りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


144.明るく暖かな場所へ

2011.03.26  *Edit 

「ずっと思ってたんだ。絶対にモモから離れないって……」

苦笑いをしながら、多希はくしゃりと前髪をかき上げた。さらりとした前髪が、形のいい額を流れていく。
桃佳にはやはり、嗚咽を堪えることしかできない。見慣れた多希の姿が、さっきから涙でぼやけてよく見えない。
「じゃあ、離れなければいいじゃないですか」
そう言いたいのに、
「離れたくなんかないんです」
そう言いたいのに、熱い塊が喉元を塞いでしまっていて言葉はひとつも出てきてはくれなかった。

しゃくりあげ、頬を真っ赤に染め上げる桃佳を愛しげに見つめ、それからひとつ大きな呼吸をすると再び多希は口を開く。
「離れないことが一番重要なことだって思ってた。どんなことをしても、そばにさえいられればそれでいいって」
再び雨粒の流れるフロントガラスの向こうを見つめ、多希は真剣な目をする。
何かを決心した、強い意思を秘めた瞳で。
そんな彼の横顔は、多分桃佳が初めて見る顔。

「でも……」
じっとどこか遠くを見つめるようにしたまま、多希は微かに眉をしかめた。何かを堪えるように苦しげに。
「それは間違いだって分かったんだ」
堪えきれず、桃佳は考えるよりも先に多希の腕に縋り付いていた。そうしないと、今すぐにでも多希が目の前から消え失せてしまいそうで、怖くてたまらなくて……
縋り付いて、左の腕を抱え込むようにして、肩の辺りに額を強く押し付ける。
お互い体に纏う布越しに体温が伝わってきたけれど、桃佳にとってはそれはとても果てしなく遠い温もりに感じられる。
怖くて。
多希がどんなことを言おうとも、言葉を尽くしても、『俺たちは別の道を行こう』。この結論に変わりはないのだから。
止められない涙だけが、言葉の代わりに溢れ出してはぼたぼたと落下して弾けるばかり。

多希は震えながら腕に縋り付く桃佳の手に、自分の手をそっと重ねる。
どれだけ握り締めているのか、白く血の気の失せた指先は信じられないくらいに冷たい。
彼女の中を占めるのが不安だとしても、桃佳の中を自分が満たしているのだと思えば、多希は心が満たされていく自分を自覚してしまう。
やはり歪んでいる自分。
けれどそんな自分も『柴山多希』なんだと、今なら素直に思える。
そんなふうに自分を認められるようになったのは、桃佳と出会えたからに他ならない。

「モモ。泣かないで」
多希は指先で額にかかる前髪をそっとよけ、露になった額にそっと唇を寄せる。
その額は、熱でもあるかのように熱い。
額に触れた唇の感触に、驚いたように上げたその両の瞳も、熱に浮かされたように真っ赤に充血していた。
その真っ赤な瞳から音もなく、止めどなく溢れ出る涙に、多希は戸惑いよりも感動を覚えてしまう。
こんなふうに、誰かに泣いてもらえることの歓喜。
こんな事を考えているなんて知れたら、桃佳にきっと怒られるかもしれない。
そう思えば、つい場違いだと思いながらも、ひどく穏やかな笑みが零れてしまう。
そして、そんなふうに自分を変えてくれた桃佳を、守りたいと強く思う。

「泣かないで」
熱い頬に指先を滑らせ、柔らかな髪をそっと梳く。
「今……今、離れないと、俺たちはきっとお互いどこかで後悔するから」
聞きたくなかった言葉を突きつけられ、桃佳はぎゅっと眉を寄せる。
目を細めれば瞳に溜まっていた涙が溢れ出し、頬を滑り落ちる。泣きすぎで目も頬も痛い。呼吸も熱くて苦しい。
真っ直ぐに見つめてくる多希の視線をかわしたいのに、そうしてしまったら永遠にそれを失ってしまいそうで、怖くて逸らすこともできない。
もしかしたら、じっと見つめて少しでもその瞳の奥から、多希の思いの一片でも掴み取りたいと思っているのかもしれない。

「俺はモモに甘えていたんだ。どうしようもないくらいに」

どこか申し訳なさそうな笑顔を向ける多希に、桃佳は何度も何度も首を振る。甘えていたと言うのならば、それは桃佳も同じことだから。
ただ守られ続けながら安心しきっていた。
だから、拓巳に転勤の話や職場の話を聞くまで、多希の変化に少しも気が付くことが出来なかったのだから。一番そばにいたはずなのに。
真っ先に気が付いていい場所にいたはずなのに。

「モモのそばにいるためなら、どんなことをしても許されるって思ってた。それを、モモが許してくれるって、そう思っていたんだ」
独白するような淡々とした口ぶり。
けれど、決して多希の表情は苦しそうではない。それどころか、どこか清々しい。
「でも……もしかしたら、モモのそばにいたいって思ったのは、モモのためって言うよりもきっと、自分のため。ただ、俺がそうしたくて堪らなかっただけで」
 
桃佳は瞳を潤ませたままでじっと多希を見上げた。
多希の言葉を上手に理解することが出来ない。
相手のためにそばにいたいと願うのも、自分のためにそばにいたいと願うのも、どちらでもいいじゃないかというそんな気持ちが胸の中を占めていて。
どっちであろうとも、一緒にいられればいいんじゃないかと。
けれど、桃佳のそんな気持ちが伝わったかのように、多希は小さく首を振った。

「それじゃダメなんだ。それじゃあ」
「どう、し、て?」
熱い呼吸を吐き出しながら、やっと桃佳はそれだけを口にすることが出来た。
「俺は、ただモモに依存しているだけだってやっと気が付いたから」
「い、ぞん?」
「そう、依存。失いたくなくて、ただ寄りかかっていただけ」

じっとフロントガラスの向こう側を見つめていた多希は、桃佳を見てふっと微笑む。
憑き物の落ちたような表情で。

「モモが駿の彼女だった時は、俺のことを見てほしいって思ってた。だからモモに執着して。で、気持ちが通じてからは、どこにも行かないように縛りつけたくて必死だった。……自信がなかったんだ。モモが俺のそばにいてくれるって自信が。
でもモモならそんな俺も許してくれるって、心のどこかで思ってた。だから完全にモモに寄りかかって依存していたんだ」
桃佳は何をどう言っていいのかも分からずに、多希を見つめ続ける。
「駿にはモモのことを頼まれて、楓にはモモを守ってくれって言われて……そんなの言われるまでもなく当たり前だって思っていた。誰が何と言おうと、モモのそばにいるんだってね。
けど俺は分かってなかったんだ。本当に守るってことの意味を。本当に守るってことは、こんな風にモモに夢をあきらめさせることじゃないし、何かを後悔させることじゃない」
やはりじっと見つめ続ける桃佳の頭に大きな掌を載せ、多希は「分かる?」と微笑む。
その言葉に桃佳は曖昧な表情をする。
言っていることの意味は、分かるようでいて分からない。
桃佳の表情の意図するところが分かったのか、多希は更に笑みを深くして、頭をそっと撫でた。

「つまり――――俺が仕事を辞めてまでモモのそばにいようとしたのは、きっとモモのためじゃなくて自分のためだってこと。
さっきモモが、俺が仕事を辞めたら後悔するって言ってただろ? あの言葉でやっとわかったんだ」
「何を……?」

多希の言葉を聞いているうちに、桃佳の涙は止まり、呼吸もさっきよりもずっと落ち着きを取り戻す。

「ちゃんとモモは、俺のそばにいてくれてたんだってこと」
桃佳にとってはそれは当たり前のことのようで、首をかしげる。
「距離の問題じゃない。気持ちの問題なんだ。
――――俺はもしかしたら、モモが俺を選んでくれてからもずっと片思いばかりしていたのかもしれない。誰かに思ってもらえることに慣れてなかったんだ。だから、自分の気持ちの大きさを知っていても、モモが俺のことを考えてくれているなんて、頭になかったんだと思う。
バカだろ?」

多希のちょっと困ったような表情に、せっかく落ち着きを取り戻していた喉元が、再びぐっと詰まるような感覚に囚われる。
そばにいたのに、ずっと多希を見てきたつもりだったのに。それなのに何も分かっていなかった自分が恥ずかしくて。そして、想われることにそれほどまでに不慣れな多希が辛くて。

「わ、私は、いますよ。多希さんのそばに。これからも、ずっといますよ?」

言葉を詰まらせながらも、桃佳はそう必死に訴えかけた。
その言葉に嘘も偽りも何もない。純粋な桃佳の気持ちだ。
けれど、多希は静かに横に首を振った。

「ダメなんだ、それじゃあ。ダメなんだ」
「どうして……!!」
「だから、今のままじゃあ、本当にモモを守っていくことなんてできないからなんだ」
「そんなことないです!!」
「……あるよ。今のままじゃ、俺は弱くてモモに寄りかからずにはいられない。寄りかかって……そしていつかきっとモモのことを潰してしまう!!」

多希が珍しく声を荒げ、桃佳は驚いて目を見開いた。
さっきまで穏やかに笑顔を向けていた多希の顔に、今は苦しげな表情が浮かんでいる。

「俺は……俺は、ちっとも自立できてなかったんだ。以前は駿に対する憎しみに……今はモモに寄りかかることでしか自分を保つことができてない。だから俺は、一人でもしっかり立てるようにならなくち
ちゃいけないんだ」
ハンドルの上で握りしめられた多希の両拳は、小刻みに震えている。ぎゅっと噛みしめられた唇はもうすっかり色を失っていた。
「じゃ、ないと、きっとモモのことを本当に守ることなんてできない」

一層強さを増した雨音が、二人の間に染み込んでくる。
雨音が染み込んで来るように、桃佳の心にも、多希の言葉がすんなりと届いてほどけていった。

ああ、そうか。
と桃佳は思う。
きっと自分も多希と同じなのだと。
一人になることが怖くて、ただ、怖くて怖くて、寄りかかることで自分を支えていてもらったのだと。
一人でなんか、立てないくせに。それなのに誰かのためになんて生きられるはずがなかったのに……

桃佳はぼんやりと雨に霞む景色を眺めていた。
さっきのような恐ろしさはもうない。
喉元にあった熱い塊も、今はもうすっかり消えてしまっている。

この雨が、暗く寒いところに二人を流していくわけじゃないと、そう気がついたから。
きっと、何か新しい場所に運んで行ってくれるのだと……



明るく、暖かい場所に。




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~ Comment ~

NoTitle 

多希と桃佳も似たもの同士ですね。
お互いがお互いに気を掛け合い、そして、他人を優先する。
そんな不器用な愛情表現に二人の未熟さが表れている。

今回の話でお互いに重要な決断をしたようです。
それが吉と出るか凶と出るか、非常に気になります。

身体に気をつけて、これからも執筆を頑張ってください
  • #57 久遠 
  • URL 
  • 2011.04/06 22:31分 

Re: 久遠さま 

久遠さま。

コメントありがとうございます!!
そうですね……多希も桃佳も似た者同士ですね。
ずっと何かを我慢したり、自分を偽ってきたりしてきた二人なので。
二人の未熟さを読み取っていただけたようで、本当にありがたいです。
未熟だけど、必死な思いをどう書けば伝わるのか、そんなことを思いながら書いていましたので。
ラストに近づくにつれ、いろんなことを詰め込みたくなって困っています^^;
すっきりとした文章が書けたらいいのに。

最後まで二人の行く末を見守っていただけたら幸いです。

久遠さんも執筆頑張ってくださいね!!
  • #59 れいは 
  • URL 
  • 2011.04/09 21:23分 
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