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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


145.消えない寂しさ

2011.04.14  *Edit 

「お帰りなさい、多希さん」
「ただいま、モモ」
玄関まで迎に出てくれた桃佳に、多希はにっこりと応える。

「今日の夕食はなに?」
「ええっと、オムライスにコンソメスープ、あとスパゲティーサラダです」
「そっか。じゃ、すぐに着替えるよ」

多希は一度も自分の部屋に戻ることなく、桃佳の部屋に帰ってきていた。
実はもう、多希の部屋には生活に必要な日用品はほんの少ししか残っていない。殆どが既に段ボール箱の中に仕舞われているのだった。
それでも衣類など、必要最低限のものだけはまだ部屋に残っている。けれどそこはもう、生活のスペースではなく、多希は桃佳の部屋でずっと過ごしていた。
転勤の辞令を正式に受けて、もう一週間が経っていた。あと一週間後には、多希は転勤先に引っ越さねばならない。あまりにも急な話だけれど、転勤先も人手が足りない緊急事態で、そんなに悠長なことも言っていられないようだ。

あの雨の日……桃佳は意外にもすんなりと多希の言葉を受け入れることが出来た。
多希の真剣な言葉を聞いているうちに、自分もまた多希と同じだと気が付いたから。桃佳も多希にべったりと依存してきた。
一人になるのが怖くて、愛していて欲しくて、抱きしめてくれる手を離したくはなくて、どんなことをしても繋ぎ止めたいと思って。激しくてコントロールしきれない思いがあるということを。
そして同時に気づかされた。
とんでもなく弱い自分に。多希に寄りかからなければ、一人でしっかり立つ事もできないでいる自分。多希も自分と同じであると言うのなら、きっとこのままではいつかお互いに支えきれなくなって、二人とも倒れてしまうに違いないと言うことに。
きっとそれは幸せなことではない。
駿と一緒にいた頃は、本当の自分を知られることを怖がって、ただ彼の優しさに甘えて守られてきた。守られるばかりで、結局桃佳には駿を守る力はなかった。その結果、駿を酷く傷つけてしまった。
それなのに、桃佳は結局少しも強くはなれていなかった。
一人で立てないくらいに。
だから強くならなければいけないと思ったのだ。今は自分自身が一人でも歩けるくらいに、強く。

「どうかした?」

ふと食事の手を止めてぼんやりとする桃佳に、多希が気遣うように声を掛ける。
「え? いいえ。ちょっと考え事をしていました」
はっとしながらも微笑を浮かべる桃佳に、多希は胸が締め付けられるような気がして、長い腕を伸ばしてその華奢な体を引き寄せた。何度も何度も抱きしめたその体のはずなのに、どれだけ抱きしめたところで足りない気がするのはなぜだろうか。
ぐっと強く閉じ込めた腕の中で、桃佳が身じろぎ多希の顔を下から覗き込んでくる。
「どうしたんですか? 多希さん。食事中ですよ」
くすくすと笑っているその心地よい振動ごと彼女を閉じ込めたくて、多希は抱き寄せる腕に更に力を込める。
抱きしめていたいのに、もうすぐ抱きしめていられなくなってしまう愛しすぎる温もり。本当に自分がその孤独に耐えられるのか、正直なところ、今でも多希には余り自信がない。

「自信がないんだ……情けないことに」
多希が苦しげに正直な思いを吐露する。
思ったことはなるべく口にしよう。それはあの雨の日の後に、二人が交わした約束のひとつ。心の中に言葉を溜めておけば、それはいつか腐ってしまうから。腐ればそこから膿が広がるだけ。そうならないうちに正直な気持ちを話そうと。
だから多希は情けないと思いつつも、正直な気持ちを口にしたのだ。
不安な気持ちを包み込むように、桃佳の腕が多希の背中に回される。求めているのと同じ強さで強く抱きしめられ、多希はほっとする。
「そんなこと。私だって自信なんかありませんよ。一人になって、ちゃんと頑張れるのかって。怖いです。不安です。……寂しいです」
多希の背に回された桃佳の腕に、更に力が篭る。
多希はさっきまでの自分の不安な気持ちさえも忘れて、宥めるように、あやすようにその小さな背中をそっとさすった。

「離れたく、ないです……」

絞り出すような桃佳の声に、多希の表情は苦しげに歪む。
桃佳を悲しませたいわけでは決してない。本当ならば、自分こそが傍にいて、彼女に幸せな表情(かお)をさせたいって心底願っているのに。それでも、それでも今は一緒にはいられない。
それはきっと桃佳も理解してくれているはずのこと。
二人にはきっとそれが必要なことなんだから……と、桃佳を諭すべきのはずなのに、多希の喉は凍りついてしまう。それは、「離れたくない」という気持ちは、多希だって同じだから。
だから更に強く抱きしめる。
苦しいんじゃないかと思うくらい。
数分そうしてから、桃佳は多希の背中をぽんとたたく。多希が力を緩めて桃佳の顔を見下ろすと、彼女は腕の中で切なげで苦しげに、けれど微笑んで見せた。

「……もう、大丈夫です。すいません、わがまま言っちゃいました」
「モモ……」
「さあ、ご飯食べちゃいましょう?」

痛む胸を必死でこらえて、桃佳は再び夕食を口にしだした。
確かに胸の真ん中あたりが、潰れそうに痛い。苦しくて切なくて、悲鳴を上げてしまいそうになる。それでも、多希に素直に「寂しい」と言えることは、そんな苦しい胸の痛みも少しは和らげてくれていた。
自分の中の気持ちを素直に告げることができる。そしてそれを受け止めてもらえる……その事実が、こんなにも幸せなことだなんて。そしてそんなことにやっと気がついたのが、二人が別々の道を行くと決めた日だったなんて、それは少し残念だけれど。
それでも気がつけたからこそ、今こうして大事な人と大事な時間を過ごすことができる。
残りが少ないとしても、残りが少ないからこそ、そんな時間を無駄にはできない。
笑いながら、穏やかに過ごしたいから……


いつものようにキッチンに立って洗い物をしている多希の背中を、桃佳は勉強の手を止めて眺めていた。あと一週間。一週間後には、あの背中はもうここからいなくなってしまう。そう思うと、じんわりと涙腺が熱くなってきて、桃佳はあわててテキストに目を落とした。
必死になってテキストの文字を目で追うものの、なかなか内容は頭の中に入ってきてくれなくて……
――――ああ、ダメだ。こんなんじゃダメ。何のために多希さんと離れるの?
そう思うのに、心と体は上手に機能してくれない。
あの雨の日から一週間。そんな制御不能の状態は段々酷くなってきている。
しっかり自分の足で立てるように、自分の夢を叶えるために、そのために多希と離れた方がいいということは頭では分かっているのだ。けれど、心がなかなかその現実についてきてくれない。しかも、あの雨の日から時間が経てば経つほどに、寂しい気持ちも不安な気持ちも、離れたくないと強く思ってしまう気持ちも強くなってきているようだった。
視界が一気にぼやけ、テキストに水滴が弾ける。
それが自分の涙だと知って、桃佳はあわてて指先でその涙をぬぐった。
笑顔で過ごしたいと思っているのに、けれどこれから訪れる喪失に、心は張り裂けそうで…… その二つの気持ちの間で揺れてしまう自分を、桃佳はどうにもできないでいた。
泣いている姿なんて見せたくないのに、溢れてしまう涙。
そんな姿を多希には見せたくなかったのに、涙を隠す暇もなく桃佳の体は引き寄せられていた。意外と逞しい多希の肩に額を押しつける。

「また……泣いてたの?」

押し殺すような声に、桃佳ははっとした。
確かにあの雨の日から時々堪え切れなくなっては一人、泣いていることはあった。多希が眠っている時や、お風呂に入っている時に。だから気が付かれているなんて思いもしなかったのだ。
けれど、多希の一言で全てがばれてしまっていたんだと気がつく。

「俺が知らないとでも思ってた?」
耳元でささやかれる言葉は、どこか強張っている。桃佳から多希の顔は見えない。けれどきっと声と同様に強張っているのだろうと思うと、急に申し訳ないような気持なる。
「……ごめんなさい」
しゅんと小さくなって、消え入りそうな声で桃佳がそう言うと、多希は大きくかぶりを振った。
「違うんだ、モモ。責めてるわけじゃないんだ。ただ……そんなふうに俺に隠れて泣かないでほしい。一人で苦しまないでほしいんだ」
その言葉に、ついに桃佳の涙腺は決壊した。我慢なんてもうできないほど、一気にたまっていた涙があふれ出す。
「隠さないで」
くっと、喉の奥の方が苦しくなる。体中の水分を全て排出しようとするかのような涙と、止められない嗚咽。何かの限界を超えたように、桃佳は声を上げて泣きはじめる。
もううまく言葉も出てこない。何をどう言っていいとかじゃなく、止められない嗚咽で、言葉を紡ぐことすらできない。ただ、わあわあと声を上げて泣きながら、多希にしがみ付くことしかできない。
いつから自分はこんなに弱くなってしまったんだろう……
そんなことを頭の隅の、ほんの少しだけ冷静な部分で考えてみたものの、すぐに焼き切れそうな熱に思考ごと溶かされてしまう。

「ごめん、モモ…… 俺が、モモの全てを狂わせてしまったから」

そんなことはないと言いたいのに、全て嗚咽にかき消されてしまう。だから言葉の代わりに桃佳は何度も何度も首を振った。
そして必死になって言葉を絞り出す。

「狂わされてなんか、ないんです」
真っ赤に腫れあがった目を、多希に向ける。
「幸せだから……っ、だから、もうすぐ多希さんがいなくなることが、怖くて……っ。こわ、くて……」
そこからはもう、言葉になりようもない。ただ、自分を包み込んでくれる腕に、しがみついて泣くことしか……
どれくらいそうやって泣いていただろうか。一向に泣きやまない桃佳の背中を、多希は辛抱強くさすってくれていた。やっと涙が止まりかけた頃には、桃佳の体力はもう殆ど限界だった。泣くことが、こんなにも体力を消耗することだなんて、人前で泣くことなど子供の時以来なかった桃佳は知らなかった。
涙が止まった代わりに、体中が鉛の重りでも付けられたかのように重くて仕方がない。それでも、苦しい思いは少しは涙と共に体の外に流れ出てくれたようだった。
ほうっと息をつくと、どうしようもないほど呼気が熱い。
急にバツが悪くなって多希を見上げると、少しだけ困ったような、それでいて柔らかい笑顔を向けられる。それが余計に桃佳をいたたまれなくさせた。

「……ごめんなさい。急に泣いたりしてしまって」
目を合わせていられなくて、少しだけ顔をそむけてぼそりと呟いた。そんな桃佳の額に、多希の額がこつんとぶつけられる。睫毛が触れそうなほどの至近距離で見つめられ、今更ながら心拍数が上がる。
「いいんだ。その、怒られるかもしれないけど、俺のために泣いてくれる人がいるって幸せだって思うから」
じっと見つめてくる瞳に、少しだけ照れたような色が浮かんでいる。
悲しくて、辛くて泣いていたのに、背中をさすりながらそんなことを思っていたなんて。そう思うと桃佳の口元に苦笑いが広がる。
「もう……っ、こっちは真剣に悲しんでたんですよ?」
「ごめん」
ふふっと笑い合う。やっと二人の間に柔らかな空気が戻ってきたところで、多希がふわりと桃佳の体を抱き上げる。
「多希さん?」
突然のお姫様だっこにも、桃佳は驚いたふうもない。
過保護な多希に、こうして横抱きにされることは珍しくはなかったから。こういうことに馴れるのもどうだろうと思っているうちに、桃佳の体はベットの上にそっと下ろされていた。

「いっぱい泣いたから、もう寝よう?」
「え、じゃあ着替えをしなくちゃ」
そう言って起き上がろうとする桃佳の肩を押さえつけ、多希はその体をベットに横たえた。
「心配しなくても、服なら俺がちゃんと脱がしてあげるから」

一瞬の間の後、桃佳の頬がかあっと朱に染まる。
それでも彼女から拒絶の言葉は、ない。
恥ずかしそうに、けれどまっすぐに多希に腕を伸ばし、その首にしがみ付く。

多希は眩暈がしそうなほど艶っぽい表情で微笑んで、桃佳の腫れた瞼に唇を落とした。


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