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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


58.噂と拓巳の気持ち

2010.03.25  *Edit 

その日、その人柄に似合わず拓巳は珍しくイライラしていた。

原因は……あの噂。

その真相を確かめようと、朝から何度も同じ質問をされ、数えきれないほど同じ返答を繰り返してきたのだった。
言うまでもなくそれは、昨日の多希と桃佳について。

昨夜、細く可愛らしい女性を抱き抱えて、血相を変えた多希が救急外来に駆け込んだ、という噂はあっという間に広がった。
噂にはすぐに尾びれも背びれもエラもつき、彼女は高校生らしいだとか、既に妊娠しているだとか、とにかく好き勝手に話は膨らんでいったのだ。
更に、今日多希が仕事を休んでいるのが良くない。
根拠のないの噂の真相を確かめようと、仲の良い拓巳がターゲットにされた。
しかも、というか当たり前のことなのだけれど、それを確かめたい人たちはそれぞれ、バラバラの時間と場所で聞いてくる。その度に拓巳は同じ返答を繰り返さなければならない。

「それは本人に聞いてくれ」

と。だいたい、それ以上のことを拓巳の口から言えるはずもない。
けれど勿論そんな答えでは納得しない人もいる。
拓巳はそんな人達から「どうして教えてくれないの?」と非難されたり、「誰にも言わないから教えて」としつこく付きまとわれたり……とにかく、散々な目に合った。

噂を流した本人でも突き止めて、文句のひとつでも言ってやろうと思ったものの、昨日の当番の大下さんは興味本位であることないことを噂する人間ではない。
現に今日も夜勤の大下さんに会ったとき、彼女は多希の噂を知って心を痛めていたほどだ。
多希が桃佳を連れてきた時間は、仕事を終えた職員の帰る時間とはズレていたものの、それでも帰りの遅くなった職員が目撃していてもおかしくない。
実際拓巳もその時間病院にいたのだから。
だから、複数の職員が目撃していたと考えてもおかしくはない。実際、噂を流した人間が複数いるからこそ、変な尾びれだの背びれだのが付いてしまったのだろうから。
そう考えると、犯人を特定することなど到底無理そうだ。
結果、拓巳は迷惑な噂に四苦八苦させられたうえ、他人のプライバシーの欠片も無視した噂を流した犯人に文句を言うこともできず、ただひたすら同じ返答をするはめになってしまったのだった。

就業時間を迎え、着替えを済まし、あと数歩で病院から抜け出せると油断したそのとき、「小嶋さん」と呼びかけられた拓巳は、もう嫌な顔を隠すこともできなかった。
顔面に『いい加減にしてくれ』と大きく書いたような顔で振り返る。その視線が、自分を見つめるよく知った顔を捉え、拓巳の顔は一瞬でいつも通りに戻っていった。

「そんな顔してどうしたんですか?」

よく見知った顔、美緒が小首をかしげて拓巳を見ている。
「いや、ちょっとね」
「あ、わかった。もしかして、柴山さんのことで色々大変だったんじゃないですか?」
「え? もしかして美緒ちゃんも知ってるの?」
「知ってますよ。今朝、昨日日勤だった子が、帰りに見たって面白がって話してましたから」

犯人一人発見。

拓巳は内心で、その看護師の名前を聞き出して後で陰湿な仕返しをしてやろうと考えたが、その前に美緒のことの方が気になった。美緒は多希のことが好きなのだ。あんな噂を聞いて、傷ついたかもしれない。
「その……美緒ちゃんは、平気?」
「は? 何がですか?」
「だから、あんな噂」
心配する拓巳に美緒は強がりではなく、いつも通りに笑って見せる。
「何言ってるんですか? そんなの気にするわけないじゃないですか。その子に柴山さんが連れて来た子の事聞いたら、明らかに桃ちゃんですもん。完全に妹を病院に連れてきただけじゃないですか」
そう言いながら彼女はおかしそうにくすくすと笑っている。
「それにね、拓巳さん」
『拓巳さん』美緒にそう呼ばれて、拓巳の心はどきりと大きく脈打った。
この前、多希の家で三人で飲み会をしたとき、すっかり美緒と拓巳は意気投合し、仕事場を離れたときは『拓巳さん』『美緒ちゃん』と名前で呼び合うようになっていた。
「みんな知らないで噂に振り回されて……何だか、私だけ事実を知ってて優越感を感じちゃった」

美緒は桃佳が多希の妹だと信じている。
今でも何一つ疑っていない。

そのことを考えると、気の毒というよりも、多希に対して怒りにも似た感情が湧き上がってくる。
どうせ美緒のことを考える気がないのならば、もういい加減はっきりと美緒のことを突き放してやればいいのに、とそう思うのだ。
けれど、突き放されたところで、美緒が簡単に諦めるとも思えない。
結局のところ、怒りにも似た感情を持ったところで、何ひとつ変わらない。
その事実は、拓巳を多少なりとも落ち込ませていた。
結局自分は美緒にとっては、『柴山さんの一番仲の良い友達』でしかない。

彼は少し乱暴に頭を振り、その考えを追い出した。美緒が不思議そうにそんな拓巳を見ている。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもないんだ」
美緒は不思議そうな顔をしたままだったものの、「ふうん」と言っただけでそれ以上は聞いてこない。
職業的なものなのか、美緒はこちらがこれ以上は聞いてほしくない、と思うことは決して聞いてこない。
派手な外見と、積極的過ぎる性格のせいで誤解されがちな美緒。けれど、積極的過ぎるのは言い方を変えれば一途だから。それに、実はとても真面目だということを、拓巳は最近知った。
真面目ゆえに不器用。
不器用ゆえに暴走し、益々誤解される……

そんな美緒を自分が守ってあげたい。
そんな自分の気持ちに気が付きながらも、頼ってくる美緒の助けにもなりたい。
そんなひとつにはならない気持ちを抱えながら、それでも拓巳は彼女のそばにいたいと願うようになっていた。

「ねえ、拓巳さん」
「うん?」
立ち話もなんだから、飲み物でものみませんか。そう誘ってきたのは美緒の方。二人は病院そばのコーヒーショップで向かい合って座っていた。
「今日、柴山さん、お休みしてましたよね」
「そうだね」

多希の話題になると、急に熱っぽくなる美緒の瞳。
それが自分にむけられたものなら……拓巳はついそんなことを考えてしまう。

「桃ちゃん……あんまり調子よくないのかしら。柴山さんがお仕事休むくらい」
「うん……どうだろう」
昨夜多希は、入院を勧められたと言っていた。それを考えれば、あまり良くはないのかもしれない。
「大丈夫かしら、桃ちゃん……可哀相に」
心底心配しているような、美緒の顔。何も知らずに……
複雑な思いで、拓巳は伏せられた彼女の濃くて長い睫毛を見つめた。その睫毛がぱっと上を向き、きれいな瞳が彼の瞳を捉える。
「あー……拓巳さん、今、私がこれから柴山さんの家に行ってみましょう! とか言うと思ったんでしょう?」
拓巳の複雑な表情を誤解した美緒がおかしそうに笑った。
「いくら私だって、病気の桃ちゃんを利用する気はないですよ! そこまで非常識じゃないですからっ」
そう言ってぷうっと頬を膨らませてみせる。
その顔は反則だ。
拓巳は心の中で力いっぱい抗議の声をあげた。
どちらかというと冷たいような、きりっとした顔立ちの美緒が、そんなふうに頬を膨らませて拗ねたような表情をすると、言葉にならないくらいに可愛らしい。
その普段は見せないような可愛らしい顔から、拓巳はわざとらしくならないように視線を外した。
「そんなこと思っていないよ。それに、もしも美緒ちゃんがそう言ったとしても、さすがに止めるよ。俺は常識人だからね」
「ですね」
美緒は頬杖をつきながら、にこにこと微笑んで拓巳の顔を見ている。
「でも、明日柴山さんが病院に来たら、きっと質問攻めにあうんでしょうね。なんだか可哀想」
美緒がストローでグラスの中の氷をつつく。からりとグラスの中で、氷が涼しげな音を立てる。
「そうだね。多分、根掘り葉掘り聞かれるんだろうな」
「きっとそうですよ。今までそんな噂がなかっただけに、みんな面白がってますもん!!」

怒ったような彼女の顔に苦笑いを返し、拓巳は考える。

そう。
これまで多希は、厄介な噂とか、他人との関わりとかを極力避けて、存在感を消すようにして職場では過ごしてきた。
それでもその容姿から、周りから放って置いてもらえないのだけれど、それでも今までずっとそのスタイルを崩すことはなかった。
……それなのに、今回は違う。
噂になるだとか、そんなことを考えている様子も見せなかった多希。
それだけ桃佳に対しての気持ちがあるのかもしれない。
それはそれで喜ぶことなのだ。多希がそうやって誰かのことを想うことができるようになることを、ずっと昔から願ってきたのだから。
けれど、何かが引っかかる。
昨日の夜に見せた、多希の様子。
危うさを感じずにはいられないその背中。
どうして彼の背中に危うさを感じたのか、拓巳にもよくは分からない。けれど、長年の付き合いで、何となくそう感じたのだ。
幸せに、満たされることに慣れていない多希。
小さなころからずっと、幸せになってほしいと考えていた、大事な友人。
どうか……
拓巳は祈る。


壊れてしまいませんように。

幸せになれますように。


「拓巳さん?」
呼びかけられてはっとする。
「どうしちゃったんですか? ボーっとして。あ、もしかして疲れてたのに付き合わせちゃった? ごめんなさい……」
美緒が申し訳なさそうに、手を合わせている。
「いや、そんなんじゃないんだ。そんなんじゃ……ねえ、美緒ちゃん、よかったらこれからご飯でも食べに行かない? おごるから」
「え? どうしたんですか?」
「いいから、いいから。なんか美味しいもん、食べに行こうよ」
「……いいですよ!」
目の前で花が咲くように、美緒が微笑む。拓巳の心の中にも暖かいものが溢れたが、心の底の方にこびりついた不安は、消えてはくれなかった。




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