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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


129.飼い馴らせない感情

2010.09.30  *Edit 

「……本当に大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です」

短い髪は長さが足りずいつものように結い上げられてはいず、それでも極力邪魔にならないように縛られていた。絆創膏を貼ると返って目立ってしまうと、生々しい傷跡はそのままだ。日曜日にあんなことがあって、たった一日休んだだけで、桃佳は実習に行くというのだ。

「でも、やっぱり……」
尚も引きとめようとする多希に、桃佳はにっこりと微笑んで見せる。
「大丈夫です。それに、何日も休んでいるわけにはいかないんです。実習の単位を落とすと、大変なことになりますから」

卒業できなくなったら大変でしょう?

そう首を傾げられ、多希の心臓は嫌な音を立てる。こんなふうに卒業を目指して頑張ろうとしている桃佳を見ていると、転勤の話が出ていることを言いずらくなってしまう。昨夜、あの勢いに任せて言ってしまえばよかったと、今更ながらに苦い後悔が多希のことを襲っていた。
「……本当に大丈夫?」
そっと頬の傷に触れられ、桃佳はそのぬくもりに目を閉じた。
「はい、大丈夫です」
頬の傷はもう塞がっている。それでもたった二日で傷が綺麗に消えるはずはない。それでももう痛みはなかった。精神的には……少し安定したような気がする。どこか具合が悪いところがあるとしたら……腰が重だるいことだろうか。
昨夜、あれから多希は言葉の通り、自分の思いを桃佳に思い知らせたのだった。まさに身をもって。

――――何回、したんだろ?

そんなことを思った瞬間、桃佳の顔が火を噴いた。
「何? どうかした? ……顔、真っ赤だよ?」
「な、何でもないです!!」
覗きこんでくる多希の視線を避けるように、肩からトートバックを引っ掛けて背中を向ける。恥ずかしくて振り返ることもできずに、居間のドアを開けた時、多希の声が背中にぶつかった。
「モモ。今夜もしっかり覚悟しておいてね?」
「!! い、行ってきます!!」

慌てたようにバタバタと部屋を出ていく桃佳を微笑んで見送った後、ひとりきりになった部屋の中で多希は重々しくため息をついた。
不安でたまらない。
昨日……正確には数時間前。気持ちを確かめあって、お互いを求めあった。何度も何度も抱きしめ抱きしめられ、一番深いところで繋がったというのに、多希の心は不安に支配されていた。もしかしたら、一番深いところで繋がってしまったから、余計に。
もう離さないと強く思ったのに、桃佳は今、自分の居場所に向かって駆けて行ってしまった。分かっている。四六時中一緒にいられるはずがないことも。それでも違う空間にいることだけで、じわじわと不安に浸食されそうな自分を感じていた。
自覚してしまった思いが強すぎて、そこから生まれてくる独占欲とか焦燥感とか、そう言った気持ちと折り合いがつけることができない。初めての気持ちだから当たり前だとしても。多希には戸惑うことしかできない。

「……くそ」

小さく呟くように口にして、くしゃりと栗色の髪の毛を掻き上げる。不安の消し方など、分からない。知りようもない。繋がれた手が離れないと、信じさせてくれた人間など今まで誰もいなかったのだから。
大きくため息をついて、多希はのろのろと立ち上がると自分も出勤の準備を始めた。
桃佳の気配のする空間に、閉じこもっているわけにはいかない。




「よお、多希」
見慣れた後姿に声をかけた拓巳は、振り返った友人に驚いて目を見開いた。振り返った顔には、いつものように自分を隠すように垂らされた髪も眼鏡もなかったのだから。あれほど完璧に演じてきた『職場の柴山多希』の面影は、そこには微塵もなかった。
「ああ、拓巳。おはよう」
どこか元気のない多希の笑顔に、拓巳は驚いて見開いていた目を細める。多希の元気のない様子は、先日の一件のせいなのだろうと勝手に解釈した。話は既に拓巳にも伝わってきていた。休日当番にも関わらず、突然連絡が通じなくなった多希。その日は技師長が代わりに当番をこなして事なきを得たらしいが、そんなことをしでかして、絞られないはずがない。だからきっと元気がないのだろうと。
「まあ、さ。元気出せって。済んだことは仕方がないだろ? 今度何かおごってやるからさ」
励ますつもりでそう言って背中を叩いたものの、当の多希は不思議そうに拓巳の顔を見ている。
「……なんの話だ?」
「え? 日曜日のことで落ち込んでるんじゃないのか?」
「いや、それはもう、落ち込むも何も完全に俺が悪かったわけだから」
「じゃあ、なんでそんなに落ち込んだような顔してるんだよ? 何かあったのか?」
そこでふと、拓巳はとんでもない事実に今更ながら気が付いたのだ。
休日当番をすっぽかすなど、本来ならばただ事ではない。
昨日、移動式の検診車の運転手として駆り出されていた拓巳は、ちらりとその話を聞いただけで何も詳しことは知らなかった。ただ、『日曜日に当番と連絡が取れなくて大変だった』と。
だから拓巳は勝手に、携帯の電源でも入れ忘れて家で寝てしまっていたのではないかと思っていたのだ。けれど、よく考えれば多希はそんな人間ではない。職場でのあの完璧ぶりを考えれば、連絡がつかなかったという事実は、拓巳が考えていたことよりももっと重大なのではないだろうかと。
そして、少なくともこのどこかぼんやりしている原因の一つに先日の出来事が絡んでいて、そして……きっと桃佳も絡んでいるに違いないと。
口を一文字に結んで、押し黙っている友人の秀麗な顔を拓巳は見上げた。
「なあ、何かあったんだろ?」
なかなか答えようとしない多希に、今度は確信を持って拓巳は尋ねる。
「……モモちゃん絡みだろ?」
ため息交じりの拓巳の声に、多希の形のいい眉が寄せられる。それだけで、答えとしてはもう充分な気がするほどだ。それまで殆ど見せることのなかった、酷く人間臭い多希の顔。多希にそんな顔をさせられるのは、そう、彼女だけ。

拓巳は深くため息をついてしまうのを止められなかった。
大きく息を吐き出し、同情の籠った視線を多希に向ける。誰かを好きになってくれたらいいのに、そう思っていたけれど、経験したことのない痛みに耐える姿を見るのも、拓巳としては辛い。
「なあ、もうさ……モモちゃんのこと、諦めること出来ないのか?」
拓巳としては、多希が桃佳に対する届かない気持ちで苦しんでいるのだろう……そう思っていたのだ。けれど、再び多希が怪訝そうな視線を拓巳に投げかけてきた。
「……なんで俺がモモのこと諦めるんだよ?」
「なんでって」拓巳は言いずらそうに声を小さくする。「モモちゃん、きっと駿とは別れないだろ?」

「ああ」
やっと拓巳からなんの心配をされているのか分かって、多希は少しだけ微笑んだ。考えてみれば、色々とありすぎて桃佳とのことは拓巳には話していなかった。
「心配かけて悪かったな。モモは……俺のことを選んでくれたよ」
「え……へっ!?」
拓巳は思わず素っ頓狂な声を上げて立ち止まる。正直、あの桃佳が多希を選ぶだなんて思いもしなかった。そんな他人から非難されるような相手を選ぶとは…… 
「そういうことなんだ」
少し照れくさそうに、けれどやはりどこか晴れない表情で多希が呟く。
「なんだよ」再び歩き出した拓巳が、多希に並ぶ。「その割には冴えない顔してるんだな」
すっきりとしない多希の表情は、とても思い人と気持ちが通じて幸せを噛み締めている人のそれとは、とても程遠いような気が拓巳にはしていた。あれほど求めていた人と、気持ちが通じたのなら尚更に。

「そんなことないさ」

答えながらも、多希の心は悲鳴を上げていた。
どうしてこんなに不安なのか、多希にも説明が付けられない。
ただ、不安でたまらなかった。
ずっとただ追い求めていた人が振り返ってくれた。それはとても喜ぶべきことなのに、手に入れてしまった瞬間から、失うことを恐れてしまっている。気持ちだけでなく、体も繋がった今、その不安は多希には手をつけられないほどに膨れ上げってしまっていた。
失いたくないと切望する思いが強ければ強いほど、失くしてしまうかもしれないという恐怖心は同じように大きく、多希をすっぽりと包みこんでしまう。
決して桃佳の気持ちを信じられないのではない。自分が満たされていることに慣れていないのだ。幸せが長く続くものだと、多希は信じることなくここまで来てしまったから。

「多希……」

どこか遠くへと視線を彷徨わせているような多希の横顔を、拓巳は嫌な予感を抱えながら見つめた。多希はそんな彼の視線にさえ、気が付くこともなかった。






「……さん、柴山さん!!」

はっとして多希は顔を上げた。視線の先には訝しむような、見慣れた放射線の受付の女性が顔があった。
「あ……、な、なんですか?」
呆けたような多希の返答に、受付の女性は大仰にため息をついて見せた。
「もうそろそろ、中に患者さん入れた方がいいんじゃないんですか? もう、お昼時間終わってますから」
「え? ああ。すいません」
言われて初めてもう既に午後の診療が始まっている時間だということに気が付いた。きっともう待合室には数人の患者が待っているに違いない。
多希は慌てて立ち上がろうとして、膝をデスクに強かに打ちつけてしまった。ぐっと顔を歪めて、膝をさする。受付の女性は、そんな多希の様子を少しだけ呆れたように見ている。
「柴山さん、大丈夫ですか? なんだか今日はおかしいですよ? ……具合でも悪いんですか?」
言葉の最後の方は、どちらかというと心配を含んだような響きがあって、多希は苦笑いをする。朝から心配されっぱなしだと。
「すいません。大丈夫です」
今度はゆっくり立ち上がり、たまったレントゲンの依頼書に目を通す。仕事に打ち込もうとしても、貼り付いてしまったしまった不安は、そう簡単には拭いされない。ふう、と息を吐いて、眉間を押さえながら軽く頭を振る。


あと数時間、あと数時間すればモモに会えるんだ。


呪文のように自分に言い聞かせながら、多希は与えられた仕事をこなし始めた。







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