りんどう庵

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


149.この空は繋がっている

2011.06.15  *Edit 

「みなみちゃん、ごめんね。本当によかったの?」
「だーかーら、いいんだってば。私たちに今必要なのは、イベントじゃないのよ!! 勉強よ!!」
「で、でも…… 今日はクリスマスイブだよ?」
「クリスマスがなんだって言うの!? これで来年国家試験に落ちたりしたら、来年の今頃、更にクリスマスどころじゃないじゃない!! アリとキリギリスのお話、知ってるよね?」
「ま、まあ」
「だったら、キリギリスしている場合じゃないでしょう?」
「……はい」

そう言いきると、みなみは再びテキストに目を落とした。
クリスマスイブだと言うのに、みなみは桃佳に色気のない『勉強会』を提案してきたのだ。勿論、桃佳は断った。
みなみには章吾がいるのだ。クリスマスイブに恋人同士の邪魔をするほど、桃佳だって無粋ではない。けれど何を言ってもみなみは、さっきと同じ『アリとキリギリス』を引き合いに出して、譲ろうとしなかった。
確かに国家試験はあと二カ月後に迫っている。
これに落ちてしまえば、勿論、何の資格も取得できない。そうすれば、今までの勉強が無駄になるだけでなく、就職さえも危うくなる…… それは間違いのないこと。
それでも、クリスマスイブの一日くらいは、それを忘れ去ってもいいと桃佳は思っている。事実、多希がそばにいてくれたなら、きっと今日一日は勉強なんて言葉、忘れていたに違いない。

「なにぼけーっとしてるの? 勉強勉強。私たち受験生にイベントなんて甘ったるいものは存在しないのよ」

みなみがそう言ってにやっと笑う。
本当は章吾と過ごしたかったはずなのだ。けれど、みなみはこんな日だからこそ桃佳のそばにいることを選んでくれたのだということくらい、鈍い桃佳でも分かる。こんな日だからこそ、ひとりにならないようにとの、彼女なりの思いやりだと。

「ありがとうね、みなみちゃん」
「な、なに? 勉強は一人でやるよりも、二人の方がはかどるんだから」
「うん」

みなみの思いやりを、申し訳ないなあと思う一方で、今日ほどありがたいと思ったことはないかもしれない。聖なる夜にたった一人で部屋にいたら、どれほどそばにいない多希を思ってしまったかわからないから。
悲しくて、寂しくて、かけないと決めた携帯に電話だってしかねない。せっかくあの夏の日から堪えてきたものを、一瞬でバラバラに壊してしまっていたかもしれない。

「桃佳」
ぽん、と肩に手を置かれる。酷く苦しげな表情の桃佳が、みなみの大きな瞳に映っている。
「大丈夫だよ。クリスマスイブなんて長い一生にまだ何度もあるんだから。だから、あと何度だって桃佳は大事な人と一緒にクリスマスイブを過ごせるよ」
「……ありがとう」
桃佳は目頭が熱くなるのを感じながらも、それをぐっとこらえた。
もう、泣かないと決めていたから。多希との別れは、悲しいことではないのだから。
この夜でさえも、きっとこれから二人で過ごす未来には、欠かすことのできない時間のはずだから。どんな時間も、どんな寂しさも切なさも、まだ見ぬ夏の日にきっと繋がる。
だから、泣かない……




「柴山君、本当に当番代わってもらってもいいのかい?」
「勿論ですよ」
多希は申し訳なさそうに自分を見る、四十代半ばの上司、諸橋ににっこりと微笑み返した。
彼は十年近く前に結婚したものの、子供に恵まれず、諦めた頃にひょっこりと可愛らしい娘に恵まれたのだと言う。そんな彼の、目に入れても全く痛くない娘の写真を、多希はしばしば見せられていた。三歳くらいの女の子は、きっと奥さんに似たらしく愛らしい顔をしていた。
「ほら、可愛い娘さんもきっと待っていますよ。 早く帰って、楽しいクリスマスイブを過ごしてください」
多希はクリスマスイブに仕事をすることなど、本当に一向に構わないのに、諸橋はとんでもなく申し訳なさそうな顔をしている。
「ありがたいけれど、柴山君だって、何か予定があるんだろう? その、彼女も待っているんじゃあ……」
彼女、の言葉に脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。今はまだ会えない大事な人の姿。
「いえ、待ってる人はいませんから大丈夫です」
「そうなのかい?」
多希の言葉をどう解釈したのか、諸橋はほっと息をつき、苦笑いをする。
「いやあ、それにしても柴山君となら、一緒にクリスマスを過ごしたいっていう女の子、たくさんいるんだろうに、もったいないねえ」
その言葉に、今度は多希が苦笑した。諸橋が「柴山には彼女がいない」と理解したようだけれど、それをわざわざ訂正する気にもならない。誰がどう思おうと、誰が何を言おうと、多希の中に存在する思いは変わりようもないのだから。
「僕、クリスチャンではないので。ほら、娘さんが待ってますよ。早く帰ってあげてください」
「ああ、ありがとう」
背を押され、諸橋はやっとドアの方に向かって歩きはじめる。
きっと、幸せな家庭に向かう背中。
そんなどこか楽しげな背中を見つめながら、多希もどこか心が温かくなる。
会うこともできない大事な人。桃佳の声を聞くことも、笑った顔を見ることも、柔らかな体を抱きしめることもできない。そして、プレゼントどころか、なにをしてあげることもできない。
だからこそ、誰かが幸せになれるように、小さなことでもできたことがこの上なく嬉しかった。諸橋が嬉しそうで、多希も嬉しかった。

ドアを開けかけた諸橋が、思い出したように振り返り、柔らかく微笑む。

「メリークリスマス、柴山君」
「……メリークリスマス、諸橋さん」

誰もいなくなった、静かな放射線技師室で、多希は満足げに微笑んでいた。




「わあ!! ちょっと、桃佳。桃佳ったら、こっち来てみなよ!!」
ちょっと休憩と、眠たげな目を擦りながらベランダに出たみなみが、大きな声で外から桃佳を呼んでいる。
「なに、みなみちゃん」
時間は既にクリスマスイブからクリスマスに変わろうとする時間で。そんな深夜にこの大声はさすがにまずいだろうと、桃佳は声をひそめ、みなみにも声のトーンを落とすように言うつもりでベランダに出る。
途端に、体を包む細胞が目を覚ましそうなほどの冷気。
「あー、桃佳、ほらほらっ!!」
手すりから身を乗り出すように手を伸ばすみなみが、大きな目をキラキラとさせている。
伸ばした細い指先に触れるものは……

「……雪?」

桃佳も手を伸ばす。その指先に、はかなげな白い雪が舞い降り、そして音もなく溶けた。
空を見上げれば、ちらちらと舞い落ちてくる、雪、雪、雪。

「ホワイトクリスマスだよ、桃佳」
「うん。そうだね」

ホワイトクリスマスなんて、初めてではないけれど、この空が多希の住んでいるところまで繋がっていて、こうして彼も今、舞い落ちる雪を見ているのかもしれないと思うと、冷たい空気の中で、桃佳の胸は熱くなった。
そしていつの日か必ず、こうして多希とクリスマスに降る雪を見上げるんだと、何の確証もないくせに「必ず」と思う。
必ず、いつか、必ず……

部屋の時計が、午前零時を告げていた。






さすがにクリスマスのせいなのか、今日は多希が当番にもかかわらず、呼び出しがいつもよりもずっと少ない。
それでも急に入ったレントゲンの依頼は、こんな日に熱を出してしまった子供のものだった。
胸部のレントゲンは、左肺が白く染まっていて、どうやら肺炎らしかった。こんな日に可哀相にと思ったものの、左側には母親の腕を、右側には父親の腕を、絡め取って真っ赤な顔でにこにこしている子供は、どこか嬉しそうにも見えた。
もう甘えるには多少大きくなりすぎたその子は、熱を出してしまったことで両親に遠慮なく甘えられているようで…… もしかしたら、その子にとってはこんな熱さえもクリスマスプレゼントのようなものなのかもしれなかった。

出来上がったレントゲン写真を医師に届けるため、救急外来の待合所で、両親にべったりくっついて、再度の診察を待っている子供のそばを通り抜けようとした時、多希はその子に呼び止められる。

「あ、お兄ちゃん。さっきはありがとうございました」
熱の上がった赤い顔で、それでも両親べったりと甘えながら、どこか嬉しそうな表情を向けてくる。そんな表情をみると、なにかある度に顔を真っ赤にして怒ったり笑ったりしていた桃佳の顔を思い出してしまう。
だから、自分でも気がつかないうちに、口角が月形に持ち上がる。とても優しげなラインを描いて。
「うん。お大事にね。メリークリスマス」
ぽんとその子の頭に掌を乗せる。
指に伝わってくるのは真っ直ぐな髪の毛の感触なのに、多希には桃佳のふわふわの癖っ毛の感触が鮮やかに蘇っていた。

色々と片付けをしたり、明日の用意をしたりして病院を出る頃には、すっかり夜も更けてしまっていて。
本当は今日しなくてもいいようなことまでしてきてしまった。一人で過ごすより、仕事をしている方が寂しさを感じなくて済むから。
それでもそんなことをして、徹夜をするわけにもいかない。明日も仕事なのだから。
自動ドアが開くと、冬の香りを含んだ冷たい空気が多希を包んで、彼はコートの襟を掻き合わせた。
寒いところは苦手だ。
そんなことを思いながら、駐車場を走り抜け、一気に自分の車まで走ろうと、一歩踏み出す。けれどその足は次の一歩を踏み出すことなく、その場でぴたりと止まった。

「……雪」

空を見上げる多希の頬に、ちらちらと舞い落ちる、雪。音もなく溶け、多希の頬を僅かに濡らす。長い腕を伸ばし、雪を受け止めようとするかのように、掌を上に向けてしばしたたずむ。
きっとこの雪は、桃佳の上にも舞い落ちていると、確信にも似た思いに満たされる。そしてきっと、今この瞬間、きっと桃佳も空を見上げているような気がしてならない。
ふと伸ばした腕の腕時計に視線を向ければ、ちょうど零時を回ったところだった。
その表情はとても穏やかで……



「桃佳、ほら、中に入ってもうちょっと頑張ろうよ」
先に部屋の中に戻ったみなみが、カーテンからちらりと顔をのぞかせ、ベランダで空を見上げている桃佳に声をかける。
冷たい空気の中、桃佳は嬉しそうに空を見上げているのだ。
「桃佳、風邪ひいちゃうよ」
「うん。そうだね。今戻るよ」
桃佳は祈るように胸の前で指を組んで、舞い落ちてくる雪を見上げる。



「メリークリスマス」
桃佳が呟く。

「メリークリスマス」
多希が呟く。

離れていても、声が届かなくても、お互いを思う気持ちは繋がっている。
この空のように。



*****

クリスマスという、全く季節感のずれまくったお話、お許しください(^_^;)
次回でラストとなります。
もしも長くなってしまったら、二話に分割するかもしれません。
どうぞ最後までお付き合いください。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(3)

~ Comment ~

こんばんは☆ 

この時期にクリスマスの描写をこれほどいい雰囲気で書けるって、沢上さんの作家としての才能の底なし加減を見せつけられました><
僕には書けません。
離れた場所で「メリークリスマス」を言う二人に胸が熱くなりました。
そしてみなみの思いやりにも。
早く二人の心からの笑顔が見たいです。
でも終わって欲しくはないです。
  • #67 聖騎士 
  • URL 
  • 2011.06/15 21:52分 
  • [Edit]

Re: 聖騎士さま。 

聖騎士さん、コメントありがとうございます。
季節感のないお話でしたが、それでも褒めていただけてとてもうれしいです(*´ェ`*)…♥
本当はすぐに二年後の話に行こうかなあ…… なんて思っていたのですが、その間にイベント満載だろ!!という点に思い至りまして。
なにか、離れていてもお互い感じられるエピソードを書きたくなってしまいました。
こんな寄り道をしているから、当初の予定よりもかなりオーバーしてしまっているという……
でも、書きたいことは書ききらないと、ですね。
次回ラストです。
今度こそ、多分、おそらく、本当です。
終わったら、ちょこちょこ番外編もアップする予定で入るのですが。
しかも番外編に新キャラを投入しようという、わけのわからないことまで妄想中です。
本編終了しますが、駿も助けてあげたいので、どうぞ最後までお付き合いくださいね。
  • #68 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2011.06/15 21:57分 

きら様。 

きら様。

初めまして、沢上澪羽と申します。
この度は「ぴ~ち」を読んでくださってありがとうございました。
楽しんでいただけたようで、とても嬉しく、作者冥利に尽きます^^
ご質問もありがとうございます。
そ、そして……最終話なのですが……
まさかの最終話掲載し忘れです。
こちらの作品は、「小説家になろう」のムーンライトノベルズとの同時掲載だったのですが、どうやらムーンの方にのみ掲載し、ブログの方はたぶん沢上のミスで掲載できていなかったようです……
本当に申し訳ありません!!
取り急ぎ最終話を掲載させていただきます!!
楽しんでいただけたらいいのだけれど……
一応、本編はこれから掲載する150話で終了予定です。
頭の中では桃佳と多希のこれからのストーリーも色々とあったりするのですが、ありがたいことに書籍の仕事に恵まれて、そこまで手が回っていない状況です。
落ち着いた時にでも、もしかしたら「ぴ~ち2」として連載させていただくこともあるかもしれません。

それでは最終話、必ず掲載しますので、お越しの際にでもどうぞ覗いてやってください!!

ありがとうございましたヾ(●´▽`●)ノ彡
  • #294 沢上澪羽 
  • URL 
  • 2013.01/11 15:15分 
 管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。