りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


127.全て捨てて

2010.09.09  *Edit 

すっかり暗くなった道を、多希は桃佳の部屋へと急いだ。
仕事はいつもと同じように終わったものの、ついさっきまで会いに来ていた孝幸と話をしていて、すっかり遅くなってしまったのだった。すぐに桃佳の元に帰るつもりでいたので、連絡もしていない。心配しているかもしれないと思うと、思わず足は駆けだしていた。

「おかしいな……」

多希はアパートを見上げて眉をひそめた。二階の二番目の部屋。桃佳の部屋には灯りが付いていない。訝しがりながらもいつものように鍵を開けて部屋に入る。玄関にはきちんと桃佳の靴があって、多希は更に綺麗な目元を細めたのだった。
そっと居間のドアを開ける。すっかり暗くなった部屋の中に、桃佳はいた。
ぼんやりと壁に寄り掛かって座り込み、窓の外を眺めている。昨日と同じだ。そこにいるのは、まるで魂の抜けてしまった人形のようだ。
知らず、多希は両方の手をぐっと握りしめていた。そして、さっき孝幸から聞かされた話を思い出していた。




「多希……母さんを、私を許してほしい」
突然職場まで訪ねて来た孝幸の言葉に、思わず多希は冷たい視線を送っていた。
病院そばの喫茶店。ふたりの間には静かな音楽だけがしばし流れる。その沈黙を打ち破ったのは多希の方だった。
「どういう意味? それは、モモのことと関係があるのか?」
「……ああ。彼女に傷をつけてしまったたのは美佐子なんだ。訪ねてきた彼女に薬を飲ませて閉じ込めたらしい」
その言葉に、多希はこれ以上ないというくらいに目を見開き、怒りの表情を露わにする。
「なんだって……!? あの女がモモに怪我をさせたのか!? しかも閉じ込めたってなんだよ!! 絶対……許さねえ」
テーブルの上でぶるぶると震える多希の拳を見つめながら、孝幸は悲しそうに目を細める。息子と妻をここまで憎み合わせてしまった自分を悔やむ。
「多希……母さんを、憎まないでやってくれ」
深く頭を下げる孝幸に、多希はなおも冷めきった視線を送った。
「そんなこと、できるはずないだろ? モモを傷つけたんなら、俺は誰だろうと許す気はないよ」
どれだけ父親に頭を下げられようとも、多希は美佐子を許す気はない。桃佳を傷付けられたからだけではなく、憎しみの対象にされ続けた過去も含めて、美佐子に対して家族としての情なんてあるはずもなかった。家族だなんて思いたくもない。

「多希……聞いてほしんだ」


孝幸と美佐子、そして咲の過去の話を聞かされて、多希は酷く難しい顔をしていた。
自分が美佐子に疎まれていた理由は分かった。だからと言ってそれが今更なんだというのだろう。だから許せと言われても、気持ちはそう簡単なものではない。
けれど、親の世代の負の感情を知らず背負わされ、実は憎まなくてもいい駿を憎み、こんな家族の問題に引き摺りこんでしまった桃佳のことを思うと、心はずきりと疼いた。
今の多希はこんなバカげたゲームを考えた頃の彼とは違う。誰かを求める気持ちも、失いたくないと切望する気持ちも知っている。だからこそ、駿から桃佳を奪ってしまったことが苦しい。しかもそれが、必要のない憎しみからだったとしたなら尚更……
かといって、桃佳を手放すことなど、もう多希には考えられなかった。
「多希……私はね、これは最後のチャンスなんだと思っているんだ。家族がきちんと家族としてやり直すための。だから私は、できることを全てしようと思っている」
どこか憑き物の落ちたようなすっきりした表情で、孝幸はそう告げた。
妻は精神科に入院し、息子たちの関係はこじれいている。単純に考えれば状況はいいとは言えなかったものの、それでも孝幸は、今回のことで溜まり切った膿が出たような気がしていた。これを機に、崩れ去ったものをひとつずつ積み上げようとそう思っていたのだ。そう、どれだけ時間がかかったとしても。それが自己の責任だと、そう信じていた。
「だから……許してやってほしんだ。美佐子のことを。そして私のことも。家族としてやり直そう」
再び深く頭を下げる孝幸に向かって、多希は静かに首を振る。
本当は今ならなんとなく分かる。壊れてしまいそうなほど誰かを思ってしまった義母、美佐子の気持ちも……それでも、積み重ねられてきた時間の分、心に凝り固まってしまった思いは、そうすぐに解けてなくなるはずもない。
そう簡単ではない。
「……父さん、無理だよ。あの人のこともそうだけど、俺は……駿とのことがあるから」
「駿のこと……憎んでいるのか?」
悲しげな孝幸の視線を受け止めながら、多希はやはり静かに首を振る。
「違うよ、父さん。……確かに駿のことを憎らしくは思っていたけれど、憎んでいるのとは違う。それに今は……駿には申し訳ないことをしてしまったと思っているんだ。俺の方が憎まれても仕方ないって」
「多希……」
「でも、もう後戻りはできないから……許してもらえなくても、後戻りするつもりはないんだ」
しっかりと言い切った多希は、どこか穏やかな表情をしていた。孝幸はそんな息子の表情を見たのは初めてのことだった。
そして多希の言葉の指すものが、あの少女のことだとすぐに気がついた。多希が駿から奪い去ったという少女……その存在が、多希にこんなにも穏やかな表情を作らせているんだと思うと、複雑な気持ちになる。
「そうか……ただ、覚えていてほしい。私は……今度こそ家族が過ごせる場所を作るから。お前がいつでも帰ってこられるように」
その言葉に多希はふっと微笑んで、テーブルの上の伝票を掴む。
「父さん、あんまり思いつめて無理しないようにね。それに……憎しみなんてそう長い時間は抱いていられないもんだってこと、最近俺も分かったんだ。だから……いつかきっと」
優しい光を浮かべる多希の視線を受け止めながら、孝幸は何度も何度も頷いた。
いつかきっと……戻るから。
そんな声が孝幸には確かに聞こえた気がしたから。




暗い部屋の中、多希に見つめられていることも知らず、桃佳はいつもよりもずっと小さく見える背中はぶるりと震わせ、そして、体を丸めて耳を塞いだ。小さく丸まり、耳を塞いでいるその姿は怯えた子ウサギのようで、その姿を見た多希の中で、何かがぷつりと音を立てて切れた。




――――聞きたくない、聞きたくない。もう、やめて。

弱々しくも心の中で繰り返す言葉。
ずっと聞こえる言葉。桃佳を責め立てる言葉。
駿が悲しそうに罵る声が、美佐子が怒りも露わに喚く声が、孝幸の冷たく責める声が……ずっとずっと桃佳には聞こえていた。
本当はそんな声などないはずなのに、それが自らが産みだしてしまった声だということも気がつかず、必死にその声に耐え続けていた。
責められても仕方がない……
そう思うからこそ、より桃佳を責め立てる声は鮮明に彼女に聞こえた。駿や美佐子の声を借りて桃佳を責めているのは、他ならぬ彼女自身の気持ちなのだから。耐えられない自責の念は、どんどん桃佳のことを追い詰めていた。

――――全部私のせい。

体が震えて止まらない。
自分を責める声が怖くて仕方ない。……いっそ、消えてしまいたいと思うほどに。

「モモ」

声と共に背中から抱きしめられ、桃佳は目を見開く。確かに驚きはしたものの、多希の存在とそのぬくもりに涙が出そうなほどに安堵した。ひとりきりでなければ、気持ちを保つこともできそうだったから。
「多希さん。おかえりなさい。……あ、私、夕食の準備してなかった……すいません」
振り返り、いつもと変わらない笑顔を向ける桃佳に、多希は整った顔を酷く歪ませた。耳を塞ぎ、小さくなって震えていたというのに、その欠片さえも見せようとしない桃佳の笑顔に。
立ち上がろうとする桃佳の腕を引っ張って、自分の元に引き寄せる。
桃佳は小さな悲鳴を上げながら、多希の腕の中にすっぽりと捕えられる。そのまま、床に押し倒された。

「モモ」

桃佳の両肩を押さえつけるようにして、多希は彼女の顔を見下ろしながら苦しげな声を絞り出す。声同様、その顔も見たこともないくらいに苦しげだ。
「多希、さん?」
小さく首を傾げ、自分を見上げてくる桃佳に、多希は強く唇を噛み締めて彼女の肩に顔を埋める。
「どうしたんですか?」
静かな声は多希を落ち着かせるどころか、その反対に強い焦燥感を抱かせた。

震えていたのに、耳を塞いでいたのに、苦しんでいるはずなのに、それを見せてくれない桃佳。その全てを分けてもらいたいのに……限りなく怒りに近いけれど、それは間違いなく悲しみ。
どこかに置いてけぼりにされるのではないかという、子供のような恐怖心。

「……モモ。何に震えていたの? 何を聞きたくなかったの? 何が、怖いの?」

桃佳の肩に顔を埋めたまま、絞り出すように声を出した。本当は桃佳を失うのではないかと、怖くて怯えているのは自分の方だということを、必死に押し隠して。
「俺は……モモの辛い気持ちを、分けてもらえないの?」
「多希さん……」
ぐっと息を呑む桃佳の気配を、直に感じる。
「辛いなら、それを分けてほしいんだ。ひとりで……苦しんでいるところなんか、見たくないんだ」
だから、遠くに行かないでくれ!!
心の中で多希は叫ぶ。
抱え切れない苦しみを背負って、桃佳が消えてしまったら……そんなことは考えるだけで胸が抉られるようだった。
「だからっ、だから……辛いなら、吐き出してくれ」
顔を上げ、真っ直ぐに桃佳の瞳を覗き込む。
桃佳の瞳は驚いたように多希の瞳を見つめ返し、そして……その瞳はゆっくりと細められた。悲しみの形に。

「……聞こえるんです。こんなことになったのは、お前のせいだって」

細められた瞳から、透明な雫が溢れだして流れ落ちる。
止められないと悟っているのか、桃佳は両方の手の甲で目元を押さえる。けれど、そんなことで止められるはずもない涙は、しっかりと押さえられた手の隙間から溢れて落ちる。
「私のせいなんです。全部……全部!! 私が、私さえいなかったら、こんなことにはならなかったんです!! 私さえ、いなかったら……」
白くなるほどにきつく噛み締められた唇。震える体を温めるように多希は自分の体を重ねた。

「モモのせいじゃない」

そう言ったところで、果たしてその気持ちを軽くすることなどできるのだろうか? 分からないけれど、多希にはそう言うことしかできなかった。
「何よりも、誰よりも、責められるべきは俺なんだから……モモじゃないよ」
多希にだって分かっている。自分の始めたゲームのせいで、たくさんの人を傷つけてしまったこと。後悔もしているし、罪悪感も感じている。それでも、腕の中のぬくもりを手に入れたことに、幸福感を感じてしまう。負の感情を覆い隠すほどに。
そして願う。
腕の中のぬくもりを、決してなくしたくないと。

桃佳は多希の言葉に唇を噛み締めたままで首を振っている。
「ちが……う。私が、私が悪いんです。私のせいなんです」
駿にあんな酷いことをさせたのも、美佐子を追い詰めてしまったのも、桃佳は自分のせいだと思わずにいられない。あまりにも酷いことが起こりすぎて、自分を責めることでしか、状況を理解できなくなってしまっていた。
「私のせいです」
自分を責める言葉を吐き出し続ける桃佳の震える唇。言葉を閉じ込めるように、多希が自分の唇を重ねた。
目を塞いでいた桃佳は、驚いたように手をずらして涙の煌めく瞳を彼に向ける。ふと離された多希の表情は、悲しげに微笑んでいた。
「モモ……全部、捨てようか」
「え?」
「後悔も、罪悪感も、自責の念も……全部。ふたりで全部、捨ててしまおう」

そして、もう振り返らないでふたりで生きていくんだ……

少しだけ眉を寄せたような桃佳の表情に、不安が過る。捕まえた手が、すり抜けて消えてしまいそうで怖い。起こってしまった事実の罪の意識より、桃佳を失うことの方が、多希にとっては何倍も苦しい。
人でなしだ……多希は胸の内で自嘲する。

「モモ、もう……楽になろう?」

するりと滑らかな頬に手を滑らせる。祈るように。
ゆっくりと桃佳の腕が動き、多希に向かって伸ばされる。
ふわり。多希と同じように悲しげな淡い微笑みを見せて、桃佳は彼の体に腕をまわして引き寄せた。
それが合図。

「モモ……!!」

多希も桃佳も、同じ強さでお互いを抱きしめあう。
今この瞬間、互いのぬくもりだけが全て。
誠実であるために立てた誓いは、苦しみの前にあまりにも儚い。


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~ Comment ~

おはようございます 

お帰りなさい!

朝すぐパソコン開いて確認したら、更新されてるでは
ありませんか。うれしい~。

違う方向にすすんできているのは、気のせいでしょうか…。
普通のハッピーエンドではなさげですね???

とにかく更新楽しみにいてますので、
がんばってください。
  • #37 みゅう 
  • URL 
  • 2010.09/09 05:50分 

Re: みゅう様。 

ただいま!!!
うれしい~とか、私の方がホントに嬉しいです♪

って、スイマセン。
随分と間があいてしまいました……(^_^;)

実は、前回、今回の更新分は色々と考えるところがありまして、少し寝かせていました。

普通のハッピーエンドですか?
ん??
ハッピーエンド全開で目指していますよ♡(多分)。
だいぶん秋らしく涼しくもなってきたので、これからはもう少し速度上げようかな……と思っているのですが、最近、旦那のゲームに付き合わされてパソコンゆっくり触れてません。゚(つД`)゚。
でも、頑張りますね!!

コメントありがとうございました!!
  • #38 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2010.09/15 15:40分 
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