分を嘲笑った。




居間のドアを開けた。音を立てないで入ってきたわけでもないのに、桃佳は多希が帰ってきたことにも気が付かずに、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
薄暗くなってきた部屋にひとり、明かりも点けずにぼんやりと座り込んで窓の外を眺めているその姿は、魂の抜けた抜け殻のようにさえ見える。何を考えているのかも、何をその瞳に映しているのかも、多希にはその一片さえも掴むことができない。それが苦しくて、切ない。どうかその心に溜まった重たいものを、自分にも分けてもらいたいと切望しているというのに。

「モモ」

小さく声をかけると、桃佳の肩は大きくビクンと震える。そして振り返った桃佳はそこに多希がいることに初めて気が付いたように、驚いた顔をした。
「あ……た、多希さん。いつからそこに?」
「今帰ってきたところだよ」
「そうですか。……あ、お仕事、大丈夫ですか?」
ほんの少しだけ微笑む桃佳。その表情が、無理をしているものだというくらい、すぐにわかる。桃佳は嘘も下手だけれど、誤魔化すことも下手だから。
「ああ、大丈夫だよ」
そんな無理に微笑みを作ろうとしている桃佳を見ていられなくて、多希は腕を伸ばして桃佳の小さな体をその胸の中にすっぽりと包みこむ。ふんわりと柔らかいその体を抱きしめると、なぜだかひどく胸が疼いた。
「多希さん……?」
少しだけ驚いたような桃佳の声を聞きながら、多希はその腕に更に力を込める。
「どうしたんですか?」
桃佳の問いかけには答えず、ただしっかりと抱きすくめる。

消えてしまわないように。
離れていかないように。
自分の腕の中に閉じ込めてしまいたい。
もうどこにも行けないように、自分の側に永遠に捕まえておけるように……

そんな気持ちが狂おしいほどに多希の中で渦巻く。
どこか遠くを見つめいた桃佳が、多希の分からないその視線の先に行ってしまいそうで、ただ怖かった。だから、心から願った。



どこにもいかないで。
消えてしまわないで。
ひとりにしないで。



そんな狂おしいほどの願いに、多希自身が戸惑う。
もう、焦がれる心を自分ではコントロールできないかもしれない……と。


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~ Comment ~

お久しぶりです。 

毎回、楽しみにしていますよ。
いい感じになってきましたねー。

子供さんは小さいようですし、
執筆は大変なんでしょうね。

でも、期待してますのでがんばれ~。
  • #35 みゅう 
  • URL 
  • 2010.08/19 22:26分 

Re: みゅう様 

わあ!!
お久しぶりです!!
毎回読んでくださっているんですね。ありがとうございます(^人^)

ラストに向かってバリバリ書いています。
やっぱり最後を目指して書いていたので、それが見えてきていつもよりも少しペースが上がっています♪
いい感じ……と言ってもらえてありがたいです(*´艸`*)
まだまだすっきりとは終われませんけど……ね。

そうなんですよ~。
子供はまだ6・4・2という幼児達ですからね……
彼女たちのいるときにはなかなか書けないし、日中は仕事だし……(~_~;)
ってことで、時々やっぱり更新が遅れてしまいます。

コメントありがとうございました(。 ゝ艸・)
  • #36 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2010.08/20 19:45分 
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