りんどう庵

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りんどう庵

だから、抱きしめて


売り言葉に買い言葉 2

2012.04.26  *Edit 

「失礼にもほどがあるってもんでしょうがぁ」
「ちょ、美織、それくらいにしておいた方が……」
「ええい、うるさいっ。飲まずにやってられますかってーの」

 バーのボックス席の一角で、同僚看護師の狭山園子(さやまそのこ)の制止を振り切り、美織は目の前のビールをぐびぐびとあおった。
 今日は病棟の親睦会、という名の飲み会。
 明日が休みということもあり、美織の飲むスピードは相当早い。いや、それだけではないのだけれど……
 ちらり、と視線を動かすと、美織を飲まずにいられなくしている張本人が、楽しそうに看護師たちに囲まれている。

「ちっ、もてもて先生がハーレム作ってやがる」
 吐き捨てるようにそう言いながら、更にビールをあおる美織を、園子は苦笑いしつつ見詰めた。
「まあねえ。槙村先生、見た目はいいからねえ。しかしまあ、美織も随分といじられて気の毒ね」
 ――――看護師の中には、美織ばっかりいじめられて、羨ましいって思っている子もいるみたいよ。
 という、園子の言葉は聞かないことにする。
 何が羨ましいだ。無視されていた方がよっぽどいいのに。
 しかも、だ。
「人の気にしてることばっかり言いやがって……」
「あはは」
 ぼそっとつぶやいた言葉に、園子はやはり苦笑いした。
「もてなくて悪かったわねーだ」
 口を尖らせれば、園子が同情の籠ったため息を漏らす。
「そうひねくれないの。美織、見た目は完全にもて系なのにねー」
 今度は園子の言葉に、ぶうっと頬を膨らませた。

 槙村の事がこんなにも苦手だと思うのには、一応理由がある。
 そう、美織が初めて付き合った相手と、槙村はタイプがよく似ているのだ。
 整った顔をしていて、自信に満ち溢れていて、どこか……意地悪。
 初めて男の人と付き合ったのは、美織が高校生の頃だった。彼は友達のお兄さんで、その友達の家に遊びに行くたびに顔を合わせていた。
 格好のいい人だと思った。意地悪な口ぶりでさえ、魅力的に思えた。けれど、元々人見知りな美織からは到底声もかけることはできず、一方的に見ているだけだった。
 それだけでいいと思っていた……のに。
「付き合って欲しい」
 そう言われた時は天にも昇る気持ちで。すぐにOKした。でも、付き合ったからと言って、どうしていいのか、美織には分からなくて。
 緊張しすぎて上手く話すことも、上手く接することもできず、気が付いた時には彼からの連絡は途絶えていたのだった。
 それでもこのままではいけないと、勇気を振り絞って彼の大学まで会いに行ったのに。
「お前さあ、一緒にいてもつまらないんだよね。美人だからってお高くとまってるんじゃないの?」
 面倒くさそうな顔。
 吐き捨てるような言葉。
 彼からぶつけられた言葉も、態度も、美織を酷く傷つけたのだ。自分を閉ざしてしまうくらいに。
 だからタイプのよく似た槙村を見ていると、そんな昔の古傷が痛む気がする。
 胸の真ん中が、ぎゅうっと締め付けられるのだ。

「……ぐす」
「ああああっ、美織」

 酔いが回ったせいか、ちょっぴり泣きたくなってくる。
 でも妙に楽しそうな槙村の笑い声が聞こえてきて、泣きたい気持ちなど、途端に吹き飛ぶ。
 人がこんなにもいやーな気持ちになっているというのに、お気楽にハーレムを作って呑気に笑っている槙村が憎たらしいほどに腹立たしい。

「園ちゃん、おかわり」
「み、美織ぃ」
「おかわりっ」
「はいはい」

 まだ半分ほど残っていたビールを一気に流し込み、園子におかわりをねだる。
 園子は同期入社で、気心も知れている。だから、悪いと思いつつも、ついつい甘えてしまうのだ。
 呆れたように、けれど付き合うと決めたのか、園子が空いたグラスを持ってカウンターに向かう。その背中を見つめながら、美織は大きく息をついた。
 自分でも分かるくらいに、吐き出す息が熱い。飲み過ぎかもしれない。
 天井を見上げると、ぐるぐると回るような気がして、美織は慌てて膝の上で組んだ指先に視線を落とす。
 経験上、視界が回り始めたときに上を向いていては危険だ。ぐるぐるが悪化すれば、あっという間にトイレと仲良しになる確率が高い。
 目をつぶると更に地面が回るような感覚に陥る。けれど目を開けているのも何だか辛くなってきて、ゆっくりとした瞬きを続ける。
 かくん、と落ちるような感覚にはっとする。ほんの少しだけ眠っていたのかもしれない。
 さっき、ビールを取りに行ってくれた園子はまだ帰ってきていない。
 遅いなあ、とカウンターの方に視線を動かそうとした時だった。

「一人で何、ぼけっとしてるの?」
「……えー?」

 どかりと美織の隣に腰掛け、長い脚を組んだのは……

「槙村先生」

 思わず顔が歪んでしまった。しらふなら我慢できたかもしれないが、酔いも回っていたので、露骨に顔に出てしまった。

「あはは。そんなに嫌そうな顔することないだろ?」
「……嫌なんですってば」
「は? 何? 何か言った?」

 ご都合性難聴か。
 都合の悪いことは聞こえませんか?
 とは、さすがに口にできなかった。
 いくら本気で嫌だと言っても、一応彼は医師で、自分は看護師。
 今後とも病棟でつつがなく仕事をするためには、余計な事を口走って、人間関係をこじらせたくはない。けれど、つい嫌味が口を突いて出る。

「いえ。別に。何も言ってませんよ。それより」
「ん?」
「さっきまでいらっしゃったハーレムにお戻りになられなくてもいいんですか?」
「ぶっ」

 美織の言葉がよほど面白かったのか、槙村は肩を揺らして笑っている。

「ハーレムって……どこの大富豪だよ」
「大富豪じゃないかもしれませんが、さっきまで作ってたじゃないですか、ハーレム」
「あー、もしかして嫉妬してた?」
「いいえ。全然。全く。一切ありません」

 全力否定。
 嫉妬とか、あほか。あり得ない。どこからそんな自信満々な思考が湧いてくるのか、ある意味で感心する。

「そんなに全力で否定することないだろう?」
「いえ。そこは全力で否定させてください」
「つれないね」
「そんなに簡単にはつれませんよ」
「あはは、君は本当に面白いね」
「それはありがとうございます」

 吐き捨てるように言って、わざと大きなため息をつく。
 槙村と長々話をしている気にはどうしてもなれなくて。
 一刻も早く園子が戻ってきてはくれないかと思って視線を巡らすと、園子どころか一緒に来ていた一同の面々が見当たらないことに気が付いて、美織は急に酔いが醒めた。

「あ、あの。他のみんなは?」
「ああ、二次会に行ったよ」
「はあ!?」

 まさか、と思ったものの、本当に誰もいない。
 いつもならとことん付き合ってくれる園子さえ、影も形もなかった。

「君、置いてかれたんだよ」
「そ、そんなわけ……だって、園子は」
「狭山さんなら、とっくに二次会に行っているはずだよ」
「そんな。私のこと置いて行くなんて。そ、それに、先生を囲んでた他の子たちだって、先生の事放っておくはず……」

 当然の疑問だった。
 園子はなんだかんだと言って、いつも最後まで美織に付き合ってくれる。それに槙村ハーレムのメンバーだって、いつも誰もが二次会に先生を連れていこうと必死なのだ。こんなところでまんまと槙村を取り逃がすなんてへま、するはずがない。
 そんな疑問に対して、槙村が丁寧に説明してくれる。

「他のみんなは、一度外に出てから外来に呼ばれたことにして撒いたんだよ。それから狭山さん。彼女っていい子だね。今日もつい余計な事を言い過ぎてしまったから、二人きりなって川崎さんに謝りたいって言ったら、喜んで協力してくれたよ。お陰でみんな狭山さんに誘導されてすぐに二次会へ行ってくれた」

 くくっと笑いながら、そんな事を話す槙村を、美織は呆然と眺めた。
 何がどうして、一番二人きりになりたくない相手と二人きりになってしまったのだろうか。
 何これ、罰ゲーム?
 いやがらせ?

「ねえ、一緒に飲もうよ」

 目の前でにっこりと笑う槙村の顔を見ながら、美織は帰る言い訳を必死に探していた。



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