りんどう庵

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りんどう庵

モトカレ!!(お試し版)


三年目の再会 2

2012.02.10  *Edit 

 彼はパンフレットの座席票を確認すると、意地悪そうに唇の端っこを片方だけ持ち上げるようにして笑った。その目に映るのは、『谷村芽衣』の名前。
 ちょうど会場の端と端、しかも背中合わせの位置にいるはずの『谷村芽衣』をそっと振り返る。
 人ごみにまぎれて、良く知ったその背中が見え隠れしている。ちらりちらりと見えるその横顔は、三年前と同じようでいて、やはり三年前とは別の雰囲気を纏っていた。

 きっと今日、彼女はこの場にくると確信していた。
 今日の結婚式の主役は、彼女にとってもかなり仲のいい友人とだということを、彼――――橘櫂理は良く知っていたから。だから、必ず彼女は今日の式に参加すると踏んでいたのだ。だから、本当は忙しかったスケジュールをどうにかやりくりして、自分も今日この式に参加することにしたのだ。

「芽衣……」

 眼鏡の奥で櫂理は目を細める。
 三年前、突然に自分の前から姿を消した『元カノ』。まるで最初からいなかったかのように、鮮やかに櫂理の前から姿を消した芽衣。
 芽衣が姿を消した理由が自分にあることくらい、分かっていた。あれはただの遊びだったのだと言い訳しようにも、すぐに携帯は替えられ、部屋に帰っている形跡もなく、数日後にはその部屋さえももぬけの空になっていた。
 気が付けば、芽衣が社会人だということは知っていても、どこでどんな仕事をしているのかも櫂理は知らなかったのだ。勿論、その逆も然りで、芽衣も櫂理がどんな大学に通っているのかも知らなかったに違いない。
 お互いの体の特徴だとか、感じる場所だとかは良く知っていても、お互いのバックグラウンドなど知ろうともしなかったのかもしれない。――――いや、事実そうだったのだ。

 そうして芽衣が消えて三年。
 彼女を忘れられなかったわけではない。正直、忘れていた。結婚式の招待状を受け取るまで。けれど、この式でもしかしたら芽衣に会えるかもしれないと思った時、櫂理は忙しい仕事を驚異の集中力でこなし、今日の時間を確保したのだ。

 まあ、ただの興味だけどね。

 櫂理は自分の中でそう呟いて、鼻先でふんと笑った。
 自分の前から鮮やかに消えた女が、一体どんなふうに変わっているのか。それを知りたいという、ただの興味。そう、ただの興味。

 声をかけて、にっこり笑ってやったら、あいつはどんな顔をするんだろう?

 そんな意地の悪いことを考えながら、三年前のままで記憶の止まった彼女の容姿を思い出す。
 どちらかというと…… というよりも間違いなく年齢不相応なほどのベビーフェイス。くりっとした瞳に、ぽってりとした小さな唇。愛らしい表情。そして、そのベビーフェイスに似合わないほどの豊満な胸……細い腰にきゅっと上がった双丘。
 ベビーフェイスとその下にくっついている肉体のアンバランスさは、かえって妙にエロチックな気分にさせられるのだ。
 そして、忘れもしない。その体の感触。
 柔らかくて、弾力があって、包まれた時の高揚感は後にも先にもあれほどの女はいなかったと断言できるほど。三年経った今でも、生々しくよみがえる感触。

 ずきりと自分の意志とは別物の体の一部疼くような気がして、櫂理は再びそっと彼女を振り返る。人ごみに紛れた懐かしくも見慣れない横顔の芽衣が、隣に座った女性と楽しげに会話をしているのが遠くに見える。
 少しも自分の方を振り向く気配もない芽衣に、櫂理は内心苛ついていた。
 もしかして、この会場に自分がいることにさえも芽衣が気が付いていないのだろうか、とそう思うと、イライラとした気持ちはどんどん温度を上げていく。

 披露宴の時間も迫り、動き回っていた招待客たちも徐々に席につき始める。席につく人が多くなれば、自然、見え隠れ程度だった芽衣の後姿も遮られることがなくなり、よりはっきりと櫂理の目の映るようになった。
 けれど、一瞬も振り返ることのないその小さな背中。
 完全に無視されているというよりも、全く気が付かれてさえいないと思うと、櫂理のなかで温度を上げていた苛つきはとうとう沸点を越えてしまった。

 自分の前から姿を消した『元カノ』が、自分を見つけてうろたえる姿が見たかったのに。
 そしてうろたえる彼女に、余裕な表情で笑顔を返してやるつもりだったのに……

 櫂理はぎりっと奥歯を噛み締める。
 翻弄されるのは、芽衣であって自分であってはならないのに。存在にさえ気が付いてもらえてないなんて、櫂理には認められない。そんなことがあっていいはずがない。
 どう考えても間違った方向に、櫂理のプライドが動き始めた。
 だったら……
 ふと浮かんだ考えに、櫂理は再び口元を月形に持ち上げる。氷のような秀麗な微笑みがひらめいた。
 だったら……無理やりにでもその視界に俺の姿を映してやろうじゃないか。

 正しい解答を得たかのように、櫂理は満足気な表情を浮かべて立ち上がった。



 すうっと会場の照明が一段階落とされ、芽衣の周囲もぼんやりと薄暗くなる。
 司会者にスポットが当てられ、披露宴の開始を滑らかな美声で告げている。

 ……絹ちゃん、まだ帰って来ないのかな。

 芽衣はパンフレットをしまって居住まいを正すと、ぽっかり空いたままの隣の席に目をやった。
 どれだけ混んでいるのか、それとも本格的に化粧でも直しているのか、化粧室に立った絹はなかなか帰って来ない。
 絹と他愛もないことを話していれば、ずっと気になって仕方のない背後を忘れられるというのに。振り返ればきっとそこにいるはずの櫂理の気配を忘れていられるというのに。
 それなのに、こうしてひとりきりで話し相手がいなくなてしまった途端に、振り返りたくてたまらない気持になってしまう。しかも、今会場は薄暗くなってしまっている。

 今なら暗いし、振り返って見ても、気付かれないかもしれない。

 そんなことを思いながら、芽衣はもじもじとスカートの裾を握りしめる。けれど、今更櫂理の姿を窺ってどうするつもりなのだという現実的な思いが、芽衣に振り返らせる勇気を与えなかった。

「谷村芽衣……さん?」

 そんな時に、忘れもしない声が自分に掛けられたものだから、芽衣はその声が幻聴ではないかと錯覚してしまった。
 あまりにも自分が櫂理のことに囚われているせいで、彼の声が自分の事を呼ぶ幻聴を聞いたのだと。だから咄嗟に振り返ることができなかった。
 けれど、芽衣が幻聴だと思った櫂理にそっくりな声は、再び芽衣の名前を呼んだのだ。

「谷村、芽衣さん」

 ざああああっと、芽衣は全身の血の気が引いていく音を聞いたような気がした。今聞こえた声は、幻聴では、ない。

 だとしたら?
 ほ、本物!?

 一瞬で思考は恐慌状態に陥った。
 声をかけられた以上、振り向かないわけにはいかない。
 ぎ、ぎ、ぎ、と油切れのロボットのように硬い動きでゆっくりと振り返る。そして、それと同時にゆっくりと動いた視界入ってきたのは、紛れもなく橘櫂理の姿だった。
 どうして彼が自分の目の前にいて、自分の名前を呼んでいるのか、芽衣の脳細胞は答えを出せずに右往左往している。右往左往した揚句、芽衣の脳細胞はストライキに入ったように思考を停止させた。
 そして芽衣の口から出た言葉は……

「あ、あの…… どちら様、でしたっけ?」

 混乱し切った思考は、目の前の櫂理を忘れたふりをすることで、この状況を回避しようと浅はかな選択をしたようだった。恐慌状態に陥った脳細胞の出す答えなんて、この程度のものだ。

 芽衣の言葉を受けて、櫂理は初め意味が分からないかのように少し目を見開いて、それからぎゅっと眉根を寄せた。
 その厳しい瞳に射抜かれ、芽衣の心臓は飛び跳ねる。

『それでは新郎新婦の入場でございます。皆様、どうぞ盛大な拍手で幸せなお二人を迎えてください!!』

 司会者のその言葉と共に、会場の照明が完全に落とされる。
 それと同時に入口にスポットライトが当てられ、新郎新婦の入場と共にわっと歓声が沸く。芽衣がそんな光景に目を奪われた時だった。

「……んっ!!」

 ぐいと顎が持ち上げられ、何が起こっているのかも理解しきれないうちに、唇に柔らかいものが触れた。――――櫂理の唇が。
 逃れようとしても、顎だけでなく後頭部にも手を添えられていて、逃げることもできない。
 ぎゅっと押し付けられていた唇。真一文字に引き結んでいた唇を、櫂理の舌がなぞるように撫でまわす。

「……や、やめ」

 声を出した瞬間、今度は口腔内に舌の侵入を許してしまう。執拗に芽衣の舌先を追い回し、絡みつくように舐め上げ吸い上げる櫂理の舌に、芽衣は思わず「はあ」と艶っぽい吐息をもらした。
 会場は暗く、しかも誰もが新郎新婦に目を奪われていて、今芽衣と櫂理が何をしているのかなんて、見ている者はいないだろう。
 それをいいことに、櫂理の手が薄いパーティードレスの上から芽衣の胸をそっと撫でつけた。

「んんッ!!」

 芽衣は咄嗟に力いっぱい櫂理の胸を突き飛ばしていた。

『幸せなお二人に、盛大な拍手をお願いします』

 完全に落とされていた照明が元に戻り、誰もが高砂に並んでいる、新郎と新婦に拍手を送っている。
 そんな中で、芽衣と櫂理の二人だけは、お互いを見ていた。
 呆然と櫂理を見つめる芽衣とは対照的に、櫂理はにやりと笑うと、自分の唇についた彼女の口紅を親指で乱暴に拭って見せた。そしてその指を、べろりと舐め上げる。

「……思いだしてもらえました? 谷村芽衣さん?」

 そういうと、くるりと背中を向けて去って行く。
 櫂理が去ってしまった後も、芽衣は彼のいた場所を呆然と見つめ続けた。何が起こったのか、理解できない。
 いや、何をされたのかは分かっている。

 で、で、でも、なんでーーーーーー!!?

 芽衣はもう始まったばかりの披露宴を、楽しむことはできなさそうだ。
 友人のスピーチなどで盛り上がる会場を尻目に、芽衣は行儀が悪いと思いつつもぐったりとテーブルに突っ伏すことしかできなかった。




「……
 あらあら。人がちょっと目を離した隙に、どうしようもないバカが、芽衣においたしたみたいねえ。アタシの芽衣に手を出すなんて、許せないわ」

 入口付近の壁に背を預け、胸の辺りできつく腕を組んだ絹が、憎々しげな視線を櫂理に向かって送っていたなんて、芽衣は知る由もなかった。
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