りんどう庵

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


26.見たことのない顔

2010.03.24  *Edit 

多希は時計を見て足を速めた。時間は19時半を回っている。
仕事ならばまだしも、突然現れた美緒に足止めを食らったことに多少なりとも苛立っていた。今日の一件で、あの美緒が簡単に諦めるとも思えない。そのことを考えると、頭が痛い。
今日は当番なので、いつ呼ばれてもいいように着替えをせずに桃佳の部屋に行くことにする。
いつものようにスペアキーで鍵を開けた。頭の中で桃佳の「遅くなるならどうして連絡のひとつもできないんです!?」とかなんとか怒っている姿が浮かぶ。それを考えると、多希は不思議と笑顔になった。
ガチャリとドアを開ける。その音に気がついて、桃佳が家の中から勢いよく飛び出してきた。
「あ、おかえりなさい!!」
明るい表情に明るい声。思ってもいない桃佳の反応に、多希は片方の眉をピクリと持ち上げる。
「・・・ただいま、モモ」
「入ってください。もうご飯できてますから」
くるりと方向を変えて部屋に入っていく桃佳の背中は、今にも歌いだしそうだ。
多希は靴を脱ぎながら、細い顎に手を当てて考える。どう見てもあの桃佳の上機嫌ぶりは明らかにおかしい。
「・・・モモ、随分と楽しそうだけど、そんなにいいことがあったの?」
その言葉に、桃佳はどきりと体を硬くする。
この週末駿と一緒に過ごして、桃佳は駿が自分にとってどれだけ大事な存在かということを再確認した。昨日の約束の通り、駿のバイトが始まるまでの短い時間、二人で楽しい時間を過ごしてきたのだ。駿と過ごした時間は、それだけで自分を強くしてくれるような気が、桃佳はしている。
「ええ。おかげ様で、週末はとっても楽しかったですよ」
振り向くと、多希の見透かすような薄茶の瞳とぶつかったが、桃佳はひるまずにそう言う。まるで駿と自分の間には入る隙などないということをアピールするかのように。
「ふうん。そう。それはよかったね」
多希は目を細めてそんな桃佳を見つめる。その顔は感情を押し殺したかのように、全くと言っていいほど何を考えているのか分からない。
更に桃佳は続ける。「私、分かったんです。私にとって駿ちゃんがすごく大事だって事。・・・だから、このゲームには負けるわけにはいきません」
わざと明るい声を出していたものの、少しだけ声が震えた。桃佳の言葉は確かに多希に向けられたものだったけれど、自分自身にも向けられた言葉だ。
挫けてしまわないように、折れてしまわないように。何よりも、自分に負けてしまわないように。
「ふうん。駿が大事ね。そうか・・・」
桃佳を見た多希の目が冷たく光ったような気がして、思わず桃佳は怯んでしまう。
「週末、二人で気持ちを確認し合ったってことか」ずい、と多希が桃佳の前に一歩踏み出す。桃佳は自分よりもずっと背の高い彼の圧迫感に、一歩後ずさった。
「それは本当によかった」もう一歩多希が前に踏み出す。同様に桃佳の足は一歩下がる。桃佳は背中に壁を感じた。
「ねえ、モモ?」どん、と多希が桃佳の両側に肘をついてその体を囲い込んだ。
「多希さ・・・」逆光になっているためか、ひどく暗く翳った表情に、桃佳の中で警報が鳴る。横には逃げられないので、しゃがみこもうとしたとき、見透かされたように桃佳の足の間に多希の足が割って入った。もうこれで逃げようがない。
桃佳は恐る恐る多希の顔を見上げる。やはりその顔には感情が読み取れない。
「それは俺に対する当て付けかな?私と駿ちゃんの間には、あなたの入る隙なんてないのよ、みたいな」
身動きの取れない桃佳の耳元に、唇がつきそうなくらいに接近して多希が囁く。
「だから諦めろ、とでも言いたい?」
囁きながら、その唇は桃佳の首筋をかすめる。
「やめ・・・!!」桃佳は真っ赤になってもがいたものの、横にも下にも逃げ場がなくて、結局は抵抗らしい抵抗もできない。
「そんなことで、俺が落ち込んだり諦めたりすると思う?」
多希の舌先が桃佳の首筋を伝う。
「このゲームを途中でやめたりすると思う?」
今度は柔らかな耳朶をそっとくわえ込む。背中に走るざわざわした感覚に、桃佳はもう立っているのもやっとだ。
「・・・!!もう!や、めて!!」
発光しそうなほど真っ赤になった顔で切れ切れに叫ぶ。すると、多希の唇は桃佳の耳元からすっと離れた。首元と耳の辺りを隠すように多希を見上げると、さっきとはうって変わってにっこりと微笑んでいる多希と目が合った。
「俺はそんなことで、このゲームを投げ出したりはしないよ。本当はそんなことモモだって気が付いているんでしょう?」そう言いながら、両サイドに付いていた腕と、割り入れていた足を離す。桃佳は思わずへなへなとその場に座り込んだ。
「それにね」多希の表情が怪しく光った。「モモのそんなに赤い顔を見る限り、俺にもチャンスはあると思うんだけど、どう?」
指摘されて、桃佳は自分の頬に触れる。熱でもあるかのように熱い。心臓も、耳元で鼓動しているかのように早鐘を打っているのが分かる。
「これは!!多希さんが変なことするからです!!」弱々しくも反論する。
「そっか」多希がしゃがみこんで彼女の柔らかな髪の毛を撫でた。「あの夜も、耳を攻めると弱かったね。モモは耳が弱いんだ。覚えておくよ」
その言葉に、桃佳の頬が限界まで赤くなる。そんな彼女の顔を見て満足そうに微笑むと、多希は立ち上がった。
「モモ。食事にしようか。お腹空いたな」
呑気にそんなことを言いながらテレビをつける多希を、恨めしそうに見つめて、桃佳は食事の支度を始めた。
本当は桃佳だって分かっていた。これくらいのことで多希が折れてしまうはずがないと。


「いただきます」
多希はいつも礼儀正しく、いただきますを欠かさない。
「うん。おいしいね」
そして、いつだって桃佳の料理を褒めることを忘れない。
食事のときだけは今まで、穏やかさを失くしたことはない。食事をしているときの多希だけは、桃佳にとっても嫌な存在ではなかった。むしろ、自分の作ったものを美味しそうに食べてくれる人間が目の前にいるという事は、彼女も何となく嬉しかった。
ふと、多希が思い出したように眼鏡を外すとテーブルの上に置いた。
「多希さんて目が悪いんですか?」
「ああ、これ?伊達眼鏡だよ」多希が面白そうに、眼鏡をぷらぷらさせる。
「伊達?どうしてまた・・・」
「顔を隠した方が仕事がしやすいんだよ」事も無げに多希は言ったが、それは暗に秀麗な自分の容貌を隠すため、と言っているようなものだ。多希以外の人間が言ったら、まるで冗談のように聞こえるが、彼がそう言うと妙に説得力があるな、と桃佳は思った。
「確かに、その綺麗な顔だったらはっきり顔見せちゃうと、なんだかドラマの撮影みたいで、現実味が薄れるかもしれませんね」
想像するとおかしかった。綺麗な顔と尊大な態度で女たちを落としていく白衣の多希。そんな想像が桃佳の中で膨らみ、思わずぷっと吹き出してしまう。
「あんまり綺麗な顔だと、苦労しますね」
「・・・余計なお世話」
綺麗な顔だと連呼されたせいか、多希は少しだけ横を向いて目を逸らしている。
そんな多希を見て、桃佳はまたぷっと吹き出した。
「なに笑ってんだよ」わざとらしく怒った顔は明らかに照れている。
「何でもないですよ」小さく笑いながら、桃佳はご飯を口に運ぶ。「ほら、多希さんも早く食べちゃってくださいね」
促されて、口の中で何かぶつぶつと言いながらも、多希は夕食を平らげた。今日もきれいに完食している。桃佳もまた、自分の分をきれいに平らげた。
「ごちそうさま」
そして多希はいつものように、ご馳走様を欠かさなかった。



いつものように多希が洗い物をしてくれ、桃佳は勉強をする。
桃佳が勉強をしている限り、多希は桃佳の邪魔をしない。一人で部屋から持ってきたビールなんかを飲んでいた。今日は勤務中だから、ビールの代わりに缶コーヒーが握られている。
こうしていると桃佳は、これがゲームだということを忘れてしまいそうになる。
多希と何も知らずに体を重ねてしまったこととか、恥ずかしい写真をネタにゲームを始めたこととか、そんなことを全て。
勉強をしている手を止めて、一人で缶コーヒーを飲んでいる多希を盗み見る。
駿の家で再会したときのような恐怖感は、もう感じない。それはどうしてだろうと、ぼんやりと思いを巡らした。そしてひとつの結論にたどり着く。
そう。初めて体を重ねたあの夜。夢の中だと思っていたあのときのセックスは、決して無理やりではなかったし、怖くはなかった。・・・むしろ優しいものだった。
これが無理やりにでも奪われていたならば、多希に対して恐怖感しか抱けなかったかもしれない。
しかし、多希は優しかったのだ。
初めこそ、写真のこととか、隣に引っ越してきたこととか、なにをされるんだろうどうなるんだろうという恐怖感を抱かずにいられなかった。けれど出会ったときの記憶に恐怖感がないため、徐々にその思いが消えていくのを桃佳は感じていた。
ぼんやりと多希を眺めている自分に気が付いて、はっとして桃佳は気を取り直す。
何となく情が湧きつつある自分を認識して、それではいけないと戒めた。
どれだけ初めが優しくても、この人は駿の兄で、駿を苦しめたくてこのゲームを始めたんだと。
桃佳を気に入ったと言い、駿から奪おうとしていることも。

「どうしたの?終わったの?」

桃佳の視線に気が付いて、多希が優しい笑顔を向けてくる。
「え?・・・あ、はい。終わりました」
「お疲れ様。はい」多希が桃佳に缶を差し出す。ビールが苦手な桃佳のために、甘そうなカクテルを。「モモのために、甘そうなの買っておいたんだ。一本くらい付き合ってくれるでしょ?」
本当はこれまでのことを思うとアルコールを摂取することに抵抗感を感じたものの、多希が甘そうなカクテルばかりを選んで買っている姿を思い浮かべると、何だか断れなくなってしまう。
「ありがとうございます。いただきます」
ついそう言って、受け取ってしまうのだった。

聞きなれない携帯の着信音が聞こえて、桃佳は辺りを見渡す。
多希が後ろのポケットから、見慣れない携帯電話を取り出した。
「もしもし、レントゲン柴山です」電話を取った瞬間に、多希の表情が仕事モードに切り替わる。それは勿論、桃佳が初めて見る彼の表情。
「はい。・・・はい。分かりました。そうですね、5分くらいで行きます。・・・はい。では」
仕事の依頼に、多希はふうと息をついて、携帯をポケットの中にねじ込む。ふと視線を感じて桃佳を見ると、あんぐりと口を開けて多希を見つめていた。その顔に、思わず苦笑する。
「どうしたの?モモ。すごくブサイクな顔してるけど?」
はっとしてから、桃佳はぶうと膨れて見せる。「・・・だって、多希さん電話に出た途端に、見たこともないような表情になるんだもん。二重人格ですか?」
「二重人格ね・・・」多希が肩を揺らして笑う。「使い分けるでしょ?普通。その場その場で」
「・・・そうですか?」
「そうだよ。モモだって、駿から聞いてたのと全然違うし。じゃ、俺ちょっと仕事してくるから。先に寝てていいからね」
急ぎの電話だったようで、多希は笑顔を見せつつも、少しだけ慌てた様子で桃佳の部屋を後にした。
ぽつんとひとり残された部屋で、桃佳は多希の言葉を繰り返す。
「私も違う・・・?そうなのかな」
ひとりになった部屋で、桃佳は何となく膝を抱えた。


日付が変わっても、多希は桃佳の部屋に帰ってこなかった。
別に待っていたつもりはなかったものの、何となく気にかかって布団に入れずにいたが、日付が変わったことをきっかけに桃佳は布団に滑り込んだ。
多希からもらった甘いカクテルが睡眠薬の役割を果たして、桃佳はすんなりと眠りに落ちていく。
だから、鍵の開いた音も、部屋に誰かが入ってきた音にも気が付かなかった。


「モモ、寝てる」
時計はもう深夜の1時近い。呼び出しの電話は緊急の放射線透視下での心臓カテーテルで、思った以上に時間がかかってしまった。後片付けやら何やらしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまった。
自分の部屋に帰ろうかとも思いながら、つい桃佳の部屋の鍵を開けてしまった。
驚いたことに、桃佳の部屋は煌々と明かりがついていた。まるで多希が帰ってきたときに困らないようにするかのように。
部屋に明かりがついているおかげで、桃佳の寝顔がはっきり見える。桃佳としては、一応明かりをつけておいたものの、自分の寝顔がまじまじと見られるなんて想像もしていなかった。じっくりと見られていることを知ったら、顔を真っ赤にして怒り出すかもしれない。
そんなことはお構いなしに、多希はその寝顔をじっと見つめる。枕からこぼれた髪を撫で、指先で頬をなぞる。
長い睫がピクリと震え、ぼんやりと瞳が半分開かれる。
その瞳は、夢でも見ているかのように焦点が合っていない。
「・・・お、かえりな・・・さい・・・」
にこりとその表情を緩めた後、すぐに桃佳は夢の中に落ちていった。
寝ぼけていたのかもしれない。
覚えていないかもしれない。
もしかしたら、多希に向けられた言葉ですらないのかもしれない。
けれど多希は、微笑む。「・・・ただいま、モモ」
もしかしたらその顔もまた、桃佳のまだ見たことがない顔かもしれなかった。




←よろしければ拍手とコメントが送れます。

スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

 管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。