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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


54.閉じ込めてしまいたい

2010.03.25  *Edit 

多希が異変に気が付いたのは、病気の駐車場に車を停めた後だった。
車を出してすぐに、隣に座っている桃佳がうなだれていたのは知っていた。
しかし、きっと眠ってしまったんだろうと、大して気にはしていなかったのだ。……彼女に声をかけるまでは。

多希は嫌な汗が吹き出すのを感じていた。
寝ていると思っていた桃佳が、何度呼び掛けようとも目を開けようとしない。それどころか、車に乗った時よりも顔は紅潮し、呼吸も早くなっている。
「モモ、モモ?」
軽く肩を揺すると、微かに瞼を開けた。けれど、一言も発することなく意識が沈み込むようにその瞳もまた閉じられてしまった。
「モモ!?」
もう一度呼びかけるが、今度は反応がない。
多希は慌てて自分のシートベルトを外そうとする。けれど、どうしたわけかなかなか外れない。自分では気が付いていなかったが、多希の手は小刻みに震えていた。それでも何とか引き剥がすようにシートベルトを外して、助手席のドアを開ける。
「モモ、大丈夫か!?」
やはり返答のない桃佳のシートベルトを外し、タオルケットにくるんだままで抱え上げ、救急外来の入り口へと急ぐ。

「すいません!! 急患なんです!」
桃佳を抱え、外来に声をかける。
「どうしましたか?」
出てきたのは、休日出勤のときに一緒だった看護師の大下さんだった。大下さんは多希と彼の抱えている女性を見比べて、怪訝な顔をしている。
「どうしたの? 柴山さん。その子は?」
「風邪で高い熱があるんです。来る途中にぐったりして、呼びかけても目を開けなくて……」
いつも穏やかでのんびりとした雰囲気の多希が、取り乱し、混乱しているのを大下さんは驚いたような気持ちで見つめる。それでも、はっとして外来のベットを指差した。
「そこに寝かしてちょうだい。今先生に連絡するから。それと、熱測っておいてくれる?」
「分かりました」
大下さんは多希に体温計を手渡すと、近くの電話から当番の医師に内線電話をかけているようだ。多希は桃佳をそっとベットに寝かせると、手渡された体温計をさっきと同じように彼女の腕の下に差し入れる。
そっと頬を撫でてみたものの、さっき彼女を見つけたときのように、驚いた顔で多希の顔を見てはくれない。じわじわとした不安が胸に迫ってきて、多希はその感情に押しつぶされそうだった。
「柴山さん」
呼びかけられて、振り返る。
そこには気遣うような表情の大下さんが立っていた。
「先生、すぐ来るから大丈夫よ」
「はい……」
そう声をかけてもなお、おろおろとする多希に、大下さんは苦笑いを向ける。
「……なんだかいつもの柴山さんじゃないみたいね。その子……よっぽど大事な子、なのね?」
「……大事?」

桃佳は、駿のことを苦しめるための確かに大事な駒で、桃佳がいなければ、このゲームも成り立たない。だから、確かに桃佳は大事。
けれど……それだけ?
ゲームの駒だから、大事。本当にそれだけ?

多希の頭の中で、いくつもの疑問が湧き上がる。どちらかというと、いつもは頭の片隅に追いやってしまっている疑問。けれど、冷静さを失ってしまった状態では、とてもその思いを片隅に追いやることができなかった。
「柴山さん? 先生がいらしたから、外で待っていてもらえる?」
「え? ああ、はい」
声をかけられ、弾かれたように立ち上がる。大下さんの手には体温計が握られ、難しい顔をしている。体温計の電子音さえ、気が付かなかった。



ひどく喉が渇く。
呼吸も苦しい……。

目を開けると天井が見えた。
車の中ではない、広い天井。
確か私は多希さんの車に乗ったはずだったのに……どうしたんだろう?
後頭部と、右の手にひんやりとしたものを感じる。後頭部は感触から多分、氷枕。それからこの右手の感覚は……?
頭を動かすと目が回ってしまいそうで、視線だけ右手の方に動かす。視界に入ってきたのは、栗色の綺麗な髪の毛だった。
「た、き……さん?」
唇も口の中もからからで、うまくしゃべることができない。それでもやっとの思いで桃佳は声を絞り出した。
うな垂れて、もしかしたら眠り込んでいたのかもしれない多希は、その声に体をびくりとさせて顔を上げる。
「モモ!?」
「多希さん」
さっきよりもうまく言葉が出て、桃佳はほっとする。そして、右手のひんやりとした感覚が、多希が自分の手を握っているものだということを知った。
「すいません……。私、どうしたんでしょう?」
何かが自分の上に伸びていて、彼女はそれを見上げる。細いチューブの先に液体の入ったボトルがぶら下がっている。どうやら点滴されているらしかった。
「大丈夫なのか?」
ベットの横の丸椅子に腰掛けた多希は、桃佳の手を握ったままで緊張したように背筋を伸ばしている。
「大丈夫……だと思います」
はっきりと大丈夫といえる体調ではなかったものの、どこかがものすごく痛むとか、吐き気がしてどうにもならないとかそういった症状がないのでそう答えると、多希はほうっと大きく息をついて、その体からはみるみる力が抜けていく。
「モモ、ここに着いた時、40度以上熱があったんだぞ」
「よ、40度!?」
「すぐに解熱剤を打って、脱水もひどかったから、点滴もして……」
手持ちの解熱剤がなくなってからコンビに行く気力もなくて、殆ど水分を摂っていなかったことを思い出す。せめて水分はきちんと取っておくべきだったと、今更ながら桃佳は反省した。
「連れてくるのがもう少し遅かったら、どうなっていたか……。もう少し自分の体を大事にした方がいい」
多希は握っていた桃佳の手を、自分の額に押し付ける。その手が微かに震えているような気がして、少し戸惑いながら、さらりと彼のこめかみの辺りを流れる栗毛を見つめた。

「すいません……でした。すっかり迷惑をかけてしまって……」
「……医者は入院した方がいいって言ってたぞ」
「ええ!? それは困ります!! 入院なんて聞いたら、うちの家族がびっくりしちゃう!!」
驚いて桃佳は体を起こす。熱が下がったせいか、さっきのようにふらつくこともない。
「困ります……」
多希を見ると、その顔に不敵な笑みをたたえている。桃佳は思わず背中に悪寒が走った。
「だと思ったよ。だから医者には、俺がちゃんと面倒みるって事で帰宅を許してもらったよ。暫くの間は、ちゃーーーんと俺が面倒見てあげるからね」
にやりと、明らかに何か企んだような表情を向けられ、桃佳は違った意味でのめまいを覚える。
「い、いえ、これ以上、迷惑、かけられませんから……」
「迷惑?」多希は笑っていない目で、にっこりと微笑む。その顔の美しいことといったら、桃佳はまたしても眩暈を起こしそうだ。
「それならもうとっくにかけられてるから、モモは大人しく俺の言うこと聞いてればいいんだよ。喉渇いたろ? 飲み物買ってきてやるよ」
反論もできずに、金魚のように口をパクパクさせている桃佳の頭を大きな手の平でぽんとたたき、多希はさっさと飲み物を買いに行ってしまった。




自動販売機でスポーツドリンクを数本買い、それを抱え込んだとき後ろから「多希?」と呼びかけられて、振り返る。
「ああ、拓巳。こんな時間まで仕事? 熱心だね」
振り返り笑顔を返す多希を、彼は驚いたように見つめた。
ここ数日、いくら隠そうとしても、多希が機嫌が悪くイラついた様子だったのを、彼は長年の付き合いで分かっていた。だからこそ、妙に晴れ晴れとした笑顔を返してくる多希に、違和感を感じたのだった。
「拓巳?」
「あ、ああ。実は事務の子がミスったとかって半泣きで電話してきてさ、すっ飛んできたんだよ」
拓巳は大げさに肩をすくめてみせる。
「そうなんだ。で、それは大丈夫だったの?」
「うん。たいしたことなかったよ。もう帰るところ。……で、お前は?」
拓巳は多希の顔と抱え込まれたスポーツドリンクを交互に見る。多希はいつもコーヒーで、スポーツドリンクなど飲んでいるところを見たことがなかったので、多希とスポーツドリンクの取り合わせは妙にミスマッチに思えた。
その視線に気が付いたのか、多希は抱え込んだペットボトルを少しだけ持ち上げる。
「ああ、これ? モモに」
「モモちゃん?」
「ちょっと熱が高くて、さっき救急外来に連れて来たんだ。医者には入院を勧められたよ」
「入院? 大丈夫なのか?」
拓巳の驚いた顔とは裏腹に、多希はどちらかと言うと楽しそうに答える。
「俺がちゃんと面倒見るって条件で、医者に帰宅の許可をもらったよ」
「そっか。心配だな」
そう言って多希を見た拓巳は、息を呑む。
友人の顔に浮かんでいたのは、確かに笑顔。
けれど、何を考えているのか、付き合いの長い、多分一番一緒に過ごしてきた拓巳にさえも、心のうちが読めないような……そんな笑顔。
「大丈夫だよ。俺がそばにいるから」
「そう……か?」
「ああ」
答えた多希の顔は、拓巳さえも少しだけ怖くなってしまうような笑顔はなく、いつもどおりのものだ。
「じゃあ、俺はそろそろモモのところに戻らないと」
「そうだよな、モモちゃんにお大事にって」
「ああ、分かったよ」
後ろ手に手を振りながら去っていく多希の背中を見つめる。
その背中に、拓巳はなにか危うさのようなものを感じずにはいられなかった。



こつ、こつ、と誰もいない廊下に多希の足音だけが響く。
細く落とされた影は、まるで躍っているようにも見える。
機嫌がいいのか、少しだけ持ち上げられていた口の端が、ふっと下がった。
「このまま……病気なんて治らなければいいのに……」
暗い廊下に、多希の呟きは吸い込まれていく。


このままどこにもいけない状態で、閉じ込めてしまいたい……。


そんな欲望が、体の中で叫び声を上げているのが、彼にもはっきりと分かった。

「閉じ込めてしまいたいよ……モモ」
その呟きもまた、暗い廊下に吸い込まれて消えていった。



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