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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


52.気になる

2010.03.25  *Edit 

桃佳は泥のような眠りから目を醒ました。
自分の体が、全く言うことを聞いてくれない。
鉛のように重たくて、拘束されたように自由にならない体。
はあ、はあ、と短い呼吸を繰り返しながら、部屋の中を見渡す。部屋の中は光が満ちていて、どうやらもう夜が明けてしまったのだと気が付く。
やはり多希は昨日来なかったようで、桃佳はほっとしたような、それでいて寂しいような複雑な思いを抱く。
そして、病気で弱ってるからといって、多希がいなくて寂しいと思ってしまった自分に対して、『それはダメでしょう』と突っ込みを入れる。
とにかく、今日は学校には行けそうもない。
ノートを取っておいてもらうために、みなみにお願いの電話をしようと思って携帯を探して枕元をごそごそと探った。
「……そっかあ。携帯、ないんだった」
いくら探しても探り当てることのできない携帯は、今でもゴミ箱の中で静かにしていることを思い出す。
桃佳は諦めたように寝返りを打った。
確かに、携帯がなくて誰とも繋がることができないのは孤独感を感じる。世界とも、誰かとも繋がっていないような不安定さ。
けれど今の桃佳にとっては、それほど嫌ではなかった。
桃佳が学校に行かなければ、きっとみなみがノートを取っておいてくれるだろう。
そう信じて、桃佳は再び目を閉じた。





「柴山さん。内科の先生が、来週のCT検査のことで打ち合わせたいことがあるそうですよ」
電話を取った看護助手の女性に声をかけられて、多希は足を止める。
「ああ。これからそちらに伺いますって、そう伝えてください」
「分かりました」
いつものようににこやかに応え、それから小さく息をつく。
あの夜から、どうも自身のコントロールがうまくいかない。気を抜くと、自分を演じるのを忘れてしまいそうになってしまう。
自分を演じることなど、息をするよりも簡単だったというのに……。
軽く頭を振って、余計な考えを追い払うと、多希は手元に置いてあったファイルをつかんだ。
「ちょっと内科外来に、来週の検査の打ち合わせに行ってきますから」
そう声をかけて、レントゲン室を後にした。


昨日、桃佳の部屋に多希は行かなかった。
あれから何度も『これはゲームなんだ』と自分に言い聞かせた。そうすることで、なにか大きなものに飲み込まれそうだった心は落ち着きを取り戻した。
けれど、どんな顔で桃佳と会っていいのか分からない。
昨日迷いながらもアパートに着くと、桃佳の部屋には灯りがついていなくてほっとしたのと同時に、もしかして駿と一緒なのではないかと思うと、いてもたってもいられないような焦燥感に襲われたのだった。
「ゲームなんだ……」
無意識のうちに、口の中で小さく呟く。
ファイルを抱えながら、多希は内科外来に向かった。昼前なので、受診を待つ人が大勢椅子に座っている。内科外来の受付に声をかけようとしたとき、背後から声をかけられる。
「兄貴?」
兄貴。自分のことをそう呼ぶ人間は、この世でたった一人だ。昨日、明かりの消えたままだった桃佳の部屋。もしかしたら、昨夜桃佳と一緒にいたかもしれない人間。
多希の中で訳の分からない感情が急激に膨らんだものの、彼は大きく息を吸い込み、完璧な仮面を被る。
「駿? どうしたの?」
にこりと微笑み、声をかけた人物……駿を振り返る。
「うん。風邪引いちゃって、熱もあるから薬もらいに来たんだけど……。内科はいつも混んでるね」
駿は小さな咳をしながら、うんざりしたような顔をした。
「そうだね。予約の人も結構いるから、予約なしだとどうしても待ち時間長くなるんだ」
受付の窓口に看護師の姿が見えて、多希はちらりとそちらを伺う。さっき電話をしてきた看護師らしかった。
「あ、兄貴、仕事中だよね。ごめん。仕事して」
その様子に気がついて、駿は慌てて自分の座っていた位置に戻りかける。その駿の背中に多希が声をかけた。
「駿」
「何?」
「よかったら、昼飯一緒に食べよう。地下の食堂でさ」
兄の提案に、駿はにこやかに答えた。


地下にある食堂は、職員食堂と来院者向けの食堂に分かれている。勿論、職員は職員食堂で食べるわけで、白衣を着た多希は、来院者用の食堂ではかなり目立っていた。
だから、後から食堂に着いた駿は、すぐに兄の姿を見つけることができた。白衣を着ていなかったとしても、すらりとした長身の兄はいつでも簡単に見つけることができるのだけれど。
「ごめん、待った?」
駿が席に着くと、多希は資料に目を落としながらコーヒーを飲んでいるところだった。声をかけられ、視線を上げるとにこりと微笑む。
「大丈夫だよ」

優しい表情であるはずなのに、駿は少しだけ警戒をする。
あの日、居酒屋で多希が見せた冷たい視線が、まだ駿の中に残っているような気がして。
じっと自分を見ている駿の視線に気がついて、多希は資料をぱたりと閉じてその視線を見つめ返す。色素の薄い瞳に見つめ返され、目を逸らしたのは駿の方だった。
「どうかしたか?」
「いや……。別に」
曖昧な笑顔を浮かべて、注文を取りに来た年配の女性にランチを注文する。
多希も同じものを注文し、コーヒーに口をつけた。
「それにしても、駿が風邪なんて珍しいね」
小さな頃から体の弱かった多希と反対に、駿は殆ど風邪を引いたことがない。多希の中で駿は『健康優良児』だ。
「うん。ちょっと雨に濡れちゃってね」
「雨に?」
駿の言葉に、多希は一瞬眉をひそめた。その脳裏に、びしょ濡れになって帰ってきた様子のおかしい桃佳の姿が過る。雨に濡れて風邪を引いた駿。雨に濡れて帰ってきた桃佳。とても無関係とは思えない。 
「うん。ちょっと……。それよりさ」
二人の間に何かあったのだろうかと、考えを巡らせていた多希は駿の言葉に視線を上げる。
「兄貴、この前、『そんなんで付き合ってるって言えるの?』って、そう言ってたよね」
「え? ああ……。そんなこと言ったっけ?」
誤魔化しはしたものの、はっきり覚えている。それは、多希が駿に流し込んだ毒だから。
「言ったよ」
「それがどうかした?」
流し込んだ毒が、どんな効果をもたらしたのかは多希には分からない。そのことに興味が湧いた。
「俺……さ、色々焦ってたんだ。兄貴の言うとおり、俺達ってなんだろうとか勝手に思っちゃって……」
「清水さんとの事、だよね?」
多希の目が、眼鏡の奥で鋭い光を放つ。
けれど、テーブルに視線を這わす駿はその視線には気付かない。黙ったままで、こくんと頷いた。
「ホント、兄貴の言うとおりだったよ。お互い言いたいことも言えないで。その上、そういうこと、俺、全部あいつのせいにして……」
そこまで言って、駿は唇を噛んだ。どうしようもない情けなさが駿を支配する。
雨に濡れた二人。そして目の前の唇を噛む弟の表情……。多希の中で、嫌な予感が破裂した。
「何かしたのか?」
テーブルの向こう側から、多希が駿の肩をぐっと掴んだ。駿の肩を掴む指先は、血の気を失うほど力がこもっている。豹変した兄の態度に、駿は驚いたように眼を見開いた。
「お前、何かしたのか!!」
いつも穏やかで、大声を出したところなど見たことがない兄、多希。それが、目の前で自分の肩を強い力で掴み、大声を出している。しかもその表情は……駿が見たこともないくらいの怒りに満ちている。
食堂で食事をしていたほかの客たちが、興味津々な無神経な視線を二人に投げかけてきている。そのことに気が付いた駿は、戸惑いながらも多希の腕を掴んだ。
「……兄貴!」
そう言いながら、『見られてるよ』とでも言うように、周りに視線を向ける。
「……! わ、悪い」
その意味に気が付いて、多希も駿の肩を掴んでいた手を離した。そして、すっかり冷えてしまったコーヒーに口をつける。
「どうしたの? 兄貴。なんか変だよ」
駿は眉をひそめて、兄の眼鏡の奥の美しい瞳を覗き込む。その瞳は動揺しているのか、せわしなく動いている。さっきのように怒りに満ちた表情はもうそこにはない。どちらかというと自分の行動に戸惑っている……そんな表情。
それでも少しすると、いつもの『穏やかな兄』の表情を取り戻していた。
「……悪かったな。大きな声を出して」
多希は申し訳なさそうな笑みを駿に向ける。
「びっくりしたよ。あんな兄貴見るの初めてだったからさ」
「だよな」
曖昧な笑顔を浮かべながらも、さっきからずっと引っかかったままの『嫌な予感』を確かめたい衝動に駆られる。もしもあの雨の日二人の間に何かあったのだとしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのではないだろうか……そう思うと、多希はテーブルの下で握った拳が、汗でじっとりと濡れてくるのを感じた。
意を決してさっきの話しを聞きだそうとしたとき、二人の間にランチが運ばれてくる。
「お待たせしました」
注文をとりに来たのと同じ、年配の女性が愛想なく二人分のランチと伝票を置いて去っていった。

「意外と美味しそうだね」
駿が運ばれてきたランチに口をつける。
「兄貴。どうしたの? 食べないの?」
運ばれてきたランチに手をつけない兄に、駿は声をかける。
「ああ、そうだね。食べるよ」
何も聞けないまま、もやもやとした気持ちを抱えて、多希はランチを無理やり流し込んだ。
味なんて少しも覚えてはいない。何を食べたのかも、分からない。
口に出せない言葉を一緒に呑み込むようにして、口の中に運んだものを飲み下していった。


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