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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


56.嫉妬

2010.03.25  *Edit 

「モモ、モモ」

呼びかけられて、桃佳は目を開けた。
視界に写るのは白い天井と、ぐるりとベットを取り囲む白いカーテンと……それから、覗き込む多希の顔。
「モモ? 点滴終わったよ。帰ろうか」
そう言われてやっと、桃佳は自分が病院にいることを思い出した。
さっきまで注射針が刺さっていたはずの腕を見ると、既に針は抜かれて絆創膏が貼ってある。いつの間にか眠りみ、点滴を抜かれたことにも気が付いていなかったようだ。
「……すいません、私、眠っちゃってたんですね」
ゆっくりと起き上がる。体調はそれほど悪くはないようだ。
「大丈夫か?」
起き上がった桃佳の体を、多希はさり気なく支えた。そっと背中に触れるだけの指先がやけに強い存在感を桃佳に与え、彼女は何となく居心地が悪くて、多希の指先から逃れるように体を捩った。
「あ、あの。本当にすいませんでした。こんな時間まで……」
「別に構わないよ」
にこりと笑う多希が、前髪で顔を隠し眼鏡をかけた仕事用の姿であることに、桃佳は初めて気が付いた。
何度も見ていたのに、そのことに気が付く余裕さえなかったようだ。
仕事が終わってすぐに自分を病院に連れてきて、その上点滴が終わるまで待たせてしまったのだと思うと、桃佳は申し訳なくてたまらなくなる。
「本当にすいませんでした」
ぺこりと頭を下げる桃佳を、多希は不思議そうに見ている。
「だから、別に気にしなくっていい。俺が勝手にしたことなんだから、モモが気にすることじゃないだろ」
その口調は当たり前のことを言っているようで、「すいませんでした」と謝った桃佳のほうが、何か間違ったことを言ってしまったような気にさえなる。
さらりと言われて、桃佳の中にあった重たいものがふっと軽くなるような気がした。こんなふうに多希に心を軽くされるのは初めてのことではない。いつだったか、勝手に美緒にコンプレックスを抱いていて卑屈になっていた心も、多希の一言で軽くなった。
本当ならば自分を一番追い詰めるはずの存在。
それなのに、その多希によって桃佳の心は軽くなる。
本当に皮肉なこと。
そんなことを考えていると、多希に軽くされた心の中に苦いものがこみあげて、再び重たいものが溜まってくるようだった。

「さ、じゃあ帰ろうか」
多希はそう言うと、ベットの端に腰掛けて桃佳に背中を向ける。
「ほら、乗っかって」
「……は?」
「背中。おぶってあげるから、早く乗って」
「はああああ!? だ、大丈夫ですよ!! 自分で歩けます!!」
せっかく戻った顔色は一気に赤くなり、桃佳は体の前で大きく手を振った。
「歩いてって……靴もないのにどうするつもり?」
その言葉で、桃佳は自分が部屋から多希によって運び出されたことを思い出す。確かに靴なんて履いてきていない。
「それとも、おんぶよりも抱っこのほうがいい? 来たときみたいにお姫様抱っこしてあげようか?」
多希は面白そうに肩を揺らして笑っている。まるで、桃佳が困っているのが面白くて堪らないかというように。
「うう……」
桃佳は頭を抱える。確かに横抱きにされるよりはおんぶの方がずっといい。けれど、面白がっているような多希に運ばれるのはあまり嬉しくはない。この際、裸足で歩いてしまおうか……。
そんなことを考えていると、多希の色素の薄い瞳が、彼女の心を読んだかのようにきらりと怪しく光る。
「ああ、裸足で歩こうなんて思わない方がいいよ。裸足で歩いて行こうなんて考えたら、有無を言わさず抱き上げるからね」
「なん……!!」
訳の分からない脅しに反論しようとしたが、多希が立ち上がって桃佳を抱き上げようとしたので、彼女は焦って更に両腕を身体の前で大きく振った。
「わ、分かりました!! おんぶでお願いします!!」
多希はくすりと笑って桃佳の頭を撫でる。
「最初からそう言ってればいいのに。本当に素直じゃないね」
再びベッドの端に腰掛け、背中を向けると「ほら」と桃佳を急かす。
往生際悪く桃佳がぐずぐずしていると、多希が肩をすくめ、彼女の腕を掴んで引き寄せた。
「早く。帰って休まないと体に毒だよ」
心配するような真剣な眼差しを向けられて、桃佳は多希の背中につかまった。「……重いですよ」
「そんな細っこい体が重いわけないだろ? しっかりつかまって」
その言葉の通り、多希は桃佳を担いでいるとは思えないくらい、軽がると立ち上がる。

「モモ、大丈夫?」
ふたりの密着した体から、直接響いて伝わる声。それが桃佳の中を震わせる。
「……多希さんこそ、大丈夫ですか?」
桃佳の声もまた、背中を通して彼の中に直接響く。何となく心地よいその不思議な感触を、多希は背中に感じる桃佳の体温と共に楽しんだ。
「……それにしても、余計に痩せたんじゃない? 少し食べて太らないと。俺はもっとボリュームのある方が好みなんだ」
「へ? あっ!」
最初何のことを言われているのか分からなかった桃佳だったが、おんぶという状況でどこが密着するかを考えれば、多希の言いたいことが『胸が小さい』だという事に思い当たる。
ふっと頭の中に美緒の女らしい魅力的な身体が思い浮かんで、思わず桃佳はむっとしてしまう。
「そうですかぁ、じゃあ、美緒さんとお付き合いでもしたらいいんじゃないですか? 美緒さんなら、申し分のない巨乳さんですからっ」
そこまで言っても止まらずに、桃佳は多希の背中で「それに美緒さんは美人だし、料理も上手だし、意外にいい人っぽいし……」と、ぶつぶつと繰り返している。
そんな桃佳の様子に、多希はこらえきれないようにぷっと吹き出した。
「な、なに笑ってるんですか!?」
肩に回していた腕で、ぐいと多希の首を締め付ける。
「モモ、もしかしてそれは妬いてるの?」
首を傾けるようにして桃佳を振り返った多希。ぶつかりそうになるくらいの至近距離で振り返られたので、桃佳は彼の首を締め付けていた腕を慌てて離し、勢いよく顔を背ける。
「や、妬いてなんかいませんよ」
反論するものの、どうしてか声が小さくなってしまう。
「妬いたんでしょ? 渡辺さんのことなんか持ち出したりして。俺と彼女に嫉妬した?」
「違います」
やはり、反論する声は弱々しい。
ずり落ちかかった桃佳の身体を背負いなおし、駐車した車に向かって歩き出す。
「嫉妬してよ、モモ」
「え?」
真っ直ぐに前を向いて歩く多希の声は、どこか少し悲しげな色を含んでいるような気がする。けれど、背負われている桃佳からは、その表情は伺えない。
「嫉妬して、モモ。……俺はいつも、嫉妬してるよ……」
絞り出すような声は、いつも自信たっぷりな彼のものではないようで、桃佳は応えるべき言葉をなくす。

いや、どちらにしても答えようがなかったのかもしれない。
桃佳は気が付いてしまったから。
美緒のことを思うと、自分の中に芽生えてしまう説明のしようのないどす黒い感情に……
それが多希の言う『嫉妬』ではないと言い切る自信は桃佳にはない。
けれど、その感情は決して認めてはいけないものだと、桃佳の中で今までにないくらいの警報が響き渡る。

彼は駿の兄。
駿は私の恋人。
彼は駿を苦しめようとゲームを始めた人。
駿は何も知らずに私を思ってくれている人。

それはもう変わることのない事実。
自分がこれからも思うべき相手は駿。
嫉妬などという感情、それを持ってしまうことは、駿を裏切ることに他ならない。
これ以上、駿を傷つけることなど桃佳にはできない。
だから、このどす黒い感情はもう二度と感じてはいけない感情。

「モモ?」
多希は立ち止まり、背中で黙りこくってしまった桃佳に心配そうな声をかける。
「多希さん」
「ん?」
「嫉妬なんてしませんよ。嫌だなあ、これはゲームだって多希さんが決めたことでしょう?」
声が震える。
事実を口にしただけなのに、声だけでなく心も震えるような気が桃佳にはした。
立ち止まった多希が再びゆっくり歩き出す。
「そうだね」
無機質な声。
「そうですよ」
押し殺すような声。


……コレハ、ゲーム。


……ソレイガイノ、ナニモノデモ、ナイ。



風が強く吹いて、桃佳はぶるりと震える。
「寒い? さあ、早く帰って休もうか」
「はい」
「急ぐから、ちゃんとつかまって」
「はい」
桃佳は肩に回していた腕で、多希の鎖骨の辺りを抱くようにして力をこめた。
よりぴたりと密着した身体からは、さっきよりもずっとはっきりとしたお互いの体温を感じる。
「急ぐよ」
そう言うと多希は桃佳を背負ったままで車をめがけて走り出す。
「きゃあ!」
「落ちるなよ!」
「多希さん! もう、落ちますってばぁー!」
桃佳を背負ったままで嬉しそうに走る多希。彼の背中にしがみつき、笑っている桃佳。
二人とも自分たちが変にはしゃいでいることに気付きながらも、気付かないフリをしていた。
それに気が付いてしまったら、それをやめてしまったら、きっと何かが終わるような気がしていたから。

風が目にしみたのか、桃佳の目から一粒だけ涙がこぼれた。

その涙は、流した本人にも気付かれることなく、アスファルトの上で弾けて消えていった。


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