りんどう庵

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りんどう庵

お菓子の時間


さくさくほろり。

2012.04.12  *Edit 

 無塩バターを室温に戻して、砂糖と小麦粉を振るう。それから、柔らかくなったバターを泡だて器で潰しながら砂糖を加える。バニラエッセンスも加えて、白っぽくなるまで混ぜ続ける……

 クッキーの作り方。分量も全部頭の中に入っている。もう何度も何度も繰り返した行程。
 先輩のためだけに、先輩のことを思いながらクッキーを作る作業は、いつだって楽しくて楽しくて。
 憧れていたその隣が自分だけの特等席になったこと、初めて手をつないだあったかさ、指先はちょっと冷たいこと、実は睫毛がすごく長いこと……
 そんなことを考えていると、クッキー生地を冷蔵庫で寝かせる時間さえもあっという間で。二人の関係だって、こうやってじっくり寝かせることが大事なんだよね。とか何とか、そんなことを考えては赤くなったりした。



「美味しいよ!!」

 驚いたように、そしてどこか感心したように、私の手作りのクッキーを食べる先輩。私は天にも昇るような気持だった。
 美味しくないはずはない。だって、先輩に渡すためにひたすら練習に練習を重ねたんだもの。このクッキーは十一回目の正直。
 焼きあがったそのクッキーの色は芸術的で……香りだって、努力の甲斐もあってか、それとも愛情の成せる業か、香ばしくて甘くって。自分で言うのもなんだけど、焼きあがりの香りときたら、すぐにでも口に放り込みたくなるくらいのものだった。
 ひとつだけ味見にと摘んだ、比較的焦げ目の濃いクッキーは、それでもさくさくして、ほろほろと口の中でほどけていった。本気でこれでお店を出せるって思ったくらい。
 だからこの先輩の反応は当然。
 でも、そうは思っていても、自分で自画自賛しているのと、本当に「美味しい」と言ってほしい人にそう言われるのとでは、天と地ほどの差もあって。そして、たった一言で人は空も飛べるんだと知る。

「ほ、本当ですか?」
「うん、美味しいよ。こういうの作るようには見えなかったから、すごく驚いた」

 そう言って笑う先輩の顔は、今でも心にしっかりと焼き付いている。消そうと思ったって消えないくらいに、しっかりと……
 あの時は本気で思ったんだ。

 先輩がお爺ちゃんになっても、私がクッキーを作ってあげる。

 って。
 なんて幼稚でなんて純粋なんだろうね。そんなことを思っていると、悲しくなってきた。

 しっかりと白くなるまでかき混ぜたバターと砂糖のペーストに、卵を少しずつ混ぜて再び混ぜる。小麦粉を加える前に、冷蔵庫で冷やすの。ここがポイント。ほんの少しの時間でいいんだけれど、冷やすことで生地が扱いやすくなる。
 そう。焦りは禁物で。
 ……焦ってはいけなかったの。




「あの人、誰なんですか!?」

 頭に血が上って、自分が何を言っているのかもよくわからない。
 ただ、先輩と仲よさそうに笑っていた、綺麗な女の人が瞼の裏に焼きついていて…… 悔しかった。だって、どう見ても先輩が一緒にいた女の人に比べて、自分は見劣りしてしまうから。あの人の方が先輩と一緒にいても絵になる。
 そう思えば尚更に悔しさと、悲しみ、それに卑屈な感情に支配されてしまう心。

「誰って……誰でもないよ。クラスメイトだけど」

 驚いた顔の先輩。ただ驚いていただけなのかもしれないのに、私にはバツの悪い顔に見えてしまったんだ。
 こういうのを疑心暗鬼って言うんだ。その時は気が付かなかったけれど。だって、頭に血が上って、冷静さなんて一欠けらもなかった。

「うそ……っ!! だって、先輩私の前じゃ、あんなふうに笑わない……!!」
「なに、言ってんの?」
「私がガキだから、だから、対等に扱ってくれないんですか!?」

 対等に扱われていないだなんて、本気で思ったことなんて……本当はなくて。ただ、悔しかった。絵になる二人、ガキんちょで絵にもならない私。
 大げさかもしれないけれど、高校生の二学年差は結構大きい。卑屈になるには十二分なほど。

「あの人の方が先輩は一緒にいて楽しいんでしょう!?」
「は? お前……本気でそういうこと言ってんなら、相当バカだな」

 訳のわからない暴言を吹っかけたのは自分の方なのに、先輩にバカだと言われて私は声を上げて崩れ落ちてしまった。
 涙は女の武器……その言葉、知らないわけじゃない。でもその時初めて本当の意味を知ったんだ。
 泣き崩れる私と、困ったように立ち尽くす先輩。見ている人が、誰を悪者と判断するのかは……今ならすぐにでもわかるのに。



 きっかり二分。冷蔵庫で休憩させたペーストを取り出し、今度はふるった小麦粉を入れてさっくりと混ぜる。あくまでさっくり。
 そして纏まった生地にラップをかけて、冷蔵庫で休ませる。今度はゆっくり一時間程度。
 生地を冷蔵庫に入れ、私は使っていた泡だて器やら、ボールなんかを洗い出す。結構べたつくので洗いずらい。でもこの時間を無駄にする手もない。もう何度も作っているお陰で、こんなふうに時間の使い方も上手くなった。
 最初のうちは、焼き上げてから、ガチャガチャに散らかしたキッチンを片づけたものだったのに…… 人は学習するもの。
 でも、学習するには時間だって必要なんだ。こうやって、きちんと考える時間が。



「先輩……あの」

 勇気を振り絞って声をかけたのに、先輩はついと目を反らせて私の横を通り過ぎて行った。
 私が大泣きしたあの一件以来、上手く言葉を交わせていない。言葉だけじゃなくて、メールも…… メールの方がはっきりとした言葉をぶつけられるんじゃないかと思うと怖くて、何度も先輩に打ったメッセージは送れないまま未送信ボックスに収納されている。
 必死に勇気を振り絞って声をかけたのに、完全に無視されてしまった……
 信じられない、信じたくない現実。
 でもここで諦めてしまったら、もう二度と先輩の横という特等席には戻れないと思って、私は慌てて先輩の背中を追った。

「待って……待ってください、先輩!!」

 走り寄って、先輩の制服の端っこを掴む。けれど、その手は苛ついた手つきで払いのけられてしまって。ショックのあまりその場で固まってしまう。血の気が、頭のてっぺんから引いていく音が本気で聞こえた。

「せ、先輩…… この前は、変なこと言って、突然泣き出したりして、すいませんでした」

 それでも必死に凍りつきそうな喉から声を押しだす。何か言わなくちゃいけないと、そればっかりで。何か言わなくちゃ、本当に特等席を失ってしまう。
 そんなことばかり考えていて、涙腺が緩んでしまっていたことに私は気が付いていなかった。
 気が付いた時には、大粒の涙がボロボロと頬を滑り落ちていて……
 まずい、と思った。女の武器は、ただ先輩を不利な立場に追いやるだけだって、この前分かってたはずだったのに。同じ過ちを繰り返してしまった。

「……なんで泣くんだよ」

 深いため息とともに、頭上に落ちてくる先輩の声。顔を見るのが怖くて、視線は足元に落としたままで息をのむ。

「俺、そんなにお前に悪いことしたか? 俺はなにもしてない。何かがあったんだとしたら、おまえの気持ちの中だけだろ?」

 確かにそうだ。先輩が知らない綺麗なヒトと笑い合っていた。ただそれだけの幼稚な嫉妬。自分より絵になっている二人に対する、卑屈な気持ち。
 そう、全ては私の心の中の出来事。勝手な、勝手な……
 それでも、それさえも受け止めてほしいと思うのは、やっぱり我が儘なんだろうか? 受け止めてもらえないなら、不安な気持ちはどこに行けばいいのだろうか?

 クッキーを「美味しい」と食べてくれた先輩の笑顔を思い出す。
 どこで間違えたんだろう? どれだけ分量を間違えたとしたって、こんなにも苦い感じるクッキーなんて作れない。クッキーなら、作り直しができるのに。関係はそんなに簡単じゃない。

 黙って泣き続けている私に痺れを切らしたように、先輩はもう一度深々とため息をついてゆっくり背中を向ける。
 行かないでほしいのに、ごめんなさいと、そう言いたいのに。自分の思いばかりぶつけてしまってごめんなさいって。
 だけど、その言葉を口にできるほど、私は多くの意味で学習不足で。人生にも、恋愛にも。

「どうして分かってくれないの!? 先輩なんて、何にも分かってない!!」

 仲直りができたら渡そうと思っていた手作りクッキー。先輩の背中に思い切りぶつける。先輩の背中に綺麗にリボンをかけた袋がぶつかり、中身が飛び出す。くるくる螺旋を描きながら、それは先輩に食べてもらうこともなく、地面の一部と化した。
 私は先輩の反応も見ないで思い切り駆け出す。
 走って、走って、自分の気持ちからも逃げだした。
 卑怯で、ずるくて、わがままで、自分勝手で、幼稚で……それできっと純粋だった私を知っているのは、地面になったあのお菓子たち。



 寝かせた生地を伸ばして、好きな形に抜いていく。今日は全部ハート型に。それらを天板に乗せて、熱したオーブンへ。
 後は焼きあがるのを待つだけ。

 あれから先輩とは連絡を取っていない。
 どちらが避けているのかわからないけれど、同じ校内にいるくせに、顔を合わせることもない。
 あれから数カ月経って、先輩の特等席は、とうとう他の人のものとなったらしい。
 ……うん、仕方ない。あの時の私と一緒にいたいなんて思う人はいないはずだもの。私だってきっと嫌。でもね、一番イヤだったのは、あの日あの時あんなふうにしか自分の気持ちを言えなかった自分で。
 ……今なら、もっと違う自分にもなれそうなのに。それももう叶わないほど、時間が経ち過ぎた。

 オーブンから香ばしい香りが立ち上り、きっと美味しくできているはずのクッキーが焼きあがる。

「完璧だ」

 天板を取り出し、まだ熱々のそれを一枚とって口に放り込む。

 さくり。

 軽い触感。

 ほろり。

 ほどけて行く。

 おかしいな、無塩バターを使ったはずなのに、どうしてこんなにしょっぱいのかな。

 ぐしぐしと袖口で目元を拭いながら私は更にもう一枚口の中に放り込む。

 さくさく、ほろり。

 口の中でほどける。さくさく、ほろり。苦い思い出も一緒に。

 さよなら先輩、ごめんなさい。

 心の中で呟く。いつかまた、大事な人にクッキーを焼こう。その時はきっと、甘いクッキーが作れると信じて。


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