りんどう庵

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りんどう庵

だから、抱きしめて


売り言葉に買い言葉 1

2012.04.25  *Edit 

「君ってさあ、もてないだろ?」

 朝の病棟回診が終わり、点滴の指示を仰ごうとカルテを差し出したとき、突然そんな言葉を浴びせられ、川崎美織(かわさきみおり)は片方の眉毛をピクリと跳ねあげた。
 もてない、とはどういうことだろう。
 いや、言葉の意味は分かっている。けれど、そんな事、本人を目の前にして言うことだろうか。
 あまりにも遠慮の欠片も、配慮の欠片もない言葉。そして、美織にとってはぐさりと胸に刺さる言葉。言った本人は何も気にしてはいないだろうけれど、美織は少なくとも傷ついた。
 けれど取り乱すのは悔しいので、平然としたふうを装い、その失礼極まりない言葉を投げかけてきた張本人――――外科医の槙村蓮(まきむられん)に、にっこりと笑いかける。

「……先生。それよりも、点滴の指示、急ぎでお願いします」

 美織の多少引きつった笑顔に、槙村もにっこりと笑みを返した。
 一瞬、二人の間で見えない火花が散った気がしたのは、美織だけだろうか。

「だからさ、川崎。君、もてないだろ?」
「……」

 25年生きてきたけれど、こう何度も面と向かって「もてない」を連発されたのは初めてだ。 
 今、こめかみに血管が浮いた。
 絶対浮いた。
 そう自分の状態を冷静に分析しつつ、美織は必死で笑顔を顔に貼りつけ続ける。ここで大きな声でも上げてむきになろうものなら、何だかこのいけ好かない槙村に負けた気分になりそうで。しかも槙村は確か29歳だとか言っていた。一応目上の相手だ、さすがに大きな声を出すわけにもいかない。

「そういう先生は、さぞおもてになるんでしょうねー」
「まあね」

 さらりと答えられ、この男は謙遜という言葉も知らないのかと、顔をそむけてちっと小さく舌打ちした。
 けれど、確かにもてるに違いない。
 少しだけ吊った切れ長の目、丁度よい高さの鼻と薄い唇。美織には非常に意地悪な顔つきに見えるのだけれど、同僚の看護師たちは彼の事を「格好いい」と絶賛している。
 ――――まあ、百歩譲って、整っている、と言ってやってもいい。
 それが余計に癪に障る。
 そんな事を考えつつ、いつまでも彼と全く生産性のない会話をする気もない美織は、目の前にカルテをどかっと置いた。

「それは羨ましい限りですねー。では、これ全部点滴の指示ですのでお願いしまぁす。薬局での調剤締め切りの時間が迫っておりますので、お早めにお願いしますねぇ」

 無理に『なんでもありません』を装った話し方を意識したせいで、かえってわざとらしい話し方になってしまった。
 槙村にもそれが伝わったに違いないと思いつつ、嫌味な奴だと判断されて、こいつにちょっかいを出されずに済むならその方がいいとさえ思う。
 なのに。
「きゃ」
 ぐいっと腕を引かれ、槙村の隣の席に強制的に座らされてしまった。
「なんだ。可愛い声も出せるんじゃん」
「は、離してください」
「はいはい。セクハラだーとか言われたら敵わないからね。それより、ちょっと教えてほしい事があったんだ」
 口の端っこを小さく持ち上げて笑う槙村から、美織は咄嗟に目をそらした。
「な、なんですか?」
「この内服薬の指示って、こっちの処方箋に書いておいたらいいの?」
「いえ、そっちじゃなくて、こっちの処方箋です」
「お、そっか。分かった分かった。サンキュ」

 槙村は美織に向かって片手を上げると、処方箋に指示を書き始める。もうすっかり美織からは興味がなくなってしまったようだ。
 カルテや処方箋に指示を書きこむ槙村は、確かに格好いいのかもしれない。そろりと槙村の隣の席から離れつつ、美織はこっそりそう思った。
 槙村はこの春から美織の勤める病院に、大学病院から配属されてきた。
 同僚の看護師たちは、彼が配属されてきた時に「素敵だ」とか「イケメンだ」とか相当色めき立っていたが、美織にはいまいちピンとこなかった。
 むしろ、鋭くてちょっと意地悪そうな槙村の目が、苦手だとは思った。
 そんな美織の気持ちが伝わってしまっているのか、こうして槙村は、ちょくちょく美織にちょっかいをかけてくる。正直、いい迷惑だ。放っておいてもらいたいのに。

「川崎」

 突然声をかけられて、美織ははっきりと分かるほどに肩をびくりと揺らす。
 慌てて振り返ると、ごちんと額に何かがぶつかった。それは数冊のカルテだ。

「ぼーっとしてる暇、ないんだろ? なんちゃらの締め切り時間だとか言ってなかったっけ? ほら、指示全部出しておいたから」
「は、はい」

 身長の高い槙村から差し出された(正確には額を直撃した)カルテを、抱きとめるようにして受け取る。
 カルテの隙間から槙村を伺い見ると、目を細めて人懐こい笑顔を浮かべている。
 美織は、そんな彼の表情から逃れるようにして、慌てて視線を逸らせた。そして、彼から逃げるように離れると、受け取ったカルテをデスクの上に並べる。
 ひっそりとため息をつく。
 ――――やっぱり苦手だ。
 心の中で、そう弱々しく呟いた。
 自分がもてることを知っている、自信に溢れた笑顔。
 そんな槙村が、美織はどうしても苦手だった。
 まるで、「お前もきっと俺のことを好きになる」。そんなふうに言外に言われているような気さえするから。
 分かっている。それが多分、美織の被害妄想だってことくらい。
 美織は、他の人間に言わせれば「美人」らしい。
 けれどもともと人見知りな美織は、どちらかというと愛想がない。そのせいで「お高くとまっている」と罵られたこともあるし、それが嫌でやたらにこにこしていたら、今度は好きでもない男に言い寄られた揚句、ストーカー被害にまで遭った。
 そういうことがある度に傷つくのも嫌で、美織は自ら男性に近づくことを辞めたのだ。それが寂しいとも思わないし、むしろ楽。しかも看護師という資格を持ってさえいれば、彼氏なんていなくても将来に不安はない。
 仕事一筋に生活し、むしろ男性を避けるような美織は、槙村の言うとおり実際もてない。もてない、と本人は思っているけれど、周囲の人間は、「美織が男を寄せつけようとしないだけ」だという。
 別にそんなつもりはないのだけれど。
 とにかくそんな恋愛経験の少ない美織にとっては、槙村のように自信に溢れ、からかうように意地悪を言ってくる槙村は、特に避けてきた人種に他ならず。
 だからお近づきにはなりたくないというのに……

「ところでさ」

 受け取ったカルテの指示を必死に拾い出していると、いつの間にか美織のそばに立っていた槙村が、こそりと耳元で声を潜めた。
 あまりにも至近距離にいて、思わず美織は固まってしまう。

「どうしていっつもそんなにかたーい顔してんの? そんなかたーい顔だから、もてないんだよ。きっと」
「!!」

 反応したら負け。
 そう思っていたのに……
 あまりにも唐突に、いや、それだけではなくて、想像もしていなかったほど至近距離でそんな事を言われたものだから、冷静になんてなれるはずもなかった。

「よっ、余計なお世話です!!」

 考えるよりも先についつい、大きな声を出していた。
 はっと気が付いて口を指先でおさえてみたものの、もう遅い。飛び出してしまった言葉は、槙村の耳に届き、消しようもない。
 ナースステーションにいた他の看護師たちが、怪訝そうに美織と槙村を見ている。
 そんな好奇の視線にさらされ、頬が紅潮する。
 真っ赤になって俯くと、槙村がくくっと笑っている声が聞こえた。

「あ、もしかして自分でも気にしてたんだ。いや、ごめんごめん」

 くくっと肩を揺らしながら面白そうに離れていく槙村の背中に、美織は心の中で思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけた。



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