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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


35.多希の過去 2

2010.03.24  *Edit 

「どうしたって言うの?」
母親は声を殺して泣く拓巳の背中を優しくさすった。
「多希、が」ぼろぼろと涙を流しながら、拓巳が答える。拓巳自身、どうして自分が泣いているのかよく分からなかった。ただ、ひどく不安だったのかもしれない。
「多希君がどうしたの?」
「多希が、今日学校を休んだんだ。先生が、おうちの人がおばあちゃんの家に行ったって・・・。でもあいつ、おばあちゃんもおじいちゃんもいないって前に・・・」
ぐいと袖口で涙をぬぐう。
どう言っていいものか分からないし、言うべきこともまとまらない。それがもどかしくて、また拓巳の目から涙がこぼれた。しかし、母親は頷きながら黙って拓巳の話を聞いている。
「俺、多希の家に行ったんだ。そしたら、やっぱりおばあちゃんの家だって言われて、でも、多希の靴があって、中から咳も聞こえて・・・!」
全て言ってしまってから、拓巳は少し後悔する。
『それで?』とか、『お家の人が言ってることが正しいんじゃないの?』とか言われてしまったら、それまでだ。多希が家にいる証拠など、拓巳は持っていないのだから。
そう思うと急に、自分がバカなことを言っているだけのような気がしてきて、拓巳は押し黙って俯いた。
「拓巳」
母親の声に、顔を上げる。その顔は想像に反して優しい。
「拓巳は多希君が心配なんだね」
その言葉に、拓巳は何度も頷く。ただ、元気だということが分かればそれだけでいい。
「多希、最近何だかおかしくて。ふらふらしてるし、それに、細くなってきてた。だから、もしかしたら病気かも知れない」
その言葉に、母親は表情を曇らせる。
確かに最近多希が痩せてきていることは気になっていたから。
「・・・昨日、咳してたもんね」昨日の咳き込んでた多希の姿を思い出す。確かに、どこかに出かけるような体調ではない様に見えた。
それに、拓巳は気がついていなかったかもしれないが、最近毎日のように遊びに来るようになった多希の服装が、以前よりも汚れていることに、拓巳の母親は気がついていた。
「ねえ拓巳」
そこには、妙に真剣な母親の顔があり、拓巳は少し驚く。
「多希君の家に行ってみようか」


拓巳は母親と並んで多希の家に向かった。
まさか母親が「多希の家に行ってみよう」なんて言うと思っていなかったので、驚いたものの、自分の話を真剣に聞いてくれたのは嬉しかったし、何よりも心強かった。
さっき拓巳が戸惑いながらも押した多希の家のチャイムを、母親はためらいもなく押す。
つい30分前と同じように、スリッパの音が聞こえ、扉が細く開いた。
「どちら様?」
細く開けられたドアの隙間から、同じ女の人が怪訝そうに拓巳の母親を見る。それからその後ろに拓巳を見つけて、嫌なものでも見るように目を細めた。
「あの、私、小嶋拓巳の母です。息子が、多希君が昨日咳をしてたから心配だって言いまして」
拓巳の母のにこやかな笑顔にも、その女の人は笑顔を見せない。
「さっきもその子に言いましたが、多希君ならおばあちゃんの家に」
「で、でも、多希は自分にはおじいちゃんもおばあちゃんもいないって言ってたよ!」
思わず叫ぶように言った拓巳に、その女の人はきつい視線を投げる。拓巳は体を硬くした。
「すいません。この子、多希君と仲がいいものですから」
「とにかく、多希君ならいませんから」
さっきと同じように、一切を拒否するように扉を閉めようとする。
そのとき、微かに家の中から咳こむ声が聞こえた。
「多希?」
拓巳はドアの隙間に手をかけて、中を覗き込む。
「か、帰ってください!」
女の人が慌てた様子でドアを閉めようとしたとき、今度ははっきりと咳き込む声が聞こえた。それは紛れもなく多希の声。それから、ぐええという、激しく吐くような音・・・。
「多希!!」
拓巳は今度は閉められようとする扉の中に滑り込んで、靴を放り出すと、玄関に上がりこんだ。
「ちょっと!!」
女の人の咎めるような声が聞こえたものの、拓巳は止まる気などなかった。咳こむ声が聞こえる部屋へと真っ直ぐ向かい、ドアを開ける。
「う・・・」
ドアを開けた途端に鼻を刺激した匂いに、思わず拓巳は顔をしかめる。
それでも部屋の中をぐるりと見回し、ベットの上でぐったりとしている多希を見つけた。
「多希!?母ちゃん!!やっぱり多希いた!!ぐったりしてるよ!!」
そこには、自らの吐しゃ物にまみれ、ぐったりしながらも激しい呼吸をする多希の姿があった。



「すぐに救急車が呼ばれて、多希は病院へと運ばれたよ。多希、見つかったときかなり危ない状況で、栄養状態も悪くて、母さんは警察に事情を聞かれたみたいだった」
「警察?」
それまで黙って聞いていた桃佳が口を挟んだ。
桃佳の言葉に、拓巳は小さく頷く。
「そう。余りにも栄養状態が悪くてね、とてもまともに食事を与えられているとは思えないほどだったらしい」
拓巳の言葉に、桃佳の背中に冷たい物が走る。
「モモちゃんは、ネグレクトって言葉を知ってる?」
「ネグレクトって・・・育児放棄?」声が震えた。
「そう。虐待の一種で、暴力を振るったりはしないんだけど、無視をしたり食事を与えなかったり、生活するために必要なことをしないで、放置すること・・・」
「・・・まさか!」
「そうだよ。多希はそれにあたる。・・・今でもあいつを見つけたときのことは忘れられないよ。酷い状態だった」
拓巳は悲しげに目を伏せる。
きっと多希は忘れて欲しいに決まっている。何度も吐いたもので部屋も自分も汚れ、排泄しに行く力もなく、失禁までしてしまっていた姿など。
桃佳は両手を口元に当てたまま、言葉をなくしている。優しげに見えた美佐子の顔が脳裏に浮かんだものの、その優しげな顔とネグレクトという言葉はどうしても繋がらなかった。
「多希の母さんもかなり精神的に不安定な状態で、その後暫く精神科に入院してたらしい」
「あの・・・。多希さんの弟は・・・、弟は大丈夫だったんですか?」
「ああ。弟は多希とは正反対だったよ。綺麗な服を着て、ぷくぷくしてた。あの日、多希の弟を見つけたときは、あまりの違いに驚いたくらいだった」
酷い状態で運ばれていく多希。呆然と玄関で座り込んだまま動かない母親に走り寄る弟は、いいところのお坊ちゃんという印象だった。その違いに、拓巳は関係のない弟を憎みそうになるくらいだった。
「どうして?どうして多希さんだけそんな目に?」
桃佳の疑問に、拓巳は頷く。拓巳自身、その疑問の答えを知ったのはそれから何年もあとの事だけれど。
「多希は前の奥さんの子供なんだ。だから今の多希の母親とは、血縁関係はない。弟は再婚してから生まれた子供。多希とは異母兄弟にあたる」
そこまで言って、拓巳は眠る多希の横顔を眺めた。
「何が原因で多希に対するネグレクトが始まったのか、俺にもわからない。でも、俺には血の繋がった子供は・・・多希の弟は母親に愛されているように見えた。血が繋がってないってだけであんなことをするとは思いたくはない。もしかしたら、何か複雑な事情があるのかもしれない。けど」
穏やかな拓巳の瞳に、一瞬怒りの炎のようなものがよぎる。
「どんな事情があるにしろ、俺は許せないけどね」


多希が再び学校にやってきたのは、救急車で運ばれた一ヶ月ほど後のことだった。
多希の母親が精神科に入院している間は、父親が忙しい間を縫って家に戻り、それでも足りない部分は家政婦を雇っていたという。
拓巳は何度も多希の元を尋ねたいと思ったものの、落ち着くまでそっとしておいて欲しいという、多希の父親の言葉を尊重せざるを得なかった。
久しぶりにやってきた友人に、拓巳は嬉しそうに駆け寄った。
「多希!!久しぶりだな!!体はもう大丈夫なのか?」
「うん。もう大丈夫」一ヶ月ぶりに見る多希は、ちゃんと食事を与えられたせいか、顔色もよく、程よく肉もついており、拓巳はほっと胸を撫で下ろした。
「柴山君!久しぶり~」
拓巳のほかにも、多希を見つけたクラスメートたちが多希に駆け寄ってきて、あっという間に周りを囲んだ。
久しぶりだから仕方ないと思いつつも、おとなしい多希はこの状況に戸惑うんだろうと、拓巳は苦笑いする。けれど拓巳が見たのは、輪の中心でにこやかにクラスメートに対応する多希の姿だった。
その堂々とした姿は、とてもおとなしくて人見知りな、拓巳の知っている多希ではないようで、彼は驚いてその様子を見つめた。
暫くすると多希を取り囲んでいた人の輪も消え、多希はにこりと笑って拓巳の元に戻ってきた。
「なんか、疲れちゃったよ。たくさんの人に会うのは久しぶりだからね」
「うん・・・」
「拓巳?どうかした?」
呆気にとられるように自分を見つめる拓巳の顔を、訝しそうに多希が覗き込む。
「いや、なんか多希、ちょっと変わった気がするから」
戸惑い気味に答える拓巳に、多希は冷たい瞳でにやりと笑う。その顔は、それまでに見たことのない表情だった。
「そうかな?でも、変わらなきゃ、うまく生きていけないでしょ?」
「・・・え?」
「大丈夫だよ。拓巳のことは信用してるから」
再びにっこりと微笑んだ多希の顔は、天使のように愛らしかった。


「それからの多希は、他人に対して完璧なまでに『柴山多希』という人間を作り出して演じるようになったんだ。要するに、自分のテリトリーには他人を近づけない。そうすることで、自分を守る術をたった小学2年生の多希が身につけたんだと思うと、たまらないよ」
拓巳はもう既にぬるくなっているビールを口に含んで、顔をしかめた。
「特に女の人に対しては、本当に酷かったよ。一切信用なんてしない。それどころか、女は道具くらいにしか思ってなかったから。まともに付き合うことなんかなかったし、これからもそうじゃないかって思ってたんだ。だから」
桃佳を真っ直ぐに見つめる瞳は、優しげな表情とは反対にとても力強くて、彼女は目をそらすことができない。
「多希から大事な人ができたって聞いたときには、本当にびっくりしたけど、本当に嬉しかったんだ。これであいつもやっと幸せになれるんだと思った」
ズキリと、桃佳の心臓が疼いた。
真っ直ぐに桃佳を見つめる拓巳の思いが、真っ直ぐに胸に突き刺さってくるようで苦しかった。
「私・・・」それ以上言葉が続かない。何を言うべきか、桃佳には言葉を見つけられなかった。
「大丈夫だよ」拓巳がにこりと笑う。
「確かに多希は変な奴だけど、さっきも言ったように、少なくともモモちゃんには『自分』を見せてるよ。こんな話をしちゃってから言うのもなんだけど、モモちゃんは何にも心配しないで、このまま多希の側にいてやってよ」
「でも」
私は多希さんの恋人じゃない。大事な人なんかじゃない。
その言葉は、喉元で凍り付いて、声になることはなかった。
「ああ、なんか話し込んじゃったね。多希にばれたら殺されるかも」
そう言いながら、拓巳は苦笑した。
それから時計を見て、大げさに驚いてみせる。
「うわ!!もう夜中の2時過ぎてたんだ!!ごめんね、モモちゃん。明日も学校なんでしょ?俺も明日仕事だし、そろそろ帰るとするわ」
さっと立ち上がり、テーブルの上に散乱しているビールの缶をキッチンへと運ぶ。
「あ、片付けは私がするんで大丈夫ですよ」
「そう?ごめんね。汚したまんまで」
桃佳は玄関に向かう拓巳の背中を見送る。
靴を履いた拓巳が、桃佳を振り返った。
「じゃあ、モモちゃん。お邪魔しました。何回も言って、モモちゃんにプレッシャーをかけるつもりはないんだけれど、その・・・、多希のこと本当にお願いします。・・・じゃ」
そんな言葉を残して、拓巳は帰っていった。
到底、桃佳には受け止めきれるはずもない言葉を。

部屋に戻ると、さっきと同じ格好で多希が静かな寝息を立てている。
そっと布団をかけて、多希の側にぺたりと座り込んだ。
思ってもいなかった多希の過去。
その過去のせいで、こんなゲームを始めたのかどうか、その真意を桃佳が知る由もない。けれど、駿を憎む気持ちが過去と関係しているのは間違いのないことだと桃佳は思った。
「多希さん・・・。でも、駿ちゃんには関係のないことじゃないですか。だって、駿ちゃんだってまだ赤ちゃんだったんだから」
眠っていて、その言葉が多希に届かないことを知りながらも呟く。
「駿ちゃんを恨むのは間違ってます。逆恨みです」
ぎゅっと拳を握った。
「逆恨みでこんなゲームを始めたんだとしたら、私は多希さんを許せません」
握った拳が震え、その上に小さな雫が落ちてはじけた。
「でも・・・」
多希の横顔を見つめ、ただ涙が溢れた。


「苦しかったね」

桃佳は柔らかな栗色の髪の毛にそっと触れた。





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