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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


142.先に進むために

2011.03.09  *Edit 

多希は楓を駅に送るために身支度を整えてから、缶コーヒーを飲んでいた。
そんな時、乱暴に玄関ドアが開ける音が聞こえ、多希は眉をしかめて缶コーヒーをテーブルに置く。程なくして勝手に部屋に上がりこんで来たのは楓だった。

「ああ、楓おはよう」
「……」

突然上がりこんできた楓は、多希の言葉に答えずに部屋の真ん中あたりで立ち尽くしている。その顔は、いつも屈託なく明

るく笑っている楓のものとは思えないくらいに険しい。
そんな見慣れない楓の表情に、多希もいつもとは違った空気を感じて、浮かべた笑顔を引っ込める。もしかしたら、昨日あれから桃佳と喧嘩でもしたのかもしれないと。

「どうした? 楓」
ぽんとその肩に手を乗せると、楓の体がびくりと震えた。
「楓?」
いよいよ様子のおかしい楓の顔を、多希は覗き込む。目が合った楓に鋭く睨まれ、多希は驚いたように目を瞬かせる。
「……どうした?」
怒ったようなその瞳に、多希も真剣な顔で楓に向き直る。ただ事でなないような気がした。
「おじさん。約束を覚えてる?」
じっと多希を見上げ、楓が口を開ける。その顔は、やはりぴりぴりとした空気を纏っていて。
「覚えてるよ。モモを……お姉ちゃんを守るって、そう約束しただろ?」
今でもはっきりと覚えていた。まだ、正直に自分の気持ちと向き合えていなかった頃のことだ。それでも楓に『姉ちゃんを守ってほしい』と言われて、きっとそうしようと楓と約束をしたことを。
はっきりと覚えてるし、遠回りはしたけれど、それでも今は自信を持って楓に『約束を守れている』と言えると自負もしていた。

「じゃ、なんで?」
睨みつけるようにしていた楓の視線が、多希からそらされて床をさ迷う。
「じゃ、なんで姉ちゃんはあんなに苦しそうにしてるんだ?」
楓の言葉に、多希は言葉をなくす。桃佳が苦しそうにしていたなんて、そんな記憶は多希にはない。
「何で姉ちゃんは、夢まで捨てようとしてるんだ!?」
苛立ちを隠しきれない楓の床をさ迷っていた視線が、再び真っ直ぐに多希に向けられる。その視線を正面から受け止めながら、多希は意味がわからずにただ混乱する。
「なに……言ってるんだ、楓」
「誤魔化さないでよ、おじさん。姉ちゃん、学校を辞めるって、どこかへ行くってそう言ったんだ。おじさんだろ? 姉ちゃんにそうさせようとしてるのは!!」

多希はぐらりとした眩暈を感じた。
桃佳が転勤の話を知っているはずがないと思う一方で、彼なら……拓巳ならば桃佳に全てを話すことも可能だということを思い出す。あの夜、一緒に飲んだ時の拓巳なら、それくらいやりかねない。それを考えていなかったのは完全に多希のミス。
そして多分、桃佳は拓巳から聞いて知っていたのだ。桃佳は、知っていて苦しんでいたのだ。
けれど、突然やってきた楓が桃佳が苦しんでいることに気が付いたと言うのに、そばにいた自分は少しも気が付くこともなかった。情けなさに胸が潰れそうになる。

浮かんだ苦しげな表情をぐっと堪えながら、多希は微笑んで手を伸ばして楓の頭をそっと撫でた。

「大丈夫だよ、楓。モモに夢を捨てさせたりしないから。そんな酷いこと、するつもりはないよ」
その言葉に楓の睨みつけるような瞳が緩み、そのかわり疑ったような色が滲む。
「本当? おじさん」
「本当。だから心配しなくていいよ。モモはどこにも行かないよ。大丈夫」
「……本当なんだよね?」
「ああ、本当に。約束するよ」
多希が左手の小指を差し出すと、楓の表情から疑いの色も消えていく。そして楓は戸惑いつつも笑顔を浮かべ、自分の小指を差し出して多希のそれに絡めた。
「約束、だよ?」
「ああ、約束」
その言葉に、楓の表情に弾けるような笑顔が浮かんだ。





「じゃあ、姉ちゃん、おじさん、またね」
電車に乗り込んだ楓が振り返って、桃佳と多希に笑いかける。
昨日はあれほどまでに怒って布団にもぐりこんだ楓が、こうして自分に笑いかけてくれていることが桃佳としては不思議でたまらない。
きっともうしばらくは口もきいてもらえないんだろうと思い込んでいた。
だからその意外すぎる反応に、戸惑いつつも笑顔を向ける。

「うん、楓。気をつけて帰ってね」
「姉ちゃんも勉強がんばってね」
楓からの言葉に、桃佳は思わず息を呑んだ。昨日学校を辞めるかも知れないとそう言ったのに、それなのに『勉強を頑張れ』と言われたことに動揺を隠せない。学校を辞めるなんて許さない、言外にそういわれているような気がして、桃佳は思わず目をそらす。

「おじさん。わかってるよね?」
「大丈夫だよ」

楓は多希にそっと耳打ちする。力強く頷いてくれた多希に安心しつつも、楓は本当は自分がとんでもない約束を多希にさせてしまったのではないかということに気が付いてもいた。
もしかしたら、二人を離れ離れにしてしまうことになるかもしれないことも……
それでも二人の間の事情は楓にはわからなかったし、わかったところで自分の気持ちを抑えられるほど楓はまだ大人ではない。何よりも大好きな『姉ちゃん』が誰かに連れて行かれそうなことが嫌でたまらなかった。
きっとそれは誰にも責められることではない。

発車の合図とともに、電車のドアが閉まる。その向こうで楓が笑顔で手を振っている。
桃佳も手を振り返しながら、どうしても楓の期待には添えそうもないこれからのことを思って、思わず瞳に涙が溢れてきてしまう。それでも泣いているところを楓には見せられるはずもなく、少し上を向いてぐっとその涙を堪えて笑顔で走り出す電車を見送った。
走り出す電車。完全にホームから電車が去っていって、桃佳は多希には見えないようにそっと顔をそむけて浮かんだ涙を指先でぬぐう。
そしてすぐに多希に笑顔を向けた。

「本当にありがとうございました。今回も楓がお世話になってしまって」

声をかけたものの、多希はもう見えなくなってしまった電車が去って行った方をじっと見つめている。

「多希さん?」

それでも多希は視線を戻さない。

「モモ」
「はい?」

やっと桃佳に戻された瞳は、困ったように微笑んでいて。

「知っていたんだね」
「え?」
「……転勤のことだよ」

その言葉に、桃佳は目を大きく見開いたまま動けなくなってしまった。
どうして知っているのかと言う疑問が浮かぶのと同時に、楓の顔が思い浮かぶ。
まさか、とは思いながらも楓が多希に告げない限り、桃佳が転勤の話を知っていることがわかるはずもない。
考え込んでいる様子の桃佳に、多希はくすりと笑った。

「やっぱり知ってたんだね。ごめん、心配かけて」
「そ、そんな……!!」
「ねえ、モモ」

うろたえる桃佳とは対照的に、多希の声はひどく静かで落ち着いている。
その表情も静かで、穏やかな笑みを浮かべたままで多希は桃佳に向かって大きな手のひらを差し出した。

「少し、ドライブでもしてゆっくり話さないか?」

避けて通れる問題ではない。
そんなこと、拓巳から転勤の話を聞いたときからよくわかっていた。
それでも先延ばしにしてきてしまった。
けれど、それはもう終わり。前に進まなければならない。
桃佳は差し出された手に、自分の手のひらをゆっくりと重ねる。

「……はい」

多希は重ねられた桃佳の手のひらを、ぎゅっと握り締めた。二人の体温が混ざり合い、触れた手のひらでひとつに解け合う。

二人はしっかり手を繋ぎ、人ごみの中へと消えていった。




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