りんどう庵

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

りんどう庵

モトカレ!!(お試し版)


番外編:チョコレートより甘い 1

2012.02.12  *Edit 

「橘先生!! ……あ、あの、これ。受け取ってください!!」

 校内の人気の少ない場所で、こんなふうに呼び止められるのはもう何度目だろうか。
 振り返れば、声をかけてきたどの女生徒も必死な顔で櫂理を見上げてきた。
 ……そして、その手には言うまでもなく、綺麗にラッピングされたチョコレート。
 そう、今日は一年で一番お菓子屋がホクホクするに違いない、バレンタインデー。

 ん? お菓子屋が一番ホクホクするのはクリスマスか? それともハロウィン? ――――まあ、どっちでもいいか。

 そんなどうでもいい思考を振り払うように、櫂理が眼鏡を中指でついと押し上げると、チョコレートを両手で差し出している女生徒が、泣き出しそうな顔でびくっと震えた。
 受け取ってもらえない、そんなふうに思っているのだろうか。今にも潤みそうな目。

「あー……えーと。……ありがとう」
「!! い、いえ!! ど、どうぞ!!」

 右手を伸ばすと、女生徒は慌てたように、でも微かに頬を染め、嬉しそうに櫂理にチョコレート(と思われる綺麗な箱)を押し付けると、笑顔を残して走り去って行った。
 櫂理は手の中の綺麗な箱を見つめ、小さくため息をついた。
 教師としては、女生徒からのプレゼントなど、気安く受け取ってはいけないのかもしれない。そう思うものの、あんなに必死な顔をされては、受け取らないわけにもいかない。
 以前の自分ならば、きっと相手がどれだけ必死な顔をしていようと、それどころか目の前で泣きだされようが、受け取らなかったような気がする。
 いや、きっと受け取らなかっただろう。
 けれど櫂理は受け取ってしまった。
 それは芽衣との生活の中で、自分以外の誰かの気持ちを考えられるようになったからに違いない。
 誰かを想ったり、想われたり、大事にしたり大事にされたり。そんな当たり前のことを深く知ったからこそ、櫂理には女生徒の気持ちを無下にすることはできなかったのだ。

 ――――俺もまあ、随分と変わったもんだな。あいつに感化され過ぎだ。

 そんなことを思いながらも、櫂理はついふっと微笑んでいた。そんな自分が嫌いではなかったから。

「あーっ!! 先生、またチョコレートもらったのね!! この浮気者!! お姉様に言いつけてやるんだから!!」

 背後から掛けられた声に、櫂理は浮かんだ笑みを引っ込め、振り返る。
 確認するまでもない、芽衣の事を「お姉様」だなんて呼ぶ奴はたった一人だ。絹よりもある意味で厄介なお邪魔虫。

「秋月さん、見てたんですか」
「えーえ、見てたわよ。ばっちり。しかも今だけじゃないわよー。朝から先生が何度もチョコレートもらうの、樹奈ずっと見てたりして」
「……校内でストーカーはよしてください」
「別に先生のストーカーがしたいわけじゃないわよ。お姉様のために先生の動向をチェックしてただけだもん。チョコレートを受け取った勢いで、先生が生徒に手を出さないとも限らないじゃない!!」
「……」

 腰に手を当て、疑わしい視線を投げてくる樹奈に、櫂理は項垂れて大きな大きなため息をついた。
 一体どんなふうに認識されているのやら。
 チョコレートを受け取った勢いで生徒に手を出すほど、櫂理は節操がないつもりはない。と、いうか、一時の快楽のために、職を失いかけないリスクを冒すほどバカでもない。
 ――――それよりも、芽衣以外、いらない。
 でもそんな事を樹奈に告げるつもりはない。

「……さて、秋月さん、問題です。あなたの大好きなお姉様は、女生徒が差し出したチョコレートを無下に拒否するのと、快く受け取るの、どっちを怒ると思いますか?」
「うっ、そ、そうねえ。お姉様は優しいから、もしも先生が受け取らなかったら、『どうして受け取ってあげなかったの!?』とかって、怒ると……思う」
「でしょう?」
「ま、まあ、そうね」

 ぐっと樹奈が言葉に詰まるのを見て、櫂理はつい口の端を持ち上げる。
 最近やっと、このお嬢様のやり過ごし方が分かってきた。そう、芽衣を引き合いに出すのだ。『芽衣のため』という口実があれば、樹奈は引き下がる。
 だからと言って、今の言葉が樹奈を黙らせるためだけの嘘というわけではない。もちろん、一番の理由でもないけれど……

「そういうことですから、せっかくの気持ちを受け取ることにしたんです。芽衣も怒りませんよ」

 そう言って樹奈に背中を向けて人気のない廊下を歩きだす。
 これで樹奈との問答は終わりにするつもりだったのに、樹奈は櫂理の後ろをてくてくとついてくる。

「でもね、先生」
「何ですか?」
 櫂理は振り返らずに答える。
「やっぱり、他の子からもらったチョコレートを持って帰るのはどうかと思うのよ」
「でも学校に置いておくわけにもいきませんからね」
「それは分かるけど、でもお姉様だって、女生徒からもらったチョコレート持って帰ってこられたら、それはそれで心中穏やかじゃないと樹奈は思うのよ」
 樹奈の言葉に、櫂理はぴた、と足を止め、眉を寄せる。
「……そんなものでしょうか?」

 正直、そこらへんの女性の心理はよく分からない。
 芽衣ならばあまり気にしないような気もするのだけれど、同性の樹奈が「心中穏やかじゃない」というのであれば、そうなのかもしれない。
 できる事なら、芽衣には変な心配はさせたくなかった。
 勝手に変な解釈をして、勝手に妄想を膨らませる芽衣の事。本気で樹奈の言うように、女子高生に手を出したとか思いかねない。そう、河本とかいうあの男が来たとき、絹ともナニゴトかあったのだと、あっさり信じた前科がある。

「心中穏やかじゃない……ですか?」
 思わず振り返ると、樹奈がこっくりと頷いた。
「ええ。多分。だって、きっとお姉様もチョコレート用意しているに違いないわ。それもきっと手作りよ。……でも、お姉様の腕じゃあ作れるものもたかが知れて……あっ、今のは聞かなかった事にして!!」
 ついポロリと口から洩れた本音に、樹奈は大慌てで顔の前で両手を振る。
 そんな事をしても、口から出た言葉は消えない。
 けれど、櫂理はそんな樹奈の言葉に、顎に手を置いて考え込んだ。
 確かに樹奈の言う通りかもしれない。
 一緒に芽衣と料理をした事のある樹奈は、芽衣が絶望的なほどに不器用なのをよく知っている。樹奈が言ったようにもしも手作りのチョコレートを用意していてくれていたとして、その出来栄えにはあまり期待はできない。
 いや、期待してはいけない。
 そんなところに、生徒からもらってきた出来栄えのいい(と思われる、というか、きっと芽衣よりはましな)チョコレートを持って帰ったりしたら……

「さすがに落ち込むか」
 これまたポロリとこぼれてしまった言葉に、樹奈は激しく同意した。
「そう!! 先生ったら、樹奈の考えていた事が分かったのね。そうよ、樹奈としてはそこを心配してるんだってば!!」
「なるほど……」

 たまにはお嬢様の言うことも役に立つのだと思った櫂理だった。

「ご忠告、ありがとうございます。大丈夫ですよ、秋月さんの大事なお姉様を落ち込ませるつもりはありませんから」
 まわれ右し、樹奈にひらりと手を振って再び歩き出す。
「あ、先生」
 その背中にまたしても樹奈の声がぶつかった。まだ何かあるのかと、少々面倒くさい顔で振り向くと、樹奈はにんまりと笑っている。
「あのね、樹奈、さすがに今日はお邪魔しないわね。樹奈だってそこまで空気が読めない子じゃないもの。ハッピーバレンタイン、櫂理センセ」
 にやにやにやにや……
 一体何を想像しているのか、とても聞く気にはなれない。
 確かに絹よりもお邪魔虫度は高い樹奈だけれど、別に櫂理と芽衣の仲を邪魔しようとしない辺りだけはありがたかったりする。
「……あー……、ありがとうございます」
 一応そうお礼を言って、足早に立ち去った。
 樹奈にそんな事を言われるまでもなく、邪魔されてやるつもりなんてこれっぽっちもなかったけれど。

 化学実験室に到着するまで、櫂理が受け取ったチョコレートはもう一つ増えてしまった。
 白衣のポケットからもらったチョコレートの小箱を、二個机の上に置く。もうそこには既に四個のチョコレートが置いてあった。
 朝からトータルでもらった数は六個。
 教師、橘櫂理は実は密かに女生徒に人気がある。
 けれど櫂理の近くには常に樹奈の存在があり、他の女生徒は有力理事の孫娘である樹奈のお気に入りに迂闊には声をかけられずにいたのだ。
 だから、樹奈の存在がなければ櫂理はきっと両手に抱えきれないくらいのチョコレートをもらっていたのに違いない。本人の知らないこととはいえ、実は櫂理は樹奈に感謝しなければいけない立場だったりする。

「さて、これはどうしましょうね……」

 ぎしっと音を立てて椅子に腰かけ、櫂理は困ったように机の上の小箱を見つめる。
 必死に、泣きそうな顔で自分にチョコレートを差し出してきた女生徒たちの顔を思うと、さすがの櫂理も捨てることもできない。
 他の教師に分けることも考えたが、働きやすい環境を守るためには、自分がチョコレートをもらったことは隠しておいた方が賢明。一歩間違えば、やっかまれるに違いない。
 でも、持って帰れば芽衣がどう思うやら……

「はあ、ってことは……この手しかないか」

 小さく呟いて、櫂理はガサガサともらった小箱のラッピングをとっていく。
 全てラッピングをとり、目の前に並べる。
 手作りと思われるもの、四個。既製のチョコを綺麗に包み直しているもの、二個。どっちにしてもとても綺麗な出来栄えで、見る前から芽衣のチョコよりもできがいい事間違いない。

 ――――それでも、まあ、いいんだけどね。見かけなんてどうでも。

 そんな事を考えて、つい笑みがこぼれてしまう自分がちょっとだけ照れくさくて、櫂理の耳は可愛らしくも赤くなった。
 そして、おもむろにもらったチョコのひとつを口の中に放り込む。
 そう、持って帰れない。しかも他の人にあげられないのなら、食べるしかないのだ。一旦ここに隠すことも考えたものの、そんな事をして何かの拍子に見つかってもやはり印象が悪いし。だからここは、全て食べてしまうのがいいという、櫂理なりの最善の策。
 ……だったものの。

「………………あ、あまい」

 うぷ、と思わず口元を手のひらで覆う。
 チョコレートが喉元まで迫ってきている気がして、思わず眩暈。
 なんとかもらったチョコレートは全て平らげた。箱とラッピングは申し訳ないと思いつつ、紙袋に入れてゴミ箱へ。さすがにそこまで気を使ってはいられなかった。
 櫂理としては、全部チョコレートを平らげた事実だけで、全力で自分を誉めてやりたい気分なのだから。

「何やってんだか、俺は……」

 思わず呟く。
 そこまで誰かの事を思いやる必要があるだろうか?
 全部捨ててしまってもよかったのかもしれない、と。
 けれど、もう櫂理は知っているから。誰かを想う気持ちも、その切なさも。だから、以前のように非情になんてもうなりきれなくて。

「……ったく、俺もチョコレート並みに甘くなったもんだ」

 それでも櫂理は、チョコレートが喉元まで迫ってきて眩暈を起こしても、胸やけを起こしていても、そんな自分が意外と好きだったりする。
 ――――そう、芽衣が好きだと言ってくれる自分の事が。
 そんな事を想いながら、櫂理はバイクを押して校門へ向かった。
 帰るべき場所へ向かって。

スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

 管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。