りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


53.こんなにそばにいたのに

2010.03.25  *Edit 

多希は自分でも気がつかないうちに、小さなため息を漏らしていた。
足を止め、もう一度ため息をつく。
今日は急遽勉強会があり、思った以上に帰りが遅くなってしまった。もうすっかり太陽は沈んで、外灯が小さな明かりを投げかけている。
多希は足を止めたままで、視線を上にあげた。
見上げた先には自分のアパートが見える。そのうちの一室に視線をやり、今度は大きなため息をついた。
その一室。桃佳の住む部屋の明かりは今日も消えたまま。どこに行ってしまったのか、駿とはどうやら一緒ではないということは予想できても、それ以外の桃佳の行きそうなところなど、見当も付かない。
もしかしたら自分は避けられているのかもしれないとも思う。
しかし、ひどいゲームに巻き込んでしまったのは自分だ。責められようが避けられようが、それは仕方のないこと。

ちくり。

胸の奥に小さな痛みを感じて、多希は眉を寄せる。
「ゲームを仕掛けたのは俺なのに……。バカだな」
自嘲気味に笑い、罪悪感を胸の中から追い出そうとする。まだゲームは終わってはいないのだからと。
けれど、その痛みは消えてはくれなかった。

いつものように自室に戻り、暗い部屋に電気をつけてカーテンを閉める。
冷蔵庫からコーヒーを取り出し、タバコに火をつけたところでジーンズにねじ込んであった携帯が震えた。
ちょうどタバコに火をつけたところだったので、名前も確認しないで電話に出る。
「もしもし?」
『もしもし? おじさん?』
携帯を通して聞こえるのは聞き覚えのない声で、多希は一瞬目を細める。しかし、自分のことをおじさん呼ばわりするのは、ただ一人の悪ガキしかいないということを思い出した。
「ああ。もしかして楓か?」
『もしかしなくても楓だよ。おじさんボケちゃったんじゃないの?』
最後に多希のことを『多希さん』と呼んだ楓だったものの、数日時間が空いてしまったので、照れくささからつい『おじさん』と言ってしまったのだ。
嬉しそうに響く楓の声を聞きながら、多希は煙を吐き出す。
「……何か、用か?」
楓としては、自分の声を聞いた多希はもっと嬉しそうにしてくれるだろうと思っていた。それがあまりにも素っ気ない反応に、戸惑い、口ごもる。
『あの……、用事ってほどのことじゃないんだけど……。姉ちゃん、どうしてるか知ってる?』
「モモ……?」
楓からの思ってもいない質問に、多希は思わず咥えていたタバコを落としそうになってしまった。
『うん。実はさ、この間ちょっと忘れ物しちゃって、それを送ってもらおうと思ったんだけど……、いつも電話が通じないんだ』
「電話が通じない?」
思わず携帯を両手で抱え込んだ。心臓が嫌な音を立てている。
『うん……。いつ電話しても電源が入ってないか、圏外なんだよね。こんなこと今までないから、心配になっちゃって』
楓は既にシスコンなのはバレバレなのに、そう思われるのが嫌なようで勤めて明るい声を出す。けれど、その変に明るい声が、楓の不安も多希の不安も余計に煽る。
「……いつから電話、通じないんだ?」
『月曜日の夜から。昼間は通じたから、伝言残しておいたんだけど』
月曜日……。
さっき嫌な音を立てていた心臓は、今では多希の体を中から揺らすほどに鼓動している。
『おじさん……?』
黙ってしまった電話の向こう側の多希を、伺うように楓が不安げな声を出した。
「楓」
『何?』
「心配しなくていいよ。ちょっとモモの部屋、覗いてきてみるから。後でちゃんと連絡する」
力強い言葉に、受話器の向こうから、楓の安堵したような空気が流れ込んでくる。
『おじさん』
「ん?」
『約束、だよ?』
楓の言葉に、多希はいつか指切りした小指をしげしげと見つめた。あの日の温もりが蘇ってくるような気がする。
「ああ、わかったよ」
ふっと微笑んだその顔が、誰もを魅了しそうなほど優しく柔らかな美しいものだということを、本人は少しも気が付いていなかった。


楓との電話を切り、テーブルの上に投げたままだった桃佳の部屋のスペアキーに手を伸ばす。
一瞬逡巡した後、思い切ったようにその鍵を掴んで立ち上がった。

いつものように鍵を開け、ドアを開ける。
中からは何の物音もしない。テレビの音も聞こえない。
靴を脱ぎ玄関に上がると、多希はすっかり体が覚えている居間の電気のスイッチを間違うこともなく押した。
部屋に明かりがつき、ほんの刹那視界が白く塗りつぶされる。
それでも目細め部屋の中を見渡し、唖然とした。
いつもはきちんと片付けられている桃佳の部屋。それが、テーブルの上は使い終わった食器が積まれ、空になったペットボトルが床にも転がっている。
アコーディオンカーテンで仕切られた寝室をそっと覗くと、7月だというのに、布団を頭まで被って横たわっている桃佳を見つけた。
「モモ……!!」
駆け寄り、その顔を覗き込む。
荒く浅い呼吸を繰り返し、眉間を寄せるような苦しげな寝顔。それでも多希は、桃佳を見つけられたことに安堵していた。
「モモ」
そっと呼びかけてみると、長いまつげがピクリと揺れ、ほんの少しだけ瞳が開かれる。

ぼんやりとした視界の中に多希がいて、桃佳はこれはきっと夢の続きなんだろうと思う。
「モモ」
ほっとしたような多希の顔が見え、どうしてそんな顔をしているのだろうと思った。ひやりとした指先が額に触れ、その冷たさが目の前の多希が現実であることを桃佳に教える。
「どう……したんですか?」
桃佳は驚いたように目を見開いて多希を見た。それから、あの日のキスを思い出してしまい、急激に熱とは別に頬が熱くなるのを感じる。
「いつから?」
「へ?」
さっきのほっとした表情とは違って、今度は少しだけ怒ったような顔。
「いつから寝込んでいるの?」
「……昨日の、夕方」

ちっ、と多希は小さく舌打ちをした。どちらかというとそれは、自分に向けられたもの。
てっきり駿と一緒にいるのだと思っていた桃佳は、実は昨日からずっと隣の部屋で苦しんでいたなんて。どうしてもっと早くこの部屋を訪れなかったんだと、自分を責めるような気持ちが溢れた。
多希は枕元に転がっている体温計を掴むと、布団の中に手を突っ込む。
「な! 多希さん?」
「……熱い!」
服の中に手を入れると、体温計をわきの下に押し込む。服の中に手を入れるという行為ではあったものの、少しもいやらしさがなくて、桃佳は抵抗せずに受け入れる。
小さく電子音がなり、再び多希の手が服の中から体温計を引っ張り出した。
「39度7分……!?」
その数字を聞いた途端に、桃佳も一気に具合の悪さが加速していくような気がした。多分熱があるのだろうということはわかっていたものの、正確な数字を知るのが怖くて計っていなかったのだ。
「薬は!? ちゃんと食べてたのか!?」
さっきは少しだけ怒ったような表情だったのが、今は完全に怒った顔になっている。桃佳は布団を鼻の辺りまで引っ張り上げ、言い訳するように小さな声で答える。
「……薬は、以前病院でもらった解熱剤を飲んでました。熱が下がったときに、コンビニに行って食べ物買ったり、シャワー浴びたりしてたんですけど、昨日の夜に薬も切れてしまって……」
「それで?」
「えっと……それで、ずっと寝てました……」
更に布団を引っ張り上げ、目だけを出して怒った表情をしている多希を伺う。
多希は片手で顔を覆い、はあ、と大きなため息をついた。
「そんな状態で……どうして俺に連絡してこない!?」
「どうしてって、あんなことがあった後に連絡できるわけないじゃないですか!!」
思わず興奮して体を起こした桃佳は、ぐらりと目の前が揺れ、あえなくベットに倒れこむ。
確かに、あんなことがあった後で連絡をしてこられるほど桃佳は図太くはない。けれど、多希はそれでも自分を頼って欲しかったと強く思う。
「それでも、俺は隣の部屋にいるんだぞ! 電話だってよこせただろう?」
「でも……」
ちらりと動いた桃佳の視線を多希も追う。その先にはゴミ箱があり、その中にピンク色の桃佳の携帯が無造作に入っていた。大股でゴミ箱に近寄り、それを拾い上げる。
「これ、どうしたんだ?」
「……壊れました」
「ああ、それで」
多希は小さく呟く。楓がいくら電話をしても繋がらなかったのはこのせいなのだ。熱で苦しいのに、誰にも連絡できなかった桃佳のことを思うと、多希は彼女が気の毒に思えてくる。
どれだけ心細かったことか。
たった一人苦しんだ、小さな頃の自分と重なり、すぐに気付いてあげられなかった自分を悔やむ。
ゆっくりと桃佳のそばに戻り、冷たい手の平でその頬をそっと包む。
「……赤い顔だな。可哀想に」
そう言って、柔らかな髪の毛を撫でた。
火照った頬に多希の冷たい手は心地よく、髪を撫でる手はこの上なく優しくて……桃佳は目を閉じた。
その途端に、体がふわりと浮き上がる。
「ひゃあ」
間の抜けた声を出し、驚いて手足をばたつかせる。
「ほら、じっとして」
声のするほうを見ると、すぐ近くに多希の端正な顔が微笑んでいて、思わず目を逸らす。多希は薄いタオルケットごと桃佳の体を持ち上げていた。俗に言うお姫様抱っこで。
「病院に連れて行ってあげるから。ちゃんと薬をもらってこよう」
「い、いいですよ! 自分で歩けます! それに、もう少し寝ていればきっと治りますからあ!」
尚もばたばたと手足を動かす桃佳の唇に、多希はそっとキスをする。
「……!!」
「熱いね」
そう言ってもう一度。
桃佳は目を開いて多希を凝視する。呆然とし、抵抗することも忘れる。もう手足はおとなしくなっていた。
「そう。そうやっておとなしく抱っこされてればいいんだよ」
多希はにっこりと笑い、桃佳の細い体を抱えなおすと、そのまま玄関を出て自分の車に桃佳を乗せ、タオルケットごとシートベルトを締める。
「病院に行こう」
多希はもう車のエンジンをかけている。
桃佳はタオルケットの中で小さく肩をすくめ、熱い息を吐いた。
車が動き出すのを感じながら、急激に意識が薄れだす。彼女は薄れる意識をどうにか繋ぎ止めようとしたものの、抗いようもなくその目を閉じた。

ずるりと崩れ落ちそうな体はシートベルトで支えられ、多希はそのことに気が付かず車を急がせた。

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