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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


46.嵐の前のひととき

2010.03.25  *Edit 

「小嶋さ~ん!!」
日曜日の就業時間、大きな声で呼びかけられて、拓巳は思わず抱えたファイルを落としそうになった。
声のした方を振り返ると、白衣を着た美緒が嬉しそうに大きく手を振っている。その姿を見て、彼は思わずため息が漏れた。関わってもあまりいいことがないのを、よく知っていたから。
それでも医療事務という職業柄、接遇に優れた彼は、いやな顔ひとつせずに声の主に微笑みかける。
「休日出勤?」
そう問いかけると、美緒は頷きながらそばにやってくる。「そうなんです。でも今日は病棟も穏やかで、仕事も楽な方なんですよ。小嶋さんも休日出勤?」
「ああ、どうしても片付けなきゃならない仕事があったものだから」
「小嶋さん」
美緒がどちらかというと何か企んだような笑顔で、にんまりと微笑む。その顔に、拓巳の中の警報器が一気に作動した。しかし、それも遅すぎたようだ。
「な、なに?」
「もうその仕事終わります?」
可愛らしい顔を作り、覗き込むように少しだけ身をかがめる。白衣の胸元のボタンがひとつ外れていて、その隙間から豊満な胸の谷間が見えそうだ。拓巳はその胸元をちらりと見てから、慌てて斜め上のほうを見る。
こんなふうに迫られたら、何でも言うことを聞かされてしまいそうだ。
「仕事は・・・もう終わるけど?」
「そっかあ、それはよかったぁ」
美緒は甘ったるい声で、嬉しそうに胸のところで手を合わせた。
「何がよかったの?」
聞くべきではないと思いつつも、拓巳は思わず聞いてしまう。勿論、拓巳が聞かなくても、美緒がすぐに言うことは分かっているのだけれど。
「実は、私仕事終わったんですよ。定時に終わるなんて、もう本当に久しぶり!!」
嬉しそうに笑う美緒。けれど拓巳は、『定時に仕事が終わって嬉しい』と言う報告を彼女がしたいわけではないということを分かっている。
「で、これから芝山さんのお家に行きません?」
やっぱり・・・。
拓巳は頭を抱えたい気分だったものの、両手にファイルを抱えているのでそれはできない。
「って、多希には言ってあるの?」
「言ってませんよ。突然押しかけるんです」
とんでもないことをさらりと言ってのける無邪気な美緒に、拓巳はめまいさえ覚える。
「でも、ほら、あいつが家にいるかどうかなんて分からないじゃない」
「いなかったらそのときは諦めます。でも小嶋さんもこれから別に用事はないんでしょ?付き合ってくださいよ」
用事がないことを決めつけられてほんの少しむっとしたものの、実際これからの予定のない拓巳は反論のしようもない。
「でも、急に行ったらあいつも困るかもしれないし・・・」
どうにかして断ろうと試みたものの、美緒は一歩も譲る気配もない。
「だから、いなかったらそのときは諦めますってば」
その意志の強い瞳は、とても拓巳の言うことなど聞きそうもない。ここで拓巳が止めたとしても、ひとりで多希の部屋に乗り込むことは間違いなさそうだ。それならば、自分が一緒のほうがまだましなのではないかとさえ思えてくる。
「・・・分かったよ。後はファイルを片付けるだけだから、待ってて」
「はあい!じゃあ私、着替えしてきますから」
折れた拓巳とは逆に、美緒は嬉しそうに鼻歌を歌って去って行った。
その後姿を見つめながら、拓巳はポケットを探る。このことを多希に知らせておいたほうがいいだろう。そして、一刻も早く部屋からどこかに避難するようにと。
しかし、肝心の携帯が見当たらない。そして、自宅で充電器にかけたままなのを思い出し、冷や汗がどっと出る。どうやら、多希ににらまれるのは避けられそうになかった。




部屋のチャイムが鳴り、多希は慌てて玄関へと急ぐ。
桃佳が戻ってきたのだと思ったから。
けれど、確認もしないでドアを開けたことを、次の瞬間彼はひどく後悔するのだった。
「また来ちゃいました~」
甘ったるい声で、上目遣いに多希を見る美緒。その後ろには、たくさんの荷物を持たされた拓巳。拓巳は困ったような、それでいて申し訳なさそうな視線を向けている。それだけで、多希には大体の事情が呑み込めた。
「お邪魔してもいいですか?」
一応そう聞いた美緒だったが、その言葉には否定する言葉さえも跳ね除けてしまいそうな強引さがある。
「・・・どうぞ」
他に言葉も見つからず、多希はそう答える。結局は多希も美緒には押し切られてしまうのだ。拓巳のことは責められそうもない。
「おじゃましま~す!」
多希の言葉を受けて、美緒がさっさと部屋に上がり込んでいく。荷物を両手に下げた拓巳が、申し訳なさそうに小さな声で「悪い」と言った。
どうしようもないさ、と言うように多希が肩をすくめて見せる。少なくとも怒ってはいないような多希の態度に、拓巳はとりあえずほっと胸を撫で下ろした。

すぐに多希の部屋は食欲をそそるいい香りに包まれた。
美緒がみんなで夕食を食べようと、腕を振るっているのだった。
拓巳は思わず、新妻を彷彿とさせるピンクのエプロンに釘付けになり、その姿を見て、多希は苦笑した。
「柴山さん、今日はモモちゃんいないんですか?モモちゃんも一緒にご飯食べようと思っていたのに」
鍋に調味料を入れながら、美緒が振り返る。
「ああ、今日はいないんですよ」
「あ、もしかしてデートですか?モモちゃんもお年頃ですもんねえ」
「違うよ」
美緒の面白がっているような口調を、多希は間髪入れずに否定する。その声色は、少しだけ怒っているようだ。
「デートじゃない。用事があって出かけているだけだから」
端正な顔は、陶磁器のように無表情だ。ただ、声には明らかに怒りの粒子が含まれていて、美緒も拓巳も思わず動きを止めて息を呑んだ。
「・・・そ、そうなんですか。早く帰ってきたら、一緒に夕食食べられるのに」
背中に冷たいものが降りるのを感じながらも、美緒は取り繕うように明るくそう言った。
「そうだね、早く帰ってきたらいいのに」
さっきまでの陶磁器のような無表情とは違い、今度はにっこりと微笑む多希。
その様子に、美緒も拓巳もほっと胸を撫で下ろした。
美緒の目には、過剰に妹を心配する兄にしか見えていなかったものの、拓巳には美緒の前でさえ、感情を抑えられなくなっている多希は、驚くべきものだった。
けれど、多希にとって桃佳がそれほどまでに大きな存在となっているのならば、残念ながら『黒豹』は『羊』に勝てそうもない。
「もうすぐできますからね~」
美緒が多希の部屋の少ない食器をテーブルの上に並べる。3人で食事をするには、食器が足りそうもない。
「柴山さん、食器もうないんですか?」
困ったように美緒がため息をついている。多希の部屋には、食器の代わりになりそうなものもない。
「じゃあ、モモの部屋から借りてくるよ」
「あ、そうしてもらえると助かります!」
多希は桃佳の部屋の鍵を持って自室を出た。合鍵を使って、桃佳の部屋に入る。勿論、部屋の主の桃佳は帰ってきていない。
ぱちんと電気をつけると、部屋の中は綺麗に片付けられていた。
いつも桃佳が立っているキッチンを見る。そこにいつもの背中はないものの、その姿は多希の心の中にはっきりと見えるような気がした。
息を吸い込むと、柔らかな桃佳の香りが多希を包む。香水とか、そういうものの香りではない、柔らかく優しいような桃佳の香り。その香りが鼻腔をくすぐると、多希は何となく穏やかな気持ちになるのだった。

「モモ、早く帰っておいで」

穏やかに微笑みながら、多希はそっと呟いた。




聞き覚えのある駅名が告げられて、桃佳はびっくりして飛び起きた。
窓の外を見ると、目の前には見覚えのある景色が流れている。彼女は慌てて荷物を手に取った。
もっと早く着くように帰ってくるつもりだったのに、弟たちに引き止められ、すっかり遅くなってしまった。
昨日の夜も弟たちと話しこんでいた桃佳は、電車に乗って少ししてからすっかり眠り込んでしまったのだった。
時計を見ると、もう21時をすっかり回ってしまっている。
電車の中で眠ったといっても、疲れが取れるどころか、かえって疲れてしまっているようだ。座ったまま眠りこんでしまったので、肩も腰も痛い。
早く自分の部屋に戻って、ゆっくりベットで休みたいと思いながら、桃佳は止まった電車からいつもの駅に降り立った。

バスで帰ってくることもできたものの、とにかく早く帰りたくて、贅沢かな、と思いつつタクシーでアパートまで帰ってくる。
鍵を取り出し、部屋に入る。
「あれ?」
部屋の電気は消していったはずなのに、明かりがついていて、桃佳は一瞬戸惑う。けれどすぐにその理由が分かり、ふっと微笑んだ。
テーブルの上には書置きが置いてある。
『モモ、お帰り。ちょっと食器を借りていくよ』
初めて見る多希の字は、桃佳が思っていたよりもずっと上手な字で、思わず感心してしまう。
それよりも、賑やかな実家から帰ってきて、それなりに寂しい気持ちもあったので、部屋に電気がついていたことは、桃佳には何となく嬉しかった。真っ暗い部屋に一人帰ってきたならば、とても寂しい思いをしていたかもしれないから。
隣の部屋からは、賑やかな話し声が聞こえる。
「ふぁ・・・」
桃佳は大きなあくびをひとつした。旅行鞄を投げ出すように置いて、さっさと部屋着に着替えると、シャワーを浴びる気にもならなくてそのまま布団にもぐりこむ。
明日早起きして、学校に行く前にシャワーを浴びよう・・・。
そんなことを考えながら、桃佳はすぐに眠りに落ちていった。
賑やかな隣の話し声は、変に心地よく桃佳にとっての子守唄のように響いていた。



ばたん。
隣のドアが閉じる音を、多希は聞き逃さなかった。
お酒の入った拓巳と美緒は、職場の上司の話で盛り上がっている。
隣の部屋に桃佳がいると思うだけで、多希の心の中は不思議とほわりと温かくなってくる。
どうしてそんなふうに心が温かくなるのか、その理由は多希にはよく分からなかったけれど、それは決して嫌な感じではなかった。
むしろ、くすぐったいような、心地いいような・・・。

「おやすみ、モモ」

誰にも聞こえないような小さな声で、多希はそっと囁いた。



穏やかな夜。
静かな夜。

嵐の前の、そんなひととき。

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