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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


44.帰郷

2010.03.25  *Edit 

桃佳は「駅まで送ろうか?」と言う多希の申し出を丁重に断って、小さな旅行鞄を抱えてタクシーの後部座席に滑り込んだ。
すっきりとした、天気のいい朝。

「本当に送らなくてもいいの?」
タクシーが駐車しているそばまで見送りに来た多希が、後部座席に座る桃佳に声をかける。
「はい。色々お世話になっておいて、更に駅まで送ってもらうなんて、そんなことできませんから」
内心は、駅なんて人の多いところで多希と一緒にいるところを誰かに見られても厄介だという思いと、こんなに秀麗な顔を持った人と人の多いところに行ったら、比べられてしまうという思いがない交ぜになっている。
勿論そんなことは口にはしないのだけれど。
「ほら、楓。ちゃんと多希さんにお礼を言うのよ!」
桃佳はのんびりと出口から出てくる楓に声をかける。
「この時間の電車に乗り遅れたら、乗換えで相当待たされるんだから、急いで!!」
急かす姉とは正反対に、弟の方は相変わらずのんびりだ。多希の前まで来ると、ぴたりと立ち止まり、その顔を見上げる。
「・・・色々と、お世話になりました」そう言って、深々と頭を下げた。
初めて見せる礼儀正しい姿に、多希は驚いた顔で楓を見た。そんな気持ちが伝わったのか、楓はいたずらっぽい表情で多希に耳打ちする。
「きちんとしないと、姉ちゃん後から怖いからさ」
二人は顔を見合わせて微笑む。
「それから」楓はさっきよりももう少し声をひそめる。「・・・昨日の約束、よろしくね」

『姉ちゃんを助けてやって欲しい』

多希の脳裏に、昨日の真剣な楓の声と、約束の小指を絡めた感覚が蘇った。
やはり、一瞬よぎった疑問の欠片は、少しも浮かび上がっては来ない。
「分かってるよ」
多希が優しく微笑むと、楓は安心したようにほっと息をつく。
「じゃあ、もう時間だから行くね」
楓はそう言って、小さな旅行鞄を桃佳の隣に放り投げる。桃佳が奥から不満げな視線を投げかけていることなど、一向に気にはならない様子で、楓もタクシーの後部座席に乗り込んだ。
それから、急いで窓を開ける。
「気をつけてね」
タクシーがゆっくりと動き出す。楓が全開にした窓から、身を乗り出して手を振る。
「じゃあね!!またね!多希さん!!」
「ああ!またな!楓!!」
多希はタクシーが見えなくなるまで手を振って見送った。
最後に楓から『多希さん』と呼ばれたことが妙にくすぐったくて、空を見上げる。
見上げた空は、限りなく青くて澄み切っている。この空と同じくらいに、多希の心もすっきりとしていた。
多希は空を見上げたまま、爽やかな日差しとは似つかわしくないほど、怪しい微笑を口元にたたえる。


桃佳ハ、今日モ明日モ駿ノモノニハナラナイ。


多希の中を通り過ぎる、無意識の声。
その声には気付かず、彼は清々しい空気の中で大きく伸びをした。





電車に乗り3時間、それから乗換えをして1時間、タクシーに乗って10分。単純計算でも4時間10分。けれど、乗り換えの時間や待ち時間を考えると、桃佳の実家に帰るには約5時間ほどかかる。
桃佳は生まれ育った懐かしい景色を、タクシーの窓から眺め、あらためて故郷の遠さを実感する。
やがてタクシーは一軒の家の前で音もなく止まった。
家の前にタクシーが止まったのを認めて、中から背の小さな女性を筆頭にして、3人の人間が飛び出してくる。
「楓君!!」
タクシーを降りてすぐ、切羽詰った声に呼ばれて楓は、恐る恐ると言った様子で振り返った。そこには桃佳と同じくらいの背の大きさの女性が、口元をぐっと引き結んで、腰に手を当てた状態で楓を見据えている。
その後ろには、苦笑いを浮かべた彼の兄、慧と颯が距離を置いて立っていた。
「楓君!!」
その女性がもう一度大きな声でその名を呼ぶと、彼はしゅんと小さくなる。
その様子を見て、タクシーの運転手に料金を払い終わった桃佳が慌てて車から降りてくる。
「お義母さん。すいませんでした」
慌てて降りてきた桃佳の顔を見て、彼女たちの義母、佐代はにこやかに目を細めた。
「まあ、桃佳ちゃん!ごめんなさいね。学校も忙しいのに、遠かったでしょう?」
「いいえ。それよりも・・・。楓がご心配かけてしまったみたいで、本当にすいませんでした」
深々と頭を下げる桃佳に、佐代は胸の前で大きく手を振る。
「そんな、桃佳ちゃんのせいじゃないじゃない!!」
「でも」
二人がそんなやり取りをしている間に、楓はこっそりと家の中へ向かうが、二人の目がそれを見逃すはずもない。
「楓!!」
「楓君!!」
桃佳と佐代に同時に呼び止められて、楓は観念したように動きを止める。振り返って、佐代に向かってぺこりと頭を下げた。本当は最初にこうするべきだったことは分かっていたものの、楓も微妙な年齢で、なかなか上手に謝罪できなかったのだ。
「・・・ごめんなさい。母さん」
深々と頭を下げる楓に、佐代はこつりと小さくげんこつを落とす。
「・・・もう。心配したんだからね。無事に帰ってきてくれてよかった」
楓が顔を上げると、優しい瞳の佐代の表情と出会い、楓も申し訳なさそうに微笑む。
「本当にごめんなさい」
「もういいよ。さあ、中に入りましょう」
桃佳はそんな二人のやり取りを見て、きちんと二人の間に家族としての絆が生まれていることにほっとし、それからほんの少しの寂しさを感じたのだった。
「姉ちゃん、久しぶり」
後ろの方で事の成り行きを見守っていた慧と颯が、桃佳に駆け寄る。数ヶ月見なかっただけで、急に逞しくなったような気がして、彼女は自分よりも背の高い弟を眩しそうに見上げた。
「慧、颯。久しぶり。あんたたち、今回の件は二人が協力したらしいね」
桃佳は並んだ弟二人の胸に軽く拳をぶつける。
「だってさ、姉ちゃんも悪いんだぜ。全然こっちに帰ってこないから。だから、楓が今回の暴挙に出たわけじゃない」
その言葉に桃佳は小さくため息をつく。それくらいは、彼女だって良く分かっていたのだから。
「・・・うん」
「でもまあ、これを機に、変な気を遣ってこっちに帰ってこなかったら、余計にめんどくさいことになるって分かったろ?」
慧がにんまりと笑う。横では颯も同じような表情で頷いていた。
「だから、姉ちゃんはちょくちょく帰ってくるように」
二人にそう言われ、桃佳の心の中が暖かく灯る。
確かに自分の家に帰ってきたんだという実感が急速に大きくなり、桃佳は慧と颯の肩を抱く。
「・・・ただいま」
「おかえり」
年頃の弟たちは嫌がることもなく、姉からの抱擁を快く受け入れた。

自分の部屋は、掃除はされていたものの、以前使っていたときのままの状態で部屋の主を待っていた。
勿論、佐代の掃除が行き届いているからこそ、こうして久しぶりに帰ってきても気持ちよく使うことができる。

佐代がこの家に来たのは、桃佳が高校2年生の冬のことだった。
彼女が進路のことに悩みながらも、弟たちのことを考えると進学するのを諦めるべきかもしれないと思っていた矢先、父が佐代を連れてきたのだ。
父親に付き合っている女性がいることは知っていたものの、急に『結婚しようと思う』と言われた時には、さすがの桃佳もかなり驚いた。
佐代は、父の経営する老人福祉施設の介護士で、とても明るくてとてもよく働く素敵な人だ。難しい年齢の弟たちも次第に佐代になれ始め、桃佳が高校3年生になる頃には二人は籍を入れた。
佐代のおかげで、桃佳は受験を決心することができたし、受験勉強にも集中することができるようになる。
そのときは気がつかなかったのだけれど、今更ながら桃佳は、あの結婚が自分のためであったことを痛いほど感じていた。
自分を家事や弟たちのことから自由にして、好きなように思う道を進めるようにという・・・。
だからこそ、桃佳は願う。
家族が幸せであるようにと。
そうなれるようにと、自分はすぐには帰れないような遠い大学に行くことを決心したのだ。けれど、それは桃佳の思い上がりで、こうして自分が帰ってくることこそが家族のためなのかもしれない。
そう思うと、なんだか情けないような、それでいて満たされるような、くすぐったい気持ちを桃佳は感じた。

「これからは時々帰ってこよう・・・」
懐かしい部屋で、桃佳は嬉しそうに独り言を言った。





駿は携帯のモニターを見つめて、ため息をつく。
桃佳の声が聞きたいと思う。けれど、彼女は今、久しぶりに家族の元に帰っている。電話をして邪魔をするのも嫌だ。
本当は、彼女から電話をしてくれたならどんなにいいだろうと思いながら、何度も携帯を見つめているのに、桃佳からの着信はない。
仕方ないと思いながらも、駿の中で苛立ちが募る。
実家の場所も知らない駿にとっては、桃佳が知らないところに行ってしまったような不安感が、心の底にこびり付いて離れないのだ。
この前から自分を包み込む黒い感情。
駿自身、それに気が付かないはずもない。けれど、自覚はしてもそれを飼い慣らすことはできそうもない。
せめて、別のことでも考えて、その存在を見ないようにすることくらいしか。

駿はぶるりと頭を振って歩き出す。
週末の予定を何も入れていなかった駿は、兄の部屋を尋ねようと思っていた。
久しぶりに多希と話しをしたら、少しは気持ちが落ち着くかもしれない。多希には付き合い始めた頃から、時々話しを聞いてもらっていたので、このごちゃごちゃした気持ちも、多希ならば冷静に見つめてくれるような気がしていたのだ。

なのに。

「どうしてだよ」

アパートを下から眺め、駿は呟く。
かつて多希の住んでいた部屋には、カーテンがかかっていなく、窓ガラスには空室のプレートがかかっていた。
「なんでだよ」
どうして俺はいつも何も知らないんだ?
駿の中で、黒い感情がむくりとその首をもたげた。


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