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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


42.黒い感情

2010.03.24  *Edit 


「本当にごめんなさい!!」

桃佳は携帯電話を耳に押し当てて、何度も頭を下げる。勿論、そんな桃佳の様子は、電話相手の駿には見えるはずもないのだけれど。
「どうしたの?」
電話の向こうで、駿が優しく訊ねる。
「うん・・・。実は、急に弟が遊びに来ちゃったの。だから、今日は弟の相手をしてあげなくちゃいけないから、いつもの時間に会うことができなくって」
どうしても受けなければならない午後からの授業を終え、桃佳は急いで買い物をして家に戻ってきたところだった。
楓に連絡をするよりも先に、事情を話すため駿に電話をしたのだ。
「弟?清水って弟いたの?」
「うん。話してなかったっけ?」
「聞いてなかった」そういえば、と駿は思う。自分の家族のことは話しても、桃佳の家族のこととか、どんな子供だったのかとか、そんなことは殆ど聞いたことがない。
「小学6年生なの。だから、家を空けるわけにもいかなくって」
がらんとした部屋の中を見つめ、桃佳は罪悪感にとらわれる。当の楓は多希が遊びに連れて行ってくれているのだから。
「そっか。それなら仕方ないよね。・・・ねえ」
「うん?」
「俺、その子に会えないかな。これでも結構、子供からは好かれるほうだと思うんだけど」
「え?」
駿の申し出に言葉が詰まる。
駿が桃佳の弟に会いたいと言ってくれるのは嬉しかったものの、楓は既に多希に会ってしまっている。その楓を駿に会わせるという事は、とても危険なことだと桃佳の中の警報が鳴った。
「えっと、でも、駿ちゃんは今日はバイトでしょ?それに・・・弟、久しぶりに会うから・・・」
「そっか、そうだよね。家族水入らずのほうがいいか」
駿は軽い調子で誤魔化したものの、内心はその『家族水入らず』の場に入れないことが、ひどく寂しいことのように思われた。
「それからね」
尚も桃佳は申し訳なさそうな声を出す。
「明日、弟を送るついでに実家に戻ろうと思うの」
「実家?」駿はそのとき、桃佳の実家がどこなのかさえ知らないことに気がつく。
「うん・・・。ちょっと遠くてね、日帰りじゃ無理だし、連休にも帰ってなかったから、いい機会かと思って。明日行って、日曜日の夜に帰ってくるようになると思うの・・・。だから・・・」
休みの日には会えない。
その言葉を、桃佳はなかなか言うことができなかった。
駿がどれだけ休みの日に自分と会う時間を楽しみにしてくれているか知っているから、どうしてもその先の言葉を言うことができなかったのだ。
「・・・そっか、今週は会えそうもないか」
明るい声で落胆の色を隠して、駿は言う。けれど、その色は確実に桃佳にも分かってしまう。
「本当に・・・、ごめんなさい!!」
ぎゅっと目をつぶり、桃佳は再び頭を下げる。
「仕方ないよ。家族も大事だからね。でも、弟君には会ってみたかったな」
「うん・・・。ごめんなさい」
「いいよ。清水、謝ってばっかりだな。弟君との時間、楽しんで」
「うん。ごめ・・・」ごめんなさいと言いかけて、慌てて言い直す。「・・・ありがとう。駿ちゃん」
「うん、じゃあ」
「じゃあね」
切れた携帯を握り締めて、桃佳は大きなため息をついた。
それから気を取り直して、学校に行く前に聞いておいた多希の携帯番号に電話をかける。数回コール音がした後に、多希に繋がる。
「もしもし?」
繋がった先からはざわざわとした物音が聞こえ、桃佳は少し顔をしかめる。
「多希さんですか?今、学校から帰ってきたんですけど、どこにいるんですか?」
「ああ今?楓と一緒にボーリングしてた」
電話から聞こえる多希の声は明るい。
「ボーリング?」
「うん。楓、結構うまいよ」
電話の向こうで、楓が「おじさんの番だよ!!」と呼んでいる声が聞こえる。
「あの、すいませんでした。一日中楓のことお願いしてしまって・・・」
「うん。このゲームが終わったら、楓は連れて帰るから心配しなくてもいいよ。楓が呼んでるから、切るね」
「あ、すいませんがお願いします」
電話が切れる間際に、「おじさん早く!!」という楓の楽しそうな声が聞こえた。
多希が子供に好かれるイメージがなかっただけに、少しだけ意外に思う。楓が振り回してなければいいけれど・・・と、桃佳は大いに心配になった。


駿は沈黙した携帯を見つめ、ぼんやりとする。
電話が切れてしまったのと同時に、耳元にはっきり感じていた桃佳の気配は、跡形もなく消えてしまった。
桃佳に弟がいたことも、実家が遠いことも、駿は知らなかった。
勿論、付き合っているからと言って、相手のことを全て知ることができるなんて、そんなことは思ってはいない。付き合っていく上で、弟のことや実家のことを知らなくても、問題はない。
けれど、と駿は思う。
兄弟や家のことだけでなく、桃佳は自分のことをあまり話さない。
いつも聞かれたことには答えても、自分から自分のことを言うことは殆どなかった。そう、自分のこと、自分の気持ち。
何をしたいのか、どうしたいのか、その心の内さえも。
駿の心に、ひんやりとした冷たい影が降りてくるようだった。その影が、駿の心を覆いつくしてしまうのに時間はかからなかった。
ずっと、時間をかけていけば桃佳が自分の気持ちを言ってくれるようになると信じてきた。だからこそ、今まで何も言わずに彼女のことを見守ってきた。
そして、付き合ってもうすぐ7ヶ月になる。
その間、桃佳は変わってきただろうか?
駿は自分に問う。
自分をさらけ出してくれるようになっただろうか?
もう一度自分に問う。

答えは・・・。

駿は沈黙した携帯を、ぎゅっと握り締めた。爪の先が白くなるくらいに。
「清水」
小さく呟く。
心に降りた影は、駿を凍てつかせながら侵食していく。どんどん、深く。
駿はさっきまで鼓膜をくすぐっていた、愛しい恋人の気配を思い出そうとする。けれどどうしても思い出せなくて、影は更に彼の深いところまで落ちていく。
その肌の感触を、繋がったときの温かさを、少しだけ苦しそうに頬を紅潮させる切なげな顔を・・・思い出そうとする。
それらは全て、暗い闇の向こうにあるかのように、ぼんやりとして見つけることができない。
駿は唇を噛み締める。
自身の中に芽生えた黒い感情が、自分も桃佳も壊してしまいそうで、その感情の隠し場所を自分の中に必死に探した。
桃佳を優しく慈しみたい。
桃佳をめちゃくちゃに壊してしまいたい。
相反する感情に、駿は引き裂かれそうだった。



桃佳は袋いっぱいの食材を小さなキッチンに並べる。
久しぶりだから、楓の好きなものをたくさん作ってあげようと思っていた。
今日一日中お世話になった多希のために、好きかどうかは分からないものの、赤ワインも一本買って来た。それほど高いものではないものの、綺麗なラベルに、すっきりとしたボトルの形が気に入って、それに決めたのだった。
ワインを冷蔵庫の中にしまいながら、ふとさっきの駿の言葉が桃佳の中をかすめる。

『弟君に会ってみたかったな』

きっと駿は本心からそう言ってくれているのだろう。
そう思うと、胸の中に重たいものが落ちる。
桃佳も駿に楓を会わせたかったとも思う。きっと楓は駿を気に入ってくれるに違いない。
優しくて、誠実な彼を。
いつか会わせてあげよう。
そう思う一方で、そんな日が来るのだろうかとも急に不安になる。
ゲームが終われば、駿と元の関係に戻れると信じてやってきた。このゲームさえ終われば、すべてが元通りになると。
けれど、それは本当なんだろうか?
そんな未来があるのだろうか?
桃佳は急に不安になって、頭をぶるんと振ってその考えを頭から追い出す。
その先を考えてはいけないような気がした。
「さあ、二人が帰って来る前に、少しでも作っておかなきゃ!!」
髪を一本に縛り、腕まくりをし、エプロンをして気合を入れる。
「まずはエビフライの下ごしらえでもしようかな」
桃佳はエビの背綿を抜く作業に没頭する。
そうするうちに、さっき桃佳を不安にさせた気持ちは、とりあえずその場から気配を消したようだった。

そのときは。

でもいつか、その不安と正面から向かい合わなければならないことも、桃佳は気付かない振りをする。



本当は、いつか見なければならないこと


知っているのに。




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