りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


45.毒と崩壊

2010.03.25  *Edit 

その電話が鳴ったのは、午後6時を回った頃だった。

その日多希は当番だったので、病院に呼び出されており、まさに仕事の最中だった。
バイクの単独事故の若者が運ばれてきて、レントゲンの指示が救急外来の医師から出たのだ。幸いなことに、右の大腿骨にひびが入っていたものの、腹部には異常が見られず、その若者はそのまま整形外科へと入院することになった。

「では、また何かあったら呼んでくださいね」
多希は引っ掛けていた白衣を脱いで、救急外来にいる医師と看護師に声をかける。
その声を聞いて、中からパタパタと顔見知りの年配の看護師が出てきた。多希を見ると、にっこりと笑って缶コーヒーを投げてくる。
「柴山さん、お疲れ様。それ飲んでちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
年配の看護師、大下さんがもう一本持っていた缶コーヒーをその場で開けたので、多希もそれにならって今もらった缶コーヒーを開けた。
救急外来はさっきの事故の騒ぎとはうって変わって静かだ。
「今日は忙しくないといいですね」
多希がそう声をかけると、大下さんは複雑な顔を向けた。
「そうは言ってもねえ、『荒らし屋』の柴山さんが当番じゃあ、どうなるか分かったものじゃないわね」
「はあ、すいません・・・」
多希は眼鏡の奥に申し訳なさそうな瞳を作って、ぽりぽりと頭をかく。その様子を見て、大下さんは「冗談よ~」とからからと笑った。
「それにしても」さっきの一件で相当喉が渇いていたのか、大下さんは喉を鳴らして一気に缶コーヒーを飲み干すと、空になった缶をゴミ箱に捨てる。「柴山さん、最近休日の当番が多いのね」
多希もコーヒーを一気にあおりながら、確かにそうだと思う。
桃佳のいない退屈な休日は、積極的に当番を入れるようにしている。その代わり、平日はその分当番が少なくてすむ。意識的にそうしているわけではなかったのだけれど、大下さんに言われて、初めて自分の行動パターンに気がついた。
「確かに・・・そうですね。でもいんです。土日は暇ですから」
にこやかに答える多希を、大下さんは少しだけ気の毒そうに見つめる。
「柴山さん、彼女の一人もいないのね~。せっかく格好いいのに、もったいないわぁ」
「そんなことないですよ。ごちそうさまでした」
やはりにこやかに答えて、空になった缶をゴミ箱に捨てると救急外来を後にした。

病院を後にし、ポケットの中の携帯を探る。携帯は着信があったことを告げる、ブルーのライトが点滅している。
もしかしたら桃佳からかもしれない。
そう思って急いで携帯を確認した多希は、そこに表示されている名前に眉をひそめた。
『駿』
嫌なものでも見るようにその名を見つめ、ひとつため息をついてその相手に電話をかけた。




「いらっしゃいませー!!」
威勢のいい掛け声が聞こえ入り口を振り返ると、ちょうど多希が店に入ってきたところで、駿は片手を挙げて兄に合図する。それを見つけ、多希も小さく手を上げると駿の方にやってくる。
「兄貴、久しぶり」
「うん。久しぶりだね」
席に着くと、駿はもう既にビールを飲んでいた。それが一杯目ではないようで、駿にしては珍しく酔っ払ったのか気だるそうにしている。
駿からの着信に折り返し電話をした多希は、『久しぶりに飲もう』という駿の提案で、病院のそばの居酒屋で会う事にしたのだった。
「・・・兄貴、引越したんだね」
突然にそう言われ、多希の指先は一瞬強張ったが、既にアルコールの回った駿は少しも気が付かない。
「今日、兄貴の部屋に行ったら、空室の看板が貼られててびっくりしたよ」
そう言いながら駿は笑って多希を見たものの、その瞳は責めるような光を帯びている。
「ああ。病院に近いところを探してたんだけど、見つかったからすぐに引っ越したんだ」
「ふうん・・・。いつ?」
「もう一ヶ月くらい前になるかな」
「一ヶ月?」
駿は一ヶ月もの間、自分が何も知らされていなかったことに唇を噛む。多希はもう立派な社会人だ。引越しだろうと転職だろうと、好きにしてもいいに決まっている。けれど、自分には相談してくれるんじゃないかという思いがあった駿には、何も知らされていなかったことが、自分を否定されるように悲しくて悔しい。
普段ならばそんなことは思わなかったのかもしれない。けれど、桃佳のことを何も知らなかった自分と重なって、その思いは倍増されるのだった。
「それに、引越した方が彼女とも会いやすくなるし、ね」
怪しく光る、挑むような視線を向けられた気がして、駿は思わず目を擦る。再び見た兄は、いつものように穏やかな表情をしていて、飲みすぎかもしれないと駿は自分の両頬を掌で叩いた。
「そっか、兄貴彼女ができたんだ。どんな子?」
駿は興味津々で身を乗り出す。実際、兄がこれまで特定の彼女を作らなかったことを知っているだけに、その相手がどんな人物なのか、気にならないはずがなかった。
多希はさっきから同じように穏やかな顔のままで微笑んでいる。
「年上?年下?何してる子?」
次々質問するものの、多希が何一つとして答えてくれないので、駿はだんだんといらいらとしてくる。
「兄貴!」
思わず大きな声を出してしまった駿を、微笑んだままで冷たく見つめる。その視線に気がつき、駿は背中に冷たいものが走るのを感じた。
「秘密だよ」
囁くように答える多希。
冷たい視線はまた一瞬で消えた。ころころと変わる兄の雰囲気に、駿は戸惑わずに入いられない。今、穏やかに微笑んでいる顔が本当の兄なのか、さっきの冷たい視線を向ける顔が本当の兄なのか・・・。
駿はどうしていいのか分からないような、なんともいえない居心地の悪さを誤魔化すようにビールに口をつけた。
その味はとても苦く感じた。
『もしかしたら自分は、兄に憎まれているのかもしれない』
そんなことを思ってしまうくらいに、さっきの多希の視線は冷たく、ビールの味は口の中に苦く残っている。

店内のざわめきが、二人の間に流れる。
気まずいと思っているのは、もしかしたら駿だけかもしれない。勝手な自分の妄想に囚われて、兄との時間が苦痛にさえ感じていた。
何を考えているのか分からない兄が、その口を開く。
「そういえば、駿。彼女とはどうなっているの?」
いつもと変わらない様子でそう聞かれ、駿は心底ほっとする。目の前にいるのは、やはりいつもどおりの兄だったから。
「うん・・・。特に変わらないよ」
誤魔化すように歯切れの悪い言葉に、多希は首を傾げる。
「なんだか、はっきりしない答えだね」
「うん・・・」
特に二人の間に何かが起こっているわけではない。ただ、駿が勝手に色々と余計なことを考えてしまっているだけ。けれど、そんなことまで兄に話すのもどうかと駿は思う。

はっきりしない弟の顔を、多希はじっと見つめた。
すぐに『うまくいっているよ』なんて答えが返ってこなくて、心のどこかでほっと安堵のため息をついた。
このなんとも歯切れの悪い駿の答えが、気になって仕方がない。もしも桃佳とうまくいっていないのならば、こんなに面白いことはない。その理由をなんとしても引き出したいと思う。
「何かあったの?」
極力心配そうな視線を、眼鏡越しに送る。
「相談くらいになら乗れるかもしれないよ?」
いつもの優しい兄を演じることは、呼吸をすることよりも簡単なこと。
駿はビールをちびちびと飲みながら、多希の言葉に頷いている。何か悩んでいるだろうことは、その表情からも明らかだ。
「実は、さ」
そう駿が口を開いたとき、多希はその口元にそっと笑みをたたえた。勿論、目の前の弟には気付かれないように。
「うん。話してみなよ。少しはすっきりするかもしれないよ」
「うん・・・。本当にたいしたことじゃないんだけど」
尚も言いずらそうにしていた駿だったが、じっと多希を見詰める。「兄貴はさ、彼女のこと、どれくらい分かってる?」
唐突に聞かれ、多希には駿の言いたいことがいまいち分からない。その表情に気がついて、駿は苦笑した。
「ああ、ごめん。あの、兄貴はさ、付き合ってる彼女のこと、いろいろ知ってるの?その・・・どこで生まれたとか、どんな風に育ったとか」
そこまで聞いても、多希にはどうして駿がそんなことを聞くのかもよく分からない。けれど、桃佳がどんな風に育ってきたか、どんな思いでこの土地に来たのか、そんなことならばよく知っている。
「そうだな、結構知ってると思うよ」
「じゃあ、彼女は兄貴に自分のしたいこととか、自分の気持ちをちゃんと言ってくれる?」
最初は怯えていた桃佳。けれど次第に笑ったり、怒ったり、時には説教臭かったり・・・。それにこの前は膝蹴りまで食らったことを思い出して、多希は思わずふっと笑った。
その顔は、駿がそれまで見たことのない顔で、一瞬彼は兄の顔を驚いて凝視する。
「・・・よく怒られてるよ。俺が無茶なことしたり、バカなことするたびに、真っ赤になって怒ってる。怒らせてばっかりかも」
その言葉で、駿は自分と桃佳が喧嘩らしい喧嘩さえもしたことがないことに気がつく。
いつもお互いに遠慮しあって、言いたいことを我慢してしまうために、喧嘩にさえならない。確かに平和な関係だけれど、お互いの距離は縮まらない。
だからこそ、兄の言葉が心底うらやましいと思った。
「いいね。そんなふうに思ってることが言い合えるんだ。俺たちは・・・。俺は、清水のこと、何も知らないし、喧嘩もしたことない」
ポツリと駿が呟いた言葉に、多希は目を細めた。
「うまくいってないの?」
その言葉に、駿は首を振る。
「そうじゃないんだ。ちゃんと付き合ってる。だけど、7ヶ月近くも付き合ってるのに、俺は清水のこと全然知らなくって、それにあいつはいつも自分の思ってることも言ってくれなくって・・・」
うなだれる駿を見つめながら、二人の付き合いがどんなものなのか、多希には何となく分かったような気がする。
お互いにお互いを思いあって、言いたいことも言えない関係。傷つけることを恐れるあまりに、傷つかないけれど、深くならない関係。そんな関係に弟が苦しんでいること。
付け入る隙はまだいくらでもある。
そう思うと、多希は目の奥に冷たい炎を燃やした。
そのとき、テーブルの上に置いてあった病院からの呼び出し専用の携帯が震える。
「もしもし、柴山です」
多希は駿に目配せをして電話に出る。
「もしもし、柴山さん?今度は子供の腹部のレントゲンをお願いしたいんだけれど」
電話の向こうからは大下さんの申し訳なさそうな声が聞こえる。
「はい、分かりました。すぐに行きますから」
「兄貴、呼び出し?」
「うん。急患みたいだ」
多希は財布を取り出して、テーブルの上にお金を置く。
「これ、払っておいて」
「いいよ。兄貴、ビールも飲んでないのに」
「いいよ、おごり」
「・・・ありがとう」
席を立ちながら、多希は駿の肩をぽんと叩く。
「駿。あんまり思いつめるなよ」
優しい兄の言葉に、駿もにこりと笑って頷く。
「だけど」多希は身をかがめると、駿の耳にそっと毒を流し込む。「・・・言いたいことも言えないで、その付き合いは、本当に付き合ってることになるのかな?」
もう一度駿の背中をぽんと叩くと、多希は振り向かずに店を出て行った。
店を出て、多希は冷たい笑みを浮かべ、上機嫌で病院に向かっていった。


「すいません、ビール」
ジョッキに半分くらい残っていたビールを一気にあおり、駿は新しいジョッキを注文する。

言いたいことも言えないで、その付き合いは、本当に付き合っていることになるのかな?

兄の言葉が頭の中でぐるぐると回る。
思わず駿は頭を抱えた。
付き合いだしてからの、桃佳との思い出が頭の中で浮かんでは消える。
大丈夫。俺たちはちゃんと付き合っている。
そう思っても、黒い感情が駿の中を駆け巡って、桃佳との思い出さえも黒く塗りつぶしていく。


何かが壊れてはじけた音を、駿は確かに聞いた。

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