りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


147.溶けあっていく心たち

2011.05.10  *Edit 

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「はい、私、ここで待ってますから。その……本当に私は行かなくてもいいんですか?」
「行かなくていい。まだきっとあの人だって、モモには会わせる顔がないだろうからね」

そう言われて、桃佳は無意識のうちに短くなった髪の毛を指先でいじっていた。
あの日、美佐子に切りつけられた頬の傷はもうすっかり癒えた。けれど、短くなってしまった髪を意識するたび、桃佳はいつも美佐子のことを思わずにはいられなかったのだ。
だから、今日多希が美佐子の元を訪れると言ったとき、自分も連れて行ってほしいと頼んだくらい。けれど、それは多希にやんわりと断られてしまった。

「今はね、まだきっと時期じゃないと思うんだ。いつかもっとあの人が回復したら、その時は俺がちゃんと会わせるから」
「……はい」

多希の言いたいこともわかる。まだ安定していない時期に、きっと桃佳と会うことは治療の妨げになりかねないことだと。だから桃佳もおとなしく多希の言葉に従うことにする。
「じゃ、そこらへんで座って待ってます」
休日の病院ロビーはがらんとしていて。桃佳はその一角を指さす。
「ああ、すぐに戻ってくるから」

微笑んで手を振る桃佳に見送られながら、多希はエレベーターに乗り込んだ。




正直、エレベーターを降りてすぐにナースステーションというのには、多希も面喰らっていた。出入りが監視されている病棟。そこに美佐子がいるんだと思うと、その病状があまり芳しくないこともうかがえる。
ナースステーションで病室を聞き、部屋の番号を確かめながらゆっくりと廊下を歩く。

「多希?」

突然かけられた声に振りかえった先には、父、孝幸が驚いた顔で立っていた。

「まさか自分から来てくれるなんて思ってもいなかったよ」
そう言いながら、洗ってきた果物ナイフをポリ袋にしまいながら孝幸が笑った。上下共にジャージ姿。いつもびしっとスーツを着こなしている姿しか知らない多希には、そんな父の姿が物珍しい。しかも台所になど入ったこともないような人が、果物ナイフを手にしているとは……
そんな息子の視線に気が付いたのか、孝之は頭を掻く。
「ああ、これか? 今母さんにリンゴを剥いてやったところなんだ。ナイフはね、持参してきているんだ。……置いてはおけないからね」
その呟きが快方には向かっていないことを告げているようで、多希は眉間にしわを寄せた。
「ああ、そんな顔しないでくれ。刃物類は持ち帰るっていうのは決まり事なんだから」
励ますように明るく笑い、孝幸は多希の背中をどんと叩く。
「父さん……なんか、変わったな」
多希の言葉に、孝幸はふっと寂しげに笑う。
「今までは全く家庭を省みることをしてこなかったからね。私のせいで家族はバラバラになってしまった。だから今度は私の手で、バラバラになってしまったものを一つ一つ拾い上げて行きたいんだ」

だからお前が来てくれて嬉しいよ。

と続ける父親の言葉に、多希は素直にはなれずに視線をそらした。
「……俺、転勤することになったから」
「転勤!?」
「そう、二年ほどこっちには戻ってこない。……二年後にここに戻ってくるかもわからない。だからその前に一度あの人に会っておくべきだと思ったんだ」
「そう、か。で、いつ行くんだ?」
「五日後」
ぼそっと呟くような多希の言葉に、孝幸は一瞬目を見開き、それからやはり寂しそうに笑った。
「そうか。体に気をつけるんだよ。一人で?」
勿論、孝幸はあの桃佳という女性も一緒に違いないと思っていた。あれほどまでに多希が大切にしてる女性と、離れることはないだろうと。
だから、この後の多希の言葉には心底驚いたのだった。
「いや、一人だよ。あいつも来年には国家試験を控えてるから。今は……連れて行くときじゃない」
どこか寂しげに、それでも強い意志のようなものを秘めた息子の目に、孝幸はきっと二人は大丈夫なのだと確信する。
「さあ、ここだよ。美佐子」
それ以上は追及することなく、孝幸は一つのドアの前で立ち止まるとそのドアを開けた。

「あらあなた。すいません」

病室の中から微かに美佐子の声が聞こえ、会おうと思ってここまでやってきたはずなのに、多希の足がぴたりと止まってしまう。
その声を聞いてしまうと、この女が桃佳を傷つけたことを思い出してしまって…… 憎しみなんて長くは続かない。確かにそう思っている。
けれど憎しみが風化するには、まだ時間が足りない。きっと。

「多希、入ったらどうだ?」
「多希……君!?」

大きく開いたドアの向こうにいる美佐子と、廊下に立ちすくんだままの多希の視線が交差した。
驚いたような、どこか恐怖を感じているような美佐子の表情を見ると、多希はまだここに来るべくじゃなかたのかもしれないと、急激に後悔する。自分にとっての憎しみも消えていない今、美佐子にとっての憎しみだって消えているはずがないのだから。

「俺……失礼します」
そう言って踵を返そうとした多希の背中に、悲鳴にも近い美佐子の声がぶつかる。
「待って!! 待って、多希君……!!」
真っ直ぐに自分を呼ぶその声に、多希はゆっくりと振り返った。
「多希君…… ごめんなさい。ずっと、ずっと、長い間……ごめんなさい。あなたは私を憎む権利があるわ。だって、あなたが私に憎まれる理由なんて、最初からなかったんですものね」
振り返った先にあったのは、見たこともないような美佐子の顔だった。いつだって邪魔なものでも見るかのような視線がそこにはなくて。
苦しげな、駿によく似た瞳でじっと見つめられる。
「まだ時々ね、全部を多希君や咲さんのせいにしようとしてしまうときがあるの。ダメね。でも、本当は分かっているのよ。全部私の思い込みで、誰も悪くなかったんだってこと。全ては、全ては私が壊してしまったんだってことも……」
病人らしい青白い美佐子の頬に、音もなく涙が流れる。
きっと以前の多希ならば、そんな美佐子の涙でさえ、嫌悪感を覚えたかもしれない。……それ以前に、病院まで来ようとは思わなかったに違いない。
自分が変わったことを自覚するには十分だった。

「だから、本当にごめんなさい」

美佐子が床に膝をついて頭を下げる。ぽつぽつと流れた涙が床の上で弾けているのを、多希は不思議な気持ちで見つめていた。
不思議と何の感情も湧きあがってこない。怒りも、悲しみも、何も。
「もう、いいですから」
ぽつりと多希の口から出た言葉に、美佐子は驚いたように顔を上げる。
「もう、いいんです」
膝をついて自分に頭を下げる美佐子に、手を伸ばすことはまだ出来そうもない。けれど、もう責める気持ちも湧いては来ない。
「……お大事に」

そう言って多希は今度こそ踵を返して病室を後にする。背後から美佐子の大きな鳴き声が聞こえてきた。
子供のように、わんわんと泣く声が。
きっと父がそばにいるから大丈夫だろうと、多希は振り返ることなくその場を後にした。





駿はロビーの一角で分厚い本をパラパラと捲っている、よく知った横顔を遠くから見つめていた。
声を掛けるべきかどうか悩み始めて、もう数分が経過している。
玄関からいつものように入ってきて、ロビーに桃佳の姿を見つけたときは、正直どうしてここに彼女がいるんだと軽く混乱してしまった。
けれどすぐに、多希と一緒なんだろうということに思い至る。けれどその兄の姿が一向に見当たらない。きっと母のところに行っているのに違いなかった。
だからこそ余計に、桃佳に話しかけることを駿は躊躇したのだ。
多希のいない時を見計らったように話しかけるのは、もしかしたら桃佳を不安にさせるだけかもしれないと思って。許してもらえたからと言って、それでも自分のしたことがどれだけのことかくらい、駿は分かっていたから。
だから声を掛けられずに数分。
けれど、声を掛ける前に強すぎる視線に気が付いたのか、桃佳の方が駿を見つけた。

「駿ちゃん……」

驚いたように自分を見つめる桃佳。
どんな顔をされるんだろうと不安が胸をよぎったものの、視線の先の桃佳は、駿のよく知った笑顔で微笑んでくれていた。
だから、駿は意を決してそばまで歩み寄ると、桃佳の隣の椅子に腰をかけたのだ。

「久しぶり」
「うん」
「兄貴、待ってるの?」
「……うん。今、お見舞いに行っているよ」
「そっか」

どうしていいのか良く分からない微妙な空気。それを持て余して、駿は困ったように頭をかく。それは桃佳も同じようで、微笑みながらも少しだけ困ったような空気を纏っている。
そして駿はふと、桃佳の手元にある分厚い本が参考書であることに気が付いて、慌てた。
「ご、ごめん。もしかして俺、邪魔しちゃったんじゃ……」
「ち、違うよ。大丈夫。は、話しかけてもらって嬉しかったんだから」
駿と同じように焦った様子で参考書を閉じる桃佳。焦ったように振る舞いつつも、それでもはっきりと言い切る。
「嬉しかった」
そんなふうにはっきりと自分の気持ちを告げる桃佳のことを、駿は少し寂しい思いで見つめた。自分が引きだすことのできなかった顔が、そこにはあったから。
「そっか……」
でもその一方で安心もする。これでよかったのだと。
「うん」
「それならよかったよ」
やっと二人の間に和やかな空気が生まれる。いつの日にか、きっともっと穏やかに昔のことを話せる日が来るのかもしれないと、駿は思った。きっとそんな日が来る時は、桃佳は親族になっているのかもしれない。
そんなことを考えていると、エレベーターのドアが開き、よく知ったすらりとした長身がこちらに向かって歩いてくる。

「駿」
やはりさっきの桃佳と同じように、驚いた顔で多希が歩み寄ってきた。
「兄貴。お見舞いに来てくれたんだね。……ありがとう。母さん、喜んでたろ?」
「ああ……まあ、な」
多希と向かい合っても、なぜか駿の心の中は静かだった。
多希と桃佳。二人の顔を見ても、何の感情も湧いてこない。不思議なほどに。正直、もっと二人に会ったら気持ちがざわつくかもしれないと思っていただけに、これには駿も驚いていた。
だから、自然にそう言っていた。
「なあ、よかったら今度、酒でも飲もうよ。兄貴」
「駿……」

正直、駿からそんな言葉をもらえるなんて思っていなかった多希は、一瞬目を見開き、それからひどく嬉しそうに微笑んだ。見惚れるくらいに、綺麗な笑顔で。
「……ありがとう。いつか、きっと。実は俺、今週中には転勤するんだ」
「転勤!? 今週中に?」
「ああ、急に決まって……だからここに来る決心もついた。……よかったよ、来て」
多希のそんな言葉に、桃佳が嬉しそうに顔を綻ばせている。それに気が付いた多希が、長年弟をしていたのに、見たこともないような穏やかな笑みを桃佳へ返しているのを駿は見ていた。
そんな二人の様子に、密度の濃い空気を感じて駿は思わず苦笑いを漏らしていた。

「駿」
「ん?」
「母さんのこと、頼むな」

真っ直ぐに見つめられ、駿は多希に小さく頷いてみせる。多希が美佐子のことを『母さん』と呼ぶのを聞いたのは、あまりにも久しぶりな気がして。
多希もそのことに気が付いているのか、照れくさそうに鼻の頭を掻いて、「車を取ってくる」とさっさと去って行ってしまった。

「よかった……」
桃佳がほっとした様子で、開いていたテキストをトートバックの中に仕舞い込んでいる。そんな様子を見ながら、駿は当たり前のように聞いた。
「清水も兄貴と一緒に行くんだろ?」
別に嫉妬してだとか、二人のことを詮索したくてだとか、そんな気持で聞いたわけではない。ただ、二人が離れるはずはないとそう思って、駿はその言葉を口にしたのだ。
けれど、帰ってきた言葉は思っていたものとは全く違って。

「ううん。行かないよ。学校があるもの」
「……え? そうなんだ。じゃあ、卒業したら行くの?」
駿の言葉に、桃佳はテキストを仕舞っていた手を止めて、彼を見上げた。真っ直ぐに見上げ、ほんのりと微笑む。
「行かないよ。きちんと自分の目標に手が届くまでは」

言葉の真意を確かめようと思うまで、駿は図々しくはなれない。
けれど、二人が離れ離れになることを選んだということだけは分かった。そしてそれはきっと別離(わかれ)ではないことも。
そうでなければ、こんなにも清々しい笑みを、桃佳が浮かべていられるはずはないのだから。
それほどまでの何かを、きっと二人は手に入れたのだ。揺るぎないものを。

「じゃあ、駿ちゃん。私、行くね」
桃佳がトートバックを肩にひっかけて立ち上がる。
「ああ、気をつけて」
「うん。ねえ、駿ちゃん」
「……うん?」
「私ね、駿ちゃんが自分の目標を見つけて、それに進もうとしていることに、すごく背中を押されたの。勇気、もらったの。だから、頑張ってね」

じゃあ、と、どこか照れたような表情を残して桃佳が手を振りながら走り去って行くのを、駿は椅子に座ったままでぼんやりと眺めていた。
そして、ふっと口元に笑みがこぼれる。
桃佳の中の何かを、勇気づけてあげられたのかもしれない。その事実は、駿の心を満たして、あたためた。

「……清水も、頑張れよ」

桃佳には届かないとしても、駿は思いを込めてその言葉を口にしていた。



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  • #60  
  •  
  • 2011.05/10 00:38分 

Re: Re: 聖騎士さま。 

> > >
> いつも誤字報告ありがとうございます(^◇^)
> はい~、とうとうラストですよ、ラスト。
> あと本当に数話(予定ではあと2~3話)で本編は終わります。
> 本編は終わりますが、駿のその後を少し書きたいな、とか思っています。
> 二人のその後もちょこっと書きたい。
> と、いうことで番外を含めても10話行きません。
> 最後までどうぞお付き合いお願いします。
> そうそう、いつぞや聖騎士さんに言われた咲さんですが、どうしようか悩んだ挙句、ちょこっと出す予定です。
>
> あと……あれですね、無理ですよ~。
> だって、あれでダメなんですから、ネグレクトとか絶対アウトですって。
> と、「あれ」多用してみましたが、伝わったかしら??
> どうもありがとうございました。
  • #62 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2011.05/10 18:53分 

おはにょーん 

お久しぶり~。
ああ、やっと多希が色んなことから解放された気がする。また家族みんなと笑い合って過ごす時間が訪れるといいな。
恋愛の話を書くと、どうしても当人同士のことばかりになってしまうけれど、やっぱり家族が絡んでくるのは必然なので、こうした背景が見えると、二人の行方の他にもほんわりとできるのがいいよね(´∀`)
色々辛いことがあったけれど、ラストに向かって幸せな色が広がるといいなと思わずにはいられません。
「ぴ~ち」は結構ダークな色が見える話なので、ハラハラもドキドキも味わえて忙しいわ(笑)
この先も楽しみにしてるね。モトカレ!!はまだまだ途中。追いつけなくてごめんなさい。追いついたら絶対に遊びに行くっす~(´▽`*)
でわでわ。
  • #63 こたろー 
  • URL 
  • 2011.05/13 08:31分 

Re: こたろーさま。 

こたろーさま、コメントどもです!!
忙しい一週間は落ち着いたかな?  

読んでくれてありがとう(*^_^*)
うん、ラストも近づき、やっとみんなにとっての幸せみたいなものが用意できそうな気配。
……ああ、ここまで長かったなあ(しみじみ)。
完結しても、番外編で他の方々のその後も書けたら……と思っているのだけれど、それを入れてもあと10話行くか行かないか。
プロット立ててないので、曖昧(^_^;)
でもせっかくラストも見えたので、一気に更新してしまいたい気分。
きっと気分だけで、実際は無理(-_-;)

モトカレも読んでくれているのね。
ありがとう♡ 
  • #64 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2011.05/13 19:10分 

NoTitle 

久しぶりに来てみたら結構な数を更新されていたので少し焦りましたw

多希がいろいろなものから解放されましたね。
これからはしっかりとした幸せをつかみ取ってほ欲しいです。
桃佳もずいぶんと芯が強くなりました。
最終回まで間近な感じですがどうなのでしょう?

これからも頑張ってください!
  • #65 久遠 
  • URL 
  • 2011.05/15 17:59分 

Re: 久遠さま 

いつもコメントありがとうございます☆.。.:*(嬉´Д`嬉).。.:*☆
そうですね、意外と更新しました……頑張った、私w

はい。
ラスト付近、やっと多希が色々なものから解放されました。
きっと体も心も相当軽くなったことでしょう。
で、すぐにでも幸せにしてやりたいのは山々なのですが、とにかく沢上Sでして……
まだすぐには幸せにしてあげません。
でも、二年後には、きっと。です。
最終回までは本当にもうあとちょっとです。
プロットも何もないので、あと何回になるかわかりません。
ここまで来たら、キャラ達にお任せしてますので。
それでも番外編入れても十話行くか行かないか……ですね。
どうぞ最後までお付き合いお願いします(^◇^)
  • #66 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2011.05/17 23:09分 
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