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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


36.想いのベクトル

2010.03.24  *Edit 

「清水?」
目の前でひらひらと手を振られ、桃佳ははっとしたように目の前の駿を見た。
バイト前の少しの時間を一緒に過ごそうと入ったコーヒーショップで、ぼんやりとした恋人の顔を駿は怪訝な顔で覗き込んでいる。
「どうかした?」
問いかけられ、桃佳は曖昧に笑う。「ううん」
「さっきからぼんやりして、もしかして疲れてるんじゃないの?」尚も心配そうに覗き込んでくる駿に、桃佳はゆっくりと首を振る。
「そんなんじゃないよ。大丈夫」
「そう?」
「うん。ごめんね」
目の前で、にこりと笑う駿の顔を見て、桃佳は面差しの似た彼の母、美佐子の顔を思い出す。
この前初めて会った時、とても優しそうな人だと思った。とてもネグレクトなんていう虐待をする人には見えなかった。今でもとても信じられない。
そんなことを考えていると、つい険しい顔になってしまい、桃佳は慌ててカップの中のカフェオレを飲んだ。
柔らかな甘さが口の中に広がる。
桃佳の耳に、昨日の拓巳の言葉が蘇る。

『あいつのこと、同情とかしないでやってくれる?』

どんな感情が『同情』に当たるのか、桃佳には分からない。可哀想だとか、気の毒だとか思うことが同情に当たるのだとしたら、拓巳の言葉を守ることは桃佳には無理そうだった。
どうしても多希の過去を思うと、辛くて胸の締め付けられるような思いが生まれる。けれど反対に、もし過去のことが原因でこのゲームを始めたのだとしたら、それは逆恨みではないかという、怒りにも似た気持ちも生まれた。
そのふたつの気持ちが胸の中でせめぎあって、苦しい。
多希の過去は知ることができたものの、それは出来事に過ぎず、彼の中でどんな思いが渦巻いているのか、桃佳には全く見えない。もしかしたら、拓巳の話を聞いたことで、それまでよりも多希という人間が分からなくなっているような気さえしていた。
「お兄さん・・・」
「え?」呟くような桃佳の声に、駿がきょとんとした顔をする。「兄貴?」
「えっと、お兄さんは・・・元気?」
「うん。元気だけど?」
突然に桃佳の口から兄多希の話が出て、駿は不思議そうな表情を彼女に向けた。
「その、前に送ってもらったのに、ちゃんとお礼もしてなかったものだから・・・」
思わず多希のことを話題に出してしまったものの、駿に多希の話をするということはこの上なく桃佳を緊張させた。心臓がばくばくいって、手のひらがじっとりと濡れている。
「ああ、大丈夫だよ。兄貴そんなこと気にしてないと思うよ。昔から兄貴は穏やかな人だから」
一欠けらの疑いも含まない瞳で、駿が微笑む。
その笑顔に、桃佳は胸が痛んだ。
ずっと弟にさえも完璧な兄を演じてきた多希のことが悲しいのか、ずっといい兄を演じている人を疑いもなく信じている駿のことが悲しいのか、桃佳には分からなかったが。
「そう、なんだ。ねえ」桃佳はほんの少し唇を噛む。「ねえ、お兄さんは一緒に住んでないの?車なら通える距離なのに、なんだかもったいないのね」そう言って、駿をじっと見た。
「・・・え?」
ほんの刹那、駿の顔に言葉にならない感情のようなものが浮かんで消える。
それは桃佳の知っている駿の顔ではないようなか気がして、思わず彼女は大きな目を見開いた。
「いや、仕事柄夜中にも呼び出されることがあるみたいだから、病院の近くに住むほうがいいみたいだよ」
そう言いながらコーヒーを飲む駿の顔は、いつも通りのものだ。カップの中でカラリと、氷が涼やかな音を立てた。



バイトの時間が迫り、桃佳と別れた駿は、人ごみの中を黙々と歩いた。
その胸の中で、さまざまな思いが渦を巻く。
いつも兄に冷たかった母。それでも自分には優しかった兄。そして自分は・・・。
「兄貴・・・」
駿は立ち止まって、小さく呟いた。



さっきから黙ったままで夕食の支度をする桃佳の背中を、多希はじっと眺めていた。
明らかにいつもよりも口数が少ない。ついこの前まで自分を挑発するかのように、明るく振舞っていた桃佳とはまるで別人のようだ。さっきこの部屋に入ってきたときも、酷くぎこちない笑顔を見せていたことも妙に引っかかる。
昨日、拓巳が来ているのに眠り込んでしまったその間に、何か余計なことでも吹き込まれたのかもしれないと思うと、多希の胸はざわざわと波立った。
多希は出来上がった夕食をテーブルに運ぶ桃佳の腕をつかむと、強引に引き寄せる。小さな悲鳴を上げて、桃佳は多希の前に座り込んだ。
「な、何するんですか!!」いつものように怒っても、やはり桃佳の表情はどことなくぎこちない。
多希は綺麗な形の眉を寄せる。
何か言いたげな口元を歪め、桃佳の細い肩をつかむと一気に押し倒した。押し倒して、両方の手首をつかんで床に固定する。
いつもならばばたばたと抵抗する桃佳が、じっと自分を見上げていることで、多希の不安は頂点に達する。
「どうしていつもみたいに抵抗しないの?」
「・・・だって、多希さんは私に何もしないはずですから」桃佳は眉を寄せて、戸惑いがちに答える。
「なんか、モモ、変じゃない?」
「そうですか?」
「拓巳から」
拓巳の名前に、桃佳の心臓は跳ね上がる。
「何か聞いた?」
じっと桃佳の瞳を覗き込む多希の瞳に、不安げな色が揺らめいている。過去のことを知られることに怯えていることが、痛いほど伝わってきた。
「何かって?」
「だから・・・」
「何か聞かれたまずいことでもあるんですか?・・・女遊びが酷いことは聞きましたけど」
桃佳はわざとぶっきらぼうに答える。
「それだけ?」まだ、多希の瞳から不安げな色は消えてはいない。
「それから、仕事は案外ちゃんとしていることとか。ああ、それから多希さんのことすごく自分勝手で、ものすごくダメな奴って言ってましたけど」
さっきと同じようにぶっきらぼうに答える。そうすることでしか、桃佳はうまく自分の感情を隠せないような気がしていた。
じっと桃佳を見つめていた瞳が、ふっと細くなる。
「なんだよ、それ。散々な言われようだな」そう言いながら肩を揺らして笑う多希の瞳からは、やっと不安げな色が消えた。
それを見て、桃佳も心の中でほっと息をつく。
拓巳から聞いたことを多希に告げて、何を考えているのか問いただしてみようかとも少しだけ思った。けれど、多希の不安げな瞳を見ると、どうしても桃佳にはそれはできそうもない。それは取り返しのつかないことになるような気がしていたから。
不安な色の消えた多希の瞳が、いつものように、美しく怪しい光を帯びる。
「じゃあ、どうして変だったの?」
「別に、変じゃないですよ」
「変だったよ」
両方の手首を拘束したまま、身動きのできない桃佳に覆いかぶさると、その頬に自分の頬をぴたりとくっつける。
「な!!ちょっと!!」
「もしかして、土曜日に変な声、聞かれたことを気にしているの?」
耳に息を吹きかけるように囁かれ、桃佳の頬はかあっと熱くなる。そんなことがあったことなど、すっかり忘れていたのに、多希からそのことを告げられてどうしようもなく恥ずかしくなってくる。
「脈、速くなってるよ」
意地悪そうに多希がくすりと笑いながら、桃佳の胸に耳をつける。
「もう!!調子に乗らないでください!!」
「ぐっ・・・」
胸に耳をつけるときに、多希が体を丸めたので自由になった足で、桃佳は彼の下腹部に見事な膝蹴りをお見舞いする。
「私だって、いつもやられてばっかりじゃないですからねっ」
そう言って、さっと多希から離れた。
多希は膝蹴りを食らった下腹部を押さえながら、「痛ぇ」と肩を揺らしている。
さすがにやりすぎたような気がして、桃佳は少しだけ心配になり、その顔を覗き込む。
「あ、あの。大丈夫・・・ですか?」
肩に触れた途端に、多希が下腹部を押さえたままで、仰向けに転がって笑い出した。
「あの、多希、さん?」
おなかを抱えたままで笑う多希を、桃佳は呆気にとられて眺めた。こんなふうに笑う多希を見たのは初めてのことだったから。
「うん。そう、だね」肩を揺らしながら笑って、寝転んだ姿勢のままで桃佳を見上げる。
「やられっぱなしじゃ、俺も面白くないし。俺ももっと、気合入れてモモのこといじめないとね」
にっこりと、まるでいたずらっ子のように無邪気に笑う多希。
桃佳はその無邪気な表情に一瞬ひきつけられる。
「も、もう!!いじめなくていいですから、食事運ぶの手伝ってくださいよ!」
やっぱり桃佳はぶっきらぼうにそう言う。
「うん。分かったよ」
やっと起き上がって、多希は端正な顔で少年のように微笑む。


『あいつは寂しい奴なんだ』


桃佳の中で拓巳の声がこだまする。
そして、いつだったか、このゲームがまるで『家族ごっこ』のようだと思った日のことも思い出した。
もし、多希が自分との関わりの中で、家族というものを感じているんだとしたら・・・?
桃佳はお味噌汁をおわんによそいながら思う。
「モモ?こっちは準備できたよ?」
食器を並び終え、多希が桃佳を優しい瞳で見つめている。
「はい。今お味噌汁もって行きますから」

もし、家族というものを感じているなら・・・。
私は・・・。
決められたゲームの期間の中でなら、そう感じられる場所になってもいい。

「どうぞ」桃佳はにこりと笑って、多希の前にお味噌汁のおわんを置く。
「いただきます」
「いただきます」

もしかしたら、この感情は拓巳さんの言っていた『同情』なのかもしれない。
もしかしたら、私は多希さんが最も嫌がる感情を、多希さんに抱いているのかもしれない。

そんな思いが桃佳の中で渦を巻く。
けれど桃佳は、どうしても多希を傷つけられそうにない自分に気がついてしまっていた。
何日も一緒に過ごした情なのか、過去を知ってしまった同情なのか、それとももっと違うものなのか・・・。
そんなことは分からないとしても。




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