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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


38.眠れない夜の理由たち

2010.03.24  *Edit 

桃佳はゆっくりと慎重に体を包み込む腕を持ち上げると、その腕の主に気づかれないようにそっと布団を抜け出した。
腕の主・・・多希は、静かな寝息を立てたままだ。
この数週間で、眠りが浅いときに彼の腕から逃げ出そうとすれば、かえって強く抱きしめられることを学んだ一方で、ゆっくりと深い呼吸をするようになってからそっと動けば、難なくその腕から抜け出せることも桃佳は分かるようになった。
勿論、桃佳もいつも眠れないわけではない。
どちらかといえば、抜け出せるようになる前に彼女自身も深い眠りに落ちてしまうことのほうが多かったのだけれど。
音を立てないように気をつけて移動し、そっと冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。
冷蔵庫の中には、さっき美緒が食べきれないほど作っていった料理が、ラップをかけられて収まっていた。
見た目も綺麗で、とても美味しかった美緒の料理たち。
コップに麦茶を注ぎ、一気に飲み干すと、その冷たい液体は桃佳を内側から冷やすようだ。
桃佳はひとつ、深いため息をつく。
美人で、その上料理まで上手な美緒。あれだけのメニューを短時間で作るところを見ると、相当に手馴れているのだろう。
それに、性格だって癖はあるものの、さばさばしていて飾らない。
「ずるいなあ」
桃佳は拗ねたような表情で呟く。
美緒は自分をコンプレックスの塊だといったけれど、そんな彼女に桃佳はコンプレックスを抱かずにはいられない。
自分のくせっ毛とは違う、豊かで艶やかな黒髪。自分の垂れ目とは違う、切れ長ですっきりとした瞳。それから自分とは天と地ほどもある、魅力的で女性的な体。
どれをとっても、見た目では美緒には敵わない。その上、それなりに自信のあった料理でさえ、足元にも及ばないらしい。
「やっぱり、私なんてダメだ・・・」
体育座りをして、膝に顔を埋める。
桃佳はなんだか惨めな気分で、涙が出そうになるのをぐっと堪えた。けれど、鼻の奥がつんとして、堪えきれずに一粒だけこぼれ落ちる。

ブスのくせに、いい気にならないで。
何、その変な髪の毛。

記憶の底に閉じ込めたはずの、自分をあざ笑う声が桃佳の中で蘇ってきて、彼女は思わず両耳を覆った。
忘れたくても、忘れられない。
耳を塞いでも聞こえる声。
悲しさがこみ上げ、声を押し殺して肩を震わす。
桃佳は両耳を覆ったまま、膝に顔を埋めてきつく目を閉じた。




がくん。
落ちるよう感覚を伴って、駿は夢の世界から現実に引き戻される。
悪い夢を見ていた気がするものの、夢の内容はきれいさっぱりその記憶から抜け落ちてしまっていた。
けれど、さっきの落ちるような感覚だけはまだ体にはっきりと残っていて、駿は上半身だけ起こして頭を振る。
「まだ2時か・・・」
暗い部屋の中で、デジタルの時計だけが、明るい光で今の時間を知らせていた。
寝覚めは悪かったけれど、目はすっきりと覚めてしまっている。もうすぐには眠れなさそうだ。
小さな頃、こうして夜中に目が覚めてしまったときは、こっそりと兄の部屋を訪れた。そして布団の中に入れてもらったものだった。
母から『多希君の部屋にはあまり行かないように』そう言われていたから、ばれないようにこっそりと隣の兄の部屋を訪ねたのだ。
多希はいつでも怒ることなく、その温かな布団の中に駿を入れてくれた。
そんなことを思い出して、駿はふっと笑顔になる。遠い昔の優しい思い出。
昔の思い出の中の多希は、いつでも駿に優しい。けれど、いつでも母に冷遇されていた。
駿の記憶の中で、母は兄と談笑している姿はなく、多希の学芸会だとか、文化祭だとか、体育祭だとか、親が喜んで参加しそうな行事にも、参加しているのを見たことはない。
しかし、母は駿のそういった行事にはいつも張り切って参加していた。
小さな頃、弟から見ても綺麗な顔をした多希は、羨ましくもあり、妬ましい存在だった。その上多希は頭もよくて、いつも女の子の憧れの存在だった。
綺麗な顔をして憧れの的でも、母から愛されない兄。
平凡な顔でぱっとしない存在でも、母の愛情を一身に受ける自分。
劣等感は、兄を『可哀想な存在』と見なし、精神的に優位に立つことで誤魔化してきた。
もしかしたら、そんな自分の思いは多希に伝わっていたんじゃないかと、駿は思う。そうと分かる言葉をぶつけなくても、きっと『そういう』目をしていただろうから。
けれど、いつでも多希は駿に優しかった。
蔑むことで優位に立っている自分を、愚かだと思うほどに。
今では多希のことを心から尊敬しているし、あの頃の自分のことを本当に申し訳なかったと思っている。
母と多希が血縁関係がないことは、高校のときに聞かされた。けれど、どうして母があんなに多希との距離を置きたがっているのかは、駿には分からない。それに多希が家を出て行ったのは、この家の中に居場所がないせいだということも知っている。
けれど、駿には何もできなかった。
母を説得することも、兄を止めることも。
できなかった・・・?
駿は自問自答する。
もしかしたら、駿は何もできなかったのではなく、何もしなかったのかもしれない自分を思う。もしかしたら今でも多希に劣等感を抱き続けているのかもしれない。
そう思う度、駿はどうしようもなく惨めな気持ちになるのだった。




本当は桃佳が自分の腕から逃げ出したことを、多希は知っていた。
急に声をかけて、桃佳をおどかしてやろうと思っていたのに、急に声を殺して泣き出し、どうしていいのか分からなくなってしまったのだった。
眠ることも、起き上がることもできず、ずっと寝たフリを続けてきた。
どうして泣いているのだろうか?
それに自分は関係しているのだろうか?
疑問は次々浮かんでは消えていく。勿論答えはない。
けれど多希は、なぜそう思うのか自分でも分からないまま、泣いている理由に自分が少しでも関わっていたらいいのに、と思う。
押し殺したような泣き声は、徐々に弱々しくなり、そのうちに完全に聞こえなくなった。
そっと目を開けて見ると、桃佳は冷蔵庫の前で、胎児のように体を丸めて眠っているようだ。
そっと起きだして、多希は桃佳の傍らに膝を付く。
さっきまで泣いていた顔にはまだ涙が残り、悲しい気持ちを夢にまで持っていったかのように、寝顔は苦しげだった。
戸惑いがちに手を伸ばし、多希はそっと指先で頬の涙をぬぐう。指先を濡らす桃佳の涙は冷たくて、多希はさっきとは逆に、桃佳が自分のせいで泣いているのじゃなければいいと強く思った。
壊れ物でも扱うように、本当にそっと桃佳を抱き上げ、ゆっくりとベットに横たえる。
柔らかで、軽くウェーブのかかった桃佳のくせっ毛を撫でる。この柔らかな髪の毛を撫でていると、多希のほうが安心してしまうことに気が付いたときは、さすがに少し動揺した。
涙で頬に張り付いた髪の毛をよけ、冷たい頬にそっと唇を押し当てる。
「おやすみ」
不意打ちでキスをしたことがばれたら、また怒るんだろうな。
そんなことを思って、多希はふっと微笑む。



それぞれの夜が更けていく。




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