りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


57.邪魔はさせない

2010.03.25  *Edit 

かちゃん!

食器と食器がぶつかり合うような高い音が聞こえて、桃佳は浅い眠りから浮かび上がった。

「あ、モモごめん。起こしちゃったね」
にっこり。
雑誌からそのまま抜け出してきたような完璧なまでの容姿。
その完璧なまでに綺麗な男の人が、桃佳のミントグリーンのエプロンを身につけ、右手にお玉、左手に味見用の小皿を持ってキッチンに立っている……。
どちらかというと、非現実的な光景。けれど、すっかりその非現実に慣れきってしまっている桃佳は、何の苦労もなくその光景を現実のものとして受け入れることができた。
「どうしたんですか?」
ゆっくり起き上がる。思ったよりも体が重たい。
「ああ、これ?」
多希は楽しそうにお玉を揺らしてみせる。
「お粥と玉子酒でも作ってみようと思ってね」
「あ、いえ。そうじゃなくって……」
確かにエプロンをしてキッチンに立つ多希も気にはなる。けれど、桃佳が気になったのは別のことだ。
彼女は横目でちらりと壁にかかった時計を見た。既に八時を過ぎている。今日は木曜日、平日だ。
「お仕事……は?」
「ああ、仕事ね」
寝ていた桃佳に遠慮したのか、閉められたままだったレースのカーテンを多希が開けた。部屋の中に光が溢れ、桃佳は眩しさに目を細める。
「今日は休んだんだ」
眩しさに目を細めていた桃佳は、一瞬その言葉を聞き逃しそうになった。
「休んだ……? え?」
ぱちぱちと目を瞬かせる。
「有給もたまってたしね。それに今日は大きな検査も入ってない。家族が病気だって言ったら、快く承諾してくれたよ」
「そんな!! そんなこと……っ」
自分のせいで休むなんてとんでもない、これ以上迷惑はかけられない、もう大丈夫……その他諸々。今にもそんな言葉が飛び出しそうな桃佳の口を、多希の大きな掌が塞ぐ。
「騒がないの。熱が上がるよ。それに休んだのは医者との約束を守るためだから、モモのためじゃないし」
と多希は言うものの、医者との約束だってそもそもは自分が風邪など引かなければしなくてもよかったものに違いない。結局は自分のためだということを桃佳も痛いくらいに分かっている。けれど何か言えばまた口を塞がれるのだろうし、とりあえずこくりと頷いてみる。
「だから、気にしないこと」
桃佳の口を塞いでいた手が、今度は彼女のおでこをぴんと弾く。
「痛っ!! ……分かりました」
「それでいい」
いつになく素直に返事をした桃佳を、微笑んで見つめる多希。彼の細い髪の毛が、眩しい朝日にきらきらと透けて輝いている。
やはり、朝日の中にいる多希は眩しい……
そう思いながら桃佳は目を細める。勿論、そう思うのは朝日のせいだと心の中で言い訳をしながら。

「モモ、お粥食べられそうかい?」
多希が出来立てのお粥をよそって桃佳に渡す。白い湯気が食欲をそそった。
「はい。ありがとうございます」
ベットの上で半身を起こし、渡されたお粥にそっと口を付ける。
暫く食べていなかった身体に、それはとても優しく染み渡ってくるようだ。
「大丈夫……かな?」
多希にしては珍しく、自信なさ気に鼻の頭を掻いている。
「美味しいです」
本当に美味しくて、小さな頃に桃佳が病気になると、母親が作ってくれたお粥の味を思い出して、彼女は真面目くさった顔で答えた。市販のお粥にはない、何かが加わった優しい味。
「……そっか、よかった」
桃佳の言葉を聞いた多希は、ほっとしたような照れたような顔で微笑んだ。その表情はどちらかというと可愛らしい。まるで、母親に褒められた少年のようにも見えた。

拓巳が以前言っていた。
多希はネグレクトに遭っていたと。
だとしたら、多希自身はこんなふうに誰かにお粥を作ってもらったことなどないのかもしれない。そんな多希に作ってもらったお粥は、なんだか特別なもののような気さえした。
そんなことを考えながら、桃佳は黙々とお粥を口に運んだ。
何だか口を開いたら、余計なことばかりしゃべってしまって、多希を傷つけてしまうような気がしたから。

「モモ」
声がすぐそばで聞こえ、声のほうに視線を動かすと、多希がベットに両肘を付き覗き込むようにして桃佳を見ていた。
「な、なんですか?」
上目遣いでじっと見つめられ、動揺した胸がどきりと震える。
色素の薄い、不思議な色の瞳は桃佳のことを見透かそうとするかのように、じっと彼女のことを見つめている。
「だ、だから、なんですか?」
あまり見つめられると吸い込まれてしまいそうで、桃佳は怒ったように口をへの字に曲げてそっぽを向く。
「モモ、さ。駿と何かあったの……?」
どきり。
桃佳はそらせた視線を「どうして知っているんですか!?」と言わんばかりの勢いで多希に戻してしまった。そして、しまったという表情。
「やっぱり、何かあったんだね」
その態度だけで、多希にとっては十分すぎるほどだ。隠し事の下手な桃佳のこと。カマをかければすぐに顔に出ることは分かりきっていたから。
「何があったの?」
「別に、何もないですよ」
多希の目を見ずに、お粥を口に運びながらごにょごにょと曖昧に答える。
……大体、何があったかなど、言えるはずもない。
「モモは自分が嘘つくの下手だって分かってないの? 何かあったんだろ? 駿もおかしかった」
「駿ちゃんも……?」
桃佳はお粥を口に運んでいた手を止め、大きな目を見開いた。
自分のことばかりで、駿も苦しんでいるかもしれないなどと、そんなこと考えもしていなかった。
いつも桃佳のことを大事に考えてくれている彼が、この前の出来事で悩んでいるだろうことは、簡単に想像できるのに。

なのに私……多希さんに……
私と多希さんのことがきっときっかけなのに……私、多希さんに……多希さんのこと……

思いに沈み込んだ桃佳は、すぐ傍で多希が見つめていることも忘れて黙りこくった。
多希はその横顔を見つめた。苦いものを堪えるような、苦しげな横顔を。

多希はそんな横顔に急に不安を覚える。
駿のことを考えているのだろう桃佳の顔は、とても遠い存在に思われて。近くにいるのに、全く手が届かない。そんな不安。
そんな感情は、もう桃佳と駿の間に何があったかなど、どうでもよくさせた。

「モモ」
声をかけられ、桃佳ははっとして顔を上げた。声をかけてきた本人は、キッチンに立ち、背中を向けてコーヒーを飲んでいる。
彼が近くにいなかったことに、桃佳は少しほっとする。
けれど、駿とのことを追及されたらどう答えていいのか分からず、再び俯く。
「今日の夕食は何がいい?」
「えっ? 夕食、ですか?」
思いもよらない言葉に、桃佳は丸い瞳をいっそう丸くした。
「そう。今日の夕食。何かつくるから」
多希はシンクに手を付いて、背中を向けたままの姿勢で続ける。
「難しいものは無理だけどね。リクエストがあれば努力はしてみるよ」
「はあ……」
曖昧な返事を返しながら、桃佳は内心ひどく困惑していた。いつもならば、悪魔のような微笑をたたえながら駿とのことを詮索してくる多希。それはそれで困るものの、こうもあっさりと話題を変えられると、どう反応していいのかわからない。
背中を向けられたままで、その表情を伺うこともできない。
「何か食べたいものは?」
やっと振り返った多希は、あまりにも普通の顔で微笑んでいる。不自然なほどの、自然な微笑み。
「えっと……じゃあ、麺類がいいかな」
多希の考えていることは桃佳にはわからない。けれど、何を考えているのか、それを知ろうとするのもなぜかとても怖いことのように思えた。
「そっか。じゃあ、夜は何か麺類にしよう。消化がいいからそれがいいね」
「はい」

お互いににこりと微笑み合う。
けれど、桃佳もそして多希も、今まで感じたことのないような居心地の悪さを互いに感じていた。




「え? 今日も清水休んでるの?」

桃佳の通う大学の前で彼女を待っていた駿は、学校から出てきたみなみにまだ桃佳が学校を休んでいることを聞かされた。
携帯電話が繋がらないので、こうして桃佳に会うために学校までやってきたのだった。何気なく使っている携帯がなくなってしまうと、これほどまでに不便なんだということを、駿は初めて実感していた。
彼女のことが心配で、あの日のことも謝りたいのに連絡をとる方法もない。あんなことをしてしまった手前、突然家まで押しかけることもできないでいたのだ。
「あれから桃佳とは会ってないんだね?」
「うん。携帯がないって思ったよりも不便なもんだね」
苦笑いを浮かべる駿を、みなみはため息混じりに見つめた。

こういうまじめなタイプは、結構手がかかるんだよね……

内心でそんなことを思う。
みなみは肩をすくめて、鞄の中から一冊のノートを取り出すと駿に差し出した。
「……これ、桃佳が休んでいた間のノート。私これから彼氏と待ち合わせしてるんだよね。もし駿君に時間があったら、これ届けてもらえないかな?」
「え? あ、うん、わかった」
桃佳の部屋を訪ねる理由を探していた駿にとって、みなみの申し出はこれ以上ないくらいにありがたい。
「ありがとう。みなみちゃん」
どこかほっとしたような笑顔を見せる駿に、みなみも笑顔を返す。
「じゃあ俺、これ届けてくるわ」
そう言って駅に向かっていく駿の背中を、みなみは少しだけ複雑な思いで見送った。
確かに『そっとしておいてあげて』と言ったのは自分だ。けれど、こうして桃佳に会おうと大学までやってきた駿の事も放ってはおけない。……それに、きちんと二人が会わなければ問題も何一つ解決はしない。
「あーあ、私もお節介だなあ。桃佳に怒られちゃうかも」
そう言いながらもう一度肩をすくめると、みなみは彼氏との待ち合わせの場所に向かった。




桃佳の部屋の前まで来て、駿は今更ながらチャイムを鳴らせないでいた。
もしかしたら桃佳はもう自分には会いたくないと思っているかもしれない。会えば、二人の関係は終わってしまうかもしれない。そんなネガティブな感情がどんどんと湧いてくる。
けれど、こうして部屋の前にただ立っていても何も変わらない。
きちんと会って、彼女に謝らなくてはならないのだから。
駿は大きく深呼吸をすると、意を決してチャイムのボタンを押した。



ぴんぽーん、ぴんんぽーん……と、隣の部屋でチャイムが鳴る音を、多希は自分の部屋で聞いていた。
何度かチャイムが鳴った後、諦めたかのように靴音が去っていく。
ちらりと窓から外を見ると、帰って行く弟の背中が見えた。その背中に、鋭い視線を送る。

「……多希さん?」

小さな声に、鋭い視線を完全に消し去り、穏やかな表情で振り返る。
「ああ、モモ。目が覚めた?」
「はい。……ここ、多希さんの部屋?」
真っ赤な顔をした桃佳は、荒い呼吸をしながら部屋の中を見渡す。昼過ぎにまた高い熱を出して、飲んだ解熱剤はまだ効いてきていないようだ。
「私、どうして多希さんの部屋にいるんですか?」
「これから夕食の準備をするから、ガチャガチャうるさくて寝てられなかったら可哀想だと思って、こっちに連れて来たんだ」
高熱でぐっすりと眠る桃佳を起こさないように、そっと抱き上げて自分の部屋に連れて来たのだ。……もしかしたら、駿が来るかもしれない、そう思って。
「大丈夫ですよ。私、そんなに音とか気にならないですから」
「うん。でももうこっちに連れて来ちゃったし、ゆっくり休んでいて」
「すいません」
「これももう熱くなっちゃったね」
そう言うと、多希は桃佳の額に貼ってあった冷却材を貼りかえる。彼女はその冷たい感覚に少しだけ顔をしかめた。
「じゃあ俺は隣の部屋で夕食を作ってくるから、ゆっくり休むんだよ」
「はい。本当に色々とすいません」


ガチャリと桃佳の部屋のドアを開け、多希は郵便受けに何か入っているのを見つけ、それを引っ張り出した。
中に入っていたのは、どうやら授業のノートと、一枚の紙。
多希はそれを手に取り開いた。
ノートを破いたらしいその紙には、見慣れた弟の文字が書いてある。

『清水、会って話がしたいんだ。連絡の取りようがないから、授業が終わるころ学校の前で待ってる。具合がよくなってからでいいから会って話をしたい。駿』

「ふん」
多希は鼻で笑うと、その手紙をぐしゃりと握りつぶす。
それから桃佳の部屋に上がって、ライターでその手紙に火をつけた。燃え上がる紙を掴んだままで見つめる。炎のオレンジ色が、多希の冷たい表情をゆらりと照らした。
「……邪魔はさせないよ、駿」
ぱさり。
燃え続ける紙を、シンクの中に落とす。
冷たい表情のままで、多希は燃え尽きるまでじっと炎を見つめ続けた。

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