りんどう庵

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


25.美緒、動く

2010.03.24  *Edit 

昼下がりのレントゲン室で、多希はひとつ欠伸をした。
「柴山さんが欠伸なんて珍しいですね」
後ろから後輩の技師に声をかけられて、誰にも見られていないと思っていた多希は曖昧な表情をする。
「昨日の当番、大変だったらしいですね」
「ああ。大変でしたよ」
「柴山さんって、結構『荒らし屋』ですからね~」
後輩の技師の言葉に、多希は思わず苦笑いをした。彼の言うとおり、多希が休日出勤やら、夜間の当番の時にはやたらと急患だったり急変だったりが多くて、病院から呼び出されることが多い。休日当番だった昨日も日曜日だというのに患者がひっきりなしにやってきて、帰ろうとするたびに呼び出される始末で、多希は家に帰ることを諦めて病院で過ごしていたくらいだ。
その昨日の混雑とうって変わって、今日は平日にも拘らず人が少ない。こんなに少ないのは珍しかった。
その閑散とした待合室を覗いて、後輩の技師が少しだけ面白がっているような口調で言う。「今日も当番ですよね?この静けさが、嵐の前の静けさにならなきゃいいですねえ」
「面白がってるでしょう?」
少しだけずり落ちた眼鏡を直しながら、わざと情けないような困ったような表情を作る。レントゲン技師、多希はそういうキャラ設定に決めている。常に怒らず穏やかでいて丁寧。そういうキャラにしておけば、他人とぶつかることも関わることも少なくてすむ。しかも仕事もしやすい。


ほう、と多希はため息をついた。
こうも時間があると、タバコを吸いたくなってしまう。忙しく仕事をしていればそうでもないものの、時間があると口が寂しくなってくるのだ。けれど院内は禁煙。タバコを吸うためには、病院の敷地外に出なければならない。いくら閑散としているとはいえ、いつ患者がやってくるかわからないのに、そんなことはしていられなかった。
ダメだと思うと、余計に欲しくて、多希は少しだけイラついてくる。
「よお、昨日はどうも」
声をかけられて、振り返った。タバコを吸えないイラつきが、睨み付けるような視線を作っていることに気がつき、すぐに表情を作り直す。
「どしたの?珍しく怖い顔してたけど」
後ろに立っていたのは、大量のファイルを抱えた拓巳で、多希は思わず安堵のため息を漏らす。
「なんだ、拓巳か。顔作って損したかも」拓巳の顔を見た途端に、レントゲン技師柴山多希の顔はもうそこにはない。勿論、さっきの後輩の技師がいないことも、多希はきちんと確認してのことだ。
「何だ・・・って。ちょっとこっちに用があったんだ」大量のファイルを指差す。「そうだ、昨日の居酒屋、半分払うから後からいくらかかったか教えてくれな」
「ああ。それなら別にいいよ。おごり」
その言葉に拓巳の顔がぱああ・・・っと輝く。「マジ?いやあ、助かるわ。今月ちょっとピンチでね」
彼女もいないのに何に使うのだろうと多希は不思議に思ったが、あえてそれは聞かない。
昨日は帰ることを諦めて病院に留まっていた多希だったが、時間の経過と共に静かになってきた病院を後にしたのは夜の8時を過ぎていた。帰ろうとしたときに同じく休日出勤をしていた拓巳と出会い、近くの居酒屋に入ったのだった。
勿論勤務中なので、アルコールは飲めない。拓巳は仕事が終わったはずなのに、多希に気を遣ってか、彼もまたアルコールを頼まなかった。多希はそういう心遣いのできる拓巳を心底信頼していたが、本人にそのことを告げたことはまだ一度もない。
「それにしてもさ、昨日のあれはどういう意味?」
「昨日のあれ?」拓巳は多希に聞かれた意味が分からずに、同じ言葉を繰り返す。
多希は秀麗な眉を寄せて、「身の回りには気をつけろとか何とか・・・」昨日居酒屋で拓巳に言われた言葉を口にする。
昨日拓巳に『身の回りには気をつけろよ』と言われたのだったが、どういう意味か聞いてもうまくはぐらかされてしまった。それが気になっていたのだ。
多希の言葉を受けて、拓巳の頬がひくつく。明らかに動揺しているのが怪しくて、多希は見透かすような氷の微笑を彼に向ける。「拓巳、なんかあった?俺が身の回りに気をつけなきゃならないようなことが・・・」
「いや、だからさ。別にそういうんじゃないんだけどね・・・。う~ん、なんとなく気をつけたらいいんじゃないかなーって・・・」拓巳の眉は情けなく八の字に曲げられている。困ったときはいつだってこういう顔になることを、多希はよく知っている。
「お前、なんかした?」
「柴山さん、レントゲンお願いします~」
まさに拓巳に詰め寄ろうとした瞬間に、受付の女の子から声をかけられ、多希は一瞬でその表情を変える。
「はい。分かりました」にこやかな、職場モード。
「・・・拓巳、なんか隠してるのは明白だ。後でちゃんと話してもらうからな」鬼気迫る非職場モード。
その完璧な切り替えぶりに、知っているとはいえ拓巳は肩を竦めた。それ以上に、渡辺美緒のことを話さなければならないことを思い出し、ひとつ身震いをして足早にレントゲン室を去っていった。


「じゃあ、柴山さん。お先に失礼しますね」
「どうもお疲れ様です」
先に帰っていく同僚をにこやかにに見送りながら、夜間当番の多希は一人レントゲン室に残る。とは言っても、もう外来に人影はなく新たなレントゲンの依頼も今のところ入ってきてはいない。この分だと、昨日のような目にはあわなくて済むかもしれないと、多希は小さく息をついた。
時計を見る。もう18時を過ぎていた。いつもならば桃佳の部屋についている時間だ。
デスクの上の携帯電話をつかんで、白衣の胸ポケットに入れる。病院から渡されている、緊急連絡用の携帯電話だ。何かあれば、この電話が鳴る。今のところ自分の出番はなさそうなので、多希は一度家に帰ることにした。
レントゲン室を後にしようとしたとき、デスクの上の内線電話が鳴り、多希は思わず「ちっ」と舌打ちをする。この電話が鳴るということは、多希の出番と言うことだ。
「もしもし。レントゲン柴山です」それでも多希は穏やかに応対する。
「柴山さん!?」
仕事の電話のはずなのに、電話の向こうから聞こえた素っ頓狂な声に、多希は顔をしかめた。
「もしもし・・・?」
「あ、あ、あの。すいません。外科の渡辺です。あの、これからレントゲンをお願いしたいんですが・・・」
なぜか上ずった声に聞き覚えがあるものの、それは多希の記憶を上滑りするばかりで、少しも引っかからない。
「はい。ええと、こちらに来られますか?それともそちらでしますか?」
「あ、こちらの方にお願いします。病室は307号室、個室ですから」
「分かりました。すぐに行きます」
電話を切ってもう一度時計を見た。この前の桃佳の言葉が頭の中でリピートする。遅くなるかもしれないと、連絡した方がいいのかもしれない。けれど、仕事はすぐに終わる。それから帰ってもさほど遅くはならないだろう。
そんなことを考えながら、多希はいつもよりも早足で移動式のレントゲン機材を押して、エレベーターに乗り込んだ。


「レントゲンです。病室はどっちですか?」
重い機材を押しながら、ナースステーションに声をかける。
「案内します!!」
ナースステーションから飛び出してきた人影に、多希はうんざりとした表情を隠すのに一苦労だった。そして、あの上ずった声の電話の相手が美緒だったことに今更ながら気がつく。渡辺美緒は多希の前に立つと、「こっちです」と誘導し始めた。けれど、病室は誘導されるまでもないくらいに、ナースステーションのすぐそば。
「伝票です」
美緒から渡された伝票を確認する。「腹部、胸部ですね」慣れた手つきで機材を用意し、ノックしてから病室に入る。
「レントゲンです」
けれど答えるべき相手は人工呼吸器につながれ、返事のできる状態ではない。これでは一人で用意するのは難しい。ナースコールを押そうかと思ったところに美緒が声をかけてきた。
「すいません、柴山さん。体を動かすのを少し手伝っていただけますか?」
「分かりました」
美緒は慣れた手つきで多希が仕事をしやすいようにしてくれた。「手伝ってくれ」と言ったものの、美緒の動きは感心するほどで、多希は自分の仕事以外のことは殆どしないですんだほどだ。
美緒にあまりいい印象を持っていなかった多希だったが、目の前の美緒の仕事ぶりには感心せざるを得なかった。
「柴山さん、レントゲンの結果次第ではまた呼び出されるかもしれませんよ」
「仕方ありません」苦笑いを見せる美緒に、多希も苦笑いで答える。
初めて多希が自分に笑いかけてくれて、美緒の頬はうっすらと赤くなる。今すぐにでも自分の気持ちをきちんと伝えてしまいたい衝動に駆られたものの、患者の前ではそんなことはできるはずもない。美緒は見かけよりもずっとまじめな看護師だ。
「それでは、写真ができたらまた連絡しますから」
がらがらと重い機材を押して帰っていく多希の背中に、美緒は熱っぽい視線を送り続けた。

「取りに来ました」
そう言ってレントゲン室に訪れたのは、多希の予想通り美緒だった。
「どうぞ。見た感じそんなに問題なさそうですよ。さっき先生も来て見て行ったんで、心配ないと思います」
そう言ってレントゲンを手渡す。
美緒はレントゲンを受け取ってもその場を動かず、じっと多希の綺麗な顔を見上げている。余りにもあからさまなので、多希はそんな美緒に気づかないようにするのは一苦労だ。
「あの・・・僕、もう帰りますんで」
わざとらしく困ったような表情を作る。それでも美緒が動こうとしないので、小さく肩を竦めて強硬手段に出る。
「すいません。もうここ消灯して施錠しなければならないんです」
電気を消そうと入り口のスイッチのところに移動し、早く出て行くように無言の圧力をかけた。・・・つもりだったのに、そんなものは美緒には少しも効果がなかった。
「あの、柴山さん」すがるような目で美緒が多希を見ている。
「・・・あの、レントゲン、早く持っていかなくてもいいんですか?」
多希の言葉に、美緒が大きく首を振る。
「いいんです。先生がさっき病棟に来て大丈夫だって言ってたんで。それに私、夜勤じゃないから、急いで病棟に帰る必要もないんです」
多希は頭を抱えたい気分だった。多希が美緒に告げる前に、既に美緒はこのレントゲンに緊急性がないことを知っていた。しかも既に勤務を終えている。下手をしたら、簡単にはここを動いてくれないかもしれない。
「そうですか。じゃあ、僕はこれで帰りますんで」
「柴山さん!!」美緒はつやつやした唇を噛み締めている。「あの・・・。柴山さんは、私に興味ありませんか・・・?」
多希は心の中で大きなため息をつく。拓巳の言っていた『身の回りには気をつけろよ』の意味がこのことだったんだと言うことを、はっきりと理解した。この美緒の態度と拓巳とがどう関係しているのかは分からなかったが、関係していることは間違いなさそうだ。
さて、と多希は思う。どうやって美緒をやり過ごすべきか。
「あの、渡辺さん。興味と言っても、僕は渡辺さんの事殆ど知りませんから・・・」
その言葉に、美緒の目がきらりと光る。多希はその瞬間に、自分がかけるべき言葉の選択をミスしたことに気がついた。
「じゃ、じゃあ、私のこともっと知ってもらえませんか!?お友達からでいいんで、一緒にご飯食べに行ったり、ちょっと出かけたりしませんか!?」
噛みつかれそうだ・・・。
心の中で再びため息。
「お友達からって・・・。すいません、今僕、仕事が大事なんで、女の人とどうこうって考えてないんですよ」なるべくやんわりと、けれどはっきりと拒否の姿勢を示す。けれど、美緒はそんな言葉に納得などしていないようだ。
「お仕事の邪魔なんてしません!時間のある時でいいんです。考えてもらえませんか?」
ここはもっとはっきり言っておくべきなのかもしれない。職場モードの多希にはあまり似合わないかもしれないが、きつめの言葉を口にしようとして息を吸い込んだ瞬間に、どんと柔らかな物体が多希にぶつかりその体をぎゅうと抱いた。
「渡辺さん・・・」
美緒が多希の胸に顔をうずめて、ぎっちりとしがみついている。意図的なのかそうでないのかは分からなかったが、その大きな胸が多希にぐいぐいと押し付けられていた。
「私・・・、柴山さんが好きなんです!お願いです!!少しの間だけでもいいですから、私と付き合ってもらえませんか・・・!?」
そう言いながら、潤んだような瞳でじっと多希を見上げる。

これで落ちなかった奴は今までいない。

美緒の胸中には密かな確信があった。
潤んだ瞳で見上げながら、体を密着させる。それでだいたいの男は、同情でも何でも一度くらいは手を出してくる。そうすればもうこっちのもの。うまくいかなくても事実を言いふらして、逃げ場をなくしてしまえばいい。初めのきっかけは何であれ、少しずつこっちを向かせていけばいいんだ。

「渡辺さん・・・」多希の両手が肩に触れて、美緒は心の中で『ほらきた!!』とにんまりとする。
「柴山さん」
もう一度潤んだ瞳で多希を見上げたが、美緒の思惑ははずれ、その体はくるりと向きを変えられてレントゲン室の外に追いやられる。
「やだ!!柴山さん!!」
暴れる美緒の両肩を、多希がしっかりとつかみ、美緒の顔をじっと見つめる。その瞳に吸い込まれるように、美緒も動きを止めた。
「渡辺さん。自分のこと安売りしない方がいいですよ」
くらりと眩暈を起こしそうなほどの表情で微笑まれ、美緒は言葉もなくして立ち尽くす。
その間に、多希はさっさとレントゲン室の鍵を閉めてしまった。
「それじゃあ、早く写真持ち帰った方がいいですよ」
爽やかに言い放つと、美緒を残してさっさとその場を去ってしまった。
「・・・っあ。もう!!」
真っ赤な顔をした美緒は、一人レントゲン室の前で唇を噛み締めた。


「絶対、私のほうを向かせてやるんだから・・・!!」

闘志のこもった言葉を残して、美緒もその場から立ち去って行った。




←よろしければ拍手とコメントが送れます。
スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

 管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。