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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


126.最後の夜

2010.08.30  *Edit 

駿は今日何度目になるかわからないため息をついて、腕いっぱいに抱え込んだDVDを棚に戻す作業に没頭しようとした。
けれどその作業は功を奏することはなく、再び重々しいため息だけが口を衝いて出る。

――すまない、駿。全ては父さんが悪かったんだ……全て。父さんのせいなんだ。

苦しげな表情で何度も駿に頭を下げる父、孝幸の姿が瞼の裏に蘇る。昨日あれから、孝幸はそう言って駿に詫びたのだった。何があったのかも聞かされた。
母、美佐子が駿に会いに来た桃佳に薬を盛って、納戸に閉じ込めてしまったことも、帰さないためにその髪も切ってしまったということも……始まりは孝幸と美佐子のすれ違い。そこで生まれてしまった誤解が美佐子に多希を憎ませ、結果、多希に駿を憎ませてしまったと。それは小さな歪みに気が付きながらも、そのままにしてしまった自分のせいだと、孝幸は涙を滲ませたのだ。
……父の涙なんて見たのは、駿にとって初めての事だった。なんだか駿はそんな父の姿を、どこか他人事のように見つめていたのだ。
孝幸の説明している言葉の意味は、頭では理解することができた。けれど、それを自分の中でうまく処理することがどうしてもできなかった。
それはきっと……たとえ駿のためだったとはいえ、美佐子が桃佳にしたことがどうしても信じられなかったからかもしれない。駿にとって美佐子は、いつだって明るく快活な母だったから。……けれど、そんな母が多希に対して取ってきた態度を知らないと言えるはずもない。母の負の側面も知っていた。それでも。

だから、父に教えられた美佐子の入院先に出向くまでは、どこかで孝幸の言葉は大袈裟なんではないかとさえ思っていたのだ。けれど、そんな思いもすぐに打ち砕かれた。
美佐子の入院している病棟は、精神科の閉鎖病棟だった。
エレベーターを降りると目の前には鍵のかかったドア。中から鍵を開けてもらい、ナースステーションの中を通り抜けないと、病棟に出ることにはできない。厳重に管理された病棟に美佐子はいた。
自殺防止を考慮された病室は、危険な物は排除され、ベットもなく畳敷きの床に布団が敷かれていた。駿にはその必要性がピンとこなかったものの、後から聞いた話では、ベットの高さがあれば首を吊れるのだという。
その布団にじっと座るようにして美佐子はいた。
そして、孝幸と同じようなことを言って詫びては涙を流し、その直後に口汚く咲と多希を罵るのだった。かと思えば、自分の誤解のせいで多希と駿の関係を歪ませたと再び泣く……そんな繰り返し。
駿には、その都度美佐子の言葉に頷いてやることしかできない。
知識のない駿の目にも、美佐子が壊れてしまっていることは明らかだった。急に壊れてしまったのではなく、きっと長い時間をかけて心は浸食されていったに違いない。それなのにそんな様子に微塵も気が付かなかった自分が悔しくてならなかった。





再び大きなため息をついて、DVDを棚に戻す。
こうして働いていれば、少しは考えなくて済むのではないかと思って、大学は休んでもバイト先には出てきたのだ。けれど、ふとした瞬間にも色々なことが頭を過って、なかなか集中することもできない。せめて、ミスだけはしないようにしなければ……と気を張っているものの、その分仕事ははかどらなかった。
桃佳のことも勿論気にかかっている。バッサリと切られた髪……頬にできた切り傷。閉じ込められ、刃物を向けられ、どれほどの心の傷を負ったか知れない。会いに行くべきなのだろうか……そうは思っても、自分も桃佳に酷いことをしてしまった。桃佳に合わす顔がない。
それに、桃佳には多希がいる。
必死に自分を制していた桃佳の、多希を見た瞬間崩れた表情を思い出す。泣きだしそうな、苦しげに歪んだ顔。自分には引き出して上げられなかった顔。
ぎゅっと抱え込んだDVDに力を込めて、駿はやはり重々しいため息を吐きだした。

「駿、何かあったの?」

ふと背中に掛けられた声に、駿は抱え込んだDVDを思わず落としそうになって焦る。驚いて大きな声を上げそうになってしまったのを、必死にこらえた。
「……み、美鳥」
少しだけ不満げな顔を声の主に向けると、声の主、美鳥はにっこりと微笑んで見せた。





「まあさ、何があったのかは知らないけれど、辛い時は飲むに限る!!」
バイトが終わると、駿は美鳥に腕を引っ張られて近くの居酒屋に連れてこられていた。無理やり……とは言っても、ひとりではいたくなかったし確かに飲みたい気分でもあった駿は、さほど抵抗することもなく居酒屋の暖簾をくぐったのだった。
「飲もう!!」
美鳥は届いたばかりの中ジョッキを掲げ、一気にその中身を煽った。その飲みっぷりに、思わず見惚れてしまう。
「あーっ、美味しい!!」
「……おっさんだな」
あまりにもいい飲みっぷりにそんなことを言いながら、駿は苦笑いした。
「あ、やっと笑ったね。あ、すいませーん、こっちに生ひとつね」
美鳥は嬉しそうに笑い、それから新しいビールを注文している。
「ほら、またしけた顔してっ。駿も飲みなさいよ」
そう言いながらも尚もビールを煽る美鳥を、駿は目を瞬かせて見つめた。
「……俺、そんなにしけた顔、してた?」
「ああ、してたしてた。ため息ばっかりついて、今にも死にそうな顔してたよ」
わざと茶化すように美鳥は言ったものの、本当に今にも飛び降りるのではないかと思う程、駿の顔は時々酷く緊迫していたのだ。だからこそ、迷いながらもバイトが終わってから駿を飲みに誘った。断られると思っていたので、駿が黙ってついて来てくれたことにはほっとしていた。
「……そっか」
少しだけ肩の力を抜いて、駿もビールに口をつける。冷たい液体が喉を通過して、肩の力だけでなく体の力も抜けるような気がする。
「美味しい?」
「……うん」
「そっか、よかった」
満面の笑みで見つめられ、駿はアルコールの効果とは別に顔が熱くなる。愛情じゃないとしても、自分を心配して見ていてくれた人がいることが、妙に嬉しい。

「私ね、言い寄ってきてた元彼、この間殴ってやったのよ」
「は?」
突然の美鳥の告白に素っ頓狂な声を上げると、当の美鳥は口元を握りこぶしでおさえながら、さも楽しそうに笑った。
「より戻そうって私のところに来たのはいいんだけど、あの馬鹿男、彼女と別れてないだけじゃなくて後つけられててね、私の部屋の前で言い争い始めちゃって。見てたら本当にバカらしくなってきたから、一発殴って二度と来るなって言ってやったの」
そんな話をする美鳥は、自分の武勇伝でも話すかのように、どこか誇らしげな顔をしている。
「で、でも、美鳥。その彼氏のこと忘れられなかったんじゃ……」
その言葉に美鳥はゆっくり首を振る。穏やかな顔には、強がっている様子は見られない。
「なんだろうね、好き……だったのかな? もしかしたら、ただの独占欲だったのかもしれない。他の女に取られて、悔しくて取り戻したかっただけなのかもしれない」
駿の脳裏に多希と桃佳の顔が浮かんで、思わず苦い顔をする。
「でもね、でも……きっとそれだけじゃないと思うの。ちゃんと好きだったんだって思いたい。けどそんな気持ちにばっかり縛られてたら、前に進めないし。なんか、このままだと自分が凄ーく嫌な女になっちゃう気がして。だから、もういいんだ。殴ったのはやりすぎだったかもしれないけど、私としては踏ん切りついちゃった」
ぺろりと赤い舌を出す美鳥は、どこか悪戯っ子のようで、それでいて今の駿には眩しい。美鳥がつけた決着を自分は付けられないまま、大事な桃佳に取り返しのつかないことをしでかしてしまった。
もう二度と、顔を見せることさえ躊躇ってしまうほどの……

「……俺、酷いことしたんだ」

ポツリと言葉が転がり落ちた。
心の中に溜まって、身動きさえ取れなくするほど溜まりきった思い。自分を責め続ける後悔の念。けれど、いくら後悔したところで取り戻せない全て。
「本当に、酷いことを……取り返しがつかないくらい」
テーブルに肘をつき、俯いた頭を支える。その肩が震えていることに、美鳥ははっとした。
「何を……?」
「酷いこと、だよ。凄く傷つけた。取り戻せないなら、壊してやろうとまで思ったんだ……」
美鳥は眉を寄せて駿を見つめる。何をしたのかは分からないものの、ひどく後悔していることだけは良く分かった。
「取り戻すって……彼女のこと?」
「ああ。自分のことを棚に上げて、他の人に惹かれてる彼女を許せなかった。そして、酷く傷つけたんだ」
そう、昨日だって逃げずに家にいれば、母親を暴走させることもなかったかもしれない。桃佳に傷を負わせることもなかったのかもしれない。自分が逃げたばかりに、美佐子のことも桃佳のことも追い詰めてしまったのだと、駿は自分を責めていた。
全ては今更どうにもならないことだとしても、自分を責めずにはいられなかった。遡れば、美佐子の愛情を一身に受け、多希を卑下していた自分がこの事態を招いてしまったのではないかとさえ思うのだ。
怖かった。
自分のしたことも、自分のせいで起こってしまったことも。

「謝った……?」

その声にハッとする。視線を上げると、美鳥が気遣わしげな視線を投げかけてきていた。そして美鳥はもう一度同じ言葉を口にする。
「謝ったの?」
小さく首を振ることしかできない。
怖くて逃げ出してしまったのだから。
「許せない? その、彼女のこと」
その質問にはうまく答えられない。どちらかというと、許してほしいのは自分の方だから。あれほどまでに、多希と桃佳のことを許せないと思っていたはずだったのに、昨日のふたりの様子を見て、そんな気持ちはもう消え失せてしまった。
それほどまでに、ふたりの間にある『何か』に気付かされてしまったから。
「許してほしいのは……俺の方なんだ。苦しのは俺だけだと思ってた。俺だって、裏切ってたのに」
項垂れる駿の頭を、美鳥は乱暴に撫でまわす。駿はされるがまま。
「だったらさ、自分の気持ち、ちゃんと伝えなよ。駿の好きな人でしょ? きっと聞いてくれるから。話さないと、何も伝わらないよ。言わなくても伝わることなんて、本当は殆どないって私は思うよ」

その言葉は駿の胸に突き刺さる。
そう、言わなくてもいつか伝わるとそう信じて、思いを言葉にしないうちに、どこかで何かがずれてしまったのかもしれない。本当は、大事な人だからこそ伝えなければいけなかったはずだったのに。

「……そうだね」
駿は小さく頷いた。今ここで桃佳に自分の思いを伝えることから逃げてしまったら、もう自分は誰かと真っ直ぐ向き合うことはできないような気がする。この先も、ずっと。
駿はジョッキを手に取り、少しだけぬるくなってしまったビールを一気に喉に流し込む。炭酸が喉に染みて、少しだけ涙目になった。
「お、駿。いい飲みっぷりだねえ」
ぱちぱちと手を叩いている美鳥を見て、駿はほんの少しだけ微笑んだ。
「ありがとう、美鳥。なんだか少し楽になった」
「いいんだよ。……でも、もしもさ」
美鳥は同じように一気にビールを煽ると、酔いのせいだけではない、妙に色っぽい潤んだ瞳を向ける。
「もしも、だよ? どうしても辛くて堪らない時は、また部屋に来ていいんだよ?」
色っぽいけれど、真剣な瞳。
駿は黙って手を伸ばすと、さっき美鳥にされたようにその頭をぐしゃぐしゃと撫でつける。

「ありがとう。でも、もう美鳥には逃げないよ。逃げちゃ、いけないから」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でまわす駿の手を掴み、美鳥はその手を自分の頬に押し付けた。そして少しだけ寂しそうに微笑む。
「……やっぱりね。そう言うと思ってた」
「うん」
「……飲もうか?」


ふたりでジョッキを合わせる。カツンと硬い音がして、ビールをのどに流し込んだ。
きっとふたりで過ごすことはもうないのだろうと、駿も美鳥も分かっていた。




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