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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


143.雨の中の決断

2011.03.20  *Edit 

降り出した雨が、フロントガラスを強く叩きつけている。激しくワイパーを動かしながら、雨で煙る道の先をじっと見つめながら、多希は車を走らせる。
行き先は告げられていない。
けれど、この際行き先なんて桃佳にとってはどうでもいいことだ。

けれどカーブを曲がったところで、多希がどこに向かおうとしているのかが分かった。

あの日とはあまりにも違う天候。それでも見たことのある風景が目に飛び込んでくる。
そう、以前にここに来たときは、とてもよく晴れた日だった。きらきらと太陽を反射していた海は、今日は空同様、鈍色(にびいろ)をしている。それでも間違えるはずもない。ここは数週間前に、多希が桃佳を連れ出してきてくれた海辺だ。
以前来たときと同じ駐車場に入る。
あの日はたくさんの車が止まっていたけれど、冷たい雨の降る今日は、駐車場には数台の車が停まっているだけだ。駐車場の一角に停車すると、多希はエンジンを切った。途端、それまでエンジン音でかき消されていた雨音に包み込まれる。
多希はハンドルに両肘を乗せ、体を預けるようにして息をつく。深く、深く。
桃佳は多希の事を見ることが出来ずに、雨粒が流れるフロントガラスを見つめることしかできない。
車内に満ちる、重い空気。
話さなければならないと思いながら、重たい沈黙が、どんどん桃佳の口を閉ざしてしまう。先に口を開いたのは多希の方だった。

「……ごめん、モモ。ずっと黙ってて」
多希自身、やっとの思いでそれだけ口にする。もっと別に言うことがあるはずなのに、何をどう言っていいのかも分からなくて。
桃佳が不安にならないように笑いかけているつもりなのに、きっと自分の顔に浮かんだ笑顔は、酷くぎこちないはずだということもよく分かっている。
そして、やっぱりそんな多希の表情は桃佳には『自分自身を責めている顔』として写ってしまっている。きっと、余計な心配をかけてしまったとか、そんなことを考えているに違いない多希の顔。
だから桃佳は何度も首を振った。
知っていたのに、心を決めたはずなのに、それなのに何も言い出せなかった自分を責める。もっと早く決心を伝えていれば、こんなカオを多希にさせずに済んだのに、と。
そんな気持ちがやっと桃佳に本当の意味での決心をさせた。ぎゅっと唇を引き結ぶと、桃佳は真っ直ぐに多希の方を見つめる。

「多希さん、私、学校…… んんっ」

学校を辞めてあなたについていきます。

そう言おうとしたのに、言葉の最後のほうは突然塞がれてしまった。覆いかぶさるようにして、多希が桃佳の唇に強く自分の唇を重ねてきて。
抱え込まれるようにして重ねられた唇は、強く強く押し当てられている。いつもの優しいキスよりも、少しだけ乱暴なキス。数秒そうしてから、多希はゆっくり唇を離す。そして、睫毛の一本一本まで分かるような距離で桃佳を見つめてきた。
綺麗な色の瞳にじっと見つめられ、桃佳の心臓は壊れそうな音を立てる。
いつも見てきた瞳のはずなのに、真っ直ぐに見つめられると高鳴る胸に、いつも『恋』を自覚させられる。

「ダメだよ、モモ。学校を辞めたりなんかしないでくれ」
「!!」
どうして自分の言おうとしていたことが分かったのか一瞬驚き、けれどそれはきっと楓が告げたからだとすぐに気が付く。
「……楓が言っていたんですね」
「ああ。でも、楓を責めないでやって欲しい。あいつはただ、不安だったんだ」
多希は桃佳をぎゅっと抱きしめ、柔らかな髪を撫でる。
雨は車を包み込み、そんな二人を隠してくれていた。
「分かってます。責めたりなんかしません。私が悪かったんですから」
そう、楓のことをまだまだ子供だとか思っていながら、それでも自分の抱えきれない思いを吐き出してしまった。受け止めきれないだろう事も忘れて。
逃げたのだ、ずっと年下の弟に。

ゆるゆると桃佳の髪の毛を撫でていた多希の手が、ふと止まる。指先は数秒彷徨い、きゅっと空を掴んだ。
「……いつから、知ってたの?」
抱きしめられたままの桃佳には、多希の表情を伺う事は出来ない。けれど、どこか硬く強張った声同様、表情も硬く緊張しているに違いないと思う。
だからこそ、言葉を慎重に選んで答える。
「……今週の初めです」
「そうか、そんなに前から……」
呟く声は、悔しげな色を含んでいて。
もう何日も前から、桃佳は悩んでいたに違いないのに。それなのに何も気が付かなかった自分の不甲斐なさに、多希は思わず歯軋りする。
楓はすぐに気が付いたというのに。自分は一体桃佳の何を見ていたのだろうか? と。

「本当にごめん、心配かけて」
多希は体を離すと、桃佳の両肩をしっかり掴んで正面から真っ直ぐに見つめる。
「でも、学校を辞めるだなんて、そんなことは絶対に言わないでくれ」
真っ直ぐに見つめられ、桃佳の喉元にはなにか熱い物がこみ上げてきて、うまく言葉が出てこない。
「で、でも……っ」
それだけ言うのが精一杯で。
「それじゃ、ダメなんだ。俺がモモの進もうとする道を邪魔したくない」
真剣な目、真剣な声。多希の真剣さに胸の真ん中を突き刺されているような気持ちになる。
「それじゃあ、俺が後悔するから」
柔らかに、けれどどこか寂しげに微笑む多希。桃佳の喉元では相変わらず熱い塊が燻っていて。けれど、それでも多希の真剣さに応えたくて、必死に声を言葉を絞り出した。
「でもっ、でも、もしも多希さんが仕事を辞めたりしたら…… そうしたら私、私が後悔するんですっ!!」

桃佳の言葉に、多希は目を瞬かせた。ひどく驚いたように。
まさか桃佳からそんな言葉が出てくるなんて少しも思ってはいなかったから。自分が桃佳のこれからの未来を潰すような真似だけはしたくないと強く思っていたものの、その逆なんて考えもしていなかった。
優しい桃佳のこと、多希のためにと無理な決心をしただけなのだろうと。ただ、苦しい決断の末、犠牲になろうとしているのだと。
けれど、桃佳は「後悔する」と言った。「そうしないと後悔する」と。
「犠牲になる」と「後悔する」とでは天と地ほども差がある。

「モモ……」
「イヤです、多希さん。私のために仕事を辞めるなんて、そんなことイヤなんです。多希さんはそうしないと後悔するって言いますが、私だってそうされたら……きっと後悔します」
「でも俺だって、モモが学校を辞めたりしたら後悔する。それに、きっと自分を許せない」

それきり二人は黙りこむ。
雨の音が強く二人を包み込んで、ひどく不安な気持ちにさせた。
雨と一緒に、暗く寒いところに流されてしまいそうで。
不安な気持ちが頂点まで達し、桃佳は思わずぎゅっと目をつむった。膝の上で握りしめられている拳は、色をなくし小さく震えている。
その隣で、ハンドルに両肘を乗せてじっと前を見据えていた多希の気配がふっと緩む。

「モモ」

恐る恐る目を上げた桃佳が見たのは、それまでの不安な気持ちにはあまりにも似つかわしくない、ひどく穏やかな微笑みで。
思わず寒くもないのに、桃佳は必死に自分の体を抱きしめた。
嫌な予感が、体中を支配して。

「すごく、本当にすごく、不安な思いとか、苦しい思いとかさせてしまったね」

どうしてか溢れてくる涙に、視界がぼやける。
穏やかに笑っている多希の笑顔もぼやけ、桃佳は口元を震える指先で塞ぎ、ただただ何度も首を横に振った。
「そんなことありません」だとか「違います」だとか、否定の言葉を口にしたいのに、咽喉は完全に麻痺してしまったように、嗚咽が漏れてくるばかりで言葉を発することはできない。

「モモ」

涙の向こうの穏やかな表情の多希が、ひゅっと何かを決心したように息を吸い込む。
何を言おうとしているのか、桃佳にはわかってしまった。
わかりたくないのに、はっきりとわかってしまった。

「モモ。……俺たちは、別々の道を行こう」


想像通りの言葉。
雨音に包まれた車内に、堪え切れない嗚咽だけが、桃佳の口から漏れ出した。



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  • #54  
  •  
  • 2011.03/23 16:41分 
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