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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


133.幸せには見えないから

2010.10.22  *Edit 

玄関のドアを開けると、いつもは漂ってこない香りがみなみの鼻腔をくすぐって、思わず彼女は妙な違和感を覚えた。
そう、ここは桃佳の部屋。
いつもならば、ここを訪れると必ず柑橘系の爽やかな香りがみなみのことを出迎えてくれていたのだ。一度だって、こんな香ばしい香りがしたことはない。
みなみはくんと鼻をひくつかせて、香りの正体を探る。間違いなく、コーヒーの香り。しかも、豆から挽いたような、とても香ばしくて深みのある香り。けれど桃佳はそれほどコーヒーを好んでは飲まないことをみなみは知っている。だから微かに首をひねった時、不思議そうな顔をした桃佳が振り返った。
「みなみちゃん、どうしたの? 上がって?」
「あ、う、うん。お邪魔します」


ずっと桃佳のことが気になってはいたものの、実習場所が違って顔を合わすこともなかったみなみは、思い立って日曜日の午後、突然に桃佳の部屋を訪れたのだった。いなければ諦めて帰ろうと思っていたが、幸いにも桃佳は部屋にいて、笑顔で出迎えてくれた。
そしてみなみは、桃佳の部屋から漂ってくるコーヒーの香りに首を傾げつつ、次の瞬間、とんでもなく驚くことになる。

「ああ、こんにちは」

みなみが桃佳について居間に入った時、寛いだ様子でコーヒーを飲む、とんでもなく美系な男に声をかけられ、彼女は一瞬腰を抜かしそうになった。
桃佳の部屋でなければ、何かの撮影でもしているのかと思っても仕方のないような秀麗な顔が、にっこりと微笑んでいる。ただコーヒーを飲んでいるだけなのに、ドラマか何かの一場面のようにも見える。
ぽかんと口を開けているみなみに気が付かない様子で、桃佳が互いを紹介し始める。
「多希さん、彼女がみなみちゃん。で、みなみちゃん、この人が多希さん」
「どうも、柴山です。モモからみなみちゃんの話は聞いてます」
明らかに自分に声をかけられ、呆けていたみなみはやっと我に返ってぺこりと頭を下げた。
「あ、えっと、杉田みなみですっ。いつも桃佳の面倒見させてもらってますっ」
「そうそう、本当にみなみちゃんには面倒かけてるんです」
みなみの言葉にくすくす笑いながら、桃佳はみなみに座るように促す。
「みなみちゃんもコーヒー飲む? 今淹れたところなんだ。……と、多希さんおかわりどうします?」
桃佳が多希の空になったマグカップを覗きこみ、彼は微笑んだままで首を横に振った。
「いや、いいよ。俺は自分の部屋に戻るから。女同志の会話に首突っ込むほど無粋じゃないからね。じゃ、みなみちゃん、ごゆっくり」
「そうですか? きっとみなみちゃんなら構わないと思いますけど。ねえ、みなみちゃん?」
そう桃佳に問われ、みなみは慌てて笑顔を貼りつける。
「そ、そうですよ」
「うん、でもゆっくり話すこともあるだろうし……俺は遠慮するから」
そう言いながら小さく手を振って出ていく多希の後姿を、みなみは正直少しだけほっとしたような気持ちで見つめていた。とても一緒の空間にいるのは耐えられそうもない。

バタンと多希の出ていった音がして、みなみは大きく息をつきながら大袈裟に脱力して見せた。
「ふわぁぁぁーっ、き、緊張したぁ」
「え? なにが?」
そんなみなみの様子を、桃佳はマグカップにコーヒーを注ぎながら、きょとんとして見つめている。
「だって!! あんな綺麗な人と同じ空間にいたら、なんだか息苦しいわっ。緊張するし。それに、油断したら章吾のこと頭ん中から吹っ飛びそう……」
そう言いながら髪の毛をくしゃりと掻き上げるみなみに、おかしそうに笑いながら桃佳がコーヒーの入ったマグカップを差し出す。
「大袈裟だなあ。みなみちゃんが章吾君のこと忘れるなんてありえないでしょう」

いや、冗談じゃなくてね……

その言葉は苦笑いと共に、みなみは呑み込む。そして、あれほど綺麗な人でも数日一緒にいれば見慣れるんだろうかと、素朴な疑問もわいてきたりしたものの、それもあえて口にはしなかった。多分、桃佳にとって多希の顔はあまり関係ないのだろうから。
それよりも、聞かなくてはならないことがあるから。

桃佳と同じ実習場所の友人から、突然髪が短くなったことと、頬に大きな傷ができていたことは聞いていた。もしかしたら、駿との間に何かがあったのではないかと思っていたのだ。
勿論、駿に限って桃佳にけがをさせるような真似をするはずはないと思ったものの、最近の章吾との会話から、駿と桃佳の間に何かがあったらしいことは、勘のいいみなみには分かっていた。
とりあえず、突然駿の話を持ち出すよりも、差しさわりのない話題から入ることにする。

「ねえ、桃佳。桃佳ってコーヒー飲まないよねえ。あれって、多希さん用?」
そう言いながらみなみはキッチンの片隅に置いてある、真新しいコーヒーメーカーを指さす。この前来た時にはなかったものだ。
「ああ、あれね」
答えた桃佳ははにかんだように微笑む。それは今まで見たことのない、可愛らしい横顔だった。
「多希さんね、いつも缶コーヒーばっかり飲んでるの。冷蔵庫の中なんて缶コーヒーと缶ビールだけ。そんなに好きなら、豆を挽いてコーヒーを淹れようって、昨日、二人で出掛けて買ってきたんだ」
嬉しそうに話す桃佳は、みなみの目から見ても幸せそうだ。桃佳が幸せそうなことは、みなみにとっても嬉しいはずなのに、どうしても彼女にはその『幸せそうな笑顔』が信じられない。
あの桃佳が、駿とのことを曖昧にしたまま、こんなふうに幸せそうに微笑むことができるはずがないから。駿と決着が付いただなんて、みなみは聞いていない。

「ねえ……桃佳」
「ん?」
小首を傾げ、みなみを見る表情は、やはり幸せそうで。
「駿君とは、ちゃんと決着が付いたんだよね?」
その名が出た途端に、それまで幸せそうに微笑んでいた表情が消え失せた。
「だから、多希さんと一緒にいるんだよね?」
こわばった表情は、みなみの言葉には反応しない。
「モモ!?」
強めに呼びかけ、表情をなくした顔が、ゆっくりとみなみに向けられる。読みとれないほどの無表情。そんな桃佳の顔も見たことはなかった。
「……だって、私はもう、駿ちゃんには会えないもの。自分の気持ちを押しつけて会おうとすれば、駿ちゃんをかえって傷つけちゃう。会って謝りたいのは私のエゴだから……駿ちゃんにそれを押しつけることはできない」
「でも、桃佳」
「ねえ、みなみちゃん。私のせいで、駿ちゃんの家族まで巻き込んでしまったの…… もう、償いようもないわ」
「駿君の……家族?」
表情だけでなく、顔色さえもなくした桃佳が小さく頷く。
「もう、ごめんなさいなんて、許してくださいなんて、そんなこと言う権利さえ、私にはないから」

桃佳の言葉が何を意味しているのかんて、みなみには知りようもなかった。
けれど、それは聞いてはいけないことだと肌で感じていた。だから、何も言えなくなてしまう。何か言えば、桃佳を酷く追い詰めてしまうような気がして。

「……でも、本当にそれでいいの?」
「これが正解かどうかなんて、私にも分からないよ」

そう言って悲しげに微笑んだ桃佳の表情は、さっきまで幸せそうに微笑んでいた彼女とは別人のようだった。幸せそうな笑顔で、こんなにも悲しげな表情を覆い隠していたに違いない。幸せだと思う気持ちで、悲鳴を上げそうな気持ちを押しこめているのだとしたら……
それじゃあ、桃佳はいつまでも本当に笑うことなんてできない。
みなみは思わず唇を噛んでいた。
もう、自分ではどうしてあげることもできそうにないと。
無力さが胸に痛い。

「バカだよね……桃佳は」
そう言いながら、みなみは桃佳の頭を自分の肩に引き寄せた。
「そうだねえ、バカなんだろうね」
ふふ、とみなみの肩に額を押しつけて桃佳が悲しげに笑う。
慰めようと桃佳の頭を抱え込んだものの、どんな言葉をかけていいのか、何をしてあげたらいいのか、みなみには見当もつかなくて困ったように小さく息をついた。抱え込んでしまった小さな頭を離すこともできない。
先に動いたのは桃佳の方だった。
彼女は逆に慰めるようにみなみの背をぽんと叩いて、その肩から顔を上げると微笑んで見せた。
「ほら、みなみちゃん、コーヒー冷めちゃうよ。美味しいから飲んでみて?」
笑顔を作って真っ直ぐ見詰めてくる桃佳は、これまでよりもずっと強く、これまでよりもずっと脆く見える。それはあまりにも極端で、あまりにも危険な気がしてならなかった。




「じゃ、お邪魔しました」
「本当に帰っちゃうの? 一緒に夕食食べていかない?」
「んー…… でも、明日もまた実習だからね、早く帰って明日の実習計画立てないと」
やんわりと断ると、桃佳も苦笑いをしながら鼻先を掻いている。
「あ、私も早く明日の実習計画立てちゃわなきゃ」
「それじゃ、またね」
「うん、またね」
閉じたドアを振り返ることもなく、みなみは階段を降りながらバックの中から携帯電話を取り出す。そして、何度かボタンを操作して、携帯を見つめて難しい顔をした。
液晶に表示された名前。

『柴山駿』

通話ボタンを押そうとして、何度も指先が迷う。
ここまでするのは、あまりにもお節介が過ぎているような気がするし、けれどこのまま放っておく気にもなれない。どうしようという思いが、何度も頭の中を駆け巡るばかり。
ちょうど桃佳のアパートから出た辺りで、みなみは足をとめた。じっと携帯の画面を見つめる。

――――やっぱり、お節介が過ぎるかな? でも…… そうだよ。駿君に話を聞くくらいならいいのかもしれない。本当に駿君は桃佳に会いたくないって思っているのかどうか。

散々迷った挙句、そんな結論に達して、みなみは唇を引き結びこくりと頷く。
そして、通話ボタンを押したのだった。





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