りんどう庵

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


135.君のためにできること 1

2010.12.29  *Edit 

「一体、どうしてこんなことになったんだ!!」

びりびりと腹に響きそうな大久保技師長の声。その怒鳴り声と共にデスクが拳で殴りつけられ、その声を直接浴びていない人間たちも思わず縮こまってしまった程だ。
直接大久保に怒鳴りつけられている人間は、秀麗な眉をひそめ、ぐっと唇を噛んでいる。

「なあ、どうしてこんなことになった!? こんな、初歩的なミス……お前が今更するようなミスではないだろう? 柴山っ」

言い訳のしようもなく、多希は「すいません」と小さく口にすると、腿の辺りで強く拳を握った。こんなミスをして、一番落ち込んでいるのは他でもない多希だ。大久保の言う通り、今更多希がするようなミスではなかった。



ミスが発覚したのは、数時間前のことだった。
内科依頼の心臓カテーテル検査と、外科依頼の食道狭窄部位の拡張術がダブルブッキングされていた事実は、二組の検査目的の可動式ベットに乗せられた患者が鉢合わせするという、最悪の形で発覚したのだった。
ミスの原因はすぐに分かった。先週検査の依頼を受けた多希が、パソコン上にその内容を残さなかったという単純なミス。しかも運悪く依頼書は指定の場所に届けられていず、空白の時間だと思った他の技師がその時間帯に別の検査を入れてしまった。それがあってはならないダブルブッキングの原因だった。
結局、外科の後に内科の検査をするということで収拾は付き、先ほど両方の検査と処置が無事に終わったところだった。
けれど、それで終わりというほど甘くはない。


「本当に、一体どうしたんだ? 最近のお前はおかしすぎる」
「……」
そう言われても仕方のないことだと多希自身分かっている。仕事中も桃佳のことが頭を何度もよぎり、その度に集中力は途切れてしまう。仕事中は仕事に集中しなければ、ということも頭ではきちんと分かっているのだ。けれど、頭で分かっていることをきっちりと実行できる人間など、どこにいるだろう。
しかし多希は度が過ぎていた。
駿のこと、柴山家であったこと、それらのことが過剰なほどに多希が桃佳を思ってしまう原因でもあった。仕方のないことだとしても、職場という環境に、本当は持ち込んではいけない問題。それを持ちこんで、多希は取り返しのつかないミスを犯してしまった。
つい最近、救急外来を無断で空けてしまったというミスの記憶も新しいというのに。
「受けた検査依頼はすぐに入力して、ホワイトボードに書き記しておく約束事になっているだろう。依頼書は病棟のミスだとしても、きちんと約束事が守られていれば、こんなことになるはずもなかったんだ」
大久保の言うことは尤もで、とても多希には反論のしようもない。――――元より反論するつもりもなかった。自分が一番悪いことは良く分かっていたのだから。

ただ黙ったままで項垂れている多希を、大久保はため息交じりに見つめた。
この数カ月で、多希は変わってしまった。そう、良くも悪くも。
以前よりもずっと自分を守るようにあった『殻』のようなものはなくなり、他人を近づけるようになった一方で、最近では職場放棄や今日のミスなど、仕事に集中することができていない。そんな多希の変化に、先日彼が『大事だ』と言い切った女性の影響が少なからずあることも、大久保には分かり切っていた。
変わった多希を歓迎したい気持ちもある。
けれど、今のままでは危険すぎる。そう判断するしかないほどに。
自分が一から仕事を教え込んだ教え子に、このまま潰れては欲しくないと願わずにはいられないのだ。だから大久保は心を鬼にした。

「柴山。先日の件だが、正式にお前に出向してもらう方向で病院長に報告しようと思う」
「……!! 技師長っ!! それは……!!」

さっと多希の顔色が変わる。つまりそれは、先日大久保からされた系列病院への転勤が、多希の返事を待つことなく辞令として下されるということに他ならない。そうなってしまえばただの職員の多希にその辞令を覆すだけの力があるはずもない。
転勤したくなければ、この病院にはもういられないだろう。

「いいか。数日後には正式な辞令が下りるはずだ」

大久保は眉間にしわを寄せ、じっと多希を見つめた。その表情は苦いものだった。
大久保だって、本当ならばこんな手段は使いたくはなかったのだ。けれど、このまま多希に潰れてほしくはない。そのためには、環境を変えることが一番のような気がしてならなかった。……できることなら、ここまで多希を惑わせてしまっている女なんかとは離れて。
たとえそれが多希にとっては残酷な宣告であったとしても、大久保は彼にそれを受け入れて前に進んでもらいたいと思ってしまうのだ。それくらい、大久保は多希のことを信頼していたのだから。

「頼む。……このままお前がダメになるのなんか、俺に見せないでくれ」

ぽんと、多希の肩に無骨な手の平を乗せ、大久保は他の職員には聞こえないように小さな声でそう告げた。
多希にとっては、大久保のその一言の方が、怒鳴られた事よりも余程苦しい。新人の頃から自分を育ててくれ、気に掛けてくれた大久保技師長。尊敬している上司を失望させてしまっている事が、身を切られるように痛い。
だからこそ、大久保が新しい場所で再びやり直すことを望んでくれているのも感じている。その期待に応えたい一方で、それでも多希には簡単にそれを選択することなど到底できそうもない。



――――そう、桃佳のことを、思えば思うほどに……





「どうかしたんですか?」

顔の覗きこまれ、思考の底に沈み込んでいた多希は、びくりと体を揺らして声の主を見やった。
声の主――――桃佳は、珍しくうろうろとする多希の視線を、怪訝な表情で……というよりも、不安げな表情でじっと見つめた。
ふたりはこの数日、それまでの事に蓋をするようにして穏やかな時間を過ごしてきた。決して忘れたわけではない。目を逸らしていただけ。そうしないと、苦しさに押しつぶされそうだったから。桃佳を失ってしまいそうだったから。
けれどそれは桃佳も同じ事。ひとりにされるのを怖がるかのように、多希の瞳の奥に隠された『何か』まで見逃すまいとするかのように、彼のひとつひとつの仕草にまで気を配っている。
もう、駿のこともあの日柴山家であったことも桃佳は口にすることはなかったものの、それは吹っ切れたからではなく、心の中で自分を罰し続けているだろうことくらい、多希にも分かっていた。そして、そんな自分を彼女自身、許せないでいることも…… 
それでも、ひとりになりたくないとあがいていることも。

「……ごめん。何でもないよ」

不安げに揺らめく桃佳の瞳を見つめ返し、柔らかく微笑みかけると、多希は彼女の髪の毛をくしゃりと撫でた。わざと乱暴に、かき混ぜるようにその髪を撫でまわすと、やっと桃佳の瞳から不安げな色は消え失せる。
夕食後の穏やかなひと時。
大久保の宣告は、この時間を失うかもしれないことを意味していた。
「ついて来てくれ」
そう言うことは簡単だ。けれどそれは、来年の三月には大学を卒業する桃佳に、自分の夢を諦めてくれと言うのと同じことだ。
来年の三月、桃佳の卒業と共に自分のところに来てもらうという選択も勿論ある。けれど、二人でいることに慣れ切ってしまった今、多希には一人になることを考えることは容易なことではなかった。
それほどまでに、多希が『生きる』事に桃佳は必要不可欠な存在になってしまっていることは、彼自身気が付いている。

なんて依存的な男なんだ……

そう思って、多希は桃佳に気付かれないように小さく苦笑する。


桃佳を置いて転勤することなど考えられない……考えたくもない。
だからと言って、自分の都合のために桃佳に夢を諦めてくれとも言えない。……言えば、桃佳はどういう答えを出すのだろうか。それを考えるだけでも怖い。

ただぐるぐると回る答えのない思考の渦に、身を置くことしか多希にはできなかった。
それでも大久保の宣告は、近々現実のものとなるだろう。正式に病院側から転勤の辞令が下りることは、もう止められない。

「くそ……っ」

小さく呟いて、多希は前髪を掻き上げてそのままぐしゃぐしゃと綺麗な栗毛を掻き回す。
けれど、テキストに目を落としていた桃佳が再び不安げな表情で見上げてきたので、慌てて完璧に表情を作り上げて微笑んで見せる。
一瞬、不思議そうな表情を向けた桃佳だったが、同じように微笑み返して再びテキストに視線を戻した。
桃佳は分厚いテキストを捲りながら、ファイルに必死に何かを書き込んでいる。
多希は何も考えず、手を伸ばすとその華奢な体に長い腕を巻き付けた。途端、両腕に自分のものではない温もりが伝わってくる。そのぬくもりの愛しさと言ったら、とても言葉にはできない。

「……もう。本当にどうしたんですか? 多希さんったら変ですよ?」

言葉とは裏腹に、桃佳はくすくすと楽しそうに笑いながら自分の体に回された多希の腕にそっと触れる。
ふんわりとしたくせっ毛が、それから冷たく滑らかな頬が多希の腕に触れる。身を任せるようにして、まわした腕に寄り添う桃佳を、多希はどうしても失いたくはない。
少しの間だって、離れたくはない。

だとしたら。

だとしたら、もう答えはひとつしかないんじゃないか?


ピピピピピ……

突然鳴り響いた携帯の着信音に、桃佳が多希の腕の中で身じろぐ。
「……誰かしら?」
小さく呟きながらテーブルの端にあった携帯を掴んだ桃佳。その体が、多希の腕の中で硬く強張る。
はっきりと分かるほど。

「どうしたんだ?」
「……え、と。その」

言い淀んでいる桃佳の手の中の携帯を覗きこむ。そこに表示されていた名前に、多希もまた言葉を失ってしまった。

『駿ちゃん』

イルミネーションを明滅させながら、その名前はしっかりと表示されている。
「……出なくても……」
硬く強張ったままの桃佳の体を更に深く抱きしめ、多希はそっと耳元で囁く。けれど、桃佳は固い動きながらもしっかりと首を横に振ると、止める間もなく通話ボタンを押していた。

「もしもし…… 
 え?
 ……大丈夫。
 はい」

言葉少なな電話はすぐに切られた。
ぎゅっと声の途絶えた携帯を握りしめている桃佳を、ただしっかりと抱きしめていることしか多希にはできない。

「あの……駿ちゃんが、今からここに来るそうです」

そっと囁くようにそう言った桃佳が、どんな顔をしているのか、多希には見えない。
あれほどもう会えないと諦めていた駿。彼からの電話を、桃佳がどんな気持ちで受け止めているのかも……
怖いのかもしれない。罵られるとしても、それを受け止める覚悟でいるのかもしれない。……ただ、駿の望むことを受け入れようとしているだけなのかも知れない。


「……そっか、分かったよ」
小さく息を吐き出し、多希は首を伸ばして桃佳の額にちゅっと小さくキスを落とした。



*****

お久しぶりです、沢上です!!
すっかり更新が遅くなってしまい、本当に申し訳ありませんでした。
私生活(主に仕事)が忙しく、なかなか更新のための時間を作ることができませんでした。
年内に何とか更新することができて、ほっとしています。
今年も残すところあと数日となりましたね。
いつもぴ~ちを読んでくださってありがとうございます。
来年はラストに向かって、しっかりとストーリーを進めていこうと思っています。
どうぞ、沢上とぴ~ちの面々を来年も御贔屓によろしくお願いしますね♡

皆様、どうぞよいお年を!!



cont_access.php?citi_cont_id=540009541&size=300
スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(3)

~ Comment ~

り 

更新ありがとうございます。

もう年内は「無い」と思っていたので凄くうれしいです^^

駿君が二人の所に やっと、と言うかとうとう来ますね、
桃佳も転勤話・・・桃佳と一緒に居るため選んだ決断。
駿君 の思いを知った桃佳の動向。

うーーん 気になる要素満載ですねー ̄m ̄ ふふ
私としては、やっぱり桃佳&駿でいて欲しい・・・
桃佳・・・(。・人・`。))ゴメンネ ~
  • #45 yasai52en 
  • URL 
  • 2010.12/29 12:31分 

桃佳・・・(。・人・`。))ゴメンネ ~ 

多希・・・(。・人・`。))ゴメンネ ~の間違いです。
あせって まちがってしまいました。 (汗)
  • #46 yasai52en 
  • URL 
  • 2010.12/29 12:36分 

Re: yasai52en 様。 

更新ありがとうございますだなんて……(*´艸`*)

こちらこそ、長い間更新が滞っていたにも関わらず、待っていてくださってありがとうございます!!
とても嬉しいです~ヽ(o´∀`o)ノ

んでもって、2011年度の初更新も何とかできました。
今年もよろしくお願いしますね。

駿&桃佳ご希望ですか(^人^)
基本的に、駿って被害者ですからねえ。
うん。
現実世界ならば、確実に駿の方がもてる気がします。

ご期待に沿う結末になりますかどうか……
なにとぞ、最後までお付き合いください♡
  • #47 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2011.01/14 19:14分 
 管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。