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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


141.楓の思い

2011.03.06  *Edit 

「姉ちゃん、おじさんっ!! 早くこっちだって!!」

すっかりはしゃぎまくる楓に、桃佳と多希は苦笑いしつつもその背中を追いかける。
遊園地についてからずっと、さすがの小学生パワーで楓はあっちこっちと走り回っている。それに付いて行く桃佳も多希も一苦労だ。

「楓ー。お願い、少しだけ休ませて」
「えーっ、もうはや? 姉ちゃん、体力なさ過ぎだよ」

桃佳は日陰のベンチに座り込んで楓を手招きする。勿論、少々堪えていた多希も隣に座っている。

「おじさんも一休み?」
元気いっぱいの楓にそう言われ、多希は苦笑いするしかない。
「ああ。ちょっと休ませてもらえると有難いかな」
「ちぇ、二人そろって情けないなあ。俺一人で行ってきてもいい?」
楓は少しも休む気なんかないらしく、そびえ立つ絶叫マシーンを見つめながら目をきらきらさせている。どうやら止めても無駄そうだ。下手に止めて、数十メートルも機械で上げられたうえに突然落とされるような、桃佳には耐え難い絶叫マシーンに付き合わされるのは勘弁したい。
「そうだね、行っておいで。お姉ちゃんと多希さんはここで待ってるから」
「うん!! じゃあ、あれに乗ってくる!!」
そう言って楓は元気よく駆け出して行った。

「元気だね」
「すいません。すっかり振り回しちゃってますね」
「気にしないで。俺も楽しんでるから」

日陰のベンチはとても心地いい。けれど桃佳は、多希と二人きりになった途端につい居心地の悪さを感じてしまう。
拓巳に転勤の話を聞いてからずっと、多希を止めなければいけないと思いながら、自分の気持ちも整理しようとしてきた。そして多希に付いて行く決心ができて…… 後はその決心を伝えるだけだというのに、なかなかそれがうまくいかない。
楓が突然訪ねてきたせいだけじゃないことくらい、桃佳にだってわかっている。
本当は自分の気持ちが未だに揺れているんだってことを。
決心できたのだと、自分に言い聞かせているに過ぎないという事実を。
けれど…… そんな気持ちを桃佳は認めるわけにはいかない。認めてしまえば、多希を止められなくなってしまう。
自分のために仕事を捨てるだなんてこと、桃佳は望んでいないから。だから多希を止めたかった。

「どうかした? モモ」
黙り込んでいる桃佳の顔を多希が覗き込む。
「いえ…… えっと、少し疲れましたね」
今なら楓もすぐには帰ってこないのだから、話すこともできるのに。それなのに桃佳はどうしても「私が付いていくので、仕事を辞めたりしないでください」の一言が言えない。
言い出せない。
「あの、私、飲み物を買ってきますね。多希さんはコーヒーでいいですか?」
「それなら俺も行くよ」
「いえ、その、楓が帰ってきて誰もいなかったらきっと困りますから」
「そうか…… じゃあ、コーヒーお願いしようかな」
「はい」
桃佳は多希に背中を向けて走り出す。
優しく笑いかけてくれる顔を見ていると、心がまだ揺れている自分が情けなくなってきてしまって。
一緒いにいる資格さえないような気持ちにさえなってきそうで。





「すっごい面白かったよ。姉ちゃんもおじさんも一緒に行かない?」

絶叫マシーンから意気揚々と帰ってきた楓は、桃佳の手渡した炭酸飲料をのどを鳴らして一気に煽った。

「遠慮するわ。お姉ちゃん、高いところダメだし。メリーゴーランドなら付き合ってあげる」
「そんなの面白くないよ。次はどこに行こうかな」

ひたすら楽しそうに案内パンフレットを見ながら次の行き先を思案している楓に、多希と桃佳はお互いに目を合わせて肩を竦める。
そんな二人の視線を感じながら、正直楓としては内心複雑だった。
二人の様子を見ていれば、前回来たときとは何かが違っているということくらい、楓にだってわかっていた。
前に来たときよりもずっと、二人の距離感が小さくなっている。
その意味を楓だってわからないわけではない。それでもシスコンの楓としては、どうしても認めたくはない事実だ。
ふん、と小さく鼻を鳴らしてパンフレットの一角を指差す。
「よし、じゃあ次はここ」
「え、ええ!?」
指差した先は、桃佳が最も苦手とするお化け屋敷で……
「か、楓。それはどうかと思うのよ」
「大丈夫だって。俺が付いてるんだから」
ふふんと胸を張る楓に、桃佳は首を振る。
「何の励ましにもならないわ」
「あ!! そういうコト言うのかよっ!! 絶対一緒に行ってもらうからなあっ」
ぶっと頬を膨らませた楓が、ぐいぐいと桃佳の腕を引っ張って歩き出す。へそを曲げてしまったらしい楓はこうなってしまうともう手をつけられない。どうやらお化け屋敷に連行は避けられそうもない。

「大丈夫だよ。俺もいるから」

引き摺られるように歩いている桃佳の横に並んで、多希は安心させるようににこりと笑いかける。
そんな大人な微笑を浮かべる多希を、楓はどこか悔しい思いで横目で見た。きっと桃佳は安心したように笑うんだろうと…… けれど。
笑顔を向けられた桃佳は、一瞬辛そうに顔を曇らせたのだ。ほんの一瞬だけ。その一瞬に気が付けたのは、きっと生まれたときから桃佳を見てきた楓だから。
そんな表情はすぐに消え、桃佳も多希に笑いかける。
違和感……そんな言葉を楓は感じていた。




もうすっかり陽も傾きかけた頃に遊園地を後にして、三人はファミレスで夕食を摂った後、アパートに戻ってきていた。
桃佳が玄関ドアを開ける。
「多希さん、コーヒー飲んでいきますよね?」
いつものように……という響きに、楓の片眉がぴくんと反応する。それを察した多希が苦笑いをした。
「やめておくよ。楓は明日帰っちゃうんだから、今日はこれからゆっくり楓と二人で過ごすといい。帰りの電車は昼前だったよね? 明日、また駅まで送っていってあげるから」
「すいません。何から何まで」
申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる桃佳に、やはり多希はどこまでも優しい表情を崩さない。
「気にしないで。俺が好きでやってることなんだから」
そんな多希の表情をじっと見上げ、桃佳は複雑そうに笑った。
「……ありがとうございます」
楓はそんな桃佳の表情に、やっぱりどこか違和感を感じたのだった。

「楓、そろそろ荷物まとめておきなさいよ。あんたはぎりぎりになって慌てるんだから」
「はーい」
楓の脱ぎ散らかした服をたたみながらそう言う桃佳の背中を、楓はじっと見つめた。
今日一日、楓は本当に楽しかった。けれど、ずっと桃佳の様子が気になって。時々ふっと見せる、ひどく疲れたような悲しげな表情。そんな表情になるときは、どうしてか多希がこの上なく優しげに微笑みかけているときばかりで……
だから、喧嘩したというのも違う。
そういうはっきりとした何かじゃないからこそ、楓は気になって仕方がない。こんな桃佳を見るためにやってきたんじゃないのに。
楓は多希がきちんと『約束』を守ってくれているか確認しに来たのだ。多希が桃佳を守って、それで桃佳が幸せそうに笑ってくれていたら。それはそれでかなり悔しいけれど、それでいいと思っていた。事実、多希は本当に桃佳を優しく見守ってくれていた。『約束』を守ってくれていた。
それなのに、何度もふと見せていたあの苦しそうな表情は一体なんだというのだろう?
楓はぐっと唇をかむ。

「姉ちゃん?」
「なあに?」

桃佳は楓に背中を向けたまま、たたんだ洋服をせっせと鞄に詰め込んでいる。楓は一瞬躊躇しながらも、思い切って口を開いた。

「なあ、姉ちゃん。おじさんと何かあったのか?」

思いもよらなかった楓の言葉に、桃佳の手はびくりと震えてその動きを止める。それを見逃す楓ではない。
「やっぱり何かあったんだな。だから姉ちゃん、今日はずっと変だったんだ。なあ、おじさんになんか嫌な事でもされたのか!?」
「違う!!」
思わず出してしまった大きな声に桃佳自身はっとしながらも、何度も首を振る。
「……姉ちゃん?」
「違うんだよ。楓。違うの」
振り返らないまま、楓の荷物を再び鞄の中に詰め込む桃佳に、やっぱり楓は違和感を感じてしょうがない。本当になんでもないのなら、「何を生意気なことを言っているの?」なんて笑いながら、きっと楓のおでこを突いたりするのだ。
それなのに、振り向きさえしない背中。

「やっぱり、絶対何かあったんだ。姉ちゃん、変だよ。言ってくれよ。そりゃあ俺、あんまり頼りにならないかもしれないけど……」
「楓……」

楓の言葉に、桃佳は俯いてじっと何かを考えている様子だ。楓はそんな姉の背中を見守る。
そして桃佳がゆっくりと振り返った。

「ねえ、楓…… お姉ちゃんが学校辞めるって言ったら……どうする?」
「え?」
思いもよらなかった言葉に、楓はその言葉の意味を一瞬理解しかねる。
「学校を辞める? え? うそ、だろ? どうして?」
「学校を辞めて、ここじゃないどこかに行くとしたら……」
言ってから桃佳は後悔していた。まだ小学生の楓に告げるべきことではなかったと。傷つけてしまうと。
けれどもう遅い。

「ここじゃない、どこか……?」
桃佳の言うことの意味が楓にはすぐに理解は出来なかった。けれどその意味がやっと理解できたとき、楓は何よりも先に怒りの感情がふつふつと沸きあがってきた。
「なんだよ、それ」
声が震える。
「なんだよ、それ!! 勝手だよ、姉ちゃんはっ!! 自分の夢のために俺や兄ちゃんたちを置いていったくせに、それを簡単に捨ててどっかに行くって言うのかよ!! 全部捨てんのかよ!!」
楓にとって桃佳は、姉であり母親。桃佳が家を出ていくと言ったとき、心底寂しかった。捨てられた、とさえ思いもした。けれど、それが桃佳の夢を叶えるためなら……とぐっとその寂しさを抑え込んできたのに。それなのに……
『ここじゃないどこか』に、学校を辞めてまで行く理由。それが何かは楓には分からないものの、きっと多希と共にどこかへ行こうとしているのは確信が持てた。
夢のために自分たちを置いていった桃佳が、今度は多希のために夢さも捨てようとしている。まるで二度捨てられてしまったような感覚に、楓の心は悲しさや悔しさで凍り付いてしまう。

じっと唇を引き結んで俯いたまま黙りこくる楓に、桃佳はそっと手を伸ばす。
「楓……?」
「触るなよっ!!」
伸ばされた桃佳の手は、払いのけられる。
「楓……」
取り繕う言葉も見つからず、桃佳は楓を見つめることしか出来ない。
言わなければよかったのかもしれない。けれど、いつかは絶対に言わなければいけなかったこと。そう知ってはいても、桃佳の心は痛んだ。
「楓、私」
「もういい」
楓は背中を向けて吐き捨てるようにそう言う。
「もう、好きにすればいいだろ」
感情を押し殺した声で呟き、楓は隣の部屋に駆け込んで布団の中に潜り込んでしまった。

「楓?」
呼びかけても、楓の答えはない。
「楓」
二度目の呼びかけも結果は同じ。桃佳は諦めたように口を噤んだ。

分かっていたはずなのに。
こんな風に大事な人も傷つけてしまうことも。分かっていたはずなのに……

もう誰のことも傷つけたくなんかなかった。
誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷つけばいいと思っていた。
それなのに楓を傷つけてしまった自分が悔しくて、桃佳の視界は涙で潤んだ。



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